032話 クードリア秘密都市ラオジット2
帝国歴628年3月6日、ジェムジェーオン北西クードリア地方、ラオジット。
ショウマ・ジェムジェーオンが、この街、ラオジットに連行されてきてから3日が経過していた。
白い仮面のふたりの言葉の通り、ショウマの街のなかでの自由は保障されていた。
体格の良い仮面と華奢な体格の仮面が、街のガイド兼監視役としてショウマに付き添った。
この間、仮面のふたりは必要最低限のことしか話さない。
ショウマは、焦りを覚えていた。
――こうしている間にも、ハイネスやオステリアの戦いは続いている。
何の進展もなく時間だけが過ぎていく。
「私をこの地に留める目的は何だ?」
「……」
沈黙。
仮面のふたりは、この答えを口に出さない。
ショウマはさらに詰問する。
「答えてくれ」
体格の良い仮面がショウマの前に仁王立ちとなり、告げた。
「俺たちは、それに答えられない。貴様がこの街を回るというならば、手助けはする」
反論を許さない口調だった。
いま、ショウマに許されているのは、この街のなかでの自由。
できることは、この街を歩き回り、すこしでも多くの情報を獲得することだけだった。
濃霧のなかを手探りで進むように、できることをひとつひとつ積み重ねるしかない。
「わかった。街のなかを案内してくれ」
こうして、仮面のふたりを案内役にして、ショウマはラオジットの街を巡った。
街を回っているうちに、思いがけず、自らの気持ちに変化が生じていることに気づいた。
このラオジットの街そのものに、そして街で暮らす人々の様子に興味が湧いてきた。
ラオジットは、ショウマが生まれ育った首都ジーゲスリードとまるで違っていた。
街並みは秩序なく、猥雑で、非衛生的な路地裏も至る所で散見している。
それでも、ここで暮らす人々の顔は、前や上を向いていた。
生きることに必死で、そしてどこか楽しげだった。
その光景が、ショウマのなかに強烈な不協和音を響かせた。
――この感覚は何だ。
不協和音の正体を掴むべく、ショウマは気になるところを思うままに、次々に歩いた。
人々の表情、空気の匂い、雑踏のざわめき。
そこから、漠然とした何かが見え始めていた。
だが、まだ明確な形ではなく、ぼんやりとした輪郭しか掴めていない。
ラオジットでは、人工的に夜と昼が造られる。
滞在3日目の夕刻。
上空の人工灯が絞られ、街は薄暗く沈んでいった。
その時だった。
突然、体格の良い仮面が、ショウマの後ろから肩に手を掛けた。
「ちょっと、よいか」
ショウマは立ち止まった。
珍しく、体格の良い仮面から話しかけられたのに、内心驚く。
「何だ?」
背後から付いてきた体格の良い仮面が、立ち止まったショウマを追い越した。
そのまま進み、振り返りもせずに一言だけ告げた。
「俺に付いてこい」
有無を言わさない口調だった。
そのまま歩み始める。
「わかった」
ショウマは体格の良い仮面に従った。
背後から華奢な仮面も、静かに付いてくる。
連れていかれたのは、ラオジットのサロン街地区だった。
合法・非合法を問わず、帝国内のあらゆる物が取引される旧市街。
この旧市街の雑然とした雰囲気こそ、ラオジットの人々は街の本当の姿と呼んでいる。
雑然とした路地にネオンが煌々と輝き、スーツ姿のビジネスマン、ドレスの女、客引きの男たちが行き交う。
ラオジットという街が持っている熱と濁りが、エネルギーとなり渦巻いていた。
路上に立つ客引きの男が、仮面のふたりを見ると、道を開け、軽く会釈した。
「ご苦労様です」
体格のよい仮面が、右手を軽く上げて応える。
ショウマに振り返りもせず、独り言のように呟く。
「俺たちは普段、この街の治安を担当している」
「そうか」
ショウマは頷いた。
サロン街の奥へ進むにつれ、空気が変わった。
喧騒が遠ざかり、代わりに暗く重たい圧力が満ちていくのを感じる。
――ラオジットの核心に迫っている。
ショウマは直感した。
やがて、華奢な仮面が小走りに走って前に出て、老朽化した3階建ての建物を指さした。
「ここが目的地です」
そこには、古く色あせた看板『ロウ商会 食品サロン』が掲げられていた。
横の薄いボードには、手書きで『二階へどうぞ』とある。
――何が待っているのだ?
ショウマの胸に緊張が走った。
この老朽化した建物の階段を、仮面のふたりが昇っていく。
ショウマもそれに続くしかなかった。
2階のドアを開けると、その先は長く細い廊下が続いていた。
最小限の明かり。薄暗い廊下の天井には監視カメラがいくつも並んでいる。
突きあたりには、この建物に不釣り合いの最新式の電動扉が据え付けてあった。
――厳重に侵入者対策が施されている。
電動扉の横に、画面モニターとボタンが付いていた。
体格の良い仮面が、ボタンを押した。
すぐに、赤く点滅し、画面モニターが光った。
「俺です。連れてきました」
扉が開く。
なかに進むと、護衛が2人、銃を携えて待ち構えていた。
仮面のふたりがなかに進むと、護衛は何も言わず左右に割れて道を空けた。
ショウマも続けてなかに進む。
左右の護衛から、鋭利な視線が突き刺さる。
――見定められている。
張り詰めた空気のなか、一番奧の部屋に通された。
部屋は程々の広さ、5人以上の人が集まっても狭さは感じない大きさだった。
置かれている家具は、豪奢というよもりも機能的で、細部には優美な装飾が施してあった。
「ここで、しばらく待て」
体格の良い仮面の言葉は、問答無用だった。
仮面のふたりが、部屋から出ていった。
ショウマは、ひとり残された。
窓際へ歩み寄る。
外には、猥雑としたサロン街のネオンが、赤や青の光を放っていた。
窓のガラスに触れる。
二重構造で、特殊な材質のガラスが使われている。
よく見ると、外側には、赤外線センサーが張り巡らされていた。
――やはり、厳重なセキュリティが施されている。
外装を偽装したうえで、安全に密会できる特別な部屋。
ただの金持ちでは用意できる水準を、軽く凌駕している。
――誰がここに私を呼び寄せたのか。
当然、その者は、私がショウマ・ジェムジェーオンであることの意味を理解している。
仮面のふたり、特にあの体格の良いドレッドロックスの人物は、隙が全く見当たらない。
その彼にショウマの連行を命じることができる権限を持っている。
この街のなかでも、該当する選択肢は多くはないはずだ。
ショウマは静かに思考を巡らせた。
頭のなかでは、いくつものパターンと、それに応じたシミュレーションが駆け巡る。
5分後。
コンコン。
部屋の扉が開き、仮面のふたりが戻ってきた。
仮面のふたりに続いて、白髪白髭の老人と初老の男が部屋に入ってきた。
白髪白髭の老人が醸し出す威厳と風格は圧倒的だった。
部屋の空気が変わる。
「お待たせしました」
老人がゆっくりとソファに腰を下ろし、柔和な表情を浮かべ、ショウマに目の前に座るよう促す。
ショウマは老人を一目見て、確認した。
――ここに私を呼び寄せたのは、間違いなくこの人物だ。
胸の鼓動が高鳴る。
ショウマは自らと仲間の未来を選択するために、生き残らねばならない。
クードリアでのショウマ・ジェムジェーオンの戦いが、いま始まろうとしていた。
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