029話 ハイネス攻防戦11
帝国歴628年3月9日、ジェムジェーオン北部ハイネス。
暫定政府の遠征軍が、正体不明の3個師団の部隊と衝突してから、30分が経過していた。
バルベルティーニ黒騎士第二軍団も、遠征軍の援軍として、この戦いに加わっている。
その最前線で、バルベルティーニのトライデント『赤槍』ベリウス・クラウディウス将軍はASのコックピットのなかで低く唸った。
「くそっ……」
バルベルティーニ黒騎士第二軍団は、想定外の苦戦に陥っていた。
クラウディウスの読みは完全に外れた。
突如ハイネスの戦場に現れた3個師団の軍勢。
その正体不明の軍勢は、クラウディウスが予想していたような烏合の衆ではなかった。
動きが鋭く、隊列を乱れない。
攻撃の波状性と連携の緻密さは、尋常ではない練度を示していた。
――これほどの敵とは……
クラウディウスは歯噛みした。
バルベルティーニ伯爵国の最精鋭部隊、黒騎士第二軍団が、ここまで翻弄されるなど全くの想定外だった。
敵部隊は複数のASで編隊を組み、波状的に攻撃を仕掛けてくる。
知らない間に、味方のASは、単機で複数の敵を相手する状況を作られた。
常に数的優位を作り出すその戦術は、組織的に磨き抜かれた部隊であることを示していた。
クラウディウスでさえも、敵の術中に嵌まっていた。
気づけば、一緒に戦っていた親衛隊と分断されて、単機で孤立している。
クラウディウスは周囲を確認した。
敵部隊のAS3機に囲まれていた。
一番近く、右側のASが、クラウディウスへと迫り、レーザーブレードを抜く。
この状況に、クラウディウスは、ASのコックピットのなかでニヤリと笑った。
「バルベルティーニのトライデント『赤槍』ベリウス・クラウディウスは、それほど易くないぞ」
自身の誇りであり象徴でもある長槍『オーディニール』を構えた。
そして、一直線に向かってくる敵に対して、自身のASのブーストを全開にした。
敵のASが構えていたレーザーブレードが発光した。
クラウディウスの長槍『オーディニール』も赤く輝く。
AS同士が交錯した。
クラウディウスは、敵のレーザーブレードの刀振を、寸での所でかわす。
同時に、長槍『オーディニール』を前方の地面に突き刺した。
弾力性に富みながらも軽量で強度の高い長槍『オーディニール』が、大きくしなる。
長槍『オーディニール』を軸にして、騎乗するASを急反転させた。
この神速の動きに、敵のASはついてこれない。
「遅い!」
敵のASが反転した時には、勝負が決していた。
クラウディウスは長槍『オーディニール』を地中から引き抜く。
赤い閃光が敵AS中央を貫いた。
――1機目。
続けざまに、新たな敵のASが襲い掛かってくる。
クラウディウスは、紙一重のところで敵の突撃をかわし、長槍『オーディニール』の赤い斬撃で、敵ASの胴体を切り裂いた。
――2機目。
連続撃破。
代償として、クラウディウスのASは、大きく体勢を崩した。
――この状況はまずい。
3機目の敵ASがレーザーガンで、クラウディウスを狙う。
体勢を立て直す時間はない。
レーザーガンの閃光が走った。
「うっ」
次の瞬間、クラウディウスの視界は影に覆われていた。
親衛隊のASが、シールドを掲げ、レーザーガンの射撃を受け止めていた。
「クラウディウス閣下、お怪我はありませんか」
クラウディウス旗下の親衛隊長カタリナ・ベルッチ中佐の声だった。
「カタリナか」
「はい。閣下、ご無事ですか」
「誰に対して言っている? 『赤槍』ベリウス・クラウディウスがこれしきの相手に倒れるか」
「いつものクラウディウス閣下で安心しました」
「敵は?」
カタリナが辺りを伺った。
「……姿がありません」
クラウディウスも周囲の様子を確認した。
