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アクアリス英傑記  作者: 芳田たかみ


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14/21

014話 新たなる戦いの序曲2

 帝国歴628年2月25日。ジェムジェーオン伯爵国首都ジーゲスリード。


 防衛軍本部庁舎に、イル=バレー渓谷での戦闘結果が次々と届けられていた。

 暫定政府の首脳のひとり、マクシス・フェアフィールド元帥は、表情をひとつかえずに報告を聞いていた。


 デービス将軍の戦死、北部要衝ハイネスの失陥、トマソン将軍の降伏。

 立て続けの凶報に、室内の空気は凍りついていた。


 暫定政府のもうひとりの首脳、ドナルド・ザカリアス大将が、顔を真っ赤にさせて、語気を荒げた。


「デービス少将やトマソン少将にはイル=バレー要塞駐留軍に対抗できるだけの十分な兵力を与えていたはずだ。なに故、こうも簡単に抜かれるのだ!?」


 報告を届けた若手士官が、緊張のあまり言葉を失った。


「小官のもとには……これ以上の報告は……」


 なおも、ザカリアスが捲し立てる。


「何か特別な事情があったに違いない。それについて、報告は届いていないのか?」

「……届いておりません」

「なぜ、確認していないのだ?」


 マクシスは、ザカリアスを制した。


「ザカリアス大将、やめなさい」


 ザカリアスがマクシスを睨み返した。

 平民出身ながら士官学校を主席で卒業したドナルド・ザカリアスは、事務方キャリアを重ね、出世してきた。

 何事も感情を交えず淡々と仕事を遂行する姿が常の彼が、苛立ちを隠す様子もなく、珍奇に見えるほど怒りの感情を表に出している。


 ――この男は自分の思い通りにならないと、このような姿を見せるのか。


 マクシスは、ザカリアスがその地位に比して人望が薄い理由を、はっきりと理解した。


 マクシス・フェアフィールドは、貴族、それもジェムジェーオン武官御三家のひとつといわれる名門フェアフィールド家の当主だった。

 だが、ザカリアスと対照的に、常に前線の司令官として現場でキャリアを積み重ねてきた。

 移り気な上官の機嫌を伺う。自らも経験してきたことだった。

 下士官の気持ちは手に取るように分かった。


 困惑した表情で立ち尽くす若手士官に対して、マクシスは穏やかに声を掛けた。


「報告ご苦労だった。貴官のもとには、他に気になる報告は届いていないのだな」

「いまのところ……」

「良い。わかった。もし、少しでも気になることがあったら、すぐに報告してほしい」

「承知しました」


 若手士官が直立し、マクシスに敬礼した。

 元帥の言葉で救われた、表情が物語っていた。


 依然として、ザカリアスの態度は憮然としたままだった。


 ハハハ。マクシスは士官を下がらせ、ふたりきりになると、突然大きく笑った


「ここは素直に、イル=バレー要塞駐留軍の戦術を評価しようではないか。寡兵の不利を撥ね返す見事な戦いであった、と」

「元帥、よく笑っていられますな。我々暫定政府軍は戦闘で敗北し、ジェムジェーオン北部の重要拠点であるハイネスは陥落したのですぞ」


 マクシスは表情を引き締め、一喝した。


「だからこそだ」


 ザカリアスが反発する。


「フェアフィールド元帥。直属の部下、レッドマン少将の裏切りと敗北によって、この事態を迎えていることをお忘れなきよう」

「貴官がワシに含むところがあるように見えたのは、それが言いたかったのか?」

「事実を申し上げたまでです。この現実に対し、元帥がどのように考えているかお聞きしたい」


 マクシスは深く息を吐いた。


「無駄なことを」

「無駄とは、何です! 元帥の部下が裏切ったため、我々暫定政府は窮地に陥っているのですぞ」


 ザカリアスの顔が、怒りで紅潮していた。

 マクシスはもう一度、深く息を吐いた。


「ワシと貴官は、ともに暫定政府の首脳だ。等価の責任を負っている。互いに非を責めあっても、事態はなんら改善しない。だから、無意味なことだと言っている」

「責任から逃げるおつもりですか」

「逆に、聞かせてくれ。実戦部隊を旗下に持たない貴官は、ワシと同じ責任をどのように負うつもりなのだ。貴官は常に自分を安全地帯に置いているように見える。その姿勢を誰が支持する?」

