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アクアリス英傑記  作者: 芳田たかみ


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040話 ジーゲスリード奪還戦4

 帝国歴628年3月15日。ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリード。

 ジェムジェーオン防衛軍本部庁舎。

 暫定政府と『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンとの交渉は、誰も予想しなかった結末を迎えていた。


 ロイ・パーネル中将は、マクシス・フェアフィールド元帥を撃った拳銃を右手に握ったまま、この部屋で結末を見届けた暫定政府の士官たちに命じた。


「貴官たちは、先に司令部に向かい降伏勧告受託の準備を進めてほしい」


 士官たちが何も言わずに頷く。

 足早に、部屋から退出し、司令部に向かった。


 部屋に残ったのは、パーネルと、床に倒れたマクシスだけだった。

 パーネルはその瞬間、右手の拳銃を投げ捨て、堰を切ったようにマクシスのもとへ駆け寄った。


 血に染まったマクシスの身体を抱きかかえた。

 拳銃の傷跡から溢れた血は生温かく、血の鉄の匂いが鼻を刺した。


 だが、いまのパーネルに、それらは全く気にならなかった。

 自然と、両目から大粒の涙が溢れ出ていた。


「元帥、申し訳ありませんでした……」

「なぜ、パーネルが謝るのだ?」

「私は閣下を……」

「おいおい、撃てと命じたのはこのワシだ。ワシの方こそ、謝らねばならない。パーネルに辛い役目を背負わせてしまった。……本当に済まなかった」


 マクシスの顔は青白く、脂汗が滴み、呼吸は浅い。

 苦しくないはずがない。

 そのなかで、精一杯の微笑を浮かべていた。


「いいえ……」

「パーネル、感謝している」


 パーネルは首を振るしかなかった。

 マクシスが目を閉じかける。


「元帥!」

「おい、おい。……まだ、殺さんでくれよ」


 冗談めかしたつもりなのだろう。

 だが、マクシスの青白い顔から聞こえたのは、吐息に似た弱々しい声だった。


 パーネルは震える声で問う。


「本当に、この方法しかなかったのでしょうか?」

「そうだ。これしかない。火種は残してはならない。ワシら暫定政府が、ユウマ様を神輿として担いだのは事実だ。ジェムジェーオン伯爵家の分裂という最悪の芽を摘むには、誰かがこの一件の罪を背負い、綺麗な形で終わらせる必要があるのだ」


