020話 ハイネス攻防戦2
帝国歴628年3月1日、ジェムジェーオン北部ハイネス。
仮の大本営としているハイネス市庁舎の貴賓応接室にて、アンナ=マリー・マクミラン大佐は、『勝唱の双玉』カズマ・ジェムジェーオンとともに、オリバー・ライヘンベルガー男爵との通信会談に臨んでいた。
設置された大きなモニターに、オリバーの顔の映し出される。
「久しぶりだな」
長身で短く刈り込んだ赤毛と無精ひげ、無骨さは変わりなかった。
だが、その眼光は以前よりもさらに強く、揺るぎない意志を宿していた。
軍服姿のカズマが、わずかな緊張を滲ませながら敬礼した。
「お久しぶりです」
この会議では、いつものように金髪を後ろで縛り、素のカズマとして臨んでいた。
「ジェムジェーオンの出席者は、カズマとマクミラン卿のふたりか?」
「はい」
「ライヘンベルガーの出席者は、俺とベルトラン卿だ」
ベルトラン卿は、ライヘンベルガー男爵国の首相を務めるオリバーの腹心だった。
アンナ=マリーは画面越しに丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりです、ライヘンベルガー男爵。ご壮健のようで何よりです」
「マクミラン卿も久しいな。シオンも会いたがっていた。さすがに、この地に連れてくるわけにはいかなかったがな」
「私もシオン様にお会いたいです」
ライヘンベルガー男爵オリバーとジェムジェーオン伯爵アスマの長女シオンは、数年の婚約期間を経て、5年前に正式に結婚した。オリバーとシオンとの夫婦仲は非常に良く、娘がふたり誕生している。
オリバーは、シオンの弟であるショウマやカズマとも、本当の兄弟であるかのように接していた。
アンナ=マリーは、軍の階級こそ大佐であったが、ジェムジェーオン武官三家マクミラン家の当主であり、ライヘンベルガー男爵妃シオンと親友だった。その縁から男爵本人とも交流が深かった。
オリバーが顎の無精ひげを擦った。
「カズマも久しく見ない間に、少し大人びたようだな」
「ええ。育ち盛りなので」
「そうだな」
ハハ、オリバーが豪快に笑うと、カズマも少し緊張が解けて、いつもの表情に戻っていた。
短い間を置き、オリバーが本題を切り出した。
「早速だが、聞きたい。まどろこしいのは性に合わんので、単刀直入に訊く。ショウマはどうした?」
「小官から説明させていただきます」
アンナ=マリーはオリバーに経緯を説明した。
ショウマがオステリアに向かったのが、3日前。
出発して2日目以降、連絡が途絶えており、現在行方が判らなくなっていることを、包み隠さず伝えた。
「そうか。……約束の日になってもショウマがオステリアに現れないものだから、何かあったとは、薄々思ってはいたが……」
「ご連絡が遅れ、申し訳ありません」
アンナ=マリーは頭を下げた。
オリバーが納得した表情で応えた。
「いや、謝罪には及ばん。事が事だけに、軽々に外部に情報を漏らせないという事情は理解できる」
「ご配慮、痛み入ります」
「ひとつ気になるとすれば、あの『赤の大地』クードリア地方を通るルートを選択したということだな」
「ジーゲスリードは暫定政府の支配下にあり、オステリアに向かうには、クードリア経由を選択するしかありませんでした」
「その選択は理解できる。それに『赤の大地』クードリアの賊といえど、わざわざ正規軍に手を出すとは思えないがな」
「小官らも同じ考えでした。クードリアがジェムジェーオン正規軍に手を出せば、討伐の絶好の口実を与え、軍勢を呼び込む結果になります」
オリバーは顎に手を当て、さらに問う。
「ショウマがクードリアを通過することは公になっていたのか?」
「秘密裏に進めていました。ハイネスのなかで、ショウマ様がオステリアに向かうことを知る人間は、軍の人間のうち僅かです」
「そうか。……まあ、心配あるまい。あのショウマのことだ。何らかのトラブルに巻き込まれたとしても、その叡智で窮地を脱してみせるさ」
カズマが割って入ってきた。
「オリバー義兄さんも、そう思いますよね」
オリバーが砕けた笑みを浮かべた。
「ああ。これがカズマだったら、心配で夜も眠れんがな」
「その通りです。兄貴はオレと違ってバカじゃないので。短慮を起こすことはないです」
