004話 勝唱の双玉4
帝国歴628年2月22日、イル=バレー渓谷。
イル=バレー要塞から出撃した軍勢が一気呵成に攻め寄せる。
それを迎え撃つジェムジェーオン北部方面軍との戦闘は、遭遇の瞬間から激烈を極め、いままさに正念場へと突入していた。
イル=バレー要塞駐留軍の旗艦船『トレメンタ』のAS格納庫。
出撃の刻を待つカズマ・ジェムジェーオンの視線は、静かに、しかし確固として戦場の方角へ向けられていた。
――いま、出撃しないで、いつ出る。
決断は一瞬。
迷いは微塵もなかった。
カズマはASリゲルのコックピットのなかで前を見据え、胸の奥で熱を燃やす。
――さあ、魂よ、奮い立て
ASリゲルに接続されていた充電ケーブルを引き抜く。
「準備OKだ。管制官、出撃指示を頼む」
〈承知しました、カズマ様。それでは、乗機のASを2号カタパルトデッキまで進めてください〉
カズマはカタパルトデッキにASリゲルを進め、脚部にスライダーを装着した。
「カズマ・ジェムジェーオン、出る」
〈カウントダウン開始。3、2、1〉
スライダーが一気に加速する。
次の瞬間、船『トレメンタ』からカズマ乗機のASリゲルが、地上に勢いよく放出された。
カズマは歯を食いしばった。
強力なGが、身体に襲い掛かる。
内臓や三半規管が悲鳴を上げた。
眼の裏がカッと熱くなり、一瞬、平衡感覚を失った。
――これはASシュミレータで、幾度も味わってきた感覚だ。
左目の機能系コンソールで、推力を維持するため脚部ホバーのイオンジェットの出力を上げるように調整した。
推力が安定し、機体の揺れが収束していく。
――これで制御が保てる。
その瞬間、前方左側で爆音が弾け、白光が視界を裂いた。
一機のASが火柱を上げて爆散する。
味方か、敵か、判別する余裕はなかった。
ただ一つ確実なことは、この瞬間、人間の命がひとつ失われたという事実だけだった。
重圧感と諦念感が絡み合いながらカズマの身体を貫く。
どうしようもない現実。
学校のASシュミレータでは味わうことができない、生と死が奔流しながら交錯する狂気の世界だった。
カズマは戦慄し、同時に武者震いが走った。
「前!」
突然、アンナ=マリー・マクミランの鋭い叫び声が、カズマの耳を撃つ。
視界に、北部方面軍のASデネブの姿が、飛び込んできた。
ASデネブは現在の主力ASリゲルが配備される前の主力ASだったが、いまでも、戦場の第一線で活躍している機体だった。
敵軍のASデネブがレーザーブレードを右手に構えて、カズマのASリゲルに向かってきている。
――来る。
察知した瞬間、カズマの眼に、敵軍のASデネブのレーザーブレードが振り下ろされる映像が飛び込んできた。
カズマは反射的に、ASリゲルの身体を右前に傾斜させる。
ブオォォン。
空気が裂け、レーザーブレードが、ASリゲルの頭上を、鈍い音とともに振り抜けた。
間一髪だった。
「カズマ!」
即座に、アンナ=マリーの機体から、ハンドガンのレーザービームが放たれた。
ビームが敵ASデネブの背負うバッテリーパックを破壊し、行動不能に陥れた。
「次!」
アンナ=マリーの声が飛ぶ。
間髪入れず、別の敵が襲いかかってきた。
「今度はちゃんと分かっている」
カズマはすでに、冷静さを取り戻していた。
――同じ過ちは繰り返さない。
視界に、二機の敵ASデネブが映る。
一機が両手でレーザーブレードを構え突進し、後方の一機がハンドガンを構えて援護射撃の構えを取っている。
カズマは右手にレーザーブレード、左手にハンドガンを構えた。
後方の敵がレーザーを放った瞬間、カズマはASリゲルの脚部ホバーのイオンジェット出力を最大に跳ね上げる。
突進してくる敵ASデネブの影に潜り込み、後方の射線を封じた。
前方の敵ASデネブがカズマに迫り、レーザーブレードを降り下ろしてきた。
右手のレーザーブレードを構えて、交錯させた。
ガッキキーーン!!
