021話 ハイネス攻防戦3
帝国歴628年3月5日、ジェムジェーオン北部ハイネス。
カレンダーは3月となっていたが、標高の高いハイネスでは、春の訪れにはまだ遠く、冷気に包まれていた。
首都ジーゲスリードから出撃した遠征軍は、ハイネス包囲を続けていた。
マクスローズ山脈より吹き下ろす冷たく乾いた風が、野営している遠征軍の兵士たちの頬を切り付けた。
包囲戦。圧倒的に有利な戦況でありながら、遠征軍の兵士たちの口から、不満が漏れていた。
「兵力の面ではこちらが優位かもしれないが、外の俺たちよりも、屋根のある部屋で寝食できるハイネス駐留軍のほうがましかもな」
オステリアで発生した暴動の鎮圧に、暫定政府軍が苦戦しているという報せが届いていた。
血気盛んな兵士たちは、これでハイネス戦線も動き出すと期待した。
だが、総司令官ドナルド・ザカリアス大将は、方針を変更せず包囲継続を選択した。
その決定が遠征軍のなかに伝わると、兵士たちの間に失望が広がった。
「ちっ。上の人間たちは、現場を知らないのだ」
だが、高級士官すべてが、兵士たちの士気低下に鈍感だった訳ではない。
遠征軍の司令部が置かれた旗艦船『モノポライザー』の横に、1台の地上車が停まった。
副官がザカリアスに告げた。
「総司令、バルベルティーニのクラウディウス将軍が面会を求めております」
ザカリアスは、内心で舌打ちした。
――僚軍の将を無下にはできないか。面倒な。
副官に告げる。
「通せ」
ずかずかと遠慮なく司令室に入室してきのは、2メートル近い身長、赤毛の長髪を片側に垂らした青年将校、バルベルティーニ伯爵国の黒騎士第二軍団長ベリウス・クラウディウス将軍だった。
「ザカリアス総司令」
「どうしました。クラウディウス将軍」
部屋の中央の席に座ったままのザカリアスに、クラウディウスが一歩踏み込み、詰め寄った。
「ジェムジェーオン西部、オステリアで発生した暴動の鎮圧に、苦慮していると耳にした。しかも、ライヘンベルガー男爵国の軍勢が、暴動をおこした兵士たちと合流するためにジェムジェーオンに入ったと」
ザカリアスは涼しい顔をしたまま、眼鏡の位置を直した。
「そのようですな」
「それを受けて、作戦をどのように変更するつもりなのかを確認しに来た」
「変更? 作戦は継続です。何も変えるつもりはありません」
クラウディウスの声が鋭くなる。
「すぐさま、ハイネスへの攻撃を開始すべきだ。いまはまだ、こちらが主導権を握っているが、オステリアの蜂起がジェムジェーオン全土に拡大すれば手遅れになる。主導権を維持していくには、ここで一気にハイネスを落として威勢を示すことが肝要だ」
「オステリアへの対処は考えています。ライヘンベルガー男爵国の動きを封じるため、パイナス伯爵国と連絡を取っています。パイナスは牽制することを約束しました。ライヘンベルガーさえ封じれば、挙兵した兵たちなど烏合の衆にすぎません」
「悠長に構えていると、足許を掬われるぞ」
「ハイネスでの戦術に変更はありません。包囲継続です」
ザカリアスは華々しい勝利を求めていなかった。
必要なのは、国の正当たる統治権を確保する戦略的勝利だった。
――内乱に終止符を打つのは、何も自分たちの手で無くてもよい。
帝国中央より派遣される『常勝の軍神』アプトメリア侯爵が、その権威で決着させて問題ないと思っている。
その時まで、暫定政府が首都ジーゲスリードを確保し続ければ、戦後のジェムジェーオン伯爵国の体制で主導権を握ることができる。
クラウディウスが大きく手を広げた。
「オステリアで暴動が続いているいま、こちらも先手を打たねば、取り返しがつかない状況に陥る。それが分からないのか?」
「私はすでに、クラウディウス将軍にこの包囲戦の意図を、説明しているはずですが」
「ああ。聞いている。だが、状況は刻一刻と変化している。少し前まで有効だった作戦が、現在も有効であるとは限らない」
「そうですね。せっかく、バルベルティーニのクラウディウス将軍から進言を受けたのですから、オステリアへの援軍派兵は、前向きに検討することにしましょう。ただし、ハイネスでの戦術変更はありません」
「なぜ、解ろうとしない。友軍である俺から見ても、ジェムジェーオンの兵士の士気が下がっているのが分かる。それを把握しているのか?」
ザカリアスは心外だった。
