018話 ジェムジェーオンの病巣2
帝国歴628年2月27日。クードリア地方
ショウマ・ジェムジェーオンは、黙って状況を見据えていた。
ジェムジェーオン北西『赤の大地』クードリアの真ん中で、船『ギュリル』が、機関を停止させてから、すでに15分が経過していた。
その間にも、敵ASの影は増え続けている。
包囲の速度が異常だった。
まるで、事前にショウマの航路を知っていたかのように、完璧な配置だった。
視認できるだけで、ASは、200から300機。さらに、船が5隻。
連隊規模の戦力が、たった1隻の船『ギュリル』を取り囲んでいた。
その包囲網のなかから、白く塗装されたASが1機、前に進み出てきた。
「貴船はすでに我々の包囲下にある。降伏を勧告する。勇気ある決断を期待する。回答がない場合、30分後に一斉攻撃を開始する」
問答無用にそれだけ伝えると、白いASは、敵陣の包囲網へと戻っていった。
船『ギュリル』の艦橋の空気が、重く沈む
この勧告にいち早く反応したのは、AS部隊を指揮するラリー・アリアス中尉だった。
アリアスはすでにASのコクピットに乗り込み、部隊も出撃準備を整えていた。
「ショウマ様、小官たちに出撃の許可を!」
アリアスの具申に、他の艦橋の士官たちが即座に反論した。
「この状況で、まだ戦闘を続けるつもりなのか」
「当然だ! ジェムジェーオン正規兵、しかも、誉れ高き『勝唱の双玉』を戴いている。クードリアの賊軍に膝を屈するなどありえない」
「戦力差がありすぎる! 無謀だとは思わないのか?」
「どれほど数を揃えようと、クードリアの賊などは恐れるに足らない。貴官たちは武門の誇りを捨ててしまったのか。戦闘前に恐怖に負けて怖気づいてしまっては、どんな戦いにも勝つことはできない」
「精神論で玉砕するのが誇りか? それこそ犬死だ!」
「何だと、犬死とは無礼な!」
言い争いは激しさを増し、船『ギュリル』の空気は一触即発となった。
その緊張を断ち切るように、ショウマは割って入った。
「待ってくれ」
アリアスがモニター越しに鋭い視線を向ける。
「ちょうど良かったです。ショウマ様のご意見を伺いたい」
ショウマは深く息を吐き、静かに口を開いた。
「アリアス中尉。私も武門の誇りを大切にしている。だが、誇りとは大切なものを護ってこそ、意味を持つ」
アリアスの表情が揺れる。
「相手は周到に包囲を完成させている。この状況で、私たちは何を護らねばならないのか」
「ショウマ様……」
「ジェムジェーオンを取戻すために、私は皆とともにオステリアに向かっている。このクードリアの地で、無駄死にするためではない。たとえ、一時の恥を忍んだとしても、生命があってこそ雪辱の機会がある」
アリアスは、なおも食い下がる。
「……降伏することが正しいなど、小官には納得しかねます」
ショウマはアリアスに問いかけるように言葉を返した。
「アリアス中尉。敵の正体を考えたことはあるか?」
「敵の正体……? クードリアの賊では」
「『赤の大地』という幻想にとらわれてはいけない。一度、それを横において冷静に考えてみてくれ。ただの賊徒がこれだけの武装を持っているのか? おかしいとは思わないか」
アリアスが息を呑む。
「……確かに」
「賊徒が正規軍のバトルシップを襲う理由は何だ? 正規軍が金品を抱え込んで移動しているはずがない。非合理的な行為と思わないか?」
「……それは、非合理と思います」
「そして、この降伏勧告も腑に落ちない。賊徒が、私たちを降伏させてどうするというのだ? 相手はこれほど有利な状況を作った。武力にものをいわせて、好きに略奪なりすればいい。だが、そうしなかった」
ショウマの声が低く、鋭くなる。
「つまり、敵は単なる賊徒ではないということだ。何らかの意図をもって行動している。そう考えなければ、この状況は説明できない。そして、私は、この違和感の正体を確かめたい」
アリアスが数秒沈黙した。
やがて、意を決したように、言葉を発した。
「……分かりました。ショウマ様の仰ることを理解しました」
ショウマは艦橋の全員を見渡した。
胸の奥が僅かにうずく
父アスマの声が脳裏をよぎる。
――赤の大地の解放なくして、ジェムジェーオンの未来はない。
未来を掴むためには、いまは生きねばならない。
短く命じた。
「白旗を掲げる」
こうして、『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンを乗せた船『ギュリル』は、『赤の大地』クードリアの中心で、降伏の意を示した。
