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アクアリス英傑記  作者: 芳田たかみ


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037話 ジーゲスリード奪還戦1

 帝国歴628年3月11日、ジェムジェーオン北部ハイネス。

 ハイネス防衛戦の勝利から2日後。

 西部要衝の都市オステリアを、ギャレス・ラングリッジ元帥が攻略したとの報せが届いた。


 すぐさま、ハイネスとオステリアの間で、オンラインでの会談が催された。


 ハイネス市庁舎の貴賓応接室。

 アンナ=マリー・マクミラン大佐は、ショウマ・ジェムジェーオンとともに、ハイネス側を代表して出席した。

 画面の向こう、オステリア側の出席者は、オステリア攻略を指揮したギャレス・ラングリッジ元帥と、援軍のオリバー・ライヘンベルガー男爵のふたりだった。


 会談が始まると同時に、ギャレスが深々と頭を下げた。


「これまで、力になることができず、慚愧に堪えないとはこのことです」

「何を言っている。ラングリッジ元帥の働きで、オステリア攻略を遂げたではないか」

「いいえ、自分は用意された舞台に、最後に上がっただけです」


 ギャレスの声音には、心底からの反省が滲んでいた。

 ショウマが穏やかに言葉を返す。


「私は、ラングリッジ元帥の無事な姿が見られて嬉しい」

「これまで充分すぎる休養を取りました。身体がなまっています」


 アンナ=マリーは画面越しに、ギャレスの顔に、以前と同じ精気が戻っていると感じていた。


 ――壮健で良かった。


 ギャレスはアンナ=マリーをはじめとする部下を逃がすために、自らを犠牲にして暫定政府に捕えられた。

 5ヶ月もの間、ジーゲスリードで監禁が続き、身を案じていた。


 ギャレスが続ける。


「イル=バレー渓谷戦とハイネス攻防戦の記録を、拝見しました。あの逆境を跳ね返すとは。……記録を確認したいまでも信じられません。まったく、奇跡というべき戦果です」

「それはラングリッジ元帥も同様だ。ジーゲスリードを脱出し、短期間で兵士たちをまとめ上げて、ライヘンベルガー男爵と連携する。他の誰にもできない」

「ショウマ様には命を救っていただきました。これくらいは期待に応えないと。まだまだ、ご恩をお返しできたとは思っていません」


 アンナ=マリーは思わず、声を漏らす。


「えっ」


 隣に立つショウマが、顔をアンナ=マリーの方に向いた。


「マクミラン大佐には、伝えていなかったな。クードリアでスン・シャオライ中佐と合流した際、ザカリアスがラングリッジ元帥を狙っている、命が危ないと聞いた。そこで、元帥の救出を命じていた」


 ギャレスが頷く。


「ジーゲスリードの防衛軍本庁で、この命は奪われる寸前でした。スン・シャオライ中佐から指示を受けたウェン・ズーフォン大尉が部屋に現れて、救出されました」

「そのようなことが……」


 アンナ=マリーは息を呑んだ。


 初耳だった。

 ショウマが裏で動き、ラングリッジ元帥の救出の指示を与えていたとは。


 画面の向こうから、オリバーが割って入ってきた。


「ラングリッジ元帥のオステリア到着により、オステリア戦線が動いた。瞬く間に、ラングリッジ元帥はオステリア蜂起の兵士たちを掌握し、俺たちライヘンベルガーと連携を整えてくれた。結果、オステリア攻略は、わずか1日で終わった」


 ギャレスが苦い表情を浮かべ、頭を振った。


「自分の力など微々たるものです。ショウマ様たちのハイネス攻防戦の勝利が、敵味方を問わず、オステリア戦線に大きな影響を与えたのです」


 オリバーが真剣な表情で、腕を組んだ。


「ともかく、結果だ。ハイネスの防衛を果たし、オステリアも支配下に治めた。ここまでの戦果は上々だ。だが、俺たちは最終的な勝利を掴んだわけではない。次の行動目標を決定すべきだ」


 アンナ=マリーはオリバーの言葉に、自然と頷いていた。

 ショウマが静かに告げる。


「次はいよいよ、首都ジーゲスリードだ」


 全員の胸にあった言葉だった。

 ギャレスが険しい表情を作る。


「ハイネス攻防戦で、首都方面軍は傷ついたとはいえ、首都ジーゲスリードには、フェアフィールド元帥の直轄軍が無傷のままで残っています。加えて、ジーゲスリード自体も、不落の堅城です」

「できれば、ジーゲスリードを戦場にしたくない」


 ショウマの言葉に、アンナ=マリーも深く同意した。


 ――ジェムジェーオン国内の人間同士で遺恨を残したくない。


 内戦の戦局は、『勝唱の双玉』陣営優勢に傾きつつある。

 これからは、局地戦での勝利だけでなく、戦後統治も視野に入れなければならない。

 無用な犠牲者を増やさないことも、重要な施策だった。


 ショウマが沈んだ空気を断ち切るように言い放った。


「それでも、私たちは進む」


 アンナ=マリーは、覚悟を込めた。


「一刻も早くこの内乱に終止符を打ちましょう」


 ギャレスが厳しい口調で、続ける。


「帝国中央は『常勝の軍神』ヴァイシュ・アプトメリア侯爵のジェムジェーオン派兵を、正式に決定しました。残された時間は多くありません。それまでに、決着を付けなければなりません」


