025話 ハイネス攻防戦7
帝国歴628年3月6日、ジェムジェーオン北部ハイネス。
攻防戦は、ハイネス東門を巡って、戦闘の火蓋が切って落とされた。
猛然と突撃を開始した遠征軍の先鋒は、コートバット准将の部隊だった。
コートバットは生粋の伯爵家忠臣であり、遠征軍総司令官ドナルド・ザカリアス大将が掲げた「伯爵家救出」の演説に、誰よりも胸を熱くしていた。
演説が終わるや否や、コートバットはザカリアスのもとへ駆け寄り、先陣を熱烈に志願した。
ザカリアスはその意気を買い、迷わず彼を先鋒に指名した。
作戦の説明は参謀長ヒューゴ・マクスウェル准将が行った。
「コードバット准将の部隊には、東側にハイネス守備部隊の主力を引き付ける陽動部隊となって頂きます。その間に、ハンフリーニ少将の部隊が南門から攻城戦の主力を担います」
コートバットは豪快に笑った。
「つまり、小官の部隊が好餌となれということですな」
「不満ですか?」
「とんでもない。先陣は武門の誉れ。喜んで務めましょう。そのうえで、隙あらば、小官の部隊だけでハイネス守備隊を蹴散らしてみせます」
その意気に呼応するように、コートバット指揮下の兵士たちの士気は最高潮に達していた。
激波のごとく、ハイネス東門に襲い掛かる。
だが、ハイネス守備隊はすでに準備万端だった。
敵の動きを読み切っていたかのように、コートバットの猛攻に対し、即座に反撃の火線を張り返す。
東門前は、瞬く間に火花と怒号が交錯する激戦の場と化した。
遠征軍旗艦船『モノポライザー』の艦橋。
総司令官ドナルド・ザカリアス大将は、司令席の肘掛に身体を傾け、モニターに映る戦況を、満足気に眺めていた。
隣に立つヒューゴ・マクスウェル准将が声を掛けてくる。
「順調に進んでいますな」
ザカリアスはモニターを注視したままで応じた。
「コートバットはよくやっている」
「しかしながら、ハイネス側の対応もなかなかです。コートバット准将の猛攻に対して、即座に的確な反撃を繰り出してきました」
「まるで、東側からの攻撃を予期していたような動きだな」
「まさしく」
ふん。ザカリアスは鼻を鳴らした。
「敵も間抜けではないか」
「これ見よがしに目の前で部隊編成を行ってきました。さすがに、ハイネス側も気付くでしょう」
「そうだな。もう少しの時間、コートバットには頑張ってもらわねばならない。このままで大丈夫だろうな?」
「心配には及びません。むしろ、この勢いが続けば、コートバット准将は陽動の役割以上の戦果をあげてしまうかもしれません」
「それは嬉しい誤算だな」
ザカリアスとマクスウェルは、序盤の東門での戦闘を、本格的な攻略の前哨戦と位置づけていた。
一進一退の攻防が続くなか、時間の経過とともに戦況は変わり始める。
戦闘開始から4時間。
当初優勢だったコートバット部隊は、ハイネス守備隊の粘り強い反撃により、勢いを完全に失っていた。
2度目の突撃も跳ね返され、兵士たちの呼吸は荒く、隊列は乱れ始めていた。
しかし、陽動部隊として、ハイネス守備隊の主力を東門に引き付けるという目的は、果たしていた。
戦況を見守っていたザカリアスは、潮時と判断した。
「そろそろか」
「はい。コートバット准将の戦果は十分です」
「次の段階に移行する時期だな」
その時だった。
〈ハイネス正門より敵ASが多数出撃したのを確認〉
ザカリアスは、報告に耳を疑った。
マクスウェルも同様に驚愕したが、即座に、気を持ち直し、怒声を艦橋に響かせた。
「オペレータ、その報告は本当なのか」
〈本当とは……?〉
「敵が襲撃してきたのが、南側の正門で待ちえないかと聞いている!!」