「自分で言うな」
二人のやり取りに、部屋の空気が少し和らいだ。
――少しだけ大げさだな
アンナ=マリーの目には、オリバーの態度が少しだけ作り物に映った。
ジェムジェーオン側を配慮しての態度なのだろう。
だが、オリバーはショウマと昵懇の仲で、性格を熟知している。
だからこそ、何の連絡もなしに消息不明になるのが、異常事態であることを理解していると思えた。
アンナ=マリーは意図的に、話題を変えた。
「遅くなりましたが、ライヘンベルガー男爵におかれましては、私たちの要請にお応え頂き御参戦いただいたこと、ジェムジェーオンを代表して感謝申し上げます」
少し遅れて、カズマも頭を下げた。
オリバーが大きく手で遮った。
「マクミラン卿。このメンバーで、堅苦しいことは無しにしようではないか。カズマ、おまえらしくもない」
カズマが表情を崩した。
「ありがとうございます。オリバー義兄さん」
「その方が、カズマらしい。そして、礼には及ばん。ライヘンベルガーにとって、ジェムジェーオンは大切な同盟国、いや家族も同然だ。だから、ライヘンベルガーが参戦するのは、自らのためである。それに……」
「それに」
オリバーの目が鋭さを増した。
「アスマ・ジェムジェーオン伯爵は義父というだけでなく、為政者として尊敬の対象でもあった。その義父があのような最期を迎えた。さぞ、無念だったろう。マクシス・フェアフィールドが発表した内容は、到底信じられない。暫定政府が都合のいい事実を捏造したとさえ思っている。俺が知るアスマ伯爵と奴らが語るアスマ伯爵との間には、大きな乖離がある。奴らと一戦交えてでも、真実を明るみにしたい。これが、俺の亡くなったアスマ伯爵にできるせめてもの弔いだ」
オリバーの目は真剣だった。語った言葉に嘘は含まれていない。
――らしいな。
アンナ=マリーは思い出していた。
あれはシオンとオリバーの結婚前のことだった。
ジーゲスリードに来訪したオリバーが、シオンと随伴したアンナ=マリーに、ジェムジェーオンとライヘンベルガーの未来を熱く語った、あの時と同じ目をしていた。
カズマが微笑した。
「父アスマもその言葉を聞いたら、喜びます」
「俺はな。ショウマやカズマが頼ってくきてくれて嬉しかったんだ。オリバー・ライヘンベルガーいち個人として、ジェムジェーオンに出兵し、暫定政府軍と一戦交えることを望んでいた。……だが、そうすれば、個人的な問題で済まなくなる。ジェムジェーオンとライヘンベルガー、国を巻き込んだ大事となってしまう。ここにいる宰相のベルトランから、強い口調で自重するよう念押しされてきた」
隣で立っていたベルトラン卿が、苦い顔をした。
オリバーがそれを見て、意地悪くニヤリと笑った。
「カズマたちが、もっと早く、俺を頼ってくれればよかったんだ。そうすれば、ベルトランから叱られることもなかったのにな」
「私は叱ってなどいません。僭越ながら意見を述べただけです」
「オリバー義兄さんには申し訳ないことをしました。兄貴もオレも、混乱のなかで状況を見極めるので精一杯でした。でも、ベルトラン卿の怒りが頂点に達する前に、援軍を依頼できたようで良かったです」
「まったくだ」
「オレも、アンナ=マリーから説教を受けて何度も窮地に陥っています。次は、オリバー義兄さんがオレを助けてくださいよ」
「それは難しいかもな」
ゴホン、アンナ=マリーは咳払いした。
「……冗談はこのくらいで」
「そうだな。マクミラン卿の言うとおりだ。冗談はこれくらいにしておこう。いずれにせよ、ショウマやカズマが中心となって、ジェムジェーオンを再興するのであれば、ライヘンベルガーは協力を惜しまない」
「はい。ありがとうございます」
オリバーが真剣な顔つきになった。堅い口調で告げた。
「しかし、大義名分は必要だ。ライヘンベルガー単独で、オステリアに軍を向けるのは避けたい」
「承知しています」
「あくまで、ジェムジェーオン主導で、ライヘンベルガーはオステリアに加勢する。ショウマ到着まで、ライヘンベルガーは動かない。それでいいのだな?」
カズマは間髪入れずに答えた。
「はい。兄ショウマは必ずオステリアに向かいます」
「分かった。それよりも、そちらの様子はどうなのだ?」
