030話 ハイネス攻防戦12
帝国歴628年3月9日、ジェムジェーオン北部ハイネス。
ハイネス攻防戦は、激戦のまま四日目へ突入していた。
疲労と焦燥が戦場全体を覆い、両軍の兵士たちの呼吸は荒く、足取りは重かった。
だが、その戦場の空気は、唐突に破壊された。
正体不明の3個師団が、暫定政府遠征軍の背後を突いた。
しかも、その3個師団は無傷。
初日から戦い続けて疲弊した遠征軍とハイネス守備隊とは、もはや比較にならない。
戦力差は消えた。
勢いは完全に、3個師団を加えたハイネス守備隊に傾き始めていた。
その時だった。
戦場全域に、澄んだ声が響き渡った。
「私の名はジェムジェーオン伯爵国世子『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンだ。私たちの進軍を阻む者は、国逆の賊とみなす」
その声は、戦場を震わせた。
正体不明の3個師団を率いて、遠征軍の背後を突いたのは、ショウマ・ジェムジェーオンだった。
その事実が伝わった瞬間、両軍に衝撃が走った。
ハイネス守備隊は息を吹き返し、疲労で沈んでいた兵士たちの瞳に、再び火が灯る。
「ショウマ様だ……! 本当に……!」
「援軍だ! 援軍が来たぞ!」
歓声が上がった。
同時に、士気が爆発的に高まった。
一方、遠征軍は背後からの急襲に加え、『勝唱の双玉』ショウマの登場により、戦列が一気に乱れた。
「あの3師団……もともと俺たちの遠征軍だったよな……?」
「じゃあ……ショウマ様に寝返ったってことか?」
「誰と戦えばいいんだ……!」
混乱は瞬く間に広がり、遠征軍は統制を失いかけていた。
戦場の空気が、ショウマ・ジェムジェーオンの帰還によって、劇的に塗り替えられていく。
ハイネスのAS補給基地。
ハイネス脱出の準備を整えていたカズマ・ジェムジェーオンは、ASのコクピットのなかで、思わず涙を流した。
――兄貴が生きていた。……良かった。
カズマは天井を見上げた。。
胸の奥に張りつめていた何かが、音を立ててほどけていく。
そして、ハイネス攻防戦の戦場の空気が激変したことを、敏感に感じ取った。
兄ショウマの帰還は、戦局そのものを揺り動かしている
そして、自分が果たすべき役割も変わる。
――さあ、魂よ、奮い立て
もう、脱出の必要はない。
カズマは攻撃準備へと移行した。
遠征軍旗艦船『モノポライザー』の艦橋
総司令官ドナルド・ザカリアス大将は、混乱に陥った司令部のなかで、茫然とモニターを見つめていた。
スン・シャオライ中佐に預けた3個師団が、『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンに寝返った。
そして、遠征軍は、陣の背後から奇襲を受けている。
――なぜだ。
ザカリアスの作戦は完璧だったはずだ。
遠征軍の参謀長ヒューゴ・マクスウェル准将が、焦りを隠せぬ声で指示を求めてくる。
「ザカリアス閣下、命令を」
ザカリアスは軽い目眩に襲われた。
ふらつく頭を抑えながら、目線だけをマクスウェルに返した。
「……」
「ここが挽回の時です」
マクスウェルの声は強かった。
だが、ザカリアスの胸に湧き上がったのは、怒りだった。
――いったい誰のせいで、こんな失態に至ったのだ。
ザカリアスは絞り出すように言葉を発した。
「マクスウェル准将。どうして、スン中佐に預けた軍隊をショウマが率いているのだ?」
「認めなくてはなりません。スン中佐が途中でショウマと合流し、オステリアに向かった部隊ごと、敵軍に寝返ったのです」
その返答に、ザカリアスは声を荒げた。
「なぜ。どうしてだ? 誰のせいで、このような結果となった!」
「原因の究明は後です。いまは、この事態をどう切り抜けるかをお考えください」