突如、マクスウェルの怒声を浴びたオペレータは動揺を隠せなかった。
慌てて確認に走る。
〈……確認しました。間違いありません。南の正門よりハイネスのASが多数出撃しています〉
「了解した」
マクスウェルが低い声で応じた。
「……奇襲か」
南側に布陣していた部隊は、一気に大混乱に陥った。
南側の部隊は、ハイネス総攻撃に備えて、足の鈍い火力部隊を中心に配備していた。
そこへ、ハイネス守備部隊の機動力に優れたAS部隊が突入した。
相性は最悪だった。
しかも、火力部隊のサポート役となる味方のAS部隊は待機命令の最中で、戦闘準備を整えていなかった。
攻撃のタイミングも、部隊構成も、すべてが裏目に出た。
部隊は混乱の極みに陥り、完全に統制を失った。
――やられた。
ザカリアスは、呆然と、モニターに映し出された戦況を見詰めた。
ハイネス守備部隊は、こちらの作戦を完全に見抜いていた。
その時、緊急支援要請が入電した。
〈こちら、ハンフリーニ少将! 至急来援を……〉
旗艦船『モノポライザー』の艦橋に、ハンフリーニ少将の絶望が響いた。
ザカリアスは黙ったまま動かない。
堪りかねて、マクスウェルが促す。
「ザカリアス総司令!」
ザカリアスは目線だけをマクスウェルに返した。
「……」
「下知を」
ザカリアスは絞り出すように呟いた。
「マクスウェル。なぜ、こんなことに……」
「総司令」
「わかった……。本陣の部隊を援軍として投入せよ」
本陣の軍勢は最終決戦に残していた部隊だった。
だが、この戦況に陥ってしまった以上、温存したままにしておくのは愚策だった。
本陣の部隊が、混乱したハンフリーニ少将の部隊を救出するために出撃した。
戦場は、味方と敵の区別が出来ないほどの軍勢であふれかえり、乱戦に陥った。
援軍の到着によって、遠征軍の一方的な惨敗という状況は逃れた。
だが、まだ劣勢を挽回できたといえる状況ではなかった。
本陣に敵ASの突入を許せば、取り返しがつかなくなる。
「ザカリアス閣下……」
マクスウェルが不安げな顔で、ザカリアスの表情をのぞき込んでくる。
ザカリアスは歯噛みしながら、次の援軍投入を指示した。
「他の陣からも、逐次、部隊を回せ。何としても、突破を許すな」
数の力で、押し返そうとした時。
奇襲を仕掛けてきたハイネスのAS部隊が退き始めた。
これ以上戦えば、自軍の犠牲が増えると判断したのだろう。
「追撃は不要だ。体制を立て直す」
ザカリアスは深く息を吐いた。
――最悪の事態は免れた。
旗艦船『モノポライザー』の艦橋モニターに、無残に壊滅したハンフリーニ少将の部隊の姿が映し出されていた。
ザカリアスはその映像を忌まわしげに眺めた。
作戦を再考しなければならない。
部隊の再編も急がねばならなかった。
同時刻。遠征軍バルベルティーニ陣。
バルベルティーニ黒騎士第二軍団長、ベリウス・クラウディウス将軍は拳を机に叩きつけた。
「なにが、茶でも飲みながらハイネスが落ちるのを楽しんでくれだ!!」
クラウディウスの怒号が響いた。
誇り高きバルベルティーニの三人の武臣『トライデント』のひとり、『赤槍』のベリウス・クラウディウスは、2メートル近い長身で30代半ばの青年将校だった。
感情が行動に直結しがちなのが欠点だったが、情に厚く、部下から絶大な信頼を受けていた。
特徴的な左耳の大きなピアスは、バルベルティーニの名門クラウディウス家の家紋が刻まれている。
部下たちが、激情に走るクラウディウスを宥めた。
「閣下、どうかお鎮まりを……!」
「おまえたちは、この戦況を見ていて、腹立たしくないのか」
クラウディウスの怒りは収まらない。
