第七話 一日の始まりは神択肢から
〖少年〗
何かが瞼の裏に焼き付いているような感覚に陥りながらも、僕は無視して寝返りを打った。
〖まだか少年〗
神択肢の使い過ぎで、文字列が目に焼き付いてしまったのだろうか? なんて下らない事を思いながら、振り払うように再度寝返りを打つ。
〖いつまで待たせる〗
しかし固いベッドだ。狭いし、なんか変な温もりもあって嫌な感じだ。大昔にあった母親の温もりともまた違う。
〖もっと択べ〗
――――ンゴゴゴゴゴゴゴ!!!
更には不快な音が僕の眠りを妨げる。ゴツゴツとした気色の悪い温もりに不快音、これでは眠れない。
眠れないのなら起きるしかないか。
〖そしてもっと神を信――――
――――ンゴゴゴゴゴッ…………ッゴ……ゴァッ……ンゴゴゴゴゴァ!!!
「――――ん……朝か……」
大きな音と不快感により目覚めた僕は、寝ぼけ眼で辺りを見回した。
窓から差し込む光に目を細めていると、やっと頭が覚醒しだす。
「なんか見えた様な……」
気のせいか、何か文字が見えていた気がするのだ。今は全く見えないので、夢を見ていただけなのかもしれない。
記憶に残っているのは、何かがあった……という事と、物凄い不快を感じながら眠っていたというだけ。
「嫌な朝だな、こんなに天気はいいのに…………ん?」
視界の外で何かが動いた。僕のベッドの中に何かいる。
――――ンゴゴッ…………ンゴッ………………ンゴゴゴゴゴゴッ!!!
モンスターのような唸り声を上げて……時々呼吸が止まって死にそうになっているが、何かが布団に潜り込んでいる。
確認せずにはいられない。もし本当にモンスターならば、記念すべき最初の討伐だ。
意を決して布団をめくる。そこには――――
――――素っ裸なタイラーが、気持ち良さそうに寝ていた。
「……っふ、分かってたけどさ…………起きろタイラー!! 僕のベッドで何やってやがんだっ!!」
ある意味モンスターなタイラーをベッドから蹴り落とす。
昨日の夜、意識を失った時にタイラーが近くにいた事は覚えている。タイラーが僕の事を部屋まで運んでくれたのだろう、それには大いに感謝。
だが問題はそこじゃない。
(なんでコイツは素っ裸で僕の隣で寝てんだ!? まさかと思うが、まさかと思うが……想像だにしたくねぇぇぇぇ!!)
「――――ぬぐわッ!? な、なんだ!? ゴライアスエンペラーラビットの襲撃か!?」
「なんだそのクソ強そうなウサギは!? Cランクは大変だな! ってそんな事はどうでもいいんだよ! なにしてんだお前!?」
そういえばタイラーが女性と居る所を見た事がない。単純にモテないのというのではなく、男色だというなら納得だ。
「いや納得できるか!? な、なにもしてないだろうな!?」
「な、なんの話だ!? いきなり気ぃ失ったお前を、運んでやっただけだろうが!?」
「運んでやっただけ!? それでなんで俺の部屋でお前が全裸で寝てんだよ!? しかも隣で!」
「ここは俺の家だ! 俺は寝る時は全裸で寝る! ベッドは一つしかない!」
「な、な、な…………それはどうもありがとう」
「なぁに、困ったときはお互い様だ」
「……なにもしてねぇだろうな?」
「なにもしてねぇよ」
実はコイツ、こう見えていい奴なんだよ。
僕の事を馬鹿にする奴が多い中……いやコイツも馬鹿にはしてくるけど、それだけじゃないんだ。
なんだかんだ、僕の事を気に掛けてくれているのは分かっていた。
「そういやさ、たまに呼吸止まってるから気を付けた方がいいよ?」
「はぁ? なんの何の話だよ」
こういうのって普通、奥様とかが指摘するもんじゃないのだろうか。
――――
――
―
タイラーに礼をいい、別れた後に僕は街の中心部に足を運んでいた。
近くに設置されていた休憩椅子に腰かけ、ボーッと行き交う人を眺め始める。
タイラーには一緒に冒険者組合に行こうと誘われたが、やってみたい事があったので丁重にお断りを入れた。
やってみたい事、それはもちろん神択肢の事である。
(行動を神択肢に委ねる。どこに行けばいいのか、何をすればいいのか)
今まではモンスター討伐しか頭になく、朝起きたら組合に顔を出してからモンスター討伐に出かける事が日課のようになっていた。
Eランクの僕が受けられる依頼はほとんどないので、ある意味自由には動けていたのだけど……結果は散々。
モンスターとは呼ばれない、ちょっと凶暴なだけの動物なら問題なくても、人に死を簡単に与えられるモンスターの討伐は出来ていない。
(同じ事を繰り返してもダメなんだ。気づくのに三年も掛かるなんて……)
周りからの期待、自信、焦り。色々な事が圧し掛かって周りが見えていなかった。
立ち止まる事はできないが、もっといろいろな事に目を向けないといけない。
(という事で頼むよ、神択肢)
【武を整える。鍛冶屋へ――――※※】
【知を増やす。図書館へ――――13%】
【技を高める。修練場へ――――※※】
【絆を深める。冒険者組合へ――――80%】
【※※※※※※※※――――※※】
本日一発目の神択肢。
体調はすっかり良くなったが、昨日の事のようになったら困るため考えて使用しないといけない。
一日の始まり、その行動選択は最も重要なのではないだろうか。
(80%! これで今日は成功からスタートできる!)