敵ASの姿はそこになかった。
すでに、この戦場を去っていた。
「引いたのか?」
「どうやら、そのようです」
親衛隊のASが、次々とクラウディウスのもとへ戻ってくる。
――敵部隊の判断が素早い。
敵部隊は、分断した我々が再集結することを見越して、数で不利になる前に離脱した。
深追いせず、最小の損害で最大の効果を得る。
冷静で、戦術眼のある指揮だった。
クラウディウスは戦場を見渡した。
敵と味方、撃墜されたASの数は、ほぼ同数。
ここで戦っていたのは、バルベルティーニ黒騎士第二軍団のなかでも最強の親衛隊AS部隊だった。
――その親衛隊でさえ、ようやく互角……。
この事実が、クラウディウスの背筋を冷たくした。
「他の戦場はどうなっている」
「どこも苦戦しているようです。特に、敵ASランサー部隊の強さは凄まじく、味方に大きな被害が出ているようです」
「……ランサー部隊だと?」
クラウディウスは耳を疑った。
アクアリス大陸における主力兵器ASの標準武装は、レーザーブレードだった。
ランスは扱いが難しいため、クラウディウスの『オーディニール』など、個人専用武器としてはともかく、AS部隊単位でランスを装備する例は、稀だった。
だからこそ、アクアリス大陸前脚地方で、バルベルティーニのASランサー部隊は、その屈強さとともに代名詞といってよい程の有名を得ていた。
「カタリナ。ジェムジェーオンで、ASランサー部隊の噂を聞いたことがあるか?」
「いえ、聞いたことがありません」
急に、漠然とした形にならない何かが、クラウディウスの頭をもたげた。
――これは大事なことだ。
直感が告げていた。
「どこだ?」
「え?」
「そのランサー部隊のことだ。カタリナ、俺をその場所に連れて行け」
「クラウディウス閣下自らが、赴くのですか?」
「そうだ」
クラウディウスの声は鋼のように固かった。
カタリナも負けじと、強い口調で返す。
「分かりました。ですが、もう少し待ってください。親衛隊がさらに戻ってきます。数が揃ってからです」
「……仕方ない」
クラウディウスはカタリナの言葉に従った。
即座に、移動を開始したいという衝動を抑えた。
敵部隊の力量を考えれば、強引に意見を通すことはできなかった。
程なくして、親衛隊のASが集結した。
クラウディウスを含め七機。
これだけ揃えば、ようやく動ける。
「行くぞ」
カタリナも反対しなかった。
「承知しました。私に付いてきてください」
クラウディウスと親衛隊のASは、戦場を5分ほど進んだ。
そして、その先に広がっていた光景に、言葉を失った。
惨憺たる有様。
バルベルティーニブラックに塗装されたASが、まるで壊れた玩具のように、地面に転がっている。
黒騎士第二軍団の誇りが、無残に散乱していた。
前方から、バルベルティーニブラックに塗装されたAS1機が、近づいてきた。
――味方機だ。
クラウディウスはすぐさま、通信を開く。
「いったい、何が起こっている」
「その声……クラウディウス閣下ですか」
「そうだ」
「ただちに、お逃げてください」
「どうした?」
「この敵は危険すぎます」
パイロットの声は、悲痛な叫びに近かった。
その瞬間、黒い爆風が巻き起こり、煙幕となり視界を遮った。
煙の奥から、一列縦隊の白く塗装されたASランサー部隊が現れた。
獲物を捕らえる蛇のようにうねる隊列。
先頭を走行するASのツインアイが赤く輝く。
まるで、白い大蛇が現したかのようだった。
「私がここで時間を稼ぎます。その隙に、お逃げください」
味方機が反転して、立ち塞がるようにレーザーブレードを構えた。
刹那。
白い部隊が、一列の単縦隊列を左右に崩す。
各機が有機的に流動し、あっという間に隊列が偃月陣形を作りだした。
