019話 ハイネス攻防戦1
帝国歴628年3月1日、ジェムジェーオン北部ハイネス。
首都ジーゲスリードから出撃した遠征軍は、ハイネスの都市全域をまるごと包囲していた。
遠征軍の総司令官ドナルド・ザカリアス大将は、自軍の布陣を見渡し、満足気に目を細めた。
ジェムジェーオン暫定政府は、マクシス・フェアフィールド元帥の『勝唱の双玉』に対する宣戦布告からわずか2日後に、ザカリアスを総司令官として、遠征軍を『勝唱の双玉』が籠るハイネスに差し向けた。
動員された兵力は12師団。
ハイネスに籠る軍勢の4倍もの圧倒的な大軍だった。
首都方面軍を主軸に、南部方面軍や西部方面軍の一部、さらにバルベルティーニ黒騎士第二軍団を加えた、まさに総力戦の名にふさわしい布陣だった。
だが、暫定政府の遠征軍は、ハイネスに到着しても戦闘を仕掛けなかった。
ただ淡々と、包囲陣を敷き、締め上げていく。
軍人はもとより、民間人に至るまで、ハイネスへの出入りを完全に封鎖した。
そして、全く隙の無い包囲陣形を完成させた。
12師団もの兵力を擁しながら、遠征軍は一切動かない。
ただ、包囲を続け、時間を積み重ねる。
――このままでいい。
総司令官ザカリアスの戦略は明快だった。
『勝唱の双玉』をハイネスに封じ込め、何もさせない。
包囲を継続し、時間を味方につける。
――時間は、私たちに味方する。
ザカリアスは完成した包囲陣を見渡し、満足げに口元を緩めた。
ハイネスはまだ冷気に包まれていたが、空は澄み切っていた。
同日、ハイネス市庁舎の貴賓応接室。
仮の大本営を設置しているこの部屋に、『勝唱の双玉』の弟カズマ・ジェムジェーオンは、公務を終えて、重い足取りで戻ってきた。
カズマは下ろしたままの長い金髪を、後頭部にひとまとめに縛り直した。
「髪を下ろしたままだと、鬱陶しいな……」
上着を脱ぎ捨て、ソファに身を投げ出す。
全身の張りを解放するため、両腕を大きく広げて伸びをした。
深い息が漏れた。
ピピピ……
静寂の部屋に、電子音が鳴り響く。
作戦本部直通回線の通信機が、着信を知らせる青い光を点滅させている。
ふぅ。カズマは深く深呼吸した。
縛った髪をほどき、上着を拾って着直した。
通信機が備え付けられた机に座り、通信ボタンを押す。
「疲れているところ、申し訳ない」
通信機のモニターに映し出されたのは、、アンナ=マリー・マクミラン大佐だった。
作戦本部に備え付けの個室の通信ルームからの連絡だった。
通信はカズマとアンナ=マリーのふたり。機密情報の共有が可能な状況だった。
「通信相手がマリ姐と判っていたら、兄貴の姿に戻さなくてもよかったな」
「少しでも、慣れてもらわないと」
双子の兄ショウマ・ジェムジェーオンが西部要衝の都市オステリアに向けて出発してから、カズマはハイネスで、一人でカズマとショウマの二役を演じ、ショウマ不在を隠していた。
「兄貴がオステリアに着くまで、頑張るさ」
「それにしても、……いまの格好だと、私から見てもショウマとカズマの判別が付かない」
『勝唱の双玉』と呼ばれるショウマとカズマの兄弟は、一卵性双生児で、姿形が瓜二つだった。
傍目でふたりの違いに気付く者はいない。
アンナ=マリーが、表情を引き締めた。
「ここからが本題。オリバー・ライヘンベルガー男爵より会見の申し出があったの」
「ほんとか!」
カズマの心は高鳴った。
オステリアに向かったショウマからの連絡が、途絶えていた。
ハイネスからオステリアまでバトルシップで2日の距離、出発から3日が経過していた。
胸騒ぎは、日に日に強くなっていた。
カズマの安堵の表情を見たアンナ=マリーが、思わず眼を伏せた。
「ライヘンベルガー男爵の申し出は、『勝唱の双玉』のふたりに向けて。つまり、ショウマはオステリアでライヘンベルガー男爵と合流していない……」
「……そうか」
「はい」