「このような結果になるなど、私は聞いていない」
ザカリアスは、再びモニターを凝視した。
目眩は、毒が回っていくが如く、ザカリアスの全身に伝播していった。
現実を拒むように、ザカリアスはただ、戦場の映像を見つめ続けた。
その姿を見て、マクスウェルが静かに天を仰いだ。
ハイネス市庁舎の貴賓応接室。
司令部の中心で、アンナ=マリー・マクミラン大佐は震えていた。
――ショウマが生きて戻ってきた。しかも、援軍を引き連れて。
胸の奥が熱くなり、視界が滲みそうになる。
だが、感慨に耽っているわけにはいかなかった。
ハイネス守備部隊の責任者として、任を全うしなければならない。
出撃直前だったカズマ・ジェムジェーオンとジョニー・マクレイアー少佐に、待機を命じた。
アンナ=マリーは熱くなった頭を冷やしながら、戦況を分析した。
――攻勢に移るべきか。
暫定政府の遠征軍は、予期せぬ背後からの奇襲を受け、混乱している。
乾坤一擲の好機。
ハイネス守備隊に残された戦力を考えれば、次の一撃が最後の反攻となる。
――ここが勝機なのか。
確かに、ショウマの声を聞いた。
だが、確実な情報があった訳ではない。
偶然、戦場に流れた通信の声を耳にしたに過ぎない。
確実な事実と断定するには、情報が足りなかった。
「至急、援軍の正体、と軍を率いているのがショウマ様なのかどうかを確認して」
「ショウマ様はハイネスにいるのでは?」
「いいから。お願い」
「承知しました」
ハイネス守備部隊の司令部が、アンナ=マリーの指示を受けて、一斉に情報収集へ動き出した。
少しでも確かな戦場の情報が欲しかった。
モニターが映し出す戦場の画像だけでは、正確な状況を掴みきれなかった。
アンナ=マリーは額から流れ落ちる汗を拭った。
その時、前線で戦っていたアレックス・ラングリッジ大尉から通信が入る。
「こちら、アレックス・ラングリッジ大尉。司令部、応答を願う」
すぐさま、アンナ=マリーは通信に応じた。
「アンナ=マリー・マクミラン大佐です。現場の状況がどうなっているか、教えてもらえませんか?」
「こっちが聞きたいくらいです。いったい、どんな魔法を使ったんです」
「報告をお願いします。目に見えている状況の報告で構いません」
アンナ=マリーの切羽詰まった声の調子に、アレックスも真剣な口調で答えた。
「暫定政府の遠征軍は混乱状態に陥っています。退却するASと、踏み止まるASが、お互いに罵り合ってます。指揮系統が崩壊しかけています」
「ショウマ様が援軍を引き連れて帰還したとの情報があります。ただし、裏は取れていません。司令部も情報の真偽を、確認しているところです」
「ショウマ様が……。どこかの部隊が、敵軍の後背より襲ったことは間違いないのですが、それがショウマ様だったとは。小官としては納得です。言えることは、戦場の敵軍は、援軍の登場で混乱していると事実だけです」
もっと、確実な情報がほしい。
そう思った瞬間、別の通信が入った。
「アンナ=マリー・マクミラン大佐」
通信相手は、ASに騎乗したまま待機していたカズマ・ジェムジェーオンからだった。
「カズマ様」
「マクミラン大佐。兄貴、ショウマ・ジェムジェーオンの言葉を聞いたな」
「はい。いま、あの声の主が、本物のショウマ様なのかどうか、事実確認を進めているところです」
「こんな奇策ともいえる戦術を大胆かつ精密に実行できるのは、兄ショウマ以外に誰がいるか?」
「確かに、その通りなのですが……」
「オレはジョニー・マクレイアー少佐とともに出撃する。責任者のマクミラン大佐に許可願いたい。挟撃のチャンスだ。できるか、できないかじゃない。やるか、やらないかだ」
カズマの言葉には、迷いがなかった。