「小官の役割は、作戦立案や兵站整備で戦いを支えることです」

「では、今回の敗北に、貴官の言うところの作戦や兵站で、責任は全くないと思っているのか」

「それは……」

「敗北はワシと貴官、両者の責任なのだ。苛立たしい気持ちは分かるが、それを下の者に向けてはならない。上に立つ人間は、失敗を受け止め自省し、自らの姿勢を改めるのだ」


 ザカリアスがビクッと反応した。

 小動物のような目を眼鏡の奥に隠した。

 たしなめられたことを不覚に思ったのか、苦い表情を浮かべた。


「貴官らしくもない。少し落ち着いたらどうだ」

「……そうですな」


 ザカリアスが眼鏡を押し上げ、ようやく呼吸を整えた。

 マクシスはゆっくりと立ち上がった。


「ワシらが置かれている状況を、改めて整理しようじゃないか」


 マクシスが端末を操作すると、ディスプレイにジェムジェーオン北部地域の地図が浮かび上がる。


 イル=バレー要塞が青く点滅し、そこから青い矢印がイル=バレー回廊を一直線に南下した。

 迎え撃つように、デービス少将の北部方面軍が赤い矢印となって現れ、回廊出口を塞ぐ。

 Y字路で青と赤の矢印が衝突し、赤の矢印だけが砕け散った。


 ザカリアスが、青い矢印を汚物でも見るような目で睨んだ。


「この叛乱兵が、今日のジェムジェーオンを乱している元凶ですな」


 マクシスはザカリアスの表情を伺った。


 ――自らの正義を、微塵も疑っていないのか。


 苦々しい感情を押し殺して、返答する。


「貴官の言う通りだ」


 続いて、地図上のハイネスが赤く光る。

 トマソン少将の軍勢が赤い矢印となってイル=バレー回廊へ進軍。

 青い矢印とぶつかった瞬間、ハイネスは赤から青へと反転した。

 青へ変わったハイネスから細い青の矢印が伸び、回廊出口の赤い矢印を挟撃する。

 再び赤い矢印だけが消滅した。


 マクシスは笑い声を上げた。


「素晴らしい。これほどまでに、大胆かつ緻密な奇襲を目にしようとは」


 ザカリアスが不快げに眉をひそめた。

 マクシスは続ける。


「まだ、続きがある」


 イル=バレー要塞が青からオレンジへと変わる。

 バルベルティーニ軍が占領したことを示していた。


「イル=バレー要塞をバルベルティーニに渡すことになったが、仕方あるまい」

「ハイネスとイル=バレー要塞で連携されれば、厄介な事態となります。バルベルティーニに情報を流して、制圧を促した判断は妥当でしょう」

「その通りだ。さて、……改めて、貴官に問う。ワシらの当面の戦略とは何かね」


 ザカリアスが姿勢を正した。


「ヴァイシュ・アプトメリア侯爵がジェムジェーオンに到来する前に、国内の反乱分子を潰し、帝国中央に新しいジェムジェーオン、ユウマ・ジェムジェーオン様の体制を正式に認めさせること……」


 シャニア帝国は、ジェムジェーオンの混乱が、アクアリス前脚地方各地に飛び火することを恐れ、皇帝の勅命をもって『常勝の軍神』ヴァイシュ・アプトメリア侯爵に全権を与え、事態の収拾を命じた。