クラウディウスが挙げてきた現場の士気の話など、最高司令官である自分が気にすべきことではない。
「現場の兵士への対処は、下士官の務めです」
「越権を承知で言うが、ザカリアス総司令は現場に出ているのか? もしくは、現場に直面している下士官の意見を汲み取っているのか?」
さらに、クラウディウスが迫ってきた。
――クラウディウスの進言の目的は、承知している。
ザカリアスはため息をついた。
「クラウディウス将軍、安心してください」
「なんだ? 安心とは」
「たとえ、このまま包囲を続けたとしても、あなたがた黒騎士第二軍団の功績は大であったと、バルベルティーニに報告します。だから、安心して見ていてください」
「……なんだと!」
ザカリアスは薄く笑いかけた。
――クラウディウスは功を焦っている。
クラウディウスにとって、ジェムジェーオン国内の争いなど、対岸の火事で、武勲をあげる機会にすぎない。
私たちジェムジェーオン国民には、最小の被害で最良の結果を得ることが重要だ。
「クラウディウス将軍は、何も心配する必要はありません」
クラウディウスが苦虫を咬み潰したような表情で、ザカリアスを見やった。
「ザカリアス総司令は勘違いしている。俺は功を欲しているのではない。武人としての嗅覚が『この機を逃すな』と言っているのだ。……だが、これ以上、何を言っても無駄なのだろう。せめて、後手に回ることのないよう、配慮をお願いする」
クラウディウスが渋々ながら矛を収めた。
「ご忠告、感謝します」
その言葉に、クラウディウスが消化不良の表情を残したまま、司令室を出ていくしかなかった。
ザカリアスは座ったまま、その背中を見送った。
――これが正しいのだ。
ハイネスを包囲し続ければ『勝唱の双玉』をハイネスに閉じ込めておくことができる。
あのふたりは、国内で、瞬時に求心力を産む危険な存在だ。
――ハイネスから外に出すわけにはいかない。
ザカリアスはハイネスの街へ出入りする者があれば、必ず阻止せよと命じていた。
軍人であろうとも民間人であろうとも、誰一人として通過を認めるつもりはなかった。
――油断はない。
ザカリアスは口の端を歪めて冷笑した。
バルベルティーニ伯爵国のクラウディウス将軍が総司令官室を退出してから30分後。
遠征軍参謀長ヒューゴ・マクスウェル准将がドナルド・ザカリアス司令官に面会を求めてきた。
ザカリアスは入室を許可した。
扉が開き、マクスウェルが姿を現した瞬間、ザカリアスは眉をひそめた。
普段は沈着なマクスウェルの顔が、紙のように白くなっていたからだ。
「どうした、マクスウェル」
声を掛けると、マクスウェルは唇を固く結んだまま、深く頭を下げた。
「ザカリアス総司令に……報告しなければいけないことがあります」
「どうしたのだ」
その深刻な表情から、ただならぬ事態だと悟ったザカリアスは、周囲へ人払いを命じた。
マクスウェル准将は、事務方でキャリアを積んできた将校が多くを占めるドナルド・ザカリアス大将の旗下において、数少ない実戦経験豊富な将校だった。不器用で曲がったことをよしとせず、ザカリアスに忠誠を尽くしているのも、重用している理由だった。
「オステリアでの暴動の件です」
「私もオステリアについて、マクスウェルと話したいと思っていた。援軍派兵を検討していたところだ。ハイネスを包囲しているいまの軍勢から、どれほどオステリアに割けるだろうか」
マクスウェルが静かに首を振った。
「ライヘンベルガー参戦の件はご存知ですね」
「もちろんだ。首都ジーゲスリードのフェアフィールド元帥と連携し、対処済みだ。パイナス伯爵国に情報を伝えて、ライヘンベルガーを牽制するように依頼している」
「では、オステリアの暴動兵たちが『勝唱の双玉』を主導者として迎えようとしている動きについては?」
「……な、何だと」
ザカリアスは目の焦点を失った。
そのような報告は聞いていない。
椅子から飛び上がらんばかりに、立ち上がった。
最も恐れている事態はジェムジェーオン各地の反抗勢力が糾合し、ひとつの巨大な嵐が形成されることだった。
その核となりうるのが『勝唱の双玉』の存在だった。
「ザカリアス総司令」
マクスウェルの声で、ザカリアスは我を取り戻した。
同時に、沸々と血が逆流してくる。
「なぜだ」
「はい?」
「私は『勝唱の双玉』が、ハイネスを脱出したと聞いていない」
マクスウェルがザカリアスの言葉に、反発するように顔を上げた。