一方、船『ギュリル』を取り囲む軍勢側。
ショウマ・ジェムジェーオンが降伏勧告を受託したとの報告を受けて、白色のASに騎乗する人物が、簡潔に感想を述べた。
「そうか。勧告を受け入れたか。……なかなか、賢明なことだ」
続けて、部下に向かって命令を下した。
「では、各自、手筈通りに進める。付いて来い」
白色のASを先頭に、30機のASがバトルシップ『ギュリル』に乗り込んできた。
ショウマ・ジェムジェーオンは、直接出向いて、彼らを迎え入れた。
ASから降り立ったパイロットたちは、全員仮面を装着していた。
その異様な姿に、艦内の空気がわずかにざわついた。
だが、上船した仮面の人物たちは、規律正しく無法な振る舞いをすることはなかった。
その所作は、むしろ正規軍以上に洗練されていた。
ショウマは確信した。
――彼らは賊徒などではない。厳しく訓練された有能な軍人だ。
中心人物は、白色のASから降り立った体格の良い仮面の人物だった。
後ろ髪をドレッドロックスに結い、仮面越しでも圧迫感のある存在だった。
「まず、約束通り、武装解除を確認する」
「わかった」
随員の仮面の3人が『ギュリル』のクルーに指示して、武装の解除を確認した。
その所作は、精緻で合理的だった。
体格の良い仮面の人物が、ショウマを直視した。
「貴様がこの船の責任者だな」
「そうだ」
ショウマはまっすぐ体格の良い仮面の視線を、見据えた。
体格の良い仮面の人物が、仮面越しにショウマの全身をねめつけた。
「名は?」
「ショウマ・ジェムジェーオン」
「ジェムジェーオンの『勝唱の双玉』か」
「そうだ」
「ひとつ聞きたい。その立場にありながら、我々の降伏勧告を受容れることを決断した理由はなんだ」
「こんなところで、仲間の命を落とすわけにはいかない」
「その命のなかには、貴様の命も含まれているのか」
一瞬、ショウマは言葉に詰まった。
だが、正直に答えた。
「無論。私自身の命も含まれている。こんなところで、無駄死にするわけにはいかない」
「なるほど。悪くない答えだ」
体格の良い仮面の人物が、仮面の下で薄く笑ったように見えた。
続けて、問うてくる。
「我々が貴様たちの命を取らないと考えたのはなぜだ」
「逆に、こちらが訊きたい。これだけの兵力を持っていながら、わざわざ、降伏勧告をしてきた理由は何だ?」
「なるほどな」
体格の良い仮面の人物が、それだけ答え、それ以上何も言わなかった。
その時、随員たちの武装解除の確認が終わり、体格の良い仮面の人物のもとへ結果を報告した。
体格の良い仮面の人物が頷いた。
「貴様の言葉通り、バトルシップの武装は解除されていた」
「当然だ。約束は守る」
体格の良い仮面が、バトルシップ『ギュリル』のクルー全員に聞こえるように、大きな声を発した。
「このバトルシップは我々が接収する。我々の指示に従ってもらう。乗員はこのまま艦に留まってもらう。ただし、ショウマ・ジェムジェーオンは下船して、我々に付いてきてもらう」
即座に、ラリー・アリアス中尉が楯突いた。
「ショウマ様を連れていくことは認められない」
『ギュリル』のクルーたちも、アリアスと同じように強い表情で、体格の良い仮面の人物を睨みつけた。
ショウマは手をあげて、『ギュリル』のクルーを制した。
「大丈夫、この者たちは私に危害を加えることはない」
「万が一、何かあったら……」
「ここで揉める方が、私を含めた皆の身が危うくなる」
その言葉に、アリアスは悔しげに唇を噛み、渋々頷いた。
体格の良い仮面の人物が何も言わず、ショウマの様子を窺っていた。
ショウマは、自分の身に保障があるとは思っていなかった。
だが、自分を『勝唱の双玉』ショウマ・ジェムジェーオンであることを理解したうえで、連れ出そうとするならば、そこには必ず、何らかの意図があるはず。と考えていた。
その意図こそが、ショウマにとって状況を打開する鍵になる。
こうして、『勝唱の双玉』のひとり、ショウマ・ジェムジェーオンは、『ジェムジェーオンの病巣』クードリアの地で囚われの身となった。
北部要衝ハイネスに残った『勝唱の双玉』のもうひとり、カズマ・ジェムジェーオンは、この出来事を知る術すらなかった。
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