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アクアリス英傑記  作者: 芳田たかみ


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042話 ジーゲスリード入城1

 帝国歴628年3月16日、ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリード。

 暫定政府の降伏受託から一夜明け、空は気持ちよいほどの青に染まっていた。

 カズマ・ジェムジェーオンは、兄ショウマ・ジェムジェーオンとともに、車両に乗り込み、ついにジーゲスリードの街のなかに入った。


 救国の英雄『勝唱の双玉』の凱旋。

 車両がジーゲスリードに踏み入れた瞬間、いくつのもの歓声が多重奏となって、降り注いできた。

 老若男女、大勢の市民が街路を埋め尽くしていた。

 市民の視線、歓喜、熱狂がすべて、若く美麗な『勝唱の双玉』へと向けられていた。


〈本当に、この世のものと思えないほど美しい〉

〈ショウマ様、ジェムジェーオンを救っていただいてありがとうございます〉


 カズマは思わず車両の窓を開けた。

 身を乗り出し、笑顔で市民に向かって手を振った。


〈きゃー、カズマ様がこっちを見てる〉


 隣に座っていたショウマが、呆れたように言った。


「カズマ、あまり調子に乗っていると叱責を受けるぞ」


 カズマは、街に入る前「危険回避のために、防弾ガラスの車両の窓を絶対に開けないでください」と、警備担当から懇願されたのを思い出す。


「あっ、……そうだったな」


 慌てて車内に身を戻し、窓を閉めた。

 それでも、車のなかからガラス越しに手を振り続け、市民へ笑顔を向け続けた。


 一方、隣に座るショウマは微動だにせず、ただ静かに外を見つめていた。


「兄貴も、笑顔のひとつでも作って、市民の歓迎に応えたらいいのに」

「カズマ、市民たちの顔をよく見てみろ」


 ショウマが小さく外を指さした。

 カズマは窓の外へと視線を向ける。


 街路を埋め尽くしたジーゲスリード市民たちの顔が、目に入ってくる。

 喜色を浮かべ熱烈に『勝唱の双玉』を迎えている民衆。

 その奥に、何とも言えない表情でジッとこちらを見詰めている壮年の夫婦の姿を見つけた。

 悲しみが入り混じった、複雑な眼差しだった。


「幸いにもジーゲスリードは無血開城となったが、集まった市民のなかには、この内戦で家族を失った者もいるはずだ。私たち兄弟のどちらもが、無邪気に笑顔を振り撒く姿を見たら、どう思うだろうか?」

「……そうだな」


 カズマは深く項垂れた。

 兄ショウマの言う通りだった。

 この戦いでは、多くの血が流れた。


 カズマは無神経だった己を恥じた。

 ショウマが続ける。


「誤解するな。カズマは、そのままでいい」

「どういうことだ?」

「ジーゲスリードの市民は、この数日、市街戦の恐怖とともに過ごしていた。これまでも、治安部隊による抑圧があった。現在は、恐怖から解放されて、興奮とともに喜びを享受している。この昂ぶりを受け止める対象として、私たち『勝唱の双玉』は最適だ。だから、一方はそれを受け止める役割でいい。私たちは、2人なんだ、どちらも同じ役割を担うことはない」

