022話 ハイネス攻防戦4
帝国歴628年3月5日、ジェムジェーオン北部ハイネス。
ジェムジェーオン暫定政府遠征軍の旗艦船『モノポライザー』の司令室。
ドナルド・ザカリアス大将とヒューゴ・マクスウェル准将は、ソファに腰を下ろし、スン・シャオライ中佐の到着を待っていた。
呼び出しから10分後、司令室の扉が叩かれた。
入室したスンが、まずマクスウェルの顔を一瞥し、次にザカリアスに視線を移す。
近くまで進んでくると、無駄のない動作で敬礼した。
「お呼びでしょうか、総司令」
「わざわざ、すまぬな」
「いえ」
その顔は、いつも通りの無表情だった。
まるで精巧に造形したような顔。一切の感情を読み取れない。
ザカリアスは瞬時に、不快感を覚えた。
――この顔が気に入らない。
わざわざ、スンが描いた構図の通りに、ザカリアスはことを進めてやったのに、微塵の揺らぎもない。
得体の知れない苛立ちと不安を掻き立てられる。
この居心地の悪さが、ザカリアスがスンを遠ざけた原因だった。
――まあ、よい。
重要なのは、感情ではない。
スンを利用して、有益な情報を出来るだけ引き出せばいいのだ。
ザカリアスの対面に座っていたマクスウェルが、立ち上がった。
「スン中佐。こちらに座ってくれ」
マクスウェルが自らの席をスンに譲り、ザカリアスの正面へと促した。
スンがマクスウェルに一礼したあと、静かに向かいの席に腰を下ろした。
そのまま、マクスウェルがザカリアスの座席の右斜め後ろに回り、控えた。
ザカリアスは前置き一切なく、切り出した。
「早速だが、スン中佐。知っている情報を聞かせてくれ。もちろん、ハイネスにいるはずの『勝唱の双玉』のことだ。マクスウェル准将から、『勝唱の双玉』が脱出してオステリアに向かっていると聞いている」
スンが黙って、ザカリアスの後ろに立つマクスウェルに視線を向けた。
マクスウェルが頭を下げた。
「スン中佐、小官は詫びなければならない。貴官と交わした口止めの約束を破ってしまった」
スンが淡々と口を開いた。
「誤解なさらぬよう。小官はマクスウェル閣下を責めるつもりはありません。いかに、情報を活かすことができるか。小官の情報が有益であると捉えて頂けるのであれば、光栄なことです」
「もちろんだ。だからこそ、貴官をこの場に呼んだのだ」
「小官は常日頃、国家に対して、いかなる貢献ができるか、それを念頭において行動しております」
ザカリアスは、心中で舌打ちした。
――なにが国家だ。
ザカリアスは軍高官の身にありながら、この国、ジェムジェーオンの在り方を憎んでいた。
個々の能力よりも、血統によって社会階層が決定される。
そんなばかげたシステムは、人間の理性を失わせる幻想なくして成り立たない。
その幻想は、国家という無形の圧力が築き上げたものだ。
ザカリアスは密かに誓っていた。
――旧弊を打ち砕き、新たな秩序を築けるのは、平民出身でありながら国の頂点に立つ自分しかいない。
自らに課せられた天命と確信していた。
そのためにも、個人的な感情を抑えて、スンを有益に使役しなければならない。
「スン中佐が、私やマクスウェル准将と同じく国を憂う同志であると理解できた。私も国家を正しい方向に導きたいと思っている」
背後でマクスウェルが大きく頷いた。
スンが無表情のまま、ザカリアスの顔をじっと見つめてきた。
――やはり、気に入らない。
この機械で作ったような表情が、神経を逆なでする。
それでも、スンから情報を引き出さねばならない。
「本題に戻そう。『勝唱の双玉』のことを聞かせてくれ」
スンが静かに言う。
「最初に、両閣下にお願いがあります」
「何だ」
「両閣下もご存じの通り、小官の許には、アクアリス大陸各地に散らばる影背人たちから様々な情報が集まります。ただ、そのなかには不確かな情報も混在しております。それを考慮のうえ、お聞きください」
ザカリアスは軽い違和感を覚えた。
