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アクアリス英傑記  作者: 芳田たかみ


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23/32

023話 ハイネス攻防戦5

 帝国歴628年3月6日、ジェムジェーオン北部ハイネス。

 ハイネス城郭、東展望室。

 カズマ・ジェムジェーオンは扉を開けて、冷たい空気が漂う展望室へ足を踏み入れた。


「詳細を聞かせてくれ」

「わざわざ、お越しいただき、ご足労をお掛けします」


 待ち受けていたのは、銀髪が淡く光を返すジョニー・マクレイアー少佐だった。

 静謐な佇まいとは裏腹に、戦場ではジェムジェーオンの『疾風』の異名を取り、先頭に立って最精鋭のAS(アーマードスーツ)大隊を率いている。


「オレが言い出したことだ。直接、この目で確認したい」

「こちら側の窓からご覧ください」


 促され、カズマは大きな出窓へ歩み寄った。

 そこからは、遠征軍の全体布陣を俯瞰できた。


「こうやって全体を確認すると、東門に敵ASが集中しているのがよく判るな」

「はい。明らかに、昨日までとは布陣が変わっています」


 その時、展望室の扉が開いた。

 アレックス・ラングリッジ大尉が、下士官を伴って入ってきた。


「この異変に気が付いたのは、ここにいる守備小隊の隊長、ゼーマン少尉です」


 ゼーマン少尉が、アレックスに押し出されるように進んできた。

 カズマの前で、直立し不動の姿勢で敬礼した。


「敵陣の変化に、よく気が付いてくれた」

「これが、任務ですから」

「どんなことに気付いたか聞かせてくれないか」

「はっ」


 カズマは内心で苦笑した。


 ――やれやれ、ガチガチだな。


 忠誠心に篤いが、正直で不器用すぎる人物に違いない。

 これでは通り一遍の意見しか引き出せない。


「もっと楽にしてくれ。堅くなる必要はない」

「かしこまりました」


 それでも、ゼーマンの表情は石のように硬いままだった。


「いつも通りに話してくれればいい」

「これが小官の通常であります」

「……ゼーマン少尉は真面目な人物だということは分かった」


 カズマはアレックスへ視線を向けた。


「少尉の隣のアレックス・ラングリッジ大尉なんて、皆がピリピリと緊張しているイル=バレー要塞のなかで、複数の女性兵士をナンパしていたんだ。それを聞いたアンナ=マリー・マクミラン大佐から大目玉をくらったこと、知ってたか?」


 ゼーマンがアレックスの顔色を窺いながら、答える。


「その噂は、かねてより聞き及んでいます」


 アレックスが胸ポケットから取り出した赤色の櫛で、金髪をオールバックに撫でつけながら、平然と言った。


「カズマ様、その話、ひとつだけ間違いがあります。俺はナンパなんて俗なことをしません。いついかなる時も、真剣勝負です」

「そこか」

「もちろん、任務中に声を掛けたりしませんよ」

「当たり前だろ」


 アレックスが肩をすくめる。


「カズマ様だって、同じくらいマクミラン大佐に怒られていたじゃないですか。『ふざけてばかりいないで、しっかりとしてください』って」

「オレが? そうだっけか」


 ジョニーが笑みを浮かべて、口を挟んだ。


「とにかく、アンナ=マリー・マクミラン大佐は、イル=バレー要塞での軍務だけでなく、おふたりのお守りという重責を担っていたわけですな」


 ようやく、ゼーマンの表情がほぐれ、微笑が漏れた。

 ジョニーが本題へ戻す。


「今朝からの遠征軍の動きについて、報告してくれないか」


 ゼーマンが余計な力を抜いて話し始めた。


「今朝早くより、敵の部隊に再編成の動きがありました。確認したのは、小官だけでなく多くの同僚が、敵部隊の移動を目撃しています。再編成後の敵軍の布陣に違和感を覚えました。特に、この東側は、他と比べて明らかに、ASを多く配備しているようです」

