015話 新たなる戦いの序曲3
帝国歴628年2月26日、ジェムジェーオン北部要衝ハイネス。
市庁舎第一会議室には、ショウマ・ジェムジェーオン、カズマ・ジェムジェーオン、アンナ=マリー・マクミラン大佐の三人が集まっていた。
『勝唱の双玉』がイル=バレー要塞から挙兵し、暫定政府軍と激突して、これを撃破した。
その報せは、瞬く間にジェムジェーオン全土へと駆け巡った。
この勝利は、各地に連鎖的な影響を及ぼす契機となる。
特に、西部の中心都市オステリアでは、一部の兵士たちが『勝唱の双玉』に呼応し、挙兵した。
市民も加わって、暫定政府軍との衝突が生じていた。
ショウマは、戦闘に勝利した瞬間から、こうした国内の動きを予期していた。
まさしく、期待していた展開だった。
だが、単純に喜ぶだけでなく、新たな問題が発生してた。
いま自分たちが動員できる戦力は、限られている。そのなかで、どこまでオステリアを支援できるか。
アンナ=マリーとカズマを交えて、慎重に意見を交わしていた。
その協議の最中だった。
ドンドン。
会議室の扉が、叩かれた。
カズマが即座に反応し、声を上げる。
「誰だ」
外から、よく通る男の声が返ってきた。
「アレックス・ラングリッジ大尉であります。お伝えしたいことがあります」
「分かった。入れ」
長身で屈強な体躯のアレックス・ラングリッジ大尉が、会議室に入室してきた。
金髪をオールバックにしたアレックスが精悍な顔つきで歩み寄ってくる。だが、その表情は曇っていた。
いつも豪胆にしている彼にしては、珍しかった。
ショウマは声を掛ける。
「どうした、アレックス」
「悪い報せがあります」
アレックスの神妙な声色に、室内の空気が少し張り詰めた。
ショウマは静かに促す。
「話してくれ」
「申し上げます。……レッドマン少将の戦死が確認されました」
会議室のなかが、凍り付いた。
ショウマは息を呑み、問い返す。
「事前に、バルベルティーニがイル=バレー要塞を攻撃してきたら、全員撤退するよう厳命していた。レッドマン含め、全員脱出したのではなかったのか?」
「イル=バレー要塞を脱出した士官の話によると、レッドマン少将は兵士たちを撤退させ、最後のひとりとして、要塞に残ったとのことです」
ショウマは深く嘆息した。
「レッドマンらしいといえば、その通りだが……」
「複数の証言が一致しています」
カズマが視線を落とした。
「あのレッドマン少将が……」
イル=バレー要塞に潜伏していた時、カズマとアレックスは、レッドマン少将から厳しくも熱い指導を受けていた。
アンナ=マリーも呟く。
「そうですか……残念です」
「間違いないのだな」
ショウマにとって、これは完全に計算外だった。
――レッドマンを失ったのは大きい。
レッドマン少将は、経験豊かで攻防兼備した司令官だった。
ここハイネスには『勝唱の双玉』を支える士官たちが集まっていた。
その多くは有能だったが、若く経験や貫禄に乏しい、これは事実だった。
現段階では、部隊の指揮を安心して任せることが出来る人材が少ないのが弱みといえた。
――だが、落ち込んではいられない。
若い私たちに、レッドマンは未来を託したのだ。
その期待に応えなくてはならない。
「ショウマ様」
声の主は、アンナ=マリー・マクミラン大佐だった。
呼び掛けに、ショウマは振り返った。
アンナ=マリーが壁の時計を振り返る。
「そろそろ、始まります」
「……そうだったな」
12時より、暫定政府首班マクシス・フェアフィールド元帥による緊急放送が、全ジェムジェーオン市民に向けて行われると発表されていた。
ショウマはアレックスに伝える。
「アレックスもここで一緒に観てくれ」