――予防線。
普段、機械の如く明確な物言いをするスン・シャオライにしては、らしくなかった。
ザカリアスは断言するように言い放った。
「心配は無用だ。スン中佐の情報はあくまで参考情報のひとつとして扱う。もちろん、最終的な決定を下すのは、最高司令官であるこの私だ」
スンが頷いた。
「クードリア地方で複数の人間が、バトルシップがハイネス方面からオステリア方面に抜けていったのを確認しております」
マクスウェルがスンの言葉を補足した。
「小官も独自に調査しました。我が軍のなかに、ハイネスからオステリアへと向かったバトルシップは存在しません。そして、ハイネスは、目下、我が軍包囲下にあります。この包囲網を潜り抜けて、バトルシップがハイネスからクードリア地方に向かうことは、物理的に有り得ません」
ザカリアスはふたりの報告を受けて、一言発した。
「……あり得る話だな」
ザカリアスは続ける。
「私たちがハイネスに到着する前、籠城すると同時に、オステリアに向かった、ということか」
スンが頷いた。
「言うまでもなく、『勝唱の双玉』は、ショウマ・ジェムジェーオンとカズマ・ジェムジェーオンというふたりの人間です。どちらもこの国において、存在価値が極めて高いです。であれば、同一の場所、つまりハイネスに一緒にいるよりも、分散して各々が活躍したほうが効果的です」
「つまり、『勝唱の双玉』は、ひとりがハイネスに残り、もうひとりがオステリアに向かった」
「はい。オステリア暴動と隣国ライヘンベルガーからの援軍。この局面で、オステリアへ向かう人物は、兵士をひとつに統率でき、ライヘンベルガー男爵と対等に渡り合えることが望まれます」
「つまり、条件に合致する人物は『勝唱の双玉』になると、貴官は言いたいわけだな」
「はい。小官がハイネス陣営の人間であるならば、そのように考えます」
ザカリアスは腕組みした。
――話の筋は通っている。
だが、それは同時に、これまでの戦略を根本から見直さねばならないことを意味した。
これまでの基本戦略は、現在の膠着状態を継続することだった。
可能な限り、ハイネスでの交戦は避ける。
兵力は圧倒的に優位だが、下手にこちらから攻撃を仕掛けて、乱戦を呼び込めば、万が一の敗北リスクとなる。
シャニア帝国より派遣される『常勝の軍神』アプトメリア侯爵がジェムジェーオンに到来した際、暫定政府が主導権を主張するには、首都ジーゲスリードを押さえ続けねばならない。
そのためには、『勝唱の双玉』ふたりとも、ハイネスに閉じ込めておく必要がある。
それが、ザカリアスの描いた勝利の形だった。
しかし、『勝唱の双玉』がライヘンベルガーと合流しオステリアを落とすような事態となれば、北部要衝ハイネスに続いて西部要衝オステリアも勢力下に収めることになる。
それは、最悪の事態だった。
「スン中佐の考えに異存はない。だが、確たる証拠がないのも事実だ。それだけで、これまでの方針を一転させるのは悩ましいところだ」
スンがザカリアスに問い返す。
「では、総司令はいかがなされますか?」
「軍勢を無傷で首都に退却させれば、春まで首都ジーゲスリードを防衛することは可能ではないか?」
「お待ちください」
マクスウェルが即座に制した。
「これだけの兵力を動員しながら、何もせず退却すれば、味方の兵の士気は落ち、敵が勢いを増します。そうなれば、首都ジーゲスリードの防衛も危うくなり、我らは常に後手に回ります」
ザカリアスは眉根をひそめた。
「同じようなことをバルベルティーニのクラウディウスにも言われた」
「意見してよろしいでしょうか?」
スンが口を開いた。
ザカリアスは許可を与える。
「話せ」
「まずは、『勝唱の双玉』の所在を確認すべきです。ハイネスにいる『勝唱の双玉』がひとりであると確実に判明すれば、我が軍はこのままハイネスを包囲し続けるわけにはいかなくなります。ハイネスを攻略するか、首都ジーゲスリードに退くかを選択しなければなりません」