結局いつもと行動は変わらないが、今日は何かが起こるはず。80%の確率で、なにか良い事が起こるのだ。
(絆を深める……絆か)
絆とえば、誰かとの間に出来る信頼関係のようなものだろうか。
現状、このヴェガにいて僕に好意的に接してくれる人なんて限られている。
一部の組合職員、一部の街の人。冒険者でいえば……タイラーしか浮かばないんだが。
一旦選ぶのを止める。80%だが、急に選びたくなくなったのだ。
(タイラーと絆を深める? えぇ……他に誰かいなかったっけ?)
頭を悩ませても他に誰も浮かばない。それほどまでにヴェガの冒険者で僕に好意的に接してくれる人がいない。
後は他の地区から来た、流れの冒険者ならあり得るかもしれないが。
(……まさか、ベルリーフさん?)
頭に浮かんだ、見目麗しい流れの冒険者の姿。昨日出会ったばかりだが、これから絆を深めるという意味ではあり得なくない。
というかめっちゃ深めたい。タイラーなんかより、ずっと深めたい。
(決まりだね。そもそもベルリーフさんじゃなかったとしても、やっぱり80%は捨てがたい)
出来ればベルリーフさんがいい。そう思いながら『絆を深める』を選ぼうと、再び文字列にピントを合わせた時だった。
(…………ん? なんか動かなかった?)
気のせいかもしれないが、文字が動いた気がしたのだ。
しかし注意深く文字列を見ても、特に何も変わっていないように思える。
気のせいか……と、改めて『絆を深める』に意識を向け始めた時だった。
【武を整える。鍛冶屋へ――――※※】
【知を増やす。図書館へ――――13※%】
【技を高める。修練場へ――――※※】
【絆を深める。冒険者組合へ————80%】
【※※※※※※※※――――※※】
「うぁ……っ」
急に強烈な眩暈が襲ってきた。今は座っているが、立っていたら間違いなく倒れ込んだであろう強烈な眩暈だった。
昨日、神択肢の使い過ぎで気絶した時と同じような感じだ。
「な……なんだってんだ……」
体力満タンな状態だったお陰か、昨日とは違い気絶する事はなかった。落ち着いてきたところで、ゆっくりと水を飲む。
まだ頭がふらつくが大分マシになってきたため、顔を上げて文字列を睨みつける。
(くそ……なんだよ急に! お前のせい……か)
【武を整える。鍛冶屋へ――――※※】
【知を増やす。図書館へ――――130%】
【技を高める。修練場へ――――※※】
【絆を深める。冒険者組合へ――――80%】
【※※※※※※※※――――※※】
眩暈の影響か、それとも目にゴミでも入ったのかと目を擦った。
しかし表示は変わらない。見間違いで無ければ、数字が増えていた。
「1……30%!? ど、どういう……」
表示されていた130という数字に頭が混乱する。上限は100だと思っていたのだが、違ったようだ。
眩暈に襲われる前は、間違いなく13だった。それが眩暈後は0が増えて、130になっている。
これは、選ばずにはいられない。
もの凄く惹かれる数字から目が離せなくなった。意図せぬ強烈な眩暈、100オーバーの確率、いつもと違う行動選択。
➡【知を増やす。図書館へ――――130%】
ふらつく頭に喝を入れ、椅子から立ち上る。
何かが起こる。そういう確証を持ち、図書館へと僕は足を動かした。
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