038話 ジーゲスリード奪還戦2
帝国歴628年3月15日の早朝。
ハイネスからジーゲスリードに向かう『勝唱の双玉』率いる遠征軍の旗艦船『ギュリル』。
カズマ・ジェムジェーオンは、艦橋の端で、壁にもたれながら、ひとり窓の外を眺めていた。
遠い山の稜線に、朝のまばゆい太陽が鮮やかに輝き始めていた。
ハイネスやイル=バレー渓谷などの北部は、標高が高く、いまだ雪と氷で覆われている。
対して、海が近いジーゲスリード平野は、草花が芽吹き、春の気配が漂っていた。
――戻ってきた。
ハイネスを出発してから、4日目の朝だった。
生まれ育った首都ジーゲスリードは、もう手の届く距離にある。
胸の奥に、懐かしさと緊張が入り混じった。
「随分と早いな、カズマ」
双子の兄ショウマ・ジェムジェーオンが、カズマに声を掛けてきた。
「眼が冴えてしまった。そういう兄貴だって、早いじゃないか」
「カズマと同じさ」
首都決戦を前に、遠征軍はこの場所で最後の休息をとっていた。
カズマはジーゲスリードを目の前にして、興奮と緊張で昂ぶっていた。
ショウマが指揮官席の中央に腰を下ろす。
「ようやく、ジーゲスリードだ」
「ついに、ジーゲスリードだな」
カズマの脳裏に、ここに至るまでの出来事が一気に蘇ってきた。
去年11月、命からがらジーゲスリードを脱出した日。
イル=バレー要塞、渓谷出口での死闘、ハイネス攻防戦。
わずか4ヶ月間だったが、これまでの人生で最も濃密な時間だった。
『ギュリル』の艦橋には、次々に士官たちが集まってきた。
カズマは、窓際からショウマの左隣の席に移動した。
反対側には、既にアンナ=マリー・マクミラン大佐が臨席していた。
「おはよう、マリ姐」
「カズマ様、これは珍しい、すでに集合しているとは。いつもは、時間ギリギリに駆け込んでくるのに」
アンナ=マリーの洒落に、カズマも軽口で返す。
「目覚まし時計が壊れたんだ。とんでもない時間に、大音量で鳴り始めて困った」
「それは貴重な時計ですね。大切にしてください」
ふたりの掛け合いを、ショウマは穏やかに見守っていた。
やがて、ショウマが立ち上がる。
「皆、揃ったようだな」
艦橋の空気が一変した。
全員の真剣な視線が、ショウマに向けられる。
「本日、首都ジーゲスリードに到達する。皆が様々な想いを抱いているのは、理解している。私が皆に告げるべき言葉はこれだけだ。ようやく、ここまで来た。あともう少しだ」
アンナ=マリーが進言する。
「この先に、小さな谷があります。ジーゲスリードまでの途上で、暫定政府軍が伏兵を配置するとすれば、ここでしょう」
「索敵部隊を出そう」
「最後の索敵です。万全を期して、『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐の部隊に任せます。マクレイアー少佐、聞こえていますか」
モニターにパイロットスーツに身を包んだジョニーの姿が映る。
「索敵の準備は整っています」
ショウマが付け加えた。
「マクレイアー少佐、頼む。敵兵が潜んでいた場合、これまでと同様にしてもらいたい」
「承知しました。戦意がなく投降する意思を示したならば、連れてきます」
「私が出迎える」
「では、索敵に向かいます」
ハイネスからジーゲスリードまで、船の通常航行で、2日も掛からない距離だった。
今回の遠征では、ハイネスを出発して今日の朝で、4日目を迎えていた。
行軍途上、暫定政府軍の部隊、なかには都市部隊まるごと投降してきたこともあった。
加えて、ジェムジェーオン各地から援軍が駆けつけた。
援軍と称する者のなかには、出自が怪しい者たちも含まれていた。
ショウマは新たに加わる意思を示した彼らを、自らが直接出向いて、歓迎して迎えた。
行軍遅延の原因となっていた。
カズマは苛立ちを覚えて、ショウマに詰め寄ったことがあった。
「兄貴、訊いていいか?」
「どうした。カズマ」
「援軍が加わり軍勢が増えるのは、確かにいいことだ。だが、同時に兵士の質が落ちている。兄貴も気付いているだろう」
ジェムジェーオン各地から、様々な人間が『勝唱の双玉』という勝馬に乗ろうと駆けつけていた。
「もちろん、判っている」
「軍勢の増加に従って、ジーゲスリードへの進軍速度も遅くなっている。これで良かったのか? 暫定政府に迎撃準備する時間を与えるよりも、これまでの勝利に乗じて、一気呵成に勢い乗ってジーゲスリードに詰め寄った方が良かったのではないか」
ショウマが小さく口の端を上げた。
「他国を攻めるならば、カズマの意見が正しい。だが、ここはジェムジェーオン国内だ。直接の武力行使ではなく、数の力で戦闘を終結できる可能性があるのであれば、私はそれを選択したい」
その瞬間、カズマは目を開かされた。
――兄貴が見ている景色は、オレよりずっと遠くだ。
即座に、カズマは謝罪した。
「兄貴、申し訳ない。オレはいつの間にか、戦って勝つことに囚われていた。まさしく、犠牲を最小限にして戦いに勝つことこそ、オレたちが考えねばならないことだ」
ショウマが優しく微笑んだ。
