016話 新たなる戦いの序曲4
帝国歴628年2月26日、ジェムジェーオン北部要衝ハイネス市庁舎第一会議室。
マクシス・フェアフィールド元帥の会見が終わった。
ショウマ・ジェムジェーオンは、情報を整理するように目を閉じ、顔を天井に向けた。
対して、カズマ・ジェムジェーオンが、怒気を含んだ声を上げた。
「マクシスの奴め、嘘を並び立てるとは。……親父が兄貴を廃嫡するなんて、考えられない。それに、こんな大事をフェアフィールド家だけに相談するのもおかしい。ラングリッジ家やマクミラン家が黙っているはずがない。そうだろ。マリ姐、アレックス」
ジェムジェーオンの名門、武官御三家。フェアフィールド家、ラングリッジ家、マクミラン家はジェムジェーオン伯爵家を支えると同時に、国内に大きな影響力を持っていた。
マクミラン家の若き当主、アンナ=マリー・マクミラン大佐が応えた。
「私は何も聞いていないわ」
続いて、ラングリッジ家の次期当主アレックス・ラングリッジ大尉が言った。
「当主の親父は、ジーゲスリードで暫定政府に囚われ、収監されている。よって、この件に加担や賛同しているとは考えられない。もちろん、俺自身、親父から何も聞かされていない」
ラングリッジ家当主、ギャレス・ラングリッジ元帥。
アスマ・ジェムジェーオン伯爵の死後、マクシスに伯爵死亡に関わる嫌疑をかけられ、拘束されていた。
「くそが」
感情に過ぎるカズマの言葉が、さらに場の空気を重くした。
ショウマは目を閉じたまま、黙って皆の言葉を聞いていた。
ようやく、意を決して、目を開く。
「さすが、マクシス・フェアフィールドだ。実に、迅速に、かつ効果的な手を打ってきた」
カズマが苛立を隠さずに遮る。
「兄貴、余裕ぶってる場合か!」
「カズマ、落ち着け」
「落ち着いていられるか。敵は何倍もの兵力でこちらに向かっているのだぞ!!」
ショウマは口許をわずかに緩めた。
「自分をマクシスに置き換えて考えてみればいい」
「何を、悠長なことを言っているんだ!!」
「まあ聞け。……マクシスはこう考えるはずだ。暫定政府はイル=バレー渓谷出口で連敗を喫した。しかし、それは局地戦にすぎない。依然として、兵力差は歴然。首都方面軍の精鋭は、無傷のままジーゲスリードに残っている。対して、ハイネスの『勝唱の双玉』は寡兵。軍事的戦術としては、迅速に大軍を動かしハイネスを奪還するのが上策だ。と」
カズマが投げやりに言った。
「そう思ったからこそ、マクシスは軍勢をハイネスに向けると宣言したのだろ」
「カズマ、そんな顔をするな。ここからが本題だ。……ここで、マクシスは気が付く。単純とも思えるこの戦術が、実行困難であると」
「……なぜ?」
答えたのは、アレックスだった。
「兵士たちが付いてこないから、では」
ショウマはアレックスの目を見て、頷いた。
「その通り。私たち『勝唱の双玉』が現れたことで、将兵の気持ちが揺れている。正義はどちらにあるのか。事実、この気持ちの動揺こそが、イル=バレー渓谷で行われた緒戦の敗北に繋がった。ジェムジェーオンにとって、本当の敵は誰なのか、と」
カズマが息を呑む。
「つまり、暫定政府は、兵士たちの士気と忠誠を維持するための大義名分が必要……」
「そうだ。そしてマクシスは考える。……どうすれば兵士たちを、再び自分たちの側に立たせられるか」
カズマは天井を見上げ、考え込んだあと、ハッとした。
「ま、まさか……」
「カズマ、言ってみろ」
カズマが固唾を飲み、絞り出すように言った。
「マクシスの発表。……あれは、ジェムジェーオン市民に向けて嘘なのか」
「マクシス・フェアフィールドが一世一代の演技を演じた。私も、あのマクシスがここまでするとは思っていなかった。逆に考えると、それだけ暫定政府も追い込まれているということだ」
カズマが拳を握りしめ、顔を紅潮させた。
「ふざけるな!」
アレックスもカズマに呼応するように、憤りを隠さなかった。
アンナ=マリーは、ショウマの言葉の真意を噛みしめるように、俯いたまま目を閉じていた。
――嘘か真かは問題ではない。
ショウマは、マクシスの言葉について、真偽がどちらであるか、分からなかった。
確信していたのは、マクシスがこのタイミングであの発表をしたのはあの発表は兵士と市民の支持を得るための政治的演出であり、暫定政府の危機感の表れだということだった。
対して、ショウマがいま選択しなければならいのは、『勝唱の双玉』の正統性の確保だった。
ジェムジェーオン伯爵の真の後継者として、国軍を統べる正当性を有している。
これを示し、マクシスの言葉を全力で否定しなければならない。
「マクミラン大佐」
アンナ=マリーがわずかに肩を震わせた。
「は、はい。……何でしょう」
「大丈夫か」
「いえ、……申し訳ありません。少し考え事をしていました」
