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婚約破棄で破滅予定の悪役令嬢ですが、赤字領地を黒字にしてみせます  作者: gachapin2223


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33/51

第33話 王都百貨祭の招待状

茶会の翌日にはもう、王都の空気は少しだけ変わっていた。


婚約破棄で名を落とした令嬢。


その札はまだ剥がれていない。だが、その上へ新しい紙片が貼られ始めている。


本当に数字が読める令嬢。


社交界の噂とはおおむね粗雑なものだが、ときに思いがけず早く広がる。とりわけ、自分たちが笑うつもりで差し出した予算表を、その場で静かに切り裂かれた貴婦人たちのあいだでは、なおさらだった。


その評判が、思わぬ形で次の扉を開いた。


王都百貨祭。


年に一度の大市であり、貴族の後援する地方産品の売り込みの場でもある。会場には地方領から運ばれた粉、織物、蜂蜜、果実酒、保存肉、細工物までが並び、商人だけでなく貴族もまた“自領の豊かさ”を見せる機会として利用する。


そして今年、侯爵家領からもいくらかの品を出してよい、という話が舞い込んだ。


表向きには、茶会での“会計に明るい令嬢”という印象が後押ししたらしい。寄付会の予算表を整えてみせた手際を、誰かが面白がって、あるいは実利として買ったのだろう。


だがレティシアにとって重要なのは、出店の名誉でも評判でもなかった。


流通を見る好機。


領地と王都をつなぐ金の流れへ、もう一歩深く切り込める場だった。


「準備が早いですね」


朝、宿として借りている王都屋敷の一室で、ルカが積まれた紙束を見て言った。


机の上には、候補商品の一覧、仮の価格表、輸送日程の控え、会場配置図が広がっている。そこへ新たに加わったのが、百貨祭への出店許可証と、市の出店札だった。


「好機は、待っていては他人のものになります」


レティシアは価格表に目を通したまま答える。


「今回は売ることより、見ることの方が大事です」


「出店を餌にして、流れを追う」


「ええ」


領地産品が王都でどう扱われ、誰を通り、どの価格で並び、どの名目で記録されるのか。その一端でも掴めれば、先日机上に引いた線の続きを現場で確かめられる。


百貨祭の当日、王都の広場は朝から華やいでいた。


白布を張った仮設の店並び。色とりどりの旗。焼き菓子の甘い匂いと、香辛料、革、乾いた藁の匂いが入り混じる。商人の呼び声に混じって、見物に来た貴族たちの笑い声も響いていた。


会場の入口で、レティシアは係の者に王都行きの正式な出店許可と引き換えに、市の出店札を受け取った。厚紙に記された番号と領地名。それを卓へ掲げるだけで、地方から運び込まれた品が“顔”を持つ。