「これまでとは違うのだな」


 カズマの確認に、ゼーマンが頷いた。


「はい。これまでも兵士たちが入れ替わりはありましたが、今回のように部隊構成そのものを変えることはありませんでした」

「よく気付いてくれた。報告、感謝する」


 ゼーマンが照れくさそうな顔で言う。


「いえ、これが任務ですから」


 アレックスが笑みを浮かべながら、感謝の意を表した。


「参考になったよ」


 すると、守備小隊の隊長ゼーマン少尉のほうから、質問が発せられた。


「あの……、小官からも、質問をよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ。何でも言ってくれ」

「この敵軍の動きは、攻撃の前触れと考えればいいのでしょうか」


 ゼーマンの質問に答えたのは、ジョニーだった。


「これまで、遠征軍はハイネスを包囲したまま、散発的にしか攻撃を仕掛けてこなかった」

「はい。ですから、今回の動きも陽動ということは……」

「そうかもしれない。ただ、人間、同じ状態が続けばどうしても慣れが生じる。そういうときに隙が生まれる」


 ゼーマンの目が大きく見開いた。


「小官がこの動きを陽動かもしれないと考えること自体、敵の術中に嵌まっているということですね」

「攻城戦は単純な兵力差だけで決着するものではない。士気さえ高ければ、少ない兵力でも守りきれる」

「なるほど。小官たち守備隊が隙を作らないことが、ハイネスの防衛に繋がっていくのですね」


 カズマは力強く頷いた。


「ゼーマン少尉から、部隊の皆にこのことを伝えてくれないか」

「任せてください。小官の守備隊だけでなく、他の隊にも伝えて、警戒を強めます」


 ゼーマン少尉が敬礼し、展望室をあとにした。




 ハイネス市庁舎の貴賓応接室。

 仮の大本営として使われているこの部屋で、アンナ=マリー・マクミラン大佐は、東門の偵察から戻ったカズマ・ジェムジェーオン、ジョニー・マクレイアー少佐、アレックス・ラングリッジ大尉と合流していた。

 この部屋には、中央サーバーに接続された端末が設置されている。

 ハイネス城郭に設置した各種カメラの映像情報が集められていた。

 遠征軍の布陣を詳細に分析することができる仕組みだ。


 アンナ=マリーは、端末を操作するジョニーに尋ねた。


「分析は終わりそうですか?」

「こちらをご覧ください」


 ジョニーが微笑して答えた。

 情報の解析結果をコンソールに映し出した。


「ハイネス城壁に設置しているカメラの定点映像情報を解析比較したものです。東門に配置された遠征軍の編成が、昨日と今日で明確に違っています」

「こうして、画像比較すると一目瞭然ね」


 アレックスがコンソールに映し出された情報を覗き込む。

 首を傾げながら、眉をひそめた。


「確かに、東門に対面する部隊は、前面にAS部隊を固めている。……まるで、こちらに部隊の布陣変更を気付かせるかのようだ」


 ジョニーが端末のコンソールを操作する手を止めて、椅子ごと身体を向けた。


「小官もラングリッジ大尉と同様の違和感を覚えています」


 カズマが怪訝な表情を浮かべた。


「なぜ敵は、わざわざ、オレたちに布陣変更を気付かせるような真似をする?」


 アレックスが胸ポケットから櫛を取り出し、髪に当てた。


「戦略的にみれば、ザカリアスたちはこのハイネスを落とす必要はない。包囲して時間を稼ぎ、帝国から『常勝の軍神』アプトメリア侯爵が来るのを待てばいい。これまで、ザカリアスはこの方針を貫いてきた。だが、その敵軍が、突如、自発的に布陣を動かした。……この動きを、どう捉えるか」