「小官も、このような事態がなぜ起こったのか、はなはだ疑問です」
ザカリアスはハイネスの人の出入りを厳重に取り締まれと指示を与えていた。
――では、誰の責任だ。
喉まで出掛かった怒号を呑み込み、唇を噛んだ。
――落ち着け。
自らに言い聞かせ、椅子に深く腰を下ろした。
「マクスウェル、まず確認したい。『勝唱の双玉』がオステリアに合流しようとしている情報は間違いないのか?」
「確かな筋からの情報です」
マクスウェルが即答した。
その表情は、裏取りが済んでいることを示していた。
「情報源は?」
「それは……」
マクスウェルが言い淀んだ。
「どうしたのだ? 私にも言えない情報源なのか」
「いえ、そういう訳では……」
「であるならば、教えてくれ」
マクスウェルが覚悟を決めたように口を開いた。
「情報源は……スン・シャオライ中佐です」
「スン・シャオライ、か」
ザカリアスは思わず、その名を繰り返した。
「はい。スン中佐のもとには、帝国の至る所に散らばっている影背人たちから、情報が集まっています」
「わかっている」
スン・シャオライ中佐。
約650年前にシャニア帝国初代皇帝リクタル・シャニアによって滅ぼされた西方の大国「光」の遺民である影背人だった。
影背人たちは、「光」国滅亡の際、アクアリス大陸各地に散らばった。
やがて、亡国の遺民は、影背人として、各国の経済・物流・裏社会にまで根を張り、表と裏の両面で巨大なネットワークを築き上げた。
ただし、その情報は常に色を帯びる。
個々の事情、利害、感情、玉石混交の情報は、扱いを誤れば毒にも薬にもなる。
そのなかで、スン・シャオライが特異なのは、混濁した情報の海から、確かな事実だけを拾い上げる目を持つことだった。
これまで最もその恩恵を受けてきたのは、他ならぬザカリアス自身だった。
マクスウェルも、ふたりの関係をよく理解していた。
「余計でした」
「いや。……あの男が掴んだ情報であれば、無視できないな」
マクスウェルが頷いた。
「小官もそう思います」
ザカリアスは問いを重ねた。
「なぜ、スン中佐は直接私に情報を伝えにこないのだ」
「スン中佐曰く『自分はザカリアス総司令の信用を失っている』からと。『ザカリアス閣下の信頼が厚いマクスウェル准将が伝えて欲しい』と」
ザカリアスは立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
足音が静かな司令室に響く。
「つまり、……マクスウェルの口から、スンの功績を伝えろというわけだな」
「いえ、違います」
マクスウェルが即座に否定した。
「事実、小官はスン中佐から『自分の関与は伏せてほしい』と要請されています。小官は、スン中佐に私心はないと感じました。スン中佐は、自らの情報が最も有効な形で活用されることだけを望んでいます」
ザカリアスはスンの顔を思い浮かべた。
確かに、ある時から、私はスンを遠ざけた。
勘の鋭いスンならば、私が避けたことを理解しているはずだ。
事実、マクスウェルに「信用を失っている」と漏らしたらしい。
それでもなお、スンは有益な情報を、私に捧げようとしている。
――いや、待て。
スンはマクスウェルの性格をも計算しているに違いない。
マクスウェルは他人が収集した情報を、さも自分の手柄に挿げ替えることを恥とする人間だ。
――奴の意図は何だ?
私に有益な情報を渡そうとする意味、スンは対価として何を得ようとしているのか。
暫定政府のなかで権勢を増した私の歓心を、再び買おうということか。
確かにそのように考えると、スンの行動に合点がいく。
ザカリアスは口の端を歪め、冷笑した。
――それも良かろう。
事実、この情報には、それだけの価値がある。
ザカリアスの頭のなかに、スンの物語が出来上がった。
マクスウェルが何も言わず、部屋のなかを歩き回るザカリアスの次の言葉を待っていた。
「マクスウェル准将」
「はい」
「スン中佐をここに呼べ」
「承知しました」
ヒューゴ・マクスウェル准将が足早に司令室を後にした。
「面白い」
「続きが気になる」
と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。
つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
よろしくおねがいします。




