005話 勝唱の双玉5
帝国歴628年2月22日、イル=バレー渓谷。
渓谷全体が、爆炎と金属音の奔流に飲まれ、戦場は刻一刻と形を変えていた。
ジェムジェーオン北部方面軍司令デービス少将は、思わぬ誤算に眉根を寄せていた。
本来なら、切り立つ岩壁が迫る渓谷の奥に、敵軍を閉じ込めるはずだった。
出口を塞ぐように横一列へと展開した布陣は、鉄壁のはずだった。
だが、敵軍はそれを嘲笑うかのように、中央一点へ突撃してきた
それでも、デービスは歴戦の雄だった。
予想外の事態にも動じず、戦局の流れを即座に読み取る。
――このまま中央を突破させるわけにはいかない。
デービスはここが勝負時と悟った。
なりふり構わず、左翼と右翼の部隊に命じた。
「中央に移動し、防御に回れ!」
「陣形が乱れます」
「構わん。中央突破だけは絶対に許すな!」
しかし、イル=バレー要塞駐留軍の進軍速度は、北部方面軍が配置変更する作戦遂行速度を上回った。
激突から僅かの時間で、北部方面軍の中央陣は、完全に引き裂かれた。
そして、中央突破を許した。
中央陣の部隊は、崩壊寸前に追い詰められた。
辛うじて壊滅を免れたのは、左右翼から駆けつけた味方部隊のおかげだった。
合流した部隊とともに、反撃の体勢を整えようとする。
だが、その瞬間、北部方面軍の各部隊は、奇妙な困惑に襲われた。
「敵軍はどこに消えたのだ?」
反撃しようにも、肝心の敵影が見当たらない。
あれほど猛然と迫ってきた敵軍が、まるで霧のように戦場から姿を消していた。
その直後。北部方面軍の左翼陣。
突如、背後から轟音が響き、火線が奔った。
「後方からだと!?」
予想すらしていなかった方向からの奇襲に、左翼部隊は一瞬で恐慌状態に陥った。
強襲を掛けてきたのは、つい先ほど、中央陣で戦っていたはずのイル=バレー要塞駐留軍だった。
しかも、迎撃の要となる足の速いAS部隊は中央陣の救出に向かい不在。
残された足の遅い火力部隊を中心に、敵軍の奇襲に立ち向かわねばならなかった。
イル=バレー要塞駐留軍は中央突破後も進軍速度を緩めず、右回りに大きく旋回していた。
そのまま北部方面軍左翼の背後へ回り込み、後背を突いた。
まさに、北部方面軍にとって、悪夢の展開だった。
イル=バレー要塞駐留軍による北部方面軍の左翼陣への攻撃。
攻勢の中心は、カセルス少佐が率いる第二AS大隊だった。
「ここからは俺たちの出番だ」
カセルスの胸には、熱い闘志が燃えていた。
――負けられない。
先ほどの中央陣を鮮やかに突破したのは、ジョニー・マクレイアー少佐率いる第一AS大隊だった。
カセルスは、ジョニー・マクレイアーを強く意識している。
今回の左翼陣への攻撃は、カセルス率いる第二AS大隊が主軸を担っていた。
指揮官の気迫に応えるように、部隊は戦場で圧倒的な存在感を示し、主導権を奪い取っていった。
そして、その戦場でひときわ活躍したのは、カズマ・ジェムジェーオンだった。
中央陣突破に続き、左翼陣攻撃にも参戦し、合計で11機のASを戦闘不能に陥れていた。
初陣とは思えない、歴戦のエースでも滅多に成し得ない数字、凄まじい戦果を成し遂げていた。
新たな伝説が、この戦場に生まれようとしていた。
補給を受けるため、カズマのASが、旗艦船『トレメンタ』のドッグに戻ってきた。
艦橋の扉が開き、カズマが姿を現した。
すぐに、アンナ=マリー・マクミラン大佐は近くに歩み寄った。
「カズマ、お疲れさま」
「ああ」
返ってきた声はどこか曇っていた。
「浮かない顔ね?」
「まだまだ戦えたのに、マリ姐から戻るように厳命されたからな」
拗ねたような表情だった。
――まるで、玩具を取り上げられた子供ね。
思わず、アンナ=マリーは大きく息を吐いた。
「もし、カズマが傷つき倒れたら、私たちは何を置いても救出に向かわねならない。だから、補給を受けて万全な状態を保つことは、カズマの大切な仕事なの」
「……分かったよ」
「それよりも、分かっている? 軍のなかでは、あなたの噂で持ちきりになっているわ」
カズマの顔が険しく引き締まる。
「確かに、実戦と訓練では勝手が違うな。感覚の修正が必要だと痛感した」
アンナ=マリーは、会話が噛み合わないことに眉をひそめた。
どうやら、カズマの受け取りは、別の解釈となっている。
「何言っているの、カズマ? 皆はあなたの操縦が凄いと噂しているのよ」
「そんなことはない。全然だめだ。自分の手足の感覚とズレている。ASを操縦しているのではなく、乗せられている感じが強い」
はあ、再びアンナ=マリーはため息をついた。
「これだけの戦果をあげているんだから、満足しなさい」
「オレは不満なんだ」