ザカリアスは眼鏡の位置を直し、問い直した。
「問題は、どうすれば、それを確認できるかだ」
マクスウェルがスンに問う。
「何か案があるのか?」
「ザカリアス総司令からハイネスの『勝唱の双玉』に向けて、会談を呼びかけてください。会談には『勝唱の双玉』ふたり揃っての出席を依頼するのです。それに対して、ハイネス側がどのように対応するかを確認すれば、答えは出ましょう」
ザカリアスは手を叩いた。
「それは名案だ」
マクスウェルも賛意を示す。
「さすがはスン中佐だ。その案であれば、我が軍は危険を冒すことなく、ハイネスに『勝唱の双玉』がハイネスに揃っているかを確認できよう」
ザカリアスは、頭のなかで、情報を整理した。
――論理的に辻褄が合わない部分は見当たらない。
続けて、スンがマクスウェルに尋ねる。
「もうひとつ確認させてください。オステリアの件はいかがいたしますか」
「そうだな。ここはひとつ、スン中佐がどのように考えているか、聞かせて貰えるか」
「ただちに、援軍を派兵するべきです。包囲陣から兵力を割いても、ハイネスを攻略する十分な兵力が残せます。このタイミングで派兵を渋り、オステリアを第二のハイネスにするのは得策ではありません」
マクスウェルが深く頷いた。
ザカリアスも異論はなかった。
「急がねばならぬな」
マクスウェルが応える。
「至急、オステリア派兵の準備を指示します。明朝には出発できるようにします」
「問題は、オステリア遠征を誰に任せるかだな」
「小官がオステリアに向かいます」
ザカリアスは首を振った。
「いや、マクスウェル准将には、ハイネスで戦闘になった際に、私のもとで力を発揮してもらいたい」
「そうなると、誰か適任者がおりましょうか」
「マクスウェル准将から適任者を推薦してほしい」
マクスウェルが数秒考え込んだ後、目を見開いた。
「スン中佐に任せてはいかがでしょう」
ザカリアスはスンの顔を見た。
――たしかに、好都合だ。
オステリア遠征の真意は、軽々に伝達できるものではない。
だが、オステリア遠征の責任者には、意図を伝えない訳にはいかない。
スンがその役割を担うのであれば、問題は解決する。
「スン中佐、オステリアに向かってもらえないか」
「承知しました。必ずや国家のために役立ってみせます」
――また国家か。
ザカリアスは内心で鼻白んだ。
マクスウェルが感嘆の声を漏らす。
「スン中佐。貴官は国家を護る武人の鑑だ。我らはそなたを見ている。この戦いが終わった後、必ずやザカリアス閣下や小官が、そなたに報いてみせよう」
スンがマクスウェルに目礼で応じた。
ザカリアスが会談の終了を告げるように立ち上がった。
「スン中佐、頼んだぞ」
スンが立ち上がって、ザカリアスに一礼した。
ザカリアスは、スンが部屋を出て行ったことを見計らって、マクスウェルに告げた。
「スンで大丈夫か」
「オステリア暴動の兵力は寡兵です。戦術よりもいかに素早く兵力を展開できるかが鍵となります」
「軍事的手腕は関係ないということを言いたいのだな」
「左様です」
うむ。ザカリアスは満足気に頷いた。
「オステリアに兵力を割けば、我が軍は余力を失うな」
「総司令が、以前から懸念していた首都ジーゲスリードで発生するかもしれない変事に、対応できなくなるという意味ですね」
「その通りだ」
「いかに対処しましょうか」
「リスク対処のために、最大の危険分子は取り除くべきかもしれん」
「判りました。良きに計らいます」
「対処は貴官に任せる」
「承知しました」
ザカリアスは口許に薄い笑みを浮かべた。
――負ける要素は、すべて潰している。
何があろうと、ザカリアスは最終的な勝利者は自分だと確信していた。
「面白い」
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