「そんなに卑下する必要はない。カズマの意見は戦術として正しい。もし、暫定政府がジーゲスリードで徹底抗戦するならば、即断速攻したほうが良かったとなる。できれば、武力を用いずに勝利したいが、そう甘くはないだろう」
「たとえ、ジーゲスリードで戦闘になっても、兄貴が戦闘を回避しようとした姿勢は、ジェムジェーオン市民に伝わる。だから、この選択は間違えていないと、オレは思う」
「そうだな、カズマ。迷いが吹っ切れたよ」
ショウマが発したその最後の言葉が、強く印象に残った。
――兄貴にも迷いがあるのか。
ショウマは常に正しい道を即断即決する人間だと思っていた。
だが、カズマと同じように、迷い、悩み、それでも前に進んでいる。
その事実が、カズマの胸を熱くした。
そこから、30分後。
ジェムジェーオンの『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐の部隊が、索敵から戻ってきた。
「ジョニー・マクレイアー少佐です。索敵から帰還しました」
「何か報告はありますか」
「伏兵は確認されませんでした。ただ、……ジーゲスリードから脱出した下士官数名を、保護しました」
ショウマ・ジェムジェーオンは目だけで静かに頷いた。
「ご苦労だった、マクレイアー少佐。次の戦闘に備えて、休んでくれ」
「保護した下士官たちはどうしましょうか」
「応接室に通してほしい」
「承知しました」
ショウマは、船『ギュリル』の艦橋から応接室に向かった。
保護した下士官たちから、首都ジーゲスリードの現在の様子を、直接確認するためだった。
カズマ・ジェムジェーオンとアンナ=マリー・マクミラン大佐が同行する。
10分後。
応接室の扉が開き、五名の下士官が案内されてきた。
彼らは部屋に入るなり、『勝唱の双玉』ショウマとカズマの姿を認め、恐怖に似た驚愕を浮かべた。
「シ、ショウマ・ジェムジェーオン様……」
「なぜ、ショウマ様とカズマ様がここに……」
次の瞬間、下士官たち全員が膝をつき、深々と頭を垂れた。
ショウマは下士官ひとりひとりに歩み寄り、順に手を取り、起こした。
「よく来てくれた。歓迎する」
下士官たちが震える声で、応える。
「小官たちは『勝唱の双玉』に敵対する行動をとました。本来ならば、罰せられるべきであるのに、このように迎えていただけるとは……」
ショウマは首を振った。
「貴官たちは自分たちの意思で、私たちに刃をむけたわけではない。上官の命令に従っただけだ。罰せられる理由は何もない」
「は、はい……」
下士官のなかには、感極まって涙を流す者もあった。
ショウマは本題に入った。
「ジーゲスリードの様子を聞きたい。話をしてもらえないか?」
下士官のひとりが、唇を震わせながら答えた。
「暫定政府は、市民の支持を完全に失っています。治安隊を動員して統制を試みていますが、ほとんど効果がありません」
「軍隊を投入しているのか」
「抵抗は激しさを増しています。すでに犠牲者が出ています」
「犠牲者……?」
「はい。市民に10名以上の死者が……」
ショウマは息を呑んだ。
想定以上に首都ジーゲスリードの深刻な状況に陥っている。
「この状況ですから、暫定政府軍の兵士たちも戦意を失っています。小官たちだけでなく、他にも多くの兵士や市民の多くが、『勝唱の双玉』の帰還を待ち焦がれています」
ハイネスから時間をかけた進軍は、確実に効果を発揮していた。
首都では『勝唱の双玉』への支持が広がり、暫定政府軍には厭戦が蔓延している。
だが、市民の犠牲は見過ごせなかった。
「貴重な情報を聞かせてくれて感謝する。貴官たちはゆっくり休んでくれ」
「ジーゲスリード決戦の際は、ぜひとも、小官たちをお使いください。不満を抱く多くの者たちを、必ず味方に引き入れてみせます」
「分かった。頼りにする」
下士官たちは最敬礼をして退室した。
ショウマは首都ジーゲスリードの現在に思いを巡らせた。
カズマとアンナ=マリーに言う。
「暫定政府の武力鎮圧によって、ジーゲスリードでは市民に犠牲者が出始めている」
カズマが眉根を寄せた。
「急いで、ジーゲスリードに向かおう。これ以上、市民に犠牲者を出したくない。オレたちが想像していたよりジーゲスリードは混乱しているようだ」
ショウマはカズマに顔を向けた。
「悠長に構えている場合ではないな」
「敵の兵士たちの士気は高くないはずだ。ハイネス攻防戦で経験したから分かる。援軍の見込みのない籠城戦は、兵士たちの士気を保つのが厳しい」
アンナ=マリーが冷たい口調で付け加えた。
「しかも、暫定政府軍は敗戦したうえでの籠城ですから」
「……そうだな」
ショウマたち3人は艦橋に戻った。
ショウマは全軍に告げる。
「ジーゲスリードに向けて出発する」
その瞬間、軍全体の空気が引き締まった。
『勝唱の双玉』率いる遠征軍は、ついに首都ジーゲスリードへ向けて、最後の進軍を開始した。
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