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アクアリス英傑記  作者: 芳田たかみ


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031話 クードリア秘密都市ラオジット1

 帝国歴628年3月3日、クードリア地方。

 ハイネス攻防戦が決着した3月9日から遡ること6日前。

 ショウマ・ジェムジェーオンは、ハイネスを出立して西部要衝オステリアに向かう途上、この地で囚われの身となっていた。


 『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンを乗せた(バトルシップ)『ギュリル』に、白い仮面の一団が乗り込んできた。

 その中心に立つ、体格が良くドレッドロックスの髪型の人物が、ショウマの身柄を確保する。


「ショウマ・ジェムジェーオン、ひとりだけを連れて行く」


 すぐさま、同行していた士官たちが激しく抵抗した。

 とりわけ、ラリー・アリアス中尉が、声を荒げた。


「ショウマ様だけを連行するなど、認められない! 俺たちも連れていけ!」

「だめだ」


 体格の良い仮面が、一顧だにせず拒絶した。

 アリアスが食い下がる。


「なぜだ。主君ひとりのみを差し出すことなど、認められるわけなかろう!」

「そんなこと、知ったことか。連れていくのは、ショウマ・ジェムジェーオンひとりと決まっている」


 体格の良い仮面が、一切の譲歩を認めなかった。

 その会話のなかで、ショウマは読み取った。


 ――この話し振りからすると……

 