ジェムジェーオン暫定政府の遠征軍は、ハイネスに篭もる守備部隊と比べて3倍以上の兵力を有している。
だが、相手から奇襲を受けて、右往左往している。
本来なら、敗北などあり得ない状況にもかかわらずだ。
「俺たちは、はるばるジェムジェーオンまで来て、何をしているのだ!?」
だが、クラウディウスが率いるバルベルティーニ黒騎士第二軍団は動けなかった。
ジェムジェーオン遠征軍総司令のザカリアス大将は、クラウディウスに待機を命じていた。
この状況に陥っても、ジェムジェーオン大本営から何の要請もなく、待機を続けるしかなかった。
クラウディウスは、苛立たしげに爪を噛んだ。
その様子を見ていた壮年の部下、ガルバ大佐が諫める。
「クラウディウス閣下!」
「……ガルバか」
「お鎮まりください。我々は待機するよう命じられています」
クラウディウスはガルバが言わんとすることを理解していた。
この戦いはジェムジェーオンの内戦であり、自分たちバルベルティーニは、一歩退いて傍観すべきだと。
だが、武人としての矜持が、目と鼻の先で友軍が苦境に立たされているなか、じっと座視したまま動かないのを良しとしなかった。
「味方が苦戦しているのだぞ」
「承知しています。しかし、我々に待機の命令を与えているのも、その味方の司令官です」
「ジェムジェーオンのザカリアスのことは、俺も分っている」
「そして、閣下は勝手な行動を慎むように、強く戒められているのお忘れなく」
「……誰からの戒めだ」
「バルベルティーニに残っているクラウディウス一門です」
「そうだな」
ガルバが続ける。
「バルベルティーニ本国では、閣下のライバルであるミケーレ・アウレリウス統合本部長や軍務大臣ジョルダーノが、閣下の落度を心待ちにしています」
ガルバの発言は歯に衣着せぬものだった。
ガルバは、クラウディウスより軍での階級は大佐と下位だったが、名門クラウディウス一門の筆頭重臣であり、
ベリウスが少年の頃から家宰として仕えてきた人物だった。
20歳ほどの年齢差と、幾度も窮地を救ってきた経験が、言葉に重みを与えていた
クラウディウスは顔を顰めた。
「そんな奴らの名前は、聞きたくもない」
「奇遇ですな。私も口に出したくもないです」
現在、バルベルティーニ伯爵国は宰相ジャン=ルイジ・アコスタの独裁下にある。
もとは無窮光教の大司教だった男が、フランク伯爵の強い要望で還俗し、いまや臣下最高位の宰相として国を掌握していた。
アコスタは国内の無窮光教徒を統制し、長年対立してきたデル=サルト都市群との和平を実現するなど、目覚ましい功績を挙げる一方、政権内部の反対派を容赦なく切り捨て、独裁体制を築き上げていた。
軍部も例外ではない。アコスタの息が掛かったジョルダーノを背広組トップの軍務大臣に送り込むだけでなく、制服組トップの統合本部長アウレリウス将軍と協力体制を築くことで、影響力を強めていた。
そのなかで、旧勢力の中心クラウディウス一門はアコスタ派から目の敵にされていた。
クラウディウスは呟く。
「ジェムジェーオンへの出向が決まったときは、これでしばらくは、嫌な奴らの顔を見なくて済むと心躍ったんだがなぁ」
ガルバが真顔で応えた。
「相手も同じ気持ちだったに違いありません。いや、それ以上でしょう。クラウディウス閣下がうるさく邪魔だったので、国外に追い出したのです」
クラウディウスは苦笑いした。
「分っているさ」
「そして、ここで何らかの落度があったならば、それに乗じて閣下の身をおとしめるつもりです」
「……そうかもしれないが、武人として、この戦況下でみすみす手をこまねいて眺めていろというのか」