アンナ=マリーなりに、マクシスの言葉の本意がどこに立脚しているかを探っていたのだろう。
ショウマはそれをも、吹き飛ばさなければならない。
「こちらもジェムジェーオン全土に向けて、会見を行う。志半ばで倒れたアスマ・ジェムジェーオンを継ぐ者は、私ショウマ・ジェムジェーオンであることを、全市民に向けて宣言する」
アンナ=マリーが吹っ切れた表情で、力強く頷いた。
「分かりました。至急、会見の準備をします。ジェムジェーオン全市民に向けて、ジェムジェーオンの未来を担うのは、『勝唱の双玉』であると示しましょう」
「頼む」
ショウマは話題を、もともと協議していたオステリアの挙兵に戻した。
「この局面で、ますます重要になるのが、オステリアの挙兵に対して、私たちがどのように対応するかだ」
カズマが厳しい表情をしたまま、立ちあがった。
「オステリアの兵士たちはオレたちに支援を求めてきている。いまのオレたちにとって、この動きは願ってもないのものだ。最終的に勝利を収めるにはジェムジェーオン各地で、暫定政府に対し反抗の火が拡がっていくことが必要だ」
アンナ=マリーが頷きつつ、応えた。
「その通りですが、オステリアの動きを支援するには、こちらの兵力を割く必要があります」
カズマが続ける。
「現在、オレたちが籠っているハイネスは、ジーゲスリードから向かってくる暫定政府軍に対抗するために、更なる兵力を必要としている」
首都ジーゲスリードからここハイネスに向かっている暫定政府の軍勢は、最精鋭の首都方面軍に南部方面軍と西部方面軍の一部が加わっていた。総勢でハイネスに駐留する軍勢の4倍、12師団もの兵力だった。
アンナ=マリーが補足した。
「オステリアでの挙兵は小規模です。私たちの支援がなければ、即座に鎮圧される可能性があります」
アレックスが言う。
「ハイネスには援軍の余力がない。申し訳ないが、オステリアには頑張ってもらうしかないのでは」
アンナ=マリーが俯きつつ、状況を説明する。
「ラングリッジ大尉の言う通り、私たちには余力がありません。しかし、私たちが手を差し伸べずに、オステリア挙兵が鎮圧されてしまえば、いち地方の反抗の芽が潰される以上の意味を持ちます。ジェムジェーオン各地で反抗の機会を窺っている人々は、立ち上がった『勝唱の双玉』の動向に注目しています。希望が失望へと変化するかもしれません」
アレックスが天を仰いだ。
「……確かに」
カズマが眉をひそめながら、事実に抗うように周囲の皆に働きかけた。
「だが、これはオレたちにとって、反撃のチャンスなんだ。この状況を活かす手立てをはないのか」
珍しくカズマが深く考え込んでいた。
――そうだ。
私たちは必死に考えて、状況を打破しないといけない。
ショウマは前を向く気持ちを強めた。
「オステリア挙兵をきっかけに、ジェムジェーオンの趨勢を変える。それが、私たちが求める最終的な勝利に繋がる」
カズマが、ショウマの話の途中で、大きな声で言葉を発した。
「そうか。……オレにしかできないことがあるじゃないか」
カズマがショウマの話を遮ったことを謝罪した。
「あ、悪い。兄貴の話の途中だったな」
「構わない、カズマの考えを聞かせてくれ」
一同の視線がカズマに集まる。
「オレが最小限の兵を連れてオステリアへと向かう。オレも『勝唱の双玉』のひとりだ。オレの存在が人々を集める求心力となるはずだ。もちろん、それだけで兵力差が埋まると考えるのは楽観的だと分かっている。そこで考えたんだ」
カズマの声に力が籠る。
「オステリアはジェムジェーオン西部国境に近い。つまり、同盟国ライヘンベルガー男爵国も近くに位置するということだ。オリバー義兄さんはオレたちが協力を要請すれば、拒みはしないだろう、援軍が期待できる。ライヘンベルガーと連携すれば、兵力差を克服できる可能性がある」
「待て、カズマ」
ショウマは内心で、カズマを褒めてやりたかった。
――合格だ。
カズマが述べた案は、ショウマがこれから話すつもりの内容と、ほぼ同じものだった。
「この案はだめなのか」
「だめではない。だが、修正が必要だ」
「オステリアを見捨てるのか」
「そうではない」
ショウマは立ちあがって、カズマだけでなくこの場にいる全員に向かって宣言した。
「オステリアへ向かうのは、カズマではなく、私だ」
カズマが表情を一変させ、不満を露わにする。
「なんでだ? 危険を冒してオステリアに向かうのはオレの役割でいいじゃないか。兄貴はこれからジェムジェーオンの国主となる人間なんだ。ハイネスでドンと構えてくれ」
アンナ=マリーとアレックスが、黙ってショウマの様子を窺っていた。
その表情は、カズマと同じ疑問が浮かんでいるようだった。
「様々なことを考えたうえで、このように判断した。オステリアへ向かうのは、私が適任だと考えている」
