044話 ジーゲスリード入城3
帝国歴628年3月16日、ジーゲスリード伯爵家居城『グランドキルン』、その内廷『西天宮』。
ショウマ・ジェムジェーオンは、伯爵家の家族のみが生活を許されている居住区画に、足を踏み入れた。
この部屋に、故アスマ伯爵後妻ミランダと、異母弟ユウマ・ジェムジェーオンが暮らしている。
まず、妹サヤカ・ジェムジェーオンのみを、先に部屋のなかに遣った。
ショウマと弟カズマ・ジェムジェーオンは、部屋の外で待つ。
硬い表情のカズマが、小声でショウマに尋ねる。
「ユウマのことだけど……」
「心配しなくていい。悪いようにしない」
ショウマの返答に、カズマがなおも心配そうな表情を浮かべた。
しばらくして、サヤカが戻ってくる。
「入って、大丈夫」
「ああ。ありがとう」
ショウマは部屋のなかに進む。あとに、カズマも続く。
サヤカが先導し、部屋のなかへ向かって、声を掛ける。
「お義母様、お兄様たちをお連れしました」
椅子に腰掛けていたミランダが、ショウマと視線を合わせると、怯えたように椅子から立ち上がった。
隣の少年を立ちあがらせ、ふたりして深々と頭を下げた。
その少年が、異母弟の14歳のユウマ・ジェムジェーオンだった。
母の血を受け継いだ茶色の短髪が、幼さを残している。
兄妹たちとは異なる髪色が、彼の立場の違いを象徴しているようだった。
サヤカがミランダとユウマの親子のもとに駆け寄った。
「顔を上げてください。お義母さま。心配することはありません。兄さんたちは、ユウマに罪はないと言ってくれています」
カズマも続けて言った。
「ミランダ様、サヤカの言う通りです。安心してください」
ミランダが、サヤカ、カズマの顔を順に確認した後、怯えた目でショウマへ尋ねた。
「ショウマさん、……おふたりの言葉は本当ですか」
ショウマはしっかりとミランダの目を見据えた。
「ええ。ユウマを罪に問うつもりはありません」
「ああ、……よかった」
安堵のあまり、ミランダの瞳から一筋の涙がこぼれた。
「ご、ごめんなさい。ほっとしたら……」
サヤカがそっとミランダにハンカチを差し出した。
ミランダ・ジェムジェーオン。
現在の年齢は37歳だった。
控えめで慎み深い性格の女性だった。
まだまだ若く美しかったが、華やかなジェムジェーオン伯爵一家のなかで、影の薄い存在だった。
アスマ伯爵の前妻ミズホの死後、政略結婚で縁戚のニューウェイ子爵家嫁いできたのは、22歳の時。
その1年後にユウマを出産した。
降嫁時、既に10歳に達していたシオン、ショウマ、カズマの3人とは、一定の距離のままの関係が続いた。
だが、まだ幼かったサヤカだけは、ミランダに懐いていた。
心を許せる者も、実家から連れてきた供の者数名など、ほとんどいなかった。
後ろ盾となるジェムジェーオン国内の有力な家もなく、常に遠慮がちな態度ですごしていた。
そのミランダにもたったひとつ譲れないものがあった。
それが実子のユウマだった。
ミランダがサヤカからハンカチを受け取る。
「ありがとう。サヤカさん」
ハンカチで涙を拭いながら、優しい表情で隣の息子ユウマに微笑みかけた。
ユウマは何も言わず、じっと、母親のミランダを見詰めていた。
その傍には無窮光教の教典が置かれていた。
父アスマを失い、伯爵家の庇護を失ったこの親子には、すがるための何かが必要だったということだろう。
ショウマは痛感した。
――この親子は誰かの庇護が必要だ。
その役割を果たせるのは、自分しかいない。
だが同時に、ひとつの決断を下さねばならなかった。
ショウマはミランダとユウマをみやった。
「ミランダ様、お話があります」
その一言で、ミランダの表情が強張った。
「な、なんでしょうか」
カズマとサヤカも、緊張した目付きでショウマの顔を見返した。
ショウマはユウマに笑顔を造って、話しかけた。
「ユウマ、久しぶりにカズマ兄さんと外で遊んでもらいなさい」
ショウマはカズマの方を向いて、この場からユウマを連れ出すように、目配せした。
カズマが何か言いたげに眉をよせた。
――頼む。
ショウマは無言でカズマに訴えた。
ふぅ、カズマが渋々ながら同意を示した。
ユウマに声を掛ける。
「ほら、ユウマ、こっちに来い。久しぶりに、オレと遊ぼう。そうだな、あっちの部屋でゲームでもしようか」
だが、ユウマが首を振った。
そして、ショウマを真っすぐに見つめ返してきた。
「ショウマ兄さん、僕にも話を聞かせてください」
