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アクアリス英傑記  作者: 芳田たかみ


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036話 西部戦線2

 帝国歴628年3月10日、ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリード。

 ジェムジェーオン防衛軍本部庁舎にて、マクシス・フェアフィールド元帥は、前日のハイネス攻防戦の敗北の報せに続き、さらに追い打ちをかける西部要衝都市オステリア失陥の報せを受けた。


「……まさか、ギャレス・ラングリッジ元帥がオステリアに向かったとは」


 西部戦線は、暫定政府が優勢な状況を作りあげていたはずだった。


 外交を駆使して、パイナス伯爵国を動かし、ライヘンベルガー男爵国を牽制し、参戦を阻んでいた。

 さらに、オステリアで蜂起した兵士たちの分断工作も進んでいた。

 オステリアに核となるリーダーが不在だったことを突いて、兵士たちの間に主導権争いを生じさせていた。


 暫定政府によるオステリア蜂起の鎮圧は、目前だった。

 逆転劇の始まりは、ジーゲスリードで囚われているはずのギャレス・ラングリッジ元帥の登場だった。


 ラングリッジ元帥はオステリアに到着するや否や、バラバラだった兵士たちをひとつにまとめ上げた。

 派閥ごとに主導権を主張していた兵士たちも、ラングリッジ元帥の前では、素直にその指揮下に従った。

 ライヘンベルガー男爵が、公式にラングリッジ元帥からの要請を受け、連携を実現させた。


 風前の灯火だったオステリア蜂起は、一気に息を吹き返した。

 そして、ハイネス攻防戦の結果が伝わると、オステリアはあっけなく陥落した。



 その頃、ハイネス遠征軍が首都ジーゲスリードに帰還した。

 総司令官ドナルド・ザカリアス大将とともに、ジーゲスリードに帰還した兵士の数は、わずか約4万。

 12師団約12万人で出兵した遠征軍は、3分の2を失っていた。

 死傷者よりも、ハイネスで『勝唱の双玉』に降伏した者の方が多かった。

 意気揚々と出陣したのに対して、稀にみる凄惨な状態での帰還だった。


 この様子を、ジーゲスリードの市民は冷ややかな目で見つめていた。


 敗軍。

 生還した遠征軍をに対して、ジーゲスリード市民の頭に浮かんだのは、その言葉だった。




 帝国歴628年3月11日。ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリード

 市民の暫定政権に対する感情は、もはや、失望ではなく、怒りへと変質しつつあった。

 不満を抱く市民が、広場や大通りに集まり、暫定政府に対するデモを開始した。


 最初は、警官隊の出動での平和的な解決が試みられた。

 だが、抗議は次第にエスカレートしていく。

 ついには、警官隊の手に余る暴動へと、変貌していった。


 側近がマクシス・フェアフィールド元帥に問う。


「フェアフィールド元帥。……本当に、軍を投入していいのですか」


 マクシスは深い悲しみと苦しみの混じった嘆息をついた。


「この首都ジーゲスリードで、好きに暴れさせるわけにはいかない」


 苦渋の決断だった。

 フェアフィールド元帥の命令により、ジェムジェーオン防衛軍のなかから治安部隊が出動した。


 一度は、軍部の治安部隊により、暴動は鎮圧された。

 だが、暫定政府軍の締め付け強化は、民衆たちの反発を呼び、新たな暴動が連鎖的に生じる結果となった。

 新たに発生した暴動を鎮圧するため、再び、軍の治安部隊が投入された。


 ――負のジレンマだな。


 マクシスは、胸の奥で呻いた。


 治安維持のために動員する武力、それに反抗する民衆。

 徐々に規模が大きくなる。


 ――この連鎖が、良い結果を産みだすことはない。


 それは、命令を下したマクシス自身が、誰よりも理解していた。

 それでも、軍の治安部隊をやめられなかった。

 すでに、軍の治安部隊の投入すること以外に、暴発する民衆を抑える術がなかった。




 同日、ジェムジェーオン防衛軍本部庁舎。

 マクシス・フェアフィールド元帥は、ハイネスでの敗北の報告を受けるため、ドナルド・ザカリアス大将を、呼び付けていた。


「ザカリアス大将が到着されました」

「応接部屋に通してくれ」


 マクシスは身支度を整えると、応接部屋に向かった。

 既に、ザカリアスが直立して待っていた。

 敗軍の将とは思えぬほど堂々と胸を張り、悪びれる様子は微塵もなかった。


 マクシスは対面ソファではなく、机に腰かけた。

 目の前で直立するザカリアスに告げた。


「まずは貴官の話を聞こう」

「ハイネスの敗因は、スン・シャオライ中佐とバルベルティーニのクラウディウス将軍が裏切りです」

「バルベルティーニのクラウディウス将軍はともかく、スン・シャオライ中佐は貴官の部下ではないか」

「その通りです。背影人は信用できません。まさか、スン中佐に預けた3個師団まるごと、オステリアに向かわず、ショウマ・ジェムジェーオンに寝返ると誰が予測できましょうか」