 マクシスの言葉は徐々に弱くなり、最後は消え入りそうだった。

 パーネルはマクシスの身体から次第に力が失われていくのを、抱きかかえた手を通して感じていた。


「たとえ、そうだとしても、責任をとるのがフェアフィールド元帥である必要があったのでしょうか」

「忘れたのか。……ワシは暫定政府の最高責任者で、……この国の元帥だぞ……」


 パーネルの言葉は愚問だった。

 マクシス・フェアフィールドは決して自らの責任から逃がれようとする人間ではなかった。


「……はい」

「これが……非才の身ながら、元帥という過分の地位を授かった……ワシにできる……精一杯……」

「……はい」


 パーネルはもう、マクシスの顔をまともに見れなかった。

 ただ、何度も何度も頷いた。


「ショウマ様であれば、……この国を……」


 マクシスの体から力を感じない。

 パーネルは無我夢中にマクシスを揺すった。


「元帥!!」


 マクシスの口が、かすかに動く。


「パ、……パー、ネル、……最後に……」

「はい!」


 パーネルはマクシスの口許に耳を近づけた。


「……お、まえは、……死ぬな、よ……」


 それが、マクシス・フェアフィールド元帥の最期の言葉だった。

 58歳。常に最前線で戦い続けた武人の生涯だった。


 パーネルは外に音が漏れぬよう、声をあげずに嗚咽した。

 胸の奥が裂けるようだった。


 ――見透かされていた。


 パーネルは、すべての事を済ませたあと、フェアフィールド元帥の後を追って自死する気であった。

 それを元帥に止められた。


 考えてみれば、元帥を撃ったパーネルが後を追うように死ぬことは、元帥が身を犠牲にして作り上げたこの舞台に、疑義を生じさせてしまう。

 パーネルだけが自らの役割を捨てて舞台から降りるわけにはいかなかった。


 ――元帥の遺志を、私が引き継ぎます。


 パーネルは自らに課せられた役目を果たさねばならなかった。

 身体の奥底から力を振り絞って、何とか立ち上がった。




 同時刻。

 『勝唱の双玉』率いる遠征軍の旗艦(バトルシップ)『ギュリル』の艦橋。


 士官たちが、モニター越しに繰り広げられた衝撃の光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 ロイ・パーネル中将が、ジェムジェーオン暫定政府の首班マクシス・フェアフィールド元帥を撃つ。


 あまりに突然で、あまりに重い。

 言葉が出ない。

 艦橋には、不気味なほど深い静寂が落ちていた。


 そして、パーネル中将がショウマ・ジェムジェーオンに頭を下げ、降伏勧告を受託した。


 ――終わったのか。


 カズマ・ジェムジェーオンは、その意味を理解した。

 暫定政府が抗戦を放棄し、首都ジーゲスリードの戦いが回避されたということだった。


 カズマの胸のなかに、小さな感情が芽生えた。

 その感情は、じわじわと大きくなっていった。

 ある瞬間、それが加速度的に膨張しはじめ、奥底から身体を突き動かした。


 カズマは自然と大声を上げていた。


「よぉーし!」


 それを契機に『ギュリル』の艦橋がはじけた。

 士官たちも、次々に歓声を上げる。


「戦いは終わったぞ!」

「これで終わりだ」

「首都決戦は回避された!」


 『ギュリル』の艦橋が、興奮と歓喜の渦に包まれた。

 同時に、遠征軍の全軍から、驚喜の声があがる。


 その喧騒のなかで、カズマはふと艦橋中央に目を向けた。


 周囲が歓喜に沸くなか、兄ショウマだけは、まるで別世界にいるかのように静かだった。

 顔色ひとつ変えず、誰かと低い声で話している。


 ――兄ショウマとこの喜びを分かち合いたい。


 カズマは、胸を高なせながら、ショウマへ歩み寄った。

 ショウマがオンラインで話していた相手は、ギャレス・ラングリッジ元帥だった。

 小声で話を交わしている。


「たしか、パーネル中将はマクシスの腹心だったな」

「はい。長く、フェアフィールド元帥の副官を務めた、絶対の忠臣です」

「そうか」

「フェアフィールド元帥は、あの会談が、ジェムジェーオンの兵士と国民すべての間に流れることを理解していたはずです。そして……」


 ショウマが、画面に向かって手を差し出して、制した。


「ギャレス、解っている」

「ショウマ様……」

「マクシスは芝居が下手くそだな」


 ギャレスが大きく深く息を吸い込み、泣くように笑った。


「確かに。大根役者でしたな」


 ショウマとギャレス、お互いに頷き合い、通信が切られた。


 ショウマが、カズマの視線に気づく。

 力なく微笑んだ。


「少し疲れた。部屋で休むことにする。この戦いは終わった。何かあったら、呼んでくれ。あとは、……カズマに任せた」


 ショウマの顔は、ひどく疲弊していた。

 カズマはショウマに何も訊けなかった。

 ただ、短く返事だけはした。


「ああ。……分かった」

「頼む」


 ショウマがたったひとりで、艦橋の出入口扉に向かって歩き出した。

 歓喜の渦のなか、異次元に向かって歩みを進めているように思えた。


 こうして、ジェムジェーオン伯爵国の首都ジーゲスリードは、ただひとりの人物の血を流したのみで、『勝唱の双玉』の手に帰すことになった。

 ジェムジェーオン騒乱は、多大な犠牲を払いながらも、ここに終結した。



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