034話 クードリア秘密都市ラオジット4
帝国歴628年3月6日、ジェムジェーオン北西クードリア地方、ラオジット。
ラオジットの第5代主席委員、ガオ・オンピンは、ラオジット統治委員会の臨時会議を招集していた。
ガオがラオジットのトップの地位である主席委員に就任して18年。
歴代の主席委員のなかで、中興の祖と呼ばれる第3代ザオの20年に次ぐ長さとなっている。
この18年の間に、ラオジットはいくつかの危機を迎えた。
そのたびに街を守り、拡大させてきたのは、ガオ自身の功績だという自負があった。
だが、ここ数年、ガオの苦慮は深くなっていた。
ラオジットは、拡大志向に支えられてきた街だった。
しかし、限りある閉鎖空間のなか、物理的な拡がりは限界に達しつつあった。
――ラオジットは、いま分水嶺に立っている。
ガオはそれを痛感していた。
街の仕組みの構造を変えねば、未来はない。
縮小均衡政策への転換を試みたこともあった。
だが、市民の進取の気性と拡大志向を基盤としてきたこの街は、それを受け入れなかった。
そんな折、ショウマ・ジェムジェーオンが現れた。
そして、今回の臨時会議の議題は、ショウマを支援するか否かだった。
ガオを中心に円卓に座る5人の人間、ラオジットの行政を司っている統治委員会のメンバーたちだった。
ショウマとの会談にも臨席してした初老の男、ユアン・ジールドもそのひとりだった。
さらに、特別参加者として、白い仮面のふたりも呼んでいた。
ユアンが議論の口火を切った。
「ショウマ・ジェムジェーオンは危険です。あの者に手を貸して、我々に何の得がありましょうか」
ユアン・ジールドは影背人ではなかったが、生まれも育ちもラオジットだった。
年齢はガオより20歳ほど若く、次代の主席委員との期待を受けている。
ガオは静かに応じた。
「確かに、ショウマ・ジェムジェーオン卿は、わたしが想像していた人物と違っていた。それは認めます」
「我々は基本に立ち戻るべきです。望むのは、アスマ・ジェムジェーオン伯爵統治時代と同様の権利。すなわち、ラオジットの自治権です。それが支援の条件です」
「わたしは、ショウマ殿はラオジットの自治を約束したと理解しています」
「長、私の理解は異なります。ショウマはそれ以上のものを望んでいます。ラオジットそのものを、自らの手で変化させようとしている」
ユアンの声には、恐れが混じっていた。
ショウマ・ジェムジェーオンは、野心的で、危険な青年。
変化をもたらす者と映っている。
――ショウマ・ジェムジェーオンがラオジットを変える。
その意見は、ガオも同じだった。
ただ、それが意味するものに対し、捉え方が異なっていた。
「ユアンは、ラオジットがこのままでいいと思っているのですか」
「もちろん、状況に即して、変化すべきだと思っています」
「どのように、実現するのですか」
「これまでの施策は、有効な成果を上げられなかったことは事実です。ですが、諦めずに、これからも試行し続けることが重要ではないでしょうか」
ユアンが言っていることは、何も間違えていない。正論だった。
だが、第3次クードリア掃討戦の終戦以降7年間、その正論を貫いてきたが、街は何も変わらなかった。
ユアンが感情を前面に出して、迫ってきた。
「長も認めた通り、ショウマは期待した人物ではありませんでした。当初から、意中の人物でなければ、排除すると、決めていたはずです」
「わたしは、ショウマ殿が想像する人物とは違ったとは言いましたが、意中の人物ではなかったとは言っていない。むしろ、わたしの期待を超えた人物だったと言っていい」
「長……」
ガオはショウマの姿に、この街の基礎を創りあげた初代主席委員ラオ・ツーロンを重ねていた。
ラオの死から45年。
姿を直接見た者は、ラオジットの街にも僅かとなっている。
現在のラオジットの人々は、ラオを英雄として崇め、完璧な指導者だと信じている。
だが、存命中の姿を知っているガオは、実際のラオを知っていた。
ラオは失敗も多かった、仲間から煙たがられることもあった。
それでも、誰よりも前に立ち、夢を語り、皆を鼓舞した。
――ショウマは、あの頃のラオ・ツーロンに似ている。
ガオは仮面のふたりに視線を向けた。