2機のASがレーザーブレードを振りかざし、交差衝突した。
破壊的な金属音と、桁外れに重厚な衝撃がコクピットに響く。
瞬間、カズマは右足のホバーだけを操作し、相手の右側面を反転した。
敵ASが振り下ろしたレーザーブレードの衝撃を受け流す。
敵軍のASデネブはカズマの反転のに付いてこれなかった。
力の行き場を失ったレーザーブレードに従うように、敵軍のASデネブがバランスを大きく崩した。
刹那、カズマは左手のハンドガンを、後方支援の敵ASデネブへ向けた。
レーザービームが命中し、後方で支援する敵軍のASデネブが爆発した。
続けざまに、バランスを崩した敵軍のASデネブの左足を、右手のレーザーブレードで切り裂いた。
「すごい……」
アンナ=マリーの呟きが、通信越しに届く。
爆発の余韻が地面を震わせ、戦場の空気がさらに熱を帯びていった。
爆散した光の残滓が、カズマの胸の奥に重く沈んだ。
その重さは、戦場の現実そのものだった。
アンナ=マリー・マクミランは、慄然としながらも目を奪われていた。
カズマ・ジェムジェーオンが見せたAS操縦は、まるで長年の歴戦を積んだエースのそれだった。
――いけない。
戦場で集中力を失うことは、死に直結する。
カズマに左脚を切断された敵ASデネブは、まだ完全には沈黙していない。
アンナ=マリーは敵の死角を正確に突くように滑り込み、バッテリーパックを引き抜いた。
その動きは、熟練の軍人だけが持つ研ぎ澄まされたものだった。
敵機は火花を散らし、ようやく戦闘不能に陥る。
カズマのAS操縦は、ただ巧みというだけではなかった。
初陣とは到底思えない、研ぎ澄まされた動きだった。
――とても、初めての戦場とは思えない。
学生時代のASシュミレータの成績から、適性があることは判っていた。
とはいえ、初戦で数的不利を覆し、これほどの戦果を挙げるとは想像すらしていなかった。
カズマのASリゲルが、静かに止まった。
すぐさま、アンナ=マリーは、駈け寄る。
「カズマ、大丈夫」
「ああ、オレの機体はなんともないよ」
「良かった……」
「それより、マリ姐。援護してくれてありがとう。助かったよ」
「なぜ、出撃したの。あれほど、私の合図があるまで出撃しないでと言ったのに」
「ここが勝機だと思っんた。けれど、……謝らねばならない。自分の力を過信していた。結果、マリ姐に迷惑を掛けた」
「敵は明らかに『出待ち』を狙っていた。士官学校でも教わったように、『出待ち』はAS戦術の基本。単独で出撃するのは危険すぎる。熟練パイロットでも必ず援護が必要なの」
「そうだな。実戦で思い知ったよ」
対AS戦闘の常套戦術『出待ち』とは、バトルシップから出撃したばかりのASを狙い打ちする戦法だった。
パイロットの身体は、戦闘が進むにつれて、過酷なAS操縦の負荷に順応していく。
だが、出撃直後は反応が鈍い。対AS戦術において、絶好の撃破機会だった。
「それと……」
「どうしたの」
「戦闘のなかでの出来事とはいえ、相手のASをハンドガンで撃破してしまった」
カズマの声は沈痛だった。
「相手のパイロットもジェムジェーオンの市民で、家族もいたであろうに」
「カズマ、戦場のなかで感傷的になってはダメ。これが戦争なの」
アンナ=マリーは自分の初陣のことを思い出した。
幸運にも敵ASを撃破したが、戦闘の狂気と興奮の中で、倒した相手のことを考える余裕などなかった。
だが、感傷に囚われれば、次に撃破されるのは自分だ。それが戦場の掟だった。
「心配しなくても大丈夫だ。ここは戦場。相手の命を奪う場面は、この先も幾度となく訪れる。理解している。ただ、オレはそれに慣れて麻痺してはいけない。ひとつひとつの命の重さを、この心に刻んでいく」
カズマの口調はしっかりしていた。
アンナ=マリーは、不覚にも目頭が熱くなる。
――心配は杞憂だった。
カズマはすでに、自らの役割と責務を理解している。
考えていたよりも、遥に戦場の現実を受け止めていた。
――いけない。私が感傷に浸るわけにはいかない。
アンナ=マリーは自分に言い聞かせるように伝えた。
「カズマ、戦闘は始まったばかりよ」
「分っている」
「次の戦場に向かうわよ」
「ああ。これからも助けてくれ、マリ姐」
カズマとアンナ=マリーは並んでASを進めた。
その先には、『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐率いる先鋒部隊が死闘を繰り広げる激戦地が広がっていた。
「面白い」
「続きが気になる」
と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。
つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
よろしくおねがいします。