「首都ジーゲスリードから出撃した暫定政府軍が、ハイネスを完全に包囲しています。こちらの4倍の兵力です。圧倒的な兵力差ながら、これまでのところ暫定政府の軍勢は、積極的に仕掛けて来てはいません。このまま時間を稼いで、オレたちをハイネスに閉じ込めておく作戦と思います」
「カズマたちは、ハイネスで暫定政府軍の主力を釘付けにしてくれればいい。ショウマと合流次第、西のオステリアより局面を打開してみせる」
「お願いします」
「カズマ」
オリバーが通信越しに、カズマの目を強く見据えた。
「問題が起きたら、ひとりで抱えていないで俺に伝えろ。カズマとショウマ、おまえ達ふたりは、俺の義弟なんだからな」
オリバーの眼力はまっすぐで強かった。
「はい。ありがとうございます」
「お互いの武運を祈る」
「義兄さんも」
通信が切れ、画面が暗転した。
ジェムジェーオンとライヘンベルガーの通信会談が幕を閉じた。
会議室の大きなモニターから、オリバー・ライヘンベルガー男爵の姿が消えた。
カズマ・ジェムジェーオンとアンナ=マリー・マクミラン大佐は揃って、顔を見合わせた。
「これで良かったのか?」
「ええ。会談目的であるライヘンベルガー男爵との信頼関係の維持は、充分果たせたと思うわ」
カズマは会談の内容を反芻しながら、小さく息を吐いた。
「それにしても、オリバー義兄さんは、ますます人間的に大きくなったようだ」
「相変わらず剛胆で一本気な気性でありながら、一国を統治する君主としての貫禄が備わった。苦労の積み重ねながら、国を治めているんだと思う。その経験から、人間的に大きく成長している」
「そうだな。オリバー義兄さんは昔から頼りがいのある人だったけど、……さらに、懐が大きくなったと感じた。こんなことなら、もっと早く話せば良かった。胸のつかえが晴れた気分だ」
アンナ=マリーが顔色を曇らせた。
「アンナ=マリー・マクミラン個人として、カズマに忠告させて」
「どうした? 急に改まって」
「ライヘンベルガー男爵を頼りすぎてはダメ。依存が過度に強くなれば、ジェムジェーオンにとって、新たな火種となる。国内の変事は自分たちの手で解決する気概でいないと」
カズマは眉をひそめた。
「マリ姐はオリバー義兄さんを信用していないのか?」
「オリバー・ライヘンベルガーという人物は、信頼に値すると思うわ」
「そりゃそうだよな。結婚前のシオン姉さんに『あの人は信用できる人だわ』とお墨付きを与えたのは、マリ姐だものな」
アンナ=マリーが少し照れた様子を見せながら、応酬してきた。
「茶化さないで」
「悪かったよ」
「いま、私が問題にしているのは、国家や公人という立場での話。ライヘンベルガー男爵も個人としての自分と、国主としての自分を使い分けている」
「兄貴もオステリアに向かう前、マリ姐と同じこと言っていた。オリバー義兄さんを過度に頼るなと」
「ショウマが……」
アンナ=マリーの目が驚き揺れた。
――兄貴もマリ姐も心配し過ぎだ。
カズマは胸の内で呟いた。
オリバー・ライヘンベルガーは信義に篤い人物だ。
下手な小細工や駆け引きすることを良しとしない、真っすぐな男だ。
「兄貴やマリ姐は心配しすぎだって。オリバー義兄さんは家族も同然だ。家族同士が助け合うのに理由なんていらないだろ」
「私やショウマが伝えたかったのは、そういう意味ではなく……」
「それよりも、兄貴のことだ」
カズマの関心は、兄ショウマの安否に向かった。
アンナ=マリーも表情を引き締める。
「ライヘンベルガー男爵の言葉からも、ショウマがオステリアに辿り着いていないのは、間違いないわ」
「となると、やはり、……『赤の大地』クードリアか」
「そうなるわね」
カズマはアンナ=マリーに頭を下げた。
「マリ姐、お願いがある」
アンナ=マリーが即答した。
「カズマが直接出向くのはダメ。すでに、クードリアで、ショウマ捜索は始めている」
「……分かった、頼む」
ふぅ、カズマはため息をついた。
――兄貴、無事でいてくれ。
カズマ・ジェムジェーオンはその願いを胸に、静かに目を閉じた。
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