 マクシスはすでに、ハイネス攻防戦の記録を確認していた。

 参戦した者たちのうち信頼できる者から、戦場の裏取りも行っている。


 ――まるで、他人事のような話しぶりだな。


 確かに、ザカリアスの説明は、確認した事実と合致している。

 だが、ザカリアスはこの軍の最高司令官だった。

 その命令により、多くの将兵が懸命に戦い、命を落とし、敗北を喫することになった。

 その本人が発する言葉としては、あまりに軽い。

 怒りが胸の奥で膨れ上がる。


 ――落ち着け。感情に任せて糾弾してはならない。


 マクシスは激情を抑え込んだ。

 冷静な口調で、ザカリアスを問い質す。


「貴官に預けた兵力は、3個師団が離反しようとも、なおもハイネスの兵力とくらべて優位な戦力だ。それを踏まて、もう一度、ワシは貴官に問いたい。この大惨敗をどう考えているのだ」


 ザカリアスが微笑を浮かべ、大仰に両手を広げた。


「元帥の仰る通り、我々遠征軍は数だけを考えれば、敵軍の兵力をはるかに上回っていました。ただし、全軍が小官の統制下で正しく機能していれば、という注釈を付けさせてください。そうであれば、敵軍が奇襲を仕掛けてこようとも、跳ね返すことができました」


 回りくどい口調だった。マクシスの癇が刺激される。


「含みのある言い方だな」

「ショウマ・ジェムジェーオンが我らの背後を突いた際、バルベルティーニのクラウディウス将軍が裏切ったのです。窮地に立つ我らを救出せず、静観を決め込みました。あの行為を背信行為と言わずして、何と呼びましょう。真の敗因は奴らバルベルティーニです」


 マクシスは憤懣やるかたなくなってきていた。


 ――背影人、バルベルティーニ。


 ザカリアスが語る弁明の言葉から、自らの非を認める発言はなかった。


「つまり、貴官は何が言いたいのだ」

「ここまで説明しているのに、ご理解いただけませんか? では、はっきりと伝えましょう。背影人やバルベルティーニは信頼に値しないということです」

「組織は多様な人間で構成される。与えられた軍勢の指揮統制をまとめることは、全軍の総司令官の役割だ。ワシが尋ねているのは、貴官は総司令官として、この戦いをどう総括するつもりかということだ」


 マクシスは抑制しなければという意思に反して、口調が荒くなってきたのを自覚した。

 この言葉を受けて、ザカリアスが心外と言わんばかりに眉をひそめる。


「お言葉ですが、小官は誰が総司令官を務めても、結果は同じだったと考えています。勝負は時の運とも言います。従いまして、今回の戦いは不運が重なった、と言っておきましょう」


 ザカリアスの言葉に自省の色はなかった。


 ――きっと、これまでも外部環境や部下に責を押し付け地位を昇ってきたに違いない。


 だが、この人物に地位を与えたのは、マクシスを含むジェムジェーオンの軍部だった。

 マクシスの胸に、深い諦観が広がった。


「不運。だと? 貴官は、これだけの敗北を、その一言で片付けるつもりなのか」


 ザカリアスが誇大するかの如く両手を大きく広げ、声を張った。


「元帥こそ、何を仰っているのですか! まだ、我々の負けが決まったわけではありません。このジーゲスリードは不落の堅城です。今度は、我々が敵を翻弄する番となりましょう」


 マクシスは、静かに確認する。


「ハイネスに引き続き、オステリアも落ちた。ギャレス・ラングリッジ元帥をジーゲスリードから逃がすことになった。これについて、貴官から弁明はあるか?」


 ザカリアスが小首を傾げた。


「何のことでしょうか」

「ラングリッジ元帥を監禁した部屋に3名の死体が転がっていた。いずれも貴官の幕下に所属する者たちだ」

「初耳です。調査を約束しましょう」


 今度は、白を切るつもりのようだ。

 マクシスは天を仰いだ。


 ――限界だな。


 マクシスは立ちあがった。

 ザカリアスを強い眼差しで射抜いた。


「ワシらは今後のことを考えねばならない。貴官に問う。暫定政府が置かれている状況をどのように理解している?」


 ザカリアスがこちらを見上げつつ、大声で虚勢を張った。


「元帥もこれからが大切であることを、ようやく理解していただけましたか。確かに、我々はいくつかの戦いに破れました。ですが、我々の戦いは終わっていません。まだまだ続くのです。これからの勝利のために、弱気は禁物です」