小さな札。


だが、その札ひとつで品はどこから来た何かになる。逆に言えば、札の付け替えひとつで、出所はいくらでも曖昧にできるということでもあった。


レティシアはそのことを思いながら、並べられた品々を見て歩いた。


侯爵家領から出したのは、粉、干し果実、保存の利く焼き菓子、それに織りの細かい麻布を少し。大きな勝負ではない。むしろ、目立ちすぎない程度に留めた。


市場を見るには、その方が都合がよかった。


「出荷証、見せてもらえますか」


レティシアが係に尋ねると、相手は最初こそ怪訝そうな顔をしたが、年次会計報告に関わる侯爵家関係者だと名乗ると、あっさり控えを見せた。


出荷証には、品目、箱数、積み出し元、受け入れ日、仮価格が並んでいる。


レティシアはその数字を一つずつ目で拾った。


粉二十箱。干し果実十五籠。麻布十反。


自領の分だけではない。他領から来た品の記録も混ざっている。その方がありがたかった。比較ができる。


「どうです」


ルカが横で低く聞く。


「思ったより高いです」


「何が」


「領地産品の仮価格です」


レティシアは出荷証の一点を指先で示した。


「こちらでは、うちの粉が領内換算のほぼ二倍近い値付けで扱われています」


「そんなに」


「ええ。輸送費と市の上乗せだけでは説明しにくい」


もちろん王都価格と領地価格が違うこと自体は不自然ではない。だが、その差が広すぎる。しかも、その利益が領地側の帳簿へ十分戻っている気配はこれまで見えなかった。


ならば差額はどこへ落ちるのか。


会場をさらに回るうち、別の違和感も見えてきた。


出荷証では十箱となっている品が、実際の卓には八箱しか並んでいない。売れたにしては時間が早い。補充待ちにしても、受け入れ札の扱いが雑だった。


「数が合いません」


ルカが小さく言う。


「ええ。実物の数量と記録に食い違いがあります」


「こっちでも減ってる」


「そう見えます」


輸送中に減る。


市で並ぶ時には、記録の方が多い。


高値で流通しているのに、出し元へ十分戻らない。


胸の内で、いくつかの線がまた近づく。


その時、少し離れた店先で見覚えのある意匠が目に入った。


絡む麦穂。


商会印だ。


白地の幕の端、荷箱の側面、そして帳場脇の小さな木札に、その意匠がさりげなく刻まれている。


ドレスナー商会。


レティシアの足が一瞬止まった。


以前、書庫の奥で見つけた独占契約書の封蝋。そこに残っていた、あの印。

あの夜、倉庫で偽印章と荷札がすり替えられる場を見た時、ランタンの赤茶けた明かりの中で脳裏に浮かんだ輪郭。


絡む麦穂。


王都の雑踏の中で見ると、なおさら整いすぎて見えた。洗練された商会印。だがレティシアには、その優美さの奥に、領地の倉庫の薄暗がりと偽印章の鈍い光が重なる。


「……やっぱり、こっちにもいる」


ルカが呟く。


「ええ。しかも、隠す気がない程度には堂々と」


それが逆に不気味だった。領地で見れば不正の回路に見えるものが、王都ではただの有力商会の印として通る。表の顔が大きいほど、裏の線は見えにくい。


「見てください」


レティシアはドレスナー商会の卓近くに積まれた荷箱を示した。表向きの価格札には王都向けの上等品と書かれている。だが、箱脇に差された出荷証の控えでは、品目の記載が妙に簡素だった。


小麦粉、乾物、保存食材。


大雑把すぎる。


それでいて価格札だけは、やけに細かく高値がついている。


「記録は荒いのに、売値は丁寧」


「抜きやすいですね」


「ええ。二重に」


仕入れの段階で曖昧にし、販売の段階で細かく取る。


その差額が、誰の帳面へどう乗るのか。


まだ決定打はない。だが、今後の調査へ繋がる匂いとしては十分すぎた。


「おや」


不意に、軽やかな男の声が横から落ちた。


「領地の品が増えましたね。ずいぶん“健全”になったようで」


振り向くと、そこに立っていたのは、いかにも王都らしい美青年だった。


明るい金褐色の髪、よく笑う目元、上等な上着を崩しすぎず着こなした姿。見る者に“話しやすそうだ”と思わせる作りの良さがある。だが、その笑みは一歩間違えれば、誰にでも同じように向けられる薄さも持っていた。


「初めまして、ではありませんよね」


彼は気安く一礼する。


「茶会でお見かけしました。ユリウス・フォン・ヴァルターです」


若手子爵。宮廷の情報好き。風向きに敏い男。


名前だけは、昨日のうちに耳にしていた。


「レティシア・フォン・ローゼンベルクです」


「存じておりますとも。今、王都で少し面白い方といえば、あなたのお名前が真っ先に出ます」


調子のよい言い方だった。


褒めているようで、品定めもしている。誰の味方でもなく、常に得をする立場へ体を傾ける人間の匂いがした。


レティシアはその手の男を信用しない。


だが、便利な情報源にはなる。


「“健全”とは、皮肉でしょうか」


尋ねると、ユリウスは肩をすくめた。


「さあ、どうでしょう。以前より表に出る品目が整って見えるのは事実です。ただ、整いすぎた数字ほど、見ていて楽しいこともある」


その言い回しに、レティシアは少しだけ目を細めた。


この男もまた、数字そのものより“見え方”を面白がる類だ。


「宮廷にお詳しいとか」


「少しばかり、耳が早いだけですよ」


「その耳で、この市の荷の流れもお聞きになって?」


「たまに」


軽い返事。


だが、否定しない。


「特に、有力商会が関わる品は、帳面より先に噂が走ります。どこで値が跳ねたとか、誰が口を利いたとか」


やはり風見鶏だ、とレティシアは思う。誰にも深く肩入れしない代わりに、風向きの変わり目だけはよく見ている。


「では、何か面白い風でも」


「今はまだ、そよ風程度です」


ユリウスはにこやかに言った。


「ただ、あなたがこの市を“売り場”だけで見ていないことは、覚えておきましょう」


その言葉にルカがわずかに身構えたのがわかった。


レティシアは表情を変えない。


「観察は趣味ですの」


「結構。王都では、それくらいの方が長持ちします」


そう言い残し、ユリウスは人波の中へするりと消えた。まるで最初から、必要な一言だけ置きに来たかのように。


「信用できませんね」


ルカが低く言う。


「ええ。けれど、使えるかもしれません」


「面倒なのを拾いました」


「王都らしいでしょう」


レティシアはそう返しつつ、再び出荷証へ視線を落とした。


数字の並び。価格札。実際の箱数。出店札の位置。ドレスナー商会の印。どれも単体では小さい。だが、領地で拾った線の続きを考えるには十分だった。


社交界で一度黙らせた程度では、何も終わらない。


けれど今日は、別の手応えがある。


王都では、領地産品は思った以上の高値で流れている。

その一方で、記録と実物の数量には食い違いがある。

そして、絡む麦穂の意匠は、ここでも平然と商いの顔をしている。


レティシアは一枚の出荷証の控えを、静かに折りたたんだ。


調査は、確かに一歩進んだ。


見えてきたのは社交の勝利ではない。もっと冷たいもの。

王都と領地をつなぐ流通の歪み、その入口だった。


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