カズマが納得しなかった。
「ハイネスを死守するため、皆の求心力となり統率する人間が必要だ。一方で、ライヘンベルガー男爵との交渉を円滑にするにも相応の人間が必要だ。だったら、ハイネスに残るのが兄貴で、オステリアに向かうのは『勝唱の双玉』のひとりのオレが、妥当だ」
ショウマは、アンナ=マリー、アレックス、カズマの顔を順に視た。
「私がオステリアに向かうことを決めたのには、理由がある」
カズマが応じる。
「教えてくれ」
「純粋に戦力として考えた場合、私よりカズマの方が有能だということ。私は今回の戦いで、カズマのAS操縦について、いくつもの賞賛の声を聞いた。この場の皆も、カズマのAS操縦の腕に疑問を持つ者はあるまい」
ショウマはアンナ=マリーに向いて、尋ねた。
「なあ、マクミラン大佐」
「……それは、そうかもしれませんが」
アンナ=マリーが歯切れ悪く答えた。
カズマがムキになって抗弁する。
「兄貴はASなんて操縦する必要ないだろ。現場はオレに任せてくれればいい。最高司令官として、堂々と全軍を指揮すればいい。その資格も、能力もあるんだから」
ショウマはふと、士官学校時代のカズマの言葉を思い出した。
――兄貴はこの国の頭脳になれ。オレは忠実で有能な手足になる。ふたりなら、世界の誰にも負けない。誰もが笑って暮らせる国を作りあげよう。
ショウマの口許が緩んだ。
「分かっている、カズマ。だが、これ以上互いを褒めあうと、この場にいる皆に、バカ兄弟だと思われるぞ」
カズマが苦笑いした。
ショウマは話を続ける。
「私たちは厳しい状況にある。ハイネスに籠っても、『常勝の軍神』ヴァイシュ・アプトメリア侯爵のジェムジェーオン来訪という時間的制約が立ち塞がる。よって、打って出る局面が必ず訪れる。その時、カズマがASを率いれば、決定的な強みになる」
「じゃあ、誰が作戦を指揮するんだ」
「アンナ=マリーがいる。今回の戦闘と同じように、実際の戦闘もアレックスやジョニー・マクレイアー少佐が補佐してくれる」
カズマがまだ食い下がる。
「作戦に関しては、それで事足りるかもしれない。だが、籠城戦で重要なのは兵士たちの気持ちだ。最高司令官の兄貴が不在では、兵士の士気が落ちる」
はは、ショウマは声に出して笑った。
「それも考えている。カズマだったらできる。黙って髪をおろせば、ショウマ・ジェムジェーオンがそこにいるように見せることなど簡単だろ」
カズマが自分自身を指さした。
「オレが?」
「そうだ」
「兄貴の代わりを……?」
「そうだ。私はカズマのようにASを操縦する技量を持ち合わせていない。だが、カズマは黙っていれば、ショウマになりすませる。それで、兵士の士気は保てる」
カズマが黙り込んだ。
アンナ=マリーがカズマに微笑み掛けた。
「当初はカズマの意見に賛成だったけれど、ショウマの話を聞いて、考えが変わった。いまはショウマの判断に理があると思っている。私だけでなく、ラングリッジ大尉とも力を合わせて、あなたを支える」
オステリアで求められる力はふたつ。
カリスマと政治力だ。
人々を求集し、魅了して奮い立たせる能力。
そして、ライヘンベルガー男爵と対等に交渉できる力。
どちらも、ショウマの能力が勝っている。
ショウマは強い目で断言した。
「せっかく、『勝唱の双玉』という強力なカードを二枚持っているんだ。両方をハイネスに残すより、別々な場所で活用する方が有効だ」
「つまり、兄貴がオステリアで、オレがハイネスで、最善を尽くす。そういうことか」
アレックスが発言した。
「俺もショウマ様の意見に賛成です。ショウマ様の護衛には、再び、アリアス中尉を同行させます」
「アリアス中尉の力を借りられるのはありがたい」
カズマが何度か首肯して、ショウマに歩み寄った。
「分かった。ハイネスのことは、オレたちに任せてくれ」
「カズマ、私がこの場を離れることによって、最も負担を背負うのはカズマだ」
「ああ。肝に銘じておく」
ショウマはアンナ=マリーに顔を向けた。
「オステリアに出発する前に、ハイネスでひと仕事しないとな」
「そうですね。お願いします」
カズマが首をひねった。
「ひと仕事とは?」
「忘れたのか。マクシスの演説に対して、『勝唱の双玉』として、ジェムジェーオン市民に向けて正統性を主張することだ。それとも、これもカズマがやってくれるのか?」
カズマが慌てて手を振った。
「オレには無理だよ。これは兄貴の仕事だ」
「残念」
ショウマは笑って応えた。
アンナ=マリーに向かって、確認した。
「マクミラン大佐、準備を」
「はい。至急、演説の準備を行います」
アンナ=マリーが慌てて立ち上がり、部屋を出て行った。
「面白い」
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