「……まったく、兄貴には感心するよ。この熱烈な歓迎のなか、そんな打算的なことを考えているとは」

「まるで、私が人でなしのような言いぐさだな」

「オレは大勢の市民の顔を見て、ジーゲスリードでの戦闘を回避できて良かったとしか、考えていなかった」

「私もカズマと同じ思いだ。ジーゲスリードが戦場とならなくて、心から良かったと思っている」


 ショウマの言葉は深い実感が宿っていた。


 ――オレたちは2人でひとつだ。それぞれが自分の役割を果たせばいい。


 カズマは再び窓の外へ目を向けた。


 明るく輝く市民の表情。

 その歓喜を受け止めるように、窓越しに大きく手を振った。




 しばらくして、『勝唱の双玉』を乗せた車両は、ジーゲスリードの市街を抜けた。

 街の中心に位置するジェムジェーオン防衛軍本部庁舎に到着した。


 正面玄関前の広場には、内戦で暫定政府軍に属していた大勢の下士官たちが、『勝唱の双玉』の到着をいまかと待ち焦がれていた。


 車両が姿を現した瞬間、彼らは一斉に跪き、深々と頭を垂れた。


 暫定政府に加担し、国家を乱しことを、『勝唱の双玉』に直接謝罪したい。

 それが、下士官たちの切なる願いだった。


 実際には、もっと多くの兵士たちが防衛軍本部庁舎に押し寄せていた。

 あまりに多くの人数となったため、暴動と化す危険を恐れ、人数を抑制することになった。

 代表として下士官のみが、『勝唱の双玉』と一定距離を保つ条件で、拝謁する機会を与えられた。


 車両が正面玄関の前で、停まった。

 この光景を観て、カズマ・ジェムジェーオンが、思わず呻いた。


「何だ? 大勢の兵士たちが跪いているぞ」


 衛兵が車両に近づいてきた。

 ショウマ・ジェムジェーオンは、車両の窓を下げ、尋ねる。


「彼らは何をしている」


 衛兵が直立不動で敬礼した。


「彼らは暫定政府軍に従軍していた下士官たちです」

「佐官よりも階級が下の兵士たちには、自宅待機を命じているはずだが」

「どうしても、『勝唱の双玉』のおふたりに直接謝罪したいと。これ以上は近づけさせません。当然、全員の身体検査は済ませております」


 ショウマはカズマへ視線を向けた。


「カズマ、いくぞ」

「もちろん」


 ショウマは、車両の扉を開けて、ジェムジェーオン防衛軍本部庁舎の正面玄関の前に降り立った。

 その姿は、まるで神話に登場する若き英雄が、地上に降臨したかのような荘厳さを帯びていた。


 下士官たちの心は、一瞬にして奪われた。

 改めて、深く頭を下げる。


 『勝唱の双玉』のふたりが、下士官たちのもとへ近づいていく。

 衛兵が慌てて、ふたりを制止した。


「お待ちください!」


 カズマが笑みを浮かべて、衛兵に応えた


「彼らはジェムジェーオンの忠志だ。何も問題ない」


 その言葉に、衛兵が直立不動で敬礼し、道を開けた。


 ショウマとカズマが進む。

 下士官たちの前に立ったショウマは命じた。


「諸君、立ち上がってくれ。貴官らが私たちに謝罪する必要は何もない。自らの職務に忠実に従っただけだ」


 下士官のひとりが代表して、頭を下げたまま震える声で答える。


「我々は恐れ多くも『勝唱の双玉』に弓を引きました。……お許しください」


 カズマが大きな声で応えた。


「許すも何も、君たちは何ひとつ悪いことはしていない!」


 なおも、兵士たちは跪き続けた。

 ショウマは腰を落とし、目の前の下士官の肩にそっと手を置いた。


「カズマの言う通りだ。私たちと貴官たちの間に、勝者も敗者もない。ともに、ジェムジェーオを愛する同胞だ。昨日までのことは不幸な過去となった。今日からは、ともに前を向き、輝かしい未来を築こうではないか」