 侯爵領の雪が溶け次第、帝国最強の軍勢がジェムジェーオンへ向かってくる。

 それはジェムジェーオン国内の軍事バランスが一変することを意味していた。


 マクシスは頷いた。


「帝国を完全にワシらの味方につけるためにも、国内の軍事掌握は欠かせない。反乱分子が要塞から出てきたのは、むしろ歓迎すべき事態だとは思わないか?」

「なるほど。……敵軍がイル=バレー要塞に籠っていたならば、制圧することが難しい」


 ザカリアスが眼鏡の奥で目を見開いた。

 マクシスは続ける。


「改めて問う。そうは思わないか?」

「元帥は、難攻不落のイル=バレー要塞に籠城されるよりも、ハイネスのほうが攻略できる可能性が高いとお考えになっている」

「ハイネスは要害にすぎない。純軍事的な基地であるイル=バレー要塞と比べるまでもない」

「確かに」

「相手は、デービスとトマソンの残兵を加えているとはいえ、無傷のジェムジェーオン首都方面軍の兵力と比べれば、寡兵だ」

「しかも、首都方面軍はジェムジェーオン防衛軍の最強部隊……」

「その通りだ」


 ザカリアスが、眼鏡の位置を戻した。


「つまり、元帥はこのように考えている。敵軍は戦術レベルで勝利したに過ぎない。戦略レベルで考えれば、気に病む必要はない」

「『勝唱の双玉』はハイネスを奪取したが、代わりにイル=バレー要塞を失った」

「このままハイネスを放置するわけにはいきませんな」

「ああ。直ちに兵を向かわせる必要がある」

「では、ハイネスには私が向かいましょう」

「ここは正念場だ。実戦経験は、ワシのほうが貴官よりも豊富だ」


 マクシスは、ザカリアスの実戦経験が乏しさと、エリート故か逆境に弱い側面を危惧していた。

 先ほど自分の意に沿わぬ事実に取り乱したザカリアスの姿は、端的にそれを表していた。


 だが、ここはザカリアスが退かなかった。


「だからこそです。最高司令官たるフェアフィールド元帥には、このジーゲスリードに残っていただき、首都の抑えとなっていただきたい」


 ザカリアスが眼鏡を光らせた。


 ――ワシに兵権を与えたくないと考えているのか。


 そう思いつつも、ザカリアスの主張にも一理あると認めた。

 緒戦の敗北で暫定政権は不安定化している。

 暫定政府の首班であるマクシスが首都を不在にするのは、更なる事態の悪化を招きかねない。


「貴官の進言を容れよう。ワシがジーゲスリードに残る」

「首都の守備は、元帥にお願いいたします。早速、私はハイネス遠征軍の編成に入ります」

「分かった。……ところで、バルベルティーニ軍はどうする」


 バルベルティーニ伯爵国が誇る黒騎士三騎士団のうち第二黒騎士団が、ジェムジェーオンの治安維持を名目に、首都ジーゲスリードに駐屯していた。

 寡兵となった首都に、強兵を残留させることは、危険が大きかった。


「僚軍としてバルベルティーニの軍勢を連れて行きましょう。使えるものは何でも使います」

「うむ。それがよかろう」


 ザカリアスが席を立ち、言った。


「もうひとつ、元帥にお願いしたいことがあります」

「なんだ」

「ジェムジェーオン市民を、暫定政府の味方につけなければなりません」

「例の件か」

「そうです。元帥の口から市民に発表してください」


 マクシスは、一瞬、顔を落として沈黙した。

 ザカリアスが強硬に催促してくる。


「ここでこのカードを切らずに、いつ使うのです。躊躇する理由がありますか?」


 ザカリアスの言は正しい。

 数秒ののち、マクシスは顔を上げた。


「……わかった」

「よろしくお願いいたします」


 ザカリアスが満足気に、部屋を退出していった。


 ひとり部屋に残ったマクシスは、ディスプレイの地図上に輝いている青く輝く点を見つめた。

 マクシスの脳裏に『勝唱の双玉』のふたり、ショウマ・ジェムジェーオンとカズマ・ジェムジェーオンの顔が浮かんできた。

 続けて、暫定政権の国主として推戴したユウマ・ジェムジェーオンの顔が浮かんできた。


 胸が熱くなる。


 ――立ち止まるわけにはいかない。


 マクシスは静かに、しかし確固たる決意を固めた。



「面白い」


「続きが気になる」


と思いしたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。


つまらなかったら☆1つ、面白かったら☆5つ、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。


ブックマークもいただけると本当にうれしいです。


よろしくおねがいします。


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