アレックス・ラングリッジが黙って頷き、空いている椅子に腰を下ろした。
全員が部屋の大型モニターへ視線を向けた。
12時ちょうど。
アンナ=マリー・マクミラン大佐は、ハイネス市庁舎第一会議室の大画面のモニターをじっと注視していた。
マクシス・フェアフィールド元帥が会見場に姿を現した。
モニターに、マクシスの顔がアップで映し出される。
いつもの重厚な威厳を保っていた。
だが、アンナ=マリーの印象は違った。
――少し疲れている。
目の下の隈が、隠しきれない疲労を物語っていた。
それを見抜けるのは、長年彼を知るアンナ=マリーなど少数の者だけだろう。
一般市民には、長年ジェムジェーオン防衛軍を支えてきたマクシスの重厚な表情は、安堵を与えるものとして、映ったに違いない。
マクシスがまず、和やかな表情で親しみやすい雰囲気を演出した。
それからゆっくりと、会見を開始した。
「最初に。ジェムジェーオン市民の皆様に陳謝したい」
マクシスが画面の視聴者に向かって、頭を下げた。
数秒後、顔を上げて、淡々と語り始めた。
公式の場で初めて、暫定政府軍が敗北した事実を認めた。
そして、敗北した相手が、イル=バレー要塞から出撃した『勝唱の双玉』であることを告げた。
「戦闘で亡くなった兵士たちに哀悼の意を表したい」
マクシスが目を閉じ、黙祷した。
――次に何を語るのか。
アンナ=マリーだけでなく、会見を視ている全員が固唾を呑んだ。
マクシスが目を開いた。
渋い表情を浮かべながら、胸元から一通の書簡を取り出した。
「本来、この書簡の存在を、ジェムジェーオン市民の皆様に明かすつもりはなかった。だが、ここに至っては致し方ないと判断している」
書簡を広げた。
視聴している者たちが確認できるように、それを掲げた。
「これは、故アスマ・ジェムジェーオン伯爵が、私マクシス・フェアフィールド元帥に宛てた書簡だ。このなかでアスマ伯爵は、このように述べている。伯爵世子をショウマ・ジェムジェーオンから、ユウマ・ジェムジェーオンに改めたい。是非、協力してほしい。と」
会議室の空気が、一気に熱を帯び、温度が上昇した。
アンナ=マリーだけでなく、ショウマ、カズマ、アレックス、誰もが、一言も発しないまま、鋭い目つきで、モニターのマクシスを凝視した。
画面のなかのマクシスが、沈痛な表情を浮かべた。
「現在、ジェムジェーオンは不幸な内戦に陥っている。だが、我々暫定政府は、亡くなったアスマ伯爵の遺志に従っている。なかには、書簡の内容を疑う者もいるだろう。逃げも隠れもしない。近々、帝国よりヴァイシュ・アプトメリア侯爵がジェムジェーオンに来訪される。その際、第三者である侯爵に、書簡の真贋を確認していただくつもりだ」
ここで、マクシスの表情が一変した。
まるで生気を取り戻したかのように、力強く明瞭な声音で言い放つ。
「我々は、ジェムジェーオンの安寧を取戻すため、一刻も早くハイネスを奪還しなければならない。ドナルド・ザカリアス大将を総司令官とする遠征軍が、すでに出撃準備を完了させている。明日にも、ジーゲスリードを出立し、ハイネスに向かう」
そして最後に、マクシスが画面に向かい宣言した。
「伝えたいことはひとつ。正義は、我々暫定政府にある」
暫定政府の参列者から、大きな拍手が起こった。
そのまま、緊急放送は終了した。
この緊急放送は、ジェムジェーオン暫定政府が、勝唱の双玉』に向けて、明確に宣戦布告したことを意味した。
そして、誰もが悟った瞬間でもあった。
これからジェムジェーオンの内戦は、さらに激しさを増していく。
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