 カズマが腕組みをした。


「攻撃に転じる以外の意図がある、というのか」


 アレックスが赤い櫛を胸ポケットに滑り込ませ、真顔になった。


「敵も自軍の士気を維持しなければならない。そのために、軍の配置を変えることで、兵士の練度をさげないようにしているのかもしれない」


 ジョニーが首を横に振った。


「それでは、なぜ、東側だけにAS部隊を集中させたかの説明がつかない」

「確かに、マクレイアー少佐の言う通りですね」


 アレックスが首肯した。

 アンナ=マリーは、皆の意見を聞きながら思考を整理した。


「私は、総司令官ザカリアス大将が何らかの理由で、遠征軍の方針を変えたのだと考えています。ザカリアス大将は、無駄なことや冗長なことを極端に嫌います。これまで、兵力で圧倒しているのに、徹底的に包囲だけを貫き通してきのも、その性格ゆえ。従って、全体の部隊構成を変更したのは、ザカリアス大将が攻城戦を決意したことの現れと考えます」


 アレックスが顔をしかめた。


「マクミラン大佐の考えは理解できます。だが、腑に落ちないことも残ります。あの優等生のザカリアスが、堅固として名高いこのハイネスを攻撃する時、ASを前面に押し出す戦術を選択するでしょうか」


 カズマがアレックスの意見に頷いた。


「確かに、攻城戦の基本は、火力部隊の砲撃で突破口を開いた後、AS部隊が機動力を用いて突入する。士官学校の戦術論で習う基本だものな」


 ジョニーが応じる。


「ただ、AS中心の攻城戦を無し、と決めつけることは危険です。応用戦術としては有りです。しかし、実戦経験が乏しいザカリアス大将は、基本に忠実な戦術を好みます。これまでの包囲戦も、定石通りでした。それを踏まえると、この作戦は少々奇妙な感じがします」


 カズマがぽつりと呟く。


「……東側の部隊は囮に見えてくるなあ」


 アンナ=マリーはカズマの顔を凝視した。


 ――囮、それだ。


 ザカリアスの狙いが判った気がした。


「それよ」

「何が」

「デコイ。カズマの言うとおり、東側の部隊はこちらの守備隊の注意を惹きつけるための囮。そう考えると、この布陣も合点がいくわ」


 アレックスが真剣な目でコンソールを凝視した。


「あり得るな。ハイネスは天然の要害、北は山、西は河、に囲まれ、地形的条件から火力部隊を十分に展開できない。そうなると、残るのは南と東。東側が囮であるならば、南の正門が本命ということか」

「そうね。遠征軍は南の正門に主力をぶつけてくるつもりなのでしょう」


 カズマが言う。


「この敵の策を逆手にとれば」


 アレックスがニヤリと笑う。


「敵に痛手を与えられましょう」


 遠征軍の意図が明らかになり、光明を見出しつつあった。

 だが、カズマの表情は硬いままだった。


「……しかし、激戦は必至だな」


 アンナ=マリーはカズマに感心した。


 ――カズマは、戦場で指揮官として覚醒し始めている。


 相手の出鼻を挫く有効な手だが、まだ兵力の差を埋めるまでには至らない

 アンナ=マリーの分析も同じだった。

 わずかの実戦経験で、この戦場勘を掴むまでに至っている。


 その時、端末の前に座ったままで、ジョニーが発言した。


「小官も皆さんの考えに賛同します。ただ、東門だけでなく、遠征軍の部隊構成を確認するため、敵陣全体を画像分析したところ、気になることを見つけました。これを確認してくれませんか」