「あなた方には3日間、ショウマ・ジェムジェーオン卿と行動をともにして貰いました。そのなかで、どのような人物と感じたか、率直な感想を聞かせてもらえますか」
仮面のふたりのうち、先に、華奢な体格の仮面が感想を述べる。
「政治的な立場を抜きにします。上に立つ人間として、ショウマ・ジェムジェーオンは稀有な才能を持っていると感じました。わたしは、もっと賢く打算的な考え方をすると考えていました。ですが、その考えが違ったと知りました。理想を語り、人を惹きつけ、行動力を持つ人物です」
体格の良い仮面が、同意するように頭を縦に振った。
「思考力と洞察力に優れ、頭が切れる。長との会談でも、あの立場に置かれながら、臆せずに自分の意見を主張した。胆力があることを示しています」
ユアンが、仮面のふたりに食って掛かった。
「我々とあなた方では、立場が違う」
「ユアン、止めなさい」
ガオは制した。
「意見を求めたのは、わたしです」
ユアンが悔しげに息を吐き、黙った。
ガオは宣言した。
「わたしは、いま、ラオジットを、いや、この国を、ショウマ・ジェムジェーオン卿に託すのが最善であると考えています」
ユアンがなおも食い下がる。
「本当に、それが最善なのでしょうか」
「ラオジット、いや、クードリア地方はジェムジェーオンのトップと良好な関係を築かねばならない。ショウマ卿ならば、未来が築ける希望があります」
「他に選択肢はないのでしょうか?」
「ショウマ・ジェムジェーオン卿以外に、この国に人物がいますか」
「たとえば、ドナルド・ザカリアスは」
ガオは即答する。
「あの者は小物です。大層な大儀を掲げ、理路整然としているように見えるが、一方的に正しさを主張しているに過ぎません。正論を振りかざし、他人が自分に従うことが正しいと信じて疑わない。決して、自らを犠牲にせず、己の身は常に安全地帯に置く。つまり、人間としての器が小さい。あのような人物がトップに立った時、国や組織は悲劇を迎えます」
ユアンが、まだ不服そうな顔をしている。
ガオは断じた。
「直接会って分かりました。ショウマ・ジェムジェーオン卿は、わたしたちに新たな可能性をもたらす人物であると。わたしたちもまた、決断しなければならない。選択肢は多く残っていません」
ユアンが俯いた。
「我々は、ただ、このラオジットをいつまでも平和に保ちたいだけなのです」
「ユアン、わたしもラオジットの平和を願っています。だが、昨日と同じことを明日も続けるという意味ではありません。ラオジットの未来のために、わたしはショウマ・ジェムジェーオン卿を支持します。しかし、わたしの一存では決められない。それがラオジットのルールです。わたしたちは決めねばなりません」
統治委員5人のうち、ユアン・ジールド以外の4人がショウマ支持の賛意を示した。
ガオはユアンに頭を下げた。
「ユアン、協力してくれませんか」
「……私ひとりが異を唱えるのは間違えているのでしょう。承知しました」
ユアン・ジールドが手を上げた。
こうして、統治委員全員の総意をもって、ショウマ・ジェムジェーオン支援が決定した。
ラオジット統治委員会の臨時会議が散会してから2時間後。
ガオ・オンピンのもとに、ショウマ・ジェムジェーオンが訪問してきた。
部屋に入ってくるなり、すぐさま、ショウマがガオに頭を下げた。
「ガオ様、ご支援いただき、ありがとうございます」
ガオは、まだ何も伝えていない。
ショウマを連れてくるように指示した人間にも用件は伝えていない。
「わたしはまだ、何も言っていません。なぜ、ショウマ殿は支援を得られると考えたのですか」
「支援しないと決定したのであれば、私のもとに遣わされたのは刺客だったでしょう。生かしたままにするには、危険が大きすぎる」
ハハハ、思わず、ガオは笑いがこみ上げてきた。
――やはり、この若者は本物だ
決断が正しかったと思いを強くした。
「ショウマ殿は正直な方だ。しかし、あなたは支援を受ける身です。この場は、殊勝な態度で臨んで、わたしの口から正式に支援することを聞くことを、考えなかったのですか」
「ガオ様は、そのようなショウマ・ジェムジェーオンを望んでいますか」
ショウマが不敵に笑った。
ガオの背筋に、久しく忘れていた高揚が走った。
――なるほど。この若さにして、人を魅了する術を掴んでいる。