 肩を触れられた下士官が、万感の涙を流しながら顔をあげる。

 ショウマはその肩を支え、立ち上がらせる。


 そして、広場全体を見渡し、全員へ呼びかけた。


「さあ、みんな。立ち上がってくれ」


 ジェムジェーオン防衛軍本部庁舎の正面玄関を埋め尽くした下士官たちが、次々に立ち上がる。


 その時、ひとりの下士官が叫んだ。


「ジェムジェーオン伯爵ショウマ様、万歳」


 続いて、無数の声が重なった。


「ジェムジェーオン伯爵ショウマ様、万歳」


 大きなうねりとなり、この場にいる下士官たち全員が万歳三唱を叫んだ。

 ショウマとカズマは手を上げて、応えた。




 ジェムジェーオン防衛軍本部。

 ギャレス・ラングリッジ元帥は、庁舎内の部屋の窓から、玄関前広場で繰り広げられた光景を見つめていた。


 ――本当に立派になられた。


 ギャレスの胸の奥が熱くなった。

 半年という歳月は、若き『勝唱の双玉』を確かに成長させていた。

 かつて幼い兄弟を見守っていた頃の記憶が、胸の奥で静かに疼いた。


 ふたりが本部庁舎に入るのを迎えるために、玄関に向かった。


 約半年ぶりに、ギャレスは『勝唱の双玉』と直接の再会を果たした。

 開口一番、深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


 ショウマ・ジェムジェーオンが苦笑を噛み殺し、遮る。


「何も悪くないのだから、謝ることは何もないと言ったではないか」


 カズマ・ジェムジェーオンが面食らった表情で、目を瞬かせた。


「どうして、ギャレスが謝罪しているんだ?」


 ギャレスは改めて、謝罪の意を表した。


「小官はジェムジェーオン防衛軍の統合幕僚本部長という重責の身でありながら、この内戦では、何も役立つことができませんでした」


 ショウマが呆れた口調でカズマに説明する。


「オステリアとのオンライン会談の時から、こうなのだ。私は、ギャレスは悪くないと言っているのだが……」

「なるほどな」


 カズマが頷いた。

 ギャレスは頭を下げたまま、続ける。


「結果がすべてです」


 カズマが軽くギャレスの肩を叩いた。


「顔をあげてくれ。マリ姐から話は聞いている。ギャレスは部下を逃がすため、自らの身を犠牲にしたのであろう。それで捕まったのだから、むしろ、オレたちが、ギャレスの苦労に頭を下げるべきだ」


 ギャレスはゆっくりと顔を上げた。

 ショウマとカズマの瞳をまっすぐに見据えた。


「国の未来を担うアンナ=マリー・マクミラン大佐をはじめとする若者を優先するのは、当然のことです」

「オステリアでは、決起した義勇兵をまとめあげたではないか」

「オステリアの兵士たちがひとつにまとまったのは、ショウマ様とカズマ様がハイネスで勝利したからです。小官の果たした役割など、微々たるものに過ぎません」


 カズマが両手を広げた。。

 ショウマがじっとギャレスを見詰つめた。


「その気持ちは、これからのジェムジェーオンに尽くすことに向けてくれ。……もし、今回を機に引退を考えているならば、許さない」


 今後、若く君主としての器量充分なショウマ・ジェムジェーオンを中心に国造りを進めていく。

 そんな時、旧時代の人間である自分は障害となる可能性がある。


 ギャレスは、マクシス・フェアフィールド元帥の死に直面して、そんな気持ちを抱いた。

 この内戦が落ち着いた後、自らの身を引こうと心に決めた瞬間だった。


 ――見透かされていた。


 ギャレスの胸が震えた。

 弱さや迷いさえ、ショウマに看破されていた。


 ショウマが右手を差し出してきた。


「私はまだ若い。マクシス・フェアフィールド元帥が亡くなった今、私の経験不足を補える者は、ギャレス・ラングリッジ元帥、あなたしかいない」


 その言葉は、ギャレスの胸に深く突き刺さった。


 幼少期から二人を見守ってきた兄妹の成長した姿が目の前にある。

 脳裏に故アスマ・ジェムジェーオン伯爵の顔が浮かんできた。


〈ギャレス、任せたぞ〉


 ――これが、私に課せられた役割なのか。


 ギャレスは意を決し、ショウマの右手を握った。


「承知しました。……ただし、口うるさいかもしれませんぞ」

「もちろん、覚悟のうえだ」


 カズマが優しい表情で、この場を眺めていた。


 外は雲ひとつない晴天だった。

 新しいジェムジェーオン伯爵国が、ここに始まった。



「面白い」


「続きが気になる」


と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。


つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。


ブックマークもいただけると本当にうれしいです。


よろしくおねがいします。


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