――私も決断しなければならない時だ。
アンナ=マリーはモニターに映るカズマとアレックスの顔を観た。
どちらも、真剣な表情で、アンナ=マリーの言葉を待っていた。
吹っ切れた。
覚悟が定まった。
「出撃を許可します」
続けて、回線をパブリックに変更して、全軍に告げた。
「ハイネス守備隊の全員に告げます。援軍を率いて現れたのは、ショウマ・ジェムジェーオン殿下です。遠征軍の背後を襲っています。この動きに連動して、敵軍を挟撃します。最後の戦いです」
「承知!」
息を吹き返したハイネス守備部隊の返答が、木霊した。
ジョニー・マクレイアー少佐の部隊がハイネスを出撃した。
出撃を待っていたカズマが軽く笑った。
「また、最後のいいところを、兄貴に持っていかれるなぁ」
「カズマ様はショウマ様に負けない武勲を上げてください」
「了解した。任せておけ」
アンナ=マリーは微笑んだ。
「カズマ様、頼みます」
「了解。カズマ・ジェムジェーオン、出る!」
カズマが騎乗するASが、勢い良くハイネスの格納庫から飛び出した。
ジェムジェーオン北部、ハイネス。
スン・シャオライ中佐に預けた3個師団は、ショウマ・ジェムジェーオンに忠誠を誓い強力な尖兵となって、暫定政府の遠征軍の背後を襲っていた。
さらに、新たな戦力も加わっている。
とりわけ、白いASランサー部隊は精鋭の中の精鋭だった。
波状攻撃、陣形変化、突撃の鋭さ。どれもが常識を超えており、次々と遠征軍を破っていく。
暫定政府の遠征軍は、完全に混乱した。
この好機を、ハイネス守備隊は逃さなかった。
『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐のAS部隊、『怒涛』アレックス・ラングリッジ大尉のAS部隊が、一斉に前線へ飛び出し、暴れまくった。
そして、この戦いでも、カズマ・ジェムジェーオンの戦果は群を抜いていた。
短時間で10機のASを単独撃破。
その戦いぶりは、まさに戦場の『彗星』だった。
伝説の1ページに書き加えられることになった。
背後の3個師団の援軍と、正面のハイネス守備隊により、挟撃が完全に完成した。
戦場の流れは一変した。
時間の経過とともに、戦闘は一方的なものとなっていった。
ハイネス守備隊が暫定政府の遠征軍を、次々に打ち破っていく。
勝負は決した。
その時、戦場に登場したショウマ・ジェムジェーオンは、敵味方関係なく全軍に告げた。
「こらからのジェムジェーオンに力になりたいという者を、私、ショウマ・ジェムジェーオンは拒まない。志をともにするものは、私のもとに集ってほしい」
最終的に、『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンによるこの呼びかけが、勝敗の決定打となった。
遠征軍のジェムジェーオンの兵士たちは武器を捨てて、『勝唱の双玉』のもとに、投降していく。
投降兵の数は、ハイネス守備隊を上回る程に膨らんでいった。
ショウマ・ジェムジェーオンが3個師団の援軍を引き連れて、遠征軍の背後を突いてから、わずか2時間後。
ドナルド・ザカリアス率いる暫定政府の遠征軍は、全軍崩壊を避けるために、首都ジーゲスリードへの全面撤退を始めた。
ショウマは命じた
「同じジェムジェーオンの市民だ。負傷兵と投降兵を助けることに最優先とする」
こうして、ハイネス攻防戦は決着した。
ハイネスは陥落一歩手前という状態から蘇った。
ここに、『勝唱の双玉』による奇跡の大逆転劇が演じられた。
4日間に及んだハイネス攻防戦は、『勝唱の双玉』の大逆転勝利で、幕を閉じることになった。
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