ユウマが何も言わずに、ショウマから目を逸らさずにじっと目を凝らし続けた。
幼い顔に似合わぬ強い意志。
怯えを押し殺し、視線を逸らさずに耐えている。
その瞳に宿る覚悟を、ショウマは確かに感じた。
「……わかった。ユウマも、既に14歳だもな。子ども扱いされるのは心外だな。申し訳なかった。もし、私がユウマと同じ年齢でこの場にいたら、同じ言葉を発したと思う。ユウマもここに残って、私の話を聞いてくれ」
「ありがとうございます」
ユウマがショウマに頭を下げた。
ショウマは、柔らかい表情を作って、ミランダとユウマに話を切り出した。
「さて」
ミランダの肩がわずかに震えた。
「は、はい」
「まずは、座って、話をしましょう。ずっと立ったまま話し続けるのも疲れます」
あ、ミランダが手で口を覆った。
「すみません。お茶もお出ししないで。すぐに用意しましょう」
「お構いなく。どうぞ座ってください」
ミランダとユウマが、促されて、腰を下ろした。
ショウマはその対面に座った。カズマとサヤカが横に並ぶ。
ショウマはゆっくりと口を開いた。
「今回のジェムジェーオン内乱は、マクシス・フェアフィールド元帥をはじめとする暫定政府の主導者たちに罪があります。繰り返しとなりますが、私は、ユウマは彼らに利用されただけだと思っています」
「は、はい。……それは間違いないことです」
「近日中に、シャニア帝国皇帝陛下の代理人としてヴァイシュ・アプトメリア侯爵が、今回のジェムジェーオン内乱の最終決着を見届けるため、ジーゲスリードに来訪します。併せて、近隣諸国の当主たちも参集する予定となっています。その場で、私は正式にジェムジェーオン伯爵位の継承を宣言します」
「当然のことであると思います」
ショウマはひとつ間を置いた。
――この決断はユウマの未来を左右する。
ショウマは兄としての情と、国主としての責務が胸の奥で軋んだ。
はっきりと、明確に告げた。
「その後についてです。ミランダ様とユウマは伯籍親族に降下していただき、西天宮から東地宮に移ってもらうつもりです」
サヤカが息を呑んだ。
「ショウ兄、それは……」
「サヤカが言いたいことは分かっている。だが、今回の内乱では、多くの市民が血を流した。ジェムジェーオン伯爵家だけが無傷ではいられない。最低限の示しは必要だ」
伯籍親族の降下は、ユウマ・ジェムジェーオンのジェムジェーオン伯爵位継承権の剥奪を意味した。
ミランダが無言のまま、硬い表情でショウマを見据えていた。
ショウマはその視線を正面から受け止めた。
「この案を受容れていただけないでしょうか。ミランダ様」
サヤカがショウマとミランダ、ユウマの顔を交互に見遣りながら、割って入ってきた。
「それだけよね、ショウ兄」
「もちろんだ。この件はこれだけで終わらせる。ミランダ様とユウマに、罪を負わすことはしない。私が責任を持って、必ず護る」
ミランダが何度か小さく首を縦に振った。
表情は硬いままであったが、害を及ぼすことはないと判ったからであろうか、険は消えていた。
「サヤカさん、……ショウマさんの言う通りです。ユウマは暫定的とはいえ、ジェムジェーオンの国主として担ぎ上げられました。そのユウマに何のお咎めがなければ、この戦いで傷ついたジェムジェーオン市民は納得しないでしょう」
「お義母さま……」
「ショウマさん。寛大な措置に感謝いたします。むしろ喜んで、私たちはこの話を受け入れます」
ユウマがじっとショウマを見つめながら、話を聞いていた。
ショウマはその視線に応える。
「ユウマが成人する頃には、今回の内乱で被ったジェムジェーオンの傷も癒えていているはずだ。その時には、私がユウマにしかるべき地位を与える。この国の表舞台に戻すと約束する」
「度重なるご配慮いただきありがとうございます。僕は、……ショウマ兄さんに従います」
ミランダがユウマに忠告した。
「ユウマ。ショウマ様は、これからジェムジェーオン伯爵、この国の当主となられるのです。これからは兄さんではなく、ショウマ様と呼ぶのです」
「はい」
ユウマが立ちあがって、ショウマに頭を下げた。
「ショウマ様。これからもよろしくお願いします」
いつの間にか、ミランダも立ちあがっていた。
ユウマと揃い親子で、新しい国主となるショウマ・ジェムジェーオンに対し、深々と頭を垂れていた。
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