 コンソールに映像が映し出された。


「これは、昨日と本日の遠征軍全体の布陣の比較です。分析すると、遠征軍全体の兵力が、昨日までと比べて25%くらい減少しているとの結果が出ました」


 アンナ=マリーだけでなく、カズマ、アレックスも息を?んだ。


「本当だ……」

「昨日の夜のうちに、この戦場を離れたということ?」


 アンナ=マリーは頭を抱えた。


 ――おかしい。


 遠征軍は4分の1、3個師団の兵力が消えたとしても、依然として攻城戦の展開に充分な兵力を有している。

 だが、これからハイネスを攻略しようとするザカリアスが、わざわざ攻城戦力を減らすとは考えにくい。

 合理的な理由が掴めないということは、相手の意図を読み違えていることと同義だった。


 ピピピ、電子音が部屋のなかに鳴り響いた。


 机の上に置かれた多機能通信機が明滅していた。

 カズマが近くに駆け寄る。


「こちら、カズマ・ジェムジェーオンだ」

〈司令部のシュミット大尉です。いま、よろしいでしょうか〉

「構わない。話してくれ」

〈敵将のザカリアス大将が、ショウマ様とカズマ様のおふたりとの面会を求めております〉


 アンナ=マリーは通信機に駆け寄った。


「マクミラン大佐です。面会は私が応じると、ザカリアス大将と交渉してもらえませんか」

〈試みてみますが、……難しいかと。ザカリアス大将は、強い口調でショウマ様とカズマ様のおふたりとの会談を求めていました〉

「強い口調で?」

〈はい。それも、何度も、しつこいほどに〉


 アンナ=マリーは短く息を呑んだ。


 ――まるで、ショウマとカズマの所在を確認するための要求。


 欠けていたピースが、音を立ててはまった。


「いったん、私が応じると答えてください。それでも、ショウマ様とカズマ様のおふたりの同席を要求してくるようならば、『2時間後に返答する』と回答してもらえませんか」

〈承知しました〉


 通信が切れた瞬間、アンナ=マリーは、深く息を吐いた。


「ザカリアス大将の狙いがわかった」


 ジョニーが頷いた。


「おそらく、何らかの形で『勝唱の双玉』のふたりがハイネスに揃っていないことを、知ったのでしょう」


 アレックスが声を上げた。


「そうか。敵軍全体の兵力が減ったのは、軍勢の一部を割いて、オステリアに向かわせたのか」


 ジョニーが補足する。


「軍勢の一部を割いたといっても、ハイネスを包囲する遠征軍の兵力は、まだ我々ハイネス守備隊と比較すると3倍ほどの兵力が有ります。攻城戦に充分な戦力です」

「そうね。そう考えると、ザカリアス大将の行動の意味が判ってくる」


 カズマが沈んだ声で呟いた。


「つまり、ザカリアスはこちらの作戦を看破した。この事実を見極めるために、わざわざ会談を申し込んできた、ということころか」


 アンナ=マリーは力なく笑みを浮かべた。


「そうね。ザカリアス大将は私たちに先手を取られたと思っている。多少の危険を冒しても、兵力差の優位を活かして、強引にでもハイネス落とすと考えを切り替えたのでしょう」


 アレックスが苦い顔をした。


「こちらはジリ貧だな。肝心の『勝唱の双玉』が分かれて活躍する作戦が上手くいっていない。そのなかで、敵軍にこちらの手を読まれて対処されるとは。せめて、オステリアに向かったショウマ様の行方が判れば」


 アンナ=マリーは一喝する。


「ラングリッジ大尉」


 アレックスがハッとした表情で、アンナ=マリーとカズマに謝罪した。


「申し訳ありません」

「いや。アレックスが謝ることはない。事実、オレがハイネスに残り、兄貴がオステリアに向かう二方面作戦は思い通りに進んでいない。敵軍がこちら側の作戦意図を理解して、対抗措置に動き始めたのだとしたら、オレたちも、その前提で次の行動を考えないといけない」


 アレックスがバツが悪そうに頷いた。


「カズマ様の言う通りです。この状況で、我々が何をできるかを考えましょう


 ジョニーが顎に手を置いた。


「まずは、ザカリアス大将の面会の申し出にどう応えるか。この申し出は辛辣です。当然、『勝唱の双玉』のふたりで会見に臨むことはできません。承諾することもできず、拒否すれば、それはそれで遠征軍に情報を与えることになります」


 アンナ=マリーはきっぱりと言う。


「拒否する以外に選択肢はないわ。ただし、返答までの2時間。この時間を最大限、敵襲への備えに使いましょう」


 アレックスが拳を握りしめた。


「2時間あれば、守備隊の再配置も可能です」

「ああ。ここが正念場だ」


 カズマが右手を強く握りしめた。

 アンナ=マリーは目を瞑って、宙を見上げた。


「面白い」


「続きが気になる」


と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。


つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。


ブックマークもいただけると本当にうれしいです。


よろしくおねがいします。


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