041話 ジーゲスリードの政変
帝国暦627年10月初旬、現在より半年前に遡る。
ジェムジェーオン騒乱。
のちに『勝唱の双玉』がジーゲスリードを奪還することで終結するこの内戦は、ジェムジェーオン南部国境に近い都市ニケロニアで発生した小規模な暴動が、その端緒となった。
ジェムジェーオン南部中心都市ニケロニア。
良港を抱え交易で栄える経済の要地である一方、政治的には常に不安定さを孕んでいた。
無窮光教徒の聖地ジョーダム地方から、近接する帝国直轄地ノリス学術都市連合を経由して、多くの無窮光教徒が流入してくる。
数を増やし続ける無窮光教徒と地元住民との間で、絶えず摩擦が生じ、街は常に火種を抱え続けていた。
無窮光教。
帝国全土を覆う頽廃と無力感のなかで、近年、爆発的に信徒を増やしている。
誰であっても、天上の光主様を信じることで、光の導きによって、来世で願いが叶う。
この教義は、疲弊した帝国市民の心に甘く浸透していた。
現実の苦しみから逃れたい者たちにとって、最も身近に存在する救済だった。
ジェムジェーオン伯爵当主アスマ。
伯爵位を継承時、美青年と呼ばれていたアスマも、現在49歳。
ジェムジェーオン伯爵襲名から21年が経過していた。
現在の金色の長髪と無精髭という、現在のアスマの姿は、帝国の伯爵としては野性味ある風貌となっている。
だが、端正な顔立ちと精悍さが相まって、むしろ君主としての威厳を際立たせていた。
ニケロニアで暴動が発生したとの報を受けて、アスマは顔を顰めた。
小さく息を吐き、呟いた。
「……また、無窮光教徒とのいざこざか」
直ちに、アスマはニケロニアに駐留する南部方面軍司令モルダー中将に、暴動鎮圧の命令を伝えた。
ニケロニアの秩序回復に当たらせた。
これまでの諍いと同様、数日で沈静化する見込みだった。
ところが、今回は、違った。
暴徒たちはジェムジェーオン南部方面軍との全面衝突を避けながら、神出鬼没のゲリラ戦術を展開した。
夜陰に紛れて移動し、破壊と扇動を繰り返し、南部一帯へ火種を撒き散らす。
――これまでと、用兵を変えたか。
モルダー中将の南部方面軍は翻弄された。
こちらを鎮めれば、あちらで火が付く。
鎮圧は遅々として進まず、南部戦線は一ヶ月ものあいだ膠着する結果となった。
「……いまだ、決着しないのか」
アスマは、ニケロニア暴動の裏に、無窮光教の組織的な支援があると疑った。
――そういうことであるならば……。
討伐軍の総司令官に、ジェムジェーオン防衛軍の司令長官マクシス・フェアフィールド元帥を指名した。
首都方面軍の投入を決断した。
「マクシス、ニケロニアの暴動を短期に決着させてくれ。卿に首都方面軍を預ける。この兵をもって、直ちに南部戦線に向かってくれ。もし、無窮光教徒が組織的に対抗している証拠を上げることができれば、ジョーダムへの侵攻も許す」
「ジョーダムへの侵攻も、ですか」
「そうだ。病は原因から断ち切られねばならない。対処療法では、いつまでも再発を繰り返す。この際、根源を断ち切る」
「承知しました」
マクシス・フェアフィールドが立ち上がり、挙手の敬礼をアスマに向けた。
作戦は速やかに遂行された。
帝国暦627年11月15日、ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリード。
マクシス・フェアフィールド元帥率いるニケロニア遠征軍は、南部へ向けて出発した。
その日の夜。
ジェムジェーオンの誇りと称されるジーゲスリードの伯爵家居城『グランドキルン』西天宮が、突如として強襲をうけた。
瞬く間に炎が立ち上り、巨大な城郭は赤々と燃え上がった。
幸いにも、市街地への延焼は免れた。
だが、炎と黒煙に包まれた『グランドキルン』の異様な光景は、ジーゲスリード市民の胸に深い不安を刻みつけた。
翌日。