アンナ=マリーは諭すように言葉を重ねる。
「あの戦果に対して、カズマがそんな顔していたら、将兵たちが不安になるの」
「そうなのか」
「そうよ!」
「……分かった。気を付けるよ」
カズマが苦笑いしながら、ふと問い掛けてくる。
「オレもマリ姐に確認したいことがある」
「何?」
「戦場で戦っていた時から、あの部隊の活躍は目を見張るものがあると思っていた。誰が率いている?」
カズマが艦橋モニターを指さした。
味方部隊が、次々に敵の懐に飛び込み、敵部隊を崩していく。
アンナ=マリーの目にも、その鮮やかな戦いぶりは明らかだった。
「敵を恐れず、常に先陣を駆け抜けてるわね」
「だろ?」
「待ってて。確認するわ」
アンナ=マリーはオペレーに確認を取り、戻ってきて告げた。
「あのAS部隊を率いているのは、アンドレイ・フェアフィールド少佐よ」
「そうか、アンドレイか」
カズマが僅かに表情を緩めた。
その頃、遠征軍は北部方面軍左翼部隊を、壊滅寸前にまで追い込んでいた。
北部方面軍司令デービス少将は、最前線で孤軍奮闘していた。
不利な状況に陥るなか、精一杯の抵抗を続けていた。
しかしながら、大混乱に陥った北部方面軍を立て直すことはできなかった。
各部隊は組織的な戦闘能力を失い、AS部隊も火力部隊も、イル=バレー要塞駐留軍に各個撃破されていく。船までもが沈黙していった。
――総崩れとは、このことか。
デービスの頭にこの言葉が浮かんだ。
生涯最大の敗北を自覚した時、旗艦船『プロディヒオ』は、敵軍に包囲されていた。
「デービス司令、敵軍が通信回線の開通を要求しています」
オペレータの声に、艦橋の士官たちがデービスの顔を一斉に伺った。
――もはや、私ひとりの意地で押し通せる段階ではないか。
艦橋に詰める将兵たちの顔には、隠しきれない諦めが滲んでいた。
「……分かった。回線を繋いでくれ」
通信が開かれると、モニターに美しい女性将校の姿が映し出された。
「通信に応じていただき、感謝します。私はアンナ=マリー・マクミラン大佐であります」
「北部方面軍司令、デービス少将だ」
「私たちは完全に貴船を包囲しています。これ以上の戦いは犠牲を増やすだけ、無意味です。閣下には勇気ある降伏の決断を要請します。寛大な処置を持って迎えると約束します」
デービスの胸に、怒りが込み上げた。
画面の向こうのアンナ=マリー・マクミランが、傲慢不遜に見えた。
――こんな小娘に屈してよいものか。
正義は我らにあるはずだった。
「アンナ=マリー・マクミラン。暫く見ぬうちに、高慢な態度が増長したようだな。教えてやろう。貴様やラングリッジがジェムジェーオンの武家御三家と呼ばれ、名声を集めたのは過去の話となった。いまや、貴様らの呼称は『逆賊』だ。ここにいる誰ひとり、賊軍に降るなど考えておらぬ」
アンナ=マリーの顔が曇る。
その直後、画面の向こうから鋭く大きな声が響いた。
「どこの誰が、オレたちを『賊軍』と呼んでいるのだ」
「誰だ?」
デービスは大声で質した。
向こう側では、ひと悶着が起きている。
アンナ=マリーの制止を振りきって、ひとりの美しい若者が画面に立った。
「オレが誰かだって? いいだろう、聞かせてやる。オレの名はカズマ・ジェムジェーオン。ジェムジェーオン伯アスマの第二継子、『勝唱の双玉』と呼ばれている。デービス、オレの名を知らぬはずがなかろう」
画面に現れた瞬間、北部方面軍旗艦船『プロディヒオ』の艦橋の空気が一変した。
同時に、戦慄が走った。
ああ、将校たちが驚嘆の声を上げた。
――まずい。本物のカズマ・ジェムジェーオンに間違いない。
出陣前、マクシス・フェアフィールド元帥とドナルド・ザカリアス大将から、厳命されていた。「何が起きようとも、自分たちの正義を曲げるな。兵の士気を落とすな」と。
――あれは、この事態、『勝唱の双玉』の登場を予見してのものか。
デービスは裏切られたような思いと焦燥に、胸を締めつけられた。
ただ、いまさら引くことは出来なかった。
「貴様がカズマ・ジェムジェーオン様であろうはずがない。『勝唱の双玉』は亡くなったと聞いている。伯爵家の名を騙る不届き者め」
「貴官こそ、何を言っている。オレがカズマ・ジェムジェーオンだと認めないつもりなのか?」
「黙れ、逆賊」
「なんだと」
デービスの反発とは裏腹に、旗艦船『プロディヒオ』の艦橋の空気は、急速に騒然としていく。
――この状況を、どうにか打破しなければ。
デービスは声を張り上げた。
「もし、貴様が本物のカズマ様だとしたら、なぜ、このタイミングで姿を現したのだ? これまでに、正々堂々と姿を見せる機会は、いくらでもあったはずだ!」