口元を緩め、告げる。
「改めてお伝えします。ラオジットは、ショウマ・ジェムジェーオン殿を支援します」
「ご期待に沿えるよう尽力します」
「早速ですが、ショウマ殿を助力する面々を紹介します」
ガオは奥の部屋から3名の人物を呼び寄せた。
ショウマと行動をともにしてきた仮面のふたりと、ジェムジェーオン防衛軍の軍服を着た人物だった。
ガオは3人を手招きした。
「白い仮面のふたり、改めての紹介は不要でしょう。訳あって正体を明かすことはできませんが、素性は確かとわたしが保証します。ラオジットが保持する最新鋭装備をこの者たちに預けます。ショウマ殿の部隊に加えてもらえれば、必ずや力になってくれるはずです」
ショウマが、顔をほころばせた。
「引き続き、協力していただき感謝します」
体格の良い仮面が、直立不動のままショウマに言った。
「失望させるつもりはない」
ショウマが仮面のふたりに問い掛ける。
「そろそろ、名前を教えてほしいのだが……」
仮面のふたりが顔を見合わせる。
華奢な体格の仮面が言う。
「そうでしたね。私たちは『ビャクレン隊』。そして、私の名は『レン』」
「俺の名は『ハク』だ」
レンとハクが右手を差し出した。
ショウマはその手をしっかりと握った。
ガオは、もうひとり、ジェムジェーオン軍の軍服を着た人物を紹介した。
「こちらは、ジェムジェーオンのスン・シャオライ中佐です」
ショウマの表情が変わった。
仮面のふたりに対するのと明らかに違う、鋭い視線で詰め寄った。
「スン・シャオライ中佐。私の記憶が確かならば、ドナルド・ザカリアス大将の司令部に所属する士官のひとりだったはずだ」
機械で造形したような綺麗な顔立ちをしていたスンが、表情を変えずに返答する。
「ショウマ様の認識に、誤りはありません。小官はザカリアス大将旗下の司令部に所属しています」
「では、なぜ、私に協力する」
「ドナルド・ザカリアス大将では、国を変えられないと悟ったからです」
「理由を説明してもらおう」
「ザカリアス大将は平民出身で、血統よりも個人そのものに重きを置くべきと主張しています。背影人である小官は、志を共にできると考えていました。ですが、彼は自分が掲げた正義よりも、自らを優先します。その姿勢に限界を感じました」
ショウマが訝しげな表情で言う。
「であれば、貴官自身が正義を掲げ、先導すればよかろう」
「人にはそれぞれ、能力という器があります。残念ながら、小官は人を統べる器量を持ちません。自ら先頭に立つのではなく、先頭に立つ人間を補佐することが小官の器です」
「私は、貴官の思想からすれば、最も打倒すべき対象ではないのか」
「小官の判断基準は、血統でも地位でもありません。あくまで、その人物の能力や思想です。小官が補佐すべきと考えた人物が、たまたま体制の中心にいたのです」
「私がザカリアス大将と同じように、自分自身を優先する人間だったら、貴官はどうするのだ」
「ショウマ様のもとを去ることになりましょう」
ショウマが口の端で歪めた。
「なるほど」
ガオはふたりのやりとりに割って入った。
「スン・シャオライ中佐は、ハイネス遠征軍のうち3個師団を率いて、オステリアに遠征する途上です。この軍勢を味方につけ、ハイネスに戻れば、遠征軍を打ち破ることが可能でしょう」
スンが続けた。
「兵士たちを味方につけるのは、ショウマ様にお任せします」
「早速、私を試そうということか」
「そのように理解して頂いて、構いません」
「よかろう。私は自らの役割を全うしよう」
スンがショウマに深く頭を下げた。
そして、1時間後。
ショウマ・ジェムジェーオンは3個師団の兵士たちの前に立っていた。
これまでの兵士たちの勇戦に感謝し、戦いの大義を説き、未来のジェムジェーオンを描いてみせた。
その声は、兵士たちの胸に火を灯した。
話が終わるころには、3個師団の兵士たちは、ショウマ・ジェムジェーオンを主と定めていた。
こうして、ハイネス戦線の逆転の軍勢が結成されることになった。
この軍勢こそが、後に語り継がれる「ハイネス攻防戦の奇跡」を生み出す原動力となった。
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