「兄貴から連絡は」
「依然として、ないわ」
カズマは天井を見上げた。
胸の奥が、冷たく沈む。
アンナ=マリーが心苦しそうに続ける。
「ライヘンベルガー男爵からの通信の件だけど……」
「そうだったな。続けてくれ」
援軍を要請していたライヘンベルガー男爵国の軍勢は、予定通りジェムジェーオン国内に入り、オステリア郊外に着陣した。
ライヘンベルガーはジェムジェーオンの代表者と合流したうえで、オステリア救援に向かうことを望んでいた。
主導者不在の軍勢と合流すれば軍の統制が乱れること必至だった。
かといって、ライヘンベルガーが主導すれば、ジェムジェーオンへの内政干渉として、非難を受ける。
実際、アルベルト・パイナス伯爵が、オリバー・ライヘンベルガー男爵に対し、ジェムジェーオン国内に軍勢を派兵したことを、ジェムジェーオンの内政を乱す行為にあたるとして、公然と非難している。
ゆえに、ライヘンベルガーは、一刻も早く、相応しい代表者、すなわち『勝唱の双玉』と連携することを求めていた。
――こんなことになるならば、オレがオステリアに向かうべきだった。
カズマの思考は、あくまでも、兄ショウマの行方に向いていた。
「つまり、兄貴はまだオステリアに到着していない。オリバー義兄さんも兄貴の行方を知らない。……そういうことだな」
「はい。そして、ライヘンベルガー男爵は、オステリアで合流するはずだったショウマが、いまだ到着していないことに、少なからず疑念を抱いていると思っているはず」
カズマは腕を組んだ。
「それは、……そうだろうな」
「そのライヘンベルガー男爵が、『勝唱の双玉』のふたりと、会談を求めてきた」
「あえて、オリバー義兄さんは『勝唱の双玉』のふたりと言ってきたのだな。そこに、オリバー義兄さんの疑念がみえるな。マリ姐はオリバー義兄さんに、どのように伝えればいいと思う?」
アンナ=マリーが迷わず答えた。
「ライヘンベルガー男爵には、ショウマ様の件を、隠すべきではない」
「そうだよな。オリバー義兄さんには、こちらから援軍をお願いしている手前もある」
「仮に、情報を隠蔽するならば、事実がライヘンベルガー男爵に発覚した時の影響を考慮しなければならない。現在、私たちが置かれている状況を考えると、ライヘンベルガーとの同盟に傷を及ぼすリスクは、採るべきではない。真摯に事実を伝えるのが、最善だと思う」
「マリ姐の意見に全面同意だ。事実を伝えよう。……それにしても、兄貴はいったい……」
カズマの思考は、自ずとショウマの行方に落ちていった。
アンナ=マリーが優しく声を掛けた。
「カズマ、……あなたは大丈夫?」
「判っている。心配しなくても大丈夫だ。兄貴が不在のいまこそ、オレがしっかりと対応しないとな」
アンナ=マリーが頭を下げた。
「会談は30分後」
「わかった。会談はこの部屋で行おう。15分後に来てくれ」
「15分後にそちらに向かうわ」
カズマは通信を切った。
静けさが、広い貴賓応接室を支配した。
カズマはソファに身を投げ出した。
ショウマの行方が不明になっていることを忘れるため、この数日、忙しさのなかに身を置いた。
兄ショウマを演じることで、その存在の大きさを痛感した。
兵士たちは、ジェムジェーオン世子ショウマを演じているカズマを、畏敬の眼差しで見詰めてくる。
その視線には、各自の行動の正当性となる拠り所、皆をひとつにまとめる原動力があった。
もし、ショウマの不在が陣中に知れ渡れば、兵士たちの士気の維持が困難になるばかりでなく、錦旗を失った兵士や民衆の暴動を招きかねない。
ふぅ……。
カズマ・ジェムジェーオンは仰向けに見上げたまま、宙に向かって両腕を突き上げた。
胸の奥に、どうしようもない焦燥が渦巻いていた。
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