「笑止。オレ達兄弟が公に姿を現わしたら、暫定政府とやらに利用されるのがオチだ。そんなのは御免だ」
「利用する、だと!」
「現に、マクシス・フェアフィールドやドナルド・ザカリアスは、弟のユウマを担ぎ上げているではないか。あれを傀儡と呼ばずして、他に何と言うつもりなのだ」
「貴様! カズマ様に擬態するだけでなく、ユウマ様をも侮辱するつもりか。許されざる暴言だ」
「何を言っているのだ。暫定政府は、ユウマを利用するだけでなく、バルベルティーニの軍勢を自国に迎え入れて、この事態に対応しようとしている。その行為こそ、軍人として屈辱に思わぬのか」
「黙れ、偽物め。我らは決して、貴様の虚言には踊らされぬ」
デービスはのオペレータに怒鳴った。
「直ちに、通信を切れ!」
「しかし……」
オペレータが抗議の表情をデービスに向けた。
「いいから、切れ」
怒声に押され、オペレーターは回線を切断するしかなかなかった。
通信が途絶えた瞬間、旗艦船『プロディヒオ』艦橋は凍り付いたように空気に支配された。 デービスは周りを見渡した。
艦橋の士官たち全員が、デービスに白い目を向けていた。
――士気は、もはや限界だ。
だが、デービスのマクシス・フェアフィールド元帥に対する忠誠は、ジェムジェーオン伯爵家に対する忠誠を上回るものだった。
「私は最後まで抵抗する。私に付いていけないと思う乗員は、すぐに下船して構わない」
デービスの期待に反して、多くの士官たちが続々と船『プロディヒオ』を後にした。
もはや、勝敗ではなかった。
デービスに残っていたものは、忠誠と意地だけだった。
一方、イル=バレー要塞遠征軍の旗艦船『トレメンタ』の艦橋。
北部方面軍司令デービス少将との会談は、相手側が一方的に通信を切断する形で幕を閉じた。
ふぅ。カズマ・ジェムジェーオンは大きくため息を吐いた。
「マリ姐。……我慢できなかった。すまない」
「そうね。カズマが姿を現した時は『なにしてるの』と思ったけれど、……結果を考えると、悪くなかったわ。『勝唱の双玉』が健在であることを公にするには、むしろ良いタイミングだったと思う」
カズマはアンナ=マリー・マクミラン大佐から大目玉を食うと覚悟していた。
いささか拍子が抜けして、瞬きをした。
「そうなのか……。でも、これまで必死にオレたちの存在を隠してきたじゃないか?」
「ええ。もし、事前にあなたたち『勝唱の双玉』の存在が明るみに出れば、暫定政府は交渉してきたでしょう。正式な交渉となれば、あなたたち兄弟はジェムジェーオン市民への手前、何らかの対処を迫られる。ショウマは行動の足かせとなるそれを、恐れていた。だから、生存を公に発表しなかった。でも、今回は違う。正々堂々、暫定政府に対抗する姿勢を宣言している」
「それでも、デービスは反発してきたではないか」
「デービス少将がそのように発言したとしても、暫定政府軍の人間全員が同じ考えであるとは限らないわ」
カズマにもその先の答えが見えてきた。
「やれやれ、できれば、これ以上犠牲は増やしたくないんだが」
「そうね」
降伏勧告に対して、デービス少将の回答は拒否だった。
ただ、デービス少将が乗艦する旗艦船『プロディヒオ』や、他の船から多数の乗員が下船してきた。
カズマは乗員の退避が終わるまで、全軍に手を出すことを禁じた。
そうして、乗員の退避が終わった時、デービス少将から再び通信が入った。
「感謝する」
それだけを告げ、回線は途切れた。
直後、半壊した旗艦船『プロディヒオ』が、単独で特攻を仕掛けてきた。
カズマは目を閉じ、力なく呟いた。
「仕方ない」
アンナ=マリー・マクミラン大佐が頷き、全軍に攻撃命令を伝えた。
「撃て!」
抵抗は一瞬だった。
集中砲火にさらされた北部方面軍の旗艦船『プロディヒオ』は、一瞬で光に包まれ、爆散した。
「掃討戦は無用だ」
カズマはそれだけ言うと、艦橋から退いて自室に戻った。
『勝唱の双玉』率いるイル=バレー要塞駐留軍が、北部方面軍に勝利した瞬間だった。
戦いが終わったイル=バレー渓谷には、夕暮れの光が静かに差し込んでいた。
焦げた土の匂いと、まだ消えきらぬ煙が漂う中、風だけが穏やかに吹き抜けていた。
イル=バレー要塞を出撃した『勝唱の双玉』カズマ・ジェムジェーオンは、イル=バレー渓谷出口で待ち構えたジェムジェーオン北部方面軍を打ち破った。
だが、戦いは始まったばかりだった。
「面白い」
「続きが気になる」
と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。
つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
よろしくおねがいします。