偃月の中心、先端を走行する白いASは、巨大な円錐状の槍を構えている。
白いASが巨槍を天に掲げた。
巨槍が白い光を発しながら回転し、小さな竜巻を作り上げる。
竜巻ごと、巨槍は振り下ろされた。
味方のASはレーザーブレードとシールドを構えて防御したが、無意味だった。
巨槍が作り出した波動は、大地ごと引き裂いて、地面から根こそぎ味方機を吹き飛ばす。
宙に舞うAS。
そこへ、後続の敵ASランサー部隊が突撃し、空中で制御不能となった味方機を次々と、槍で貫いていく。
白い敵ASランサー部隊が駆け抜けたあとに残ったのは、動かなくなったバルベルティーニブラックのASの残骸だけだった。
クラウディウスは息を呑んだ。
――螺旋爆颯。
バルベルティーニのトライデント『白槍』カイザリック・カシウス将軍の必殺戦術だった。
親衛隊長のカタリナも震える声で呟いた。
「あ、あれは、螺旋爆颯……」
疑いようがなかった。
――しかし……。
バルベルティーニの元黒騎士第一軍団隊長カイザリック・カシウス将軍は、1年ほど前からバルベルティーニで、その姿を消している。生死すら定かではない。
敵のランサー部隊は、クラウディウスたちと距離を置いて、足を止めた。
中心には、巨槍を担いだ白いASが仁王立ちしている。
その視線は、まっすぐクラウディウスに向けられていた。
白いASが、巨槍を持ち上げ、天空に掲げた。
次の瞬間、巨槍をこちらの陣に投げ込んできた。
巨大な円錐状の槍は、クラウディウスたちの目前の大地に突き刺さった。
敵のランサー部隊は動かなかった。
攻撃の意図を感じない。
カタリナが巨槍に近づき、叫んだ。
「クラウディウス閣下……これを」
カタリナのASが、地中に突き刺さった巨槍の槍柄を指差した。
クラウディウスは思わず、呟く。
「これは」
槍柄に施された装飾。
それは、バルベルティーニのトライデントエンブレムだった。
トライデントエンブレムの着装は、バルベルティーニ黒騎士団の軍団長3人にしか認められていない。
クラウディウスは自身の長槍『オーディニール』の柄に施されたトライデントエンブレムを見遣った。
瞬間、脳裏に雷撃が走り抜けた。
「ははは……」
クラウディウスは腹の底から湧き上がる笑いを抑えられなかった。
――間違いない。
まさか、探し求めていた答えのひとつが、この戦場で見つかるとは思いもしなかった。
クラウディウスは巨槍を地中から引き抜き抜いた。
巨槍を天空に掲げると、敵陣のなかに投げ返した。
巨槍は宙を舞い、敵軍の白いASの前に、突き刺さった。
白いASが、地中に突き刺さった巨槍を引き抜いた。
「カタリナ、退くぞ」
「し、しかし……」
「決定事項だ。撤退の発光弾を打て」
「はい」
発光弾が上がった。
戦場に残っていたバルベルティーニのASが、戦闘を止めて撤退を開始する。
敵部隊にとってみれば、追撃の好機だったはずだが、手を出してこなかった。
こちらが退くに任せている。
白いASの敵ランサー部隊も反転した。
向かった先は、ハイネスの戦場の中心だった。
カタリナが確認してくる。
「クラウディウス閣下、これでよろしいのですか?」
「ああ。いま俺たちに出来るのは、この戦場で、一人でも多くバルベルティーニの同胞を収容することだ」
「承知しました」
クラウディウスは、遠ざかっていく白いランサー部隊の背中を、その姿が見えなくなるまで見つめ続けた。
「面白い」
「続きが気になる」
と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。
つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
よろしくおねがいします。