「むしろ、私はジェムジェーオンからの待機命令を歓迎しています」
クラウディウスは目の色を変えた。
「何だと!」
「これはジェムジェーオンの内戦です。我々が血を流す必要はありません。この待機命令によって、激戦のなかでも、我らは無傷でいられます。閣下はバルベルティーニを第一にお考えください
クラウディウスは黙り込んだ。
――バルベルティーニは危機の真っただ中にある。
当主フランク・バルベルティーニ伯爵と一人娘リアーナが、表に現れなくなって1年。
宰相アコスタは病と説明するが、自らが連れてきた医師団以外の誰にも、伯爵たちを会わせようとしない。
バルベルティーニを護るためにこの拳はあるのだ。
「……わかった」
ガルバが深く頭を下げた。
「出過ぎたまねをしました」
クラウディウスは息を吐き、モニターに視線を戻した。
「それにしても、なんだこの作戦は。ザカリアスのような官僚風情が小賢しい策を弄するから、こうなる」
「といいますと?」
「分からんか? 兵力で勝っている味方が、部隊編成でミスを犯したのだ」
ガルバが眉を寄せる。
「東門にAS部隊を、正門に火力部隊を配置したことですか? それは作戦上の用兵なのでは?」
「策を講じること自体が無意味なのだ。仮に、こちらの兵力が少なく不利を克服するのであれば、策を用いることも理解できる。しかし、もとよりこちらは兵力で勝っているのに、なぜ策を弄する必要があるのだ。策により部隊編成が偏れば、弱点も生まれる」
「……なるほど。つまり、今回は敵に策を見破られ、部隊編成の弱点を突かれたということですか」
「そういうことだ」
クラウディウスは頷いた。
モニターには、奇襲を成功させたハイネス守備隊が、深追いせず撤兵する姿が映っていた。
ガルバが感嘆する。
「ハイネスの部隊は見事ですな。奇襲を成功させ、ダメージを与え、素早く撤兵する。自分たちは最小限の犠牲で最大限の戦果を上げる。撤兵もこれ以上、自軍に被害を拡大させない絶妙なタイミングです」
「確かに、ハイネスの部隊はよく戦っている。寡兵ながら、士気高く精鋭が揃っている。指揮している者が優秀なのだな」
「となると、今後も苦戦が予想されますな」
「ああ。……そうなるな」
クラウディウスの声に、微妙な含みがあった。
ガルバが察する。
「閣下は、何か違う考えがあるのですか?」
「……ああ。もし、俺があの奇襲を指揮するハイネスの司令官であれば、どうするかと思ってな」
「どうされますか?」
「無理してでも、戦闘を続けたかもしれない」
「犠牲が大きくなるのでは」
「間違いなく増える。だが、依然、兵力の差は圧倒的だ。あのザカリアスでさえ、今回の失敗で、自らの愚かさに気付くだろう。さすがに同じ奇襲は通用しない。ならば玉砕覚悟で、特攻を継続し、ザカリアスの首を狙うべきだったのではないか」
「それが唯一の勝機だということですか」
「唯一かどうかは、神のみぞ知る領域の話だ。ただ、今後、ザカリアスが小細工を用いずに、圧倒的な兵力差と十分な補給体制を活かす消耗戦に持ち込めば、付け入る隙が少なくなるのは確かだ」
ガルバが深く頷いた。
「確かに、シンプルな戦術ですが、寡兵のハイネス守備隊にすれば、最もきつい戦術ですな。兵力に余裕がある遠征軍は、多少の犠牲を覚悟して、正攻法を繰り返せばいいのですから」
「その通りだ」
クラウディウスは頷いた。
同じ時、遠征軍の旗艦船『モノポライザー』で、司令官ドナルド・ザカリアス大将が、消耗戦に持ち込むことを決意していた。
「面白い」
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