 ショウマが力強く頷いた。


「その通りだ。私たちの手でジーゲスリードを取戻すことが、今後のジェムジェーオン再建の主導権を握る鍵となる」


 全員が同意を示した。


「明日、ハイネスの軍は、ジーゲスリードに向けて出立する。ラングリッジ元帥もオステリアからジーゲスリードに向かってほしい。多くの軍勢でジーゲスリードを囲むことで、相手の戦意を削ぎたい」


 ショウマが画面越しにオリバーに向かって、頭を下げた。


「ライヘンベルガー男爵にはオステリアの守備をお任せしたい」

「もちろんだ。留守は任せてくれ」


 ギャレスが続ける。


「ジーゲスリードへの行軍、承知しました。早急に軍を編成して向かいます」

「頼む。迅速に出発してくれ。ただし、進軍自体は、ゆっくりで構わない」


 ギャレスがショウマの意図を確認する。


「一刻も早く、ジーゲスリードに向かわなくて、よろしいのですか」

「私はできるだけ早く、ジーゲスリードに向かう姿勢を示すことが重要と考えている。強行な姿勢ではなく、寛容な姿勢を示せば、ジェムジェーオンの各都市は、血を流すことなく味方になってくれるはずだ」


 ショウマの言葉に、ギャレスがニヤリと笑った。


「確かに。無用な反抗を防ぐべき時期ですな」


 同感だった。

 アンナ=マリーは、ハイネスの準備状況を、ショウマに報告する。


「ハイネスの準備は着々と進んでおります。明日、予定通り出発できます」

「了解した」


 ショウマがアンナ=マリーに頷いたあと、画面越しに力強く言った。


「では、ラングリッジ元帥、ジーゲスリードでの再会を楽しみにしている」

「承知しました。首都ジーゲスリードでお会いましょう」


 こうして、ハイネスとオステリアのオンラインでの会談が終了した。




 同時刻、オステリアの市長室


 オンライン会談を終えると、ギャレス・ラングリッジ元帥は、胸の奥に溜まっていた息を吐き出した。

 隣で、オリバー・ライヘンベルガー男爵が、噛みしめるような声音で呟く。


「いつの間にか、……ショウマは立派な君主に成長していたのだな」


 ギャレスは心のなかで、頷いた。


 ――なるほど、ライヘンベルガー男爵も同じ思いを持たれたか。


 もともと、ショウマ・ジェムジェーオンは聡明な青年だった。

 それでも、ジーゲスリードが暫定政府に占拠される以前のショウマは、26歳という年齢相応の若さと未熟さを、どこかに残していた。


 約半年ぶりに対面したショウマは、その面影をほとんど残していなかった。

 言葉にも判断にも、揺るぎない芯があった。

 君主としての風格が、自然と身に宿っていた。


 ――これは、老婆心なのか。


 ギャレスはショウマの幼少期から成長を見守ってきた。

 オリバーもまた、若い頃からショウマを知る者だ。

 同じ感慨を抱いたとしても不思議ではない。


 ギャレスは言葉を継いだ。


「ショウマ様の成長には、驚くばかりです。この戦いが終結すれば、ジェムジェーオンは国を再建せねばなりません。望む望まないとは関係なく、当主としての成長を求められ続けるでしょう」


 オリバーが深く頷いた。


「ラングリッジ元帥の言う通りだ。君主という立場は、綺麗ごとだけでは務まらない。時に犠牲を覚悟し、決断しなければならい場面がある」

「ライヘンベルガー男爵ご自身の体験談ですか」


 オリバーが苦笑いした。


「そうだ」

「やはり、そうでしたか」


 オリバーが、はにかんだような笑顔を浮かべて続けた。


「いまでも、うまく立ち振る舞えているとは思えないがな」

「ご謙遜を」


 オリバーが真顔で言った。


「謙遜などではない。常に、これでいいのかと悩んでいる。だが、……悩みがなくなって、うまく立ち振る舞えると思い始めたら、俺は終わりと思っている。未来は誰にもわからない、正解はどこにも用意されていない。だからこそ、その時々を全力で臨まねばならない」


 ギャレスも真顔で応じる。


「確かに、未来という時間軸でしか、正解は分からないものです」


 オリバーの表情がわずかに曇る。


「俺はショウマを心配している。頭が良すぎるのだ。成長が早すぎると、精神的な諦めや割り切りに舵を切ることに繋がらないか、一抹の不安をいだいている」


 ギャレスは、オリバーの言葉がショウマの特質を的確に捉えていると感じた。

 そして、そこに偽りのない誠実さを見た。


 ――腹を割って、直言している。


 オリバーはギャレスより20歳近く若かった。

 しかし、今後のショウマ・ジェムジェーオンにとって、同じ当主という立場で、人間として信用できるライヘンベルガー男爵の存在は、ますます大きくなると確信した。


「自分はショウマ様が、良い君主になると信じています。ただ、あの性格です。良い君主であろうとするほど、孤独を味わうことになる。その時は、ライヘンベルガー男爵が手を差し伸べていただきたい」


 オリバーが真っすぐにギャレスを見据えた。


「俺にとって、ジェムジェーオン伯爵家は家族も同然だ。ショウマもカズマも義弟を超えて、本当に血の繋がった弟だと思っている。助力が必要なら、これからも頼ってほしい。そして、ラングリッジ元帥、そなたのような経験豊富な人間が、ショウマを助け、導いてほしい」

「承知いたしました」


 ギャレス・ラングリッジは、心からの敬意を込めて、オリバー・ライヘンベルガーに深く頭を下げた。



「面白い」


「続きが気になる」


と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。


つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。


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