 この仮面の一団も自らの意思ではなく、誰か別の者に指示に従っているということになる。

 アリアスがなおも食い下がる。


「ならば、せめて小官ひとりだけでも……」


 ショウマはアリアスたちを制した。


「大丈夫だ」

「しかし、……ショウマ様をひとりで行かせるわけには……」

「この者たちは分別があるようだ」

「しかし……」


 アリアスの拳が震えていた。

 だが、すでに生殺与奪は相手に握られている。

 無謀な抵抗は、ショウマの命を危険に晒すだけという事実を理解していた。


 アリアスたちが、悔しさを噛みしめながらも、抵抗を収めた。


「……承知しました」


 ショウマは告げる。


「話はまとまった」


 体格の良い仮面が、低く太い声で応える。


「賢明な判断だ」


 ショウマは静かに判断した。


 ――この者たちを操る誰かは、私、ショウマ・ジェムジェーオンとの対面を望んでいる。


 すぐに命を奪うつもりなら、このような手間を掛け連れ出す必要はない。

 勝負は、対面を望む者の正体を知ったあとだ。


「こちらへ来い」


 ショウマは白い仮面の一団に連れられ、彼らの(バトルシップ)へ移された。

 案内された部屋のなかに入ると、華奢で身のこなしの軽い仮面の人物が待ち受けていた。

 華奢な体格の仮面が、無言のまま頷く。

 その視線は、ショウマの頭のてっぺんから足先まで、まるで品定めをするように滑らせていった。


 体格の良い仮面が告げる。


「道中は我々2人が監視役となる」

「わかった」


 体格の良い仮面がショウマに近づく。


「少しの間だけ、我慢してもらう」


 ショウマは目隠しをされ、両手を縛られた。

 その後の道中、何の情報も与えられることないまま、バトルシップから複数の乗物を換えさせられた。


 どれも無言。どれも無機質。

 目的地へ運ぶためだけの動きだった。


「降りろ」


 体格の良い仮面の声。


 ショウマは自動車と思しき乗物から降りた。

 視界は塞がれていたが、外気の薄さ、気圧の変化を感じる。

 標高の高い場所、クードリアの奥地へと連れられてきたと、漠然と認識できた。


「あともう少しだ。ここからは、歩いてもらう」


 前方で、力強い足音が響く。

 体格の良い仮面の人物が、ショウマの前を歩き始めたようだった。


「付いて来い」


 後ろからは、軽い足音が響く。

 華奢な体格の仮面のものだった。

 ショウマが道を外れそうになると、後ろから手を差し伸べて、軌道を修正してきた。


 しばらく、目隠しのまま歩き続ける。

 やがて、目隠し越しから感じ取れる光量が少なくなった。

 外気は寒くもなく暑くもなかった。

 音は静かで、雑音がしない。


 ――ここはトンネルのなかのようだ。


 ショウマは推測した。

 しばらく進んだあと、体格の良い仮面が言った。


「止まれ」


 前方で、体格の良い仮面が動く気配がする。


 ギィィ


 重厚な扉が開いた音が鳴った。


「歩け」


 進んでいくと、目隠し越しからでも分かるほど、周囲の光量が大きく変化した。

 周囲から様々な音が耳に入ってくるようになった。


 トンネルを抜けて、開けた空間に出たようだった。


「ここで止まれ」


 ショウマは声に従い、立ち止まった。

 次の瞬間、両手を縛っていた紐が切られた。


「目隠しをとって構わない」


 背後から、初めて聞く高い声。

 華奢な体格の仮面の人物だった。


 ショウマは自由になった手で、目隠しを外した。


 光が目に飛び込んできた。

 視界が白く染まる。


 やがて、目が慣れた瞬間、ショウマは息を呑んだ。


 空がない。

 天井があった。

 上空には、人工の光源が吊られ、眩い明りが、この空間全体を照らしていた。


「……何だ、これは」


 思わず、ショウマは言葉を漏らした。

 体格の良い仮面が、前方を指さした。


「ここが、『ジェムジェーオンの病巣』と呼ばれるクードリアの中心。貴様たちジェムジェーオンの人間たちが忌み嫌っている社会の不穏分子たちが集まり、作り上げた街だ」


 ショウマはゆっくりと首を振り、目の前の光景をひとつひとつ確かめた。


 天井の高さは建物5階分くらいだった。

 天然の洞窟を無理やり切り開いたため、天井は波打ち、場所によっては鋭い岩の牙のように垂れ下がっている。

 上空には、巨大な照明装置がいくつも吊られている。

 だが、その光は太陽のような暖かさは乏しく、人工灯特有の白さを帯びていた。

 岩壁には無数の扉が穿たれている。

 ショウマたちが出てきた扉もそのひとつだ。

 扉の奥は倉庫か、あるいは外界へ通じる秘密の通路か、用途は判然としなかった。

 この空間を覆っている空気は、地上と異なり、湿り気が少なく、乾いた鉱物の匂いが鼻を刺す。


 ――ここは、地上とは別の法則で動いている。


 ショウマは直感した。


「噂通りの人間だな。ショウマ・ジェムジェーオン」


 声の方に振り向くと、華奢な体格の仮面が、ショウマの様子を眺めていた。


「その言い方だと、私の噂は、あまり芳しくないもののようだな」

「周到で、注意深く、そして抜け目がない」

「どうして、そうのような評価になるか、聞かせてもらえるか」

「周囲を、情報として、見ているその目だ。この街を恐れるでもなく、拒絶するでもなく、ただ観察し、理解しようとしている。違うか?」


 仮面のせいで、表情は読めない。

 だが、声には妙な確信があった。


 ――この者たちは、私をショウマ・ジェムジェーオンと知ったうえで、観ている。


 考えても無駄だ。

 逆らうことは得策ではないと、本能が告げていた。


「そうかもしれないな」


 ショウマは両手を軽く広げ、敵意がないことを示した。

 体格の良い仮面が前に出る。


「この街での行動は、貴様に任せる。不都合があるようであれば、その時点で俺たちが制止する」


 ショウマは抗う。


「私はこんな場所で、無駄に時間を費やすことはできない。ここに私を連れてきたのは、何か訳があるのだろう。用件を早く済ませてほしい。私は、一刻も早く、オステリアへと向かわねばならない」

「勘違いしてもらっては困る。貴様の行動を決めるのは俺たちだ。貴様に許しているのは、この街のなかでの自由だ。街の外に出ることは許さない」


 ショウマは体格の良い仮面を強く見返した。


 ――私は何をしているのだ。


 危機感に近い焦りが突き上げてくる

 だが、すぐに押し殺した。


 ――焦りは禁物だ。


 ショウマをこの場所に連れてきたのには、必ず、理由がある。

 状況を打開するチャンスは、その事情に寄るはずだ。


「分かった。言う通りにしよう」


 華奢な体格の仮面が言う。


「念のため言っておく。見ての通り、この街自体が閉鎖空間になっている。逃げるなんて無駄なことは考えない方がいい」


 体格の良い仮面が続ける。


「この街の名前はラオジットだ、覚えておくといい」


 ここクードリア地方には、シャニア帝国全土から流れ付いた多くの者たちが集まる。

 ラオジットは、その中心。

 捨てられた者たちが作り上げた、もうひとつの世界だった。


 ショウマ・ジェムジェーオンは、人工の光に照らされたこの地下都市を、まるで異界の風景を記憶するように、ひとつひとつ目に焼き付けた。



「面白い」


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