「貴官は何か勘違いをしていないか」


 マクシスの冷たい口調に、ザカリアスの視線が揺れた。


「勘違いとは?」

「これほどの大惨敗だ。立て直すには、まず、誰かが責任をとらねばらならない」

「……」

「頭の良い貴官ならば、この意味が分かるな」


 ザカリアスの口許が歪んだ。


「それは、小官に責を負え、という意味ですか」

「他に誰がいる」

「私の他に誰がこの軍を導けると……」


 マクシスはザカリアスの言葉を遮った。


「残念だが、ザカリアス。貴官と『勝唱の双玉』は違う。兵士たちは、ハイネスで多くの命を犠牲にした貴官の命令を、聞くことはない」


 ザカリアスが表情を歪め、頭を掻きむしる。


「元はと言えば、フェアフィールド元帥の部下が裏切ったことが原因でありましょう!」

「ワシが遠征軍を指揮するというのを制し、自らが出陣すると主張したのは、貴官であろう」


 ザカリアスは顔面をひくつかせながら、甲高い声で発した。


「なぜです? 我々は正義のもとに行動している。故アスマ・ジェムジェーオン伯爵の遺志を継いで行動しているのです。それなのに、なぜ、私が敗戦の責任を負わされ、このような立場に陥いるのですか」


 マクシスは大きくため息をついた。


 ――そんなことも判っていないのか。


 正義とは主観的なもので、正しさは相対性のなかで選ばれるもの。

 両者は根本的に異なる。

 正義を大きく振りかざす者ほど、その当然たる常が見えなくなる。


「ワシも故アスマ・ジェムジェーオン伯爵の遺志を受け継いだひとりだ。その責任を果たすつもりだ」

「元帥。あなたは何も判っていない。武家御三家や伯爵家の『勝唱の双玉』では、この国は何も変わらない。ジェムジェーオンを正しい方向に導けるのは、私だけなのです」


 マクシスは頭を振った。


 ――優秀だが、人の上に立たせてはいけない人物だ。


 マクシスは立ちあがり、応接部屋の後方で控える憲兵に聞こえるように声を張った。


「ドナルド・ザカリアスを捕らえよ」


 憲兵が現れ、ザカリアスの身体を捕らえた。


「やめたまえ。貴様ら、判っているのか? 私を誰だと思っている」


 ザカリアスが必至で抵抗した。

 憲兵が視線で、マクシスに確認を求めてくる。

 改めて、マクシスは憲兵に命じた。


「ザカリアスを連れて行け」

「フェアフィールド元帥、……あなたでは役不足だ」


 ザカリアスの捨て台詞だった。

 マクシスはその言葉が間違えていないことを理解していた。


 ――知っているさ。


 しかし、正しいことが最善の答えに必ずしもならないことも知っていた。

 ザカリアスは知ろうとしなかったが、マクシスはそれを知っていた。

 淡々としたな口調で答える。


「貴官の言う通り、ワシでは役不足なのかもしれない。ただ、ワシは己の器の大きさを自覚しているし、貴官のようにそれを大きくみせようなど思っていない。心配は無用だ」


 ザカリアスが何か言おうとした。が、結局、口を閉じた。

 憲兵によって、ザカリアスが部屋から連れ出された。


 応接室が静寂に包まれた。


 マクシスは椅子に腰をおろし、身体を椅子に持たれかける。

 しばらく、何も考えずにその姿勢のままでいた。


 数分後、意を決し、机の通信機を操作した。


「マクシス・フェアフィールド元帥だ。パーネル中将を呼んでくれ」

〈承知しました〉


 マクシスは目を閉じた。

 脳裏に、いまは亡きアスマ・ジェムジェーオン伯爵の顔が浮かぶ。


 ――お任せください。必ず決着は付けます。


 現在、ジェムジェーオンは国難にある。

 一刻も早く、秩序を回復しなければならない。


 マクシス・フェアフィールドは、国を真っ二つに分けた内乱に決着をつけるのは、ジェムジェーオン防衛軍元帥という過分の地位を与えられた自らの責務であると、胸に誓った。



「面白い」


「続きが気になる」


と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。


つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。


ブックマークもいただけると本当にうれしいです。


よろしくおねがいします。


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