南部へ向かったはずの遠征軍が急転直下、首都ジーゲスリードへ帰還した。
軍は規律を保ち、市内の治安維持にあたった。
その5日後。
隣国バルベルティーニ伯爵国の部隊がジーゲスリードに到着し、治安維持に加わった。
首都ジーゲスリードは戒厳令が布かれ、不気味な静けさに支配された。
しかし、この異常事態が続くなか、政府も軍も、公式に何が起きているのか一切発表しなかった。
市民の不満は日に日に高まり、沈黙が、憶測と噂を呼び、街は新たな混乱の瀬戸際にあった。
不穏な空気を払拭するため、ようやく1週間の沈黙を破り、ジェムジェーオン防衛軍司令長官マクシス・フェアフィールド元帥が、民衆の前に姿を現わした。
会見の場に現れたマクシスは、憔悴しきっていた。
待ちわびた記者たちは、登場したマクシスに一斉に質問を浴びせた。
マクシスは一切の質問を遮り、矢継ぎ早に、次の事実を発表した。
・国主アスマ・ジェムジェーオン伯爵は混乱のなか逝去されたこと。
・アスマ・ジェムジェーオン伯爵の国葬を1週間後に執り行うこと。
・ジェムジェーオン伯爵世子ショウマ・ジェムジェーオンならびに伯爵後継第2位である双子の弟カズマ・ジェムジェーオンは、行方不明であること。
・アスマ・ジェムジェーオン伯爵の死亡に関連し、統合幕僚本部長ギャレス・ラングリッジ元帥を拘束したこと。
・国葬の喪主は、伯爵三男ユウマ・ジェムジェーオンが務め、同時に暫定政府の元首として推戴すること。
・ジェムジェーオン伯爵領全土に非常事態宣言を発令し、軍政を敷き、暫定政府は集団指導体制を敷くこと。
あまりに衝撃的な内容だった。
会見を画面越しに観ていたジェムジェーオン市民だけでなく、その場にいた記者たちでさえ、言葉を失った。
マクシスはこれらを発表し終えると、記者たちの質問を受け付けずに、後ろに退いた。
会見の続きは、ドナルド・ザカリアスが引き継いだ。
暫定政府の陣容が発表される。
暫定政府首班にはマクシス・フェアフィールド元帥が就いた。
従来のジェムジェーオン防衛軍司令長官の職に加えて、統合幕僚本部長の職も兼任する。
政府次席にはドナルド・ザカリアス中将が大将に昇格したうえで就任した。
ジェムジェーオン防衛軍総参謀長と副司令長官の職も兼任のうえだった。
ザカリアスが暫定政府の陣容を発表し続けているなか、マクシスは会見場を後にした。
記者たちは、暫定政府首班として、マクシスの態度が不誠実だと、不満の声を上げた。
「フェアフィールド元帥は、これからバルベルティーニ伯爵国との協議を予定している」
ザカリアスがこのように声明を出し、代わりに記者たちの質問に応じることで、場を収めた。
会見終了後、ジェムジェーオン全土の隅々まで、不審が広がっていった。
疑惑の矛先は、マクシス・フェアフィールド元帥へと向けられていった。
伯爵殺害を事前に知っていたのではないか。
そうでなければ、南部に向けて出撃した首都方面軍を帰還させられるはずがない。
長年に渡って、対立してきたバルベルティーニ伯爵国が援軍を送ってきたのは、約束があったのではないか。
さらに、ギャレス・ラングリッジ元帥の拘束と『勝唱の双玉』の行方不明が、これらの噂に拍車を掛けた。
国内に強い影響力を持つラングリッジ元帥を排除したのは、自らの影響力を強めるためだ、と。
成人のショウマとカズマではなく、14歳のユウマを国主に据えたのは、国を掌握しやすくするためだ、と。
ジーゲスリードの政変。
ジェムジェーオン伯爵国の誇りである宮殿『グランドキルン』が炎に包まれ、アスマ・ジェムジェーオン伯爵が死亡したあの日を、そう呼ぶ。
あれから4ヶ月が経過していた。
事件の真相は何一つ究明されないまま、ただ時間だけが流れていた。
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