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第02夜:超人

吸血鬼に変態(メタモルフォーゼ)してから直也の身体能力は向上していた。

自分の背丈以上の高さを飛び越えられたり、世界記録を塗り替える速さで走れたり。

また、再生能力も異常なほど早い。

擦り傷なんてものは数秒で、転んで皮膚を深く切っても1分もすれば傷は塞がる。

更に動体視力やIQまで向上している。

高所から落下してもその景色はゆっくり見え、瞬時に安全な対処ができる。


太陽が眠る頃、直也は目を覚ます。

近場の林に入っては木から木へと飛び移り、遊具のある公園に行けばパルクールをして、街に入っては明るくも怪しい人々の往来を観察する。

深夜徘徊は直也の趣味になっていた。


太陽が目を覚ませば、直也は眠る。

太陽光から身を守る為に、家の中に籠って過ごす。

睡眠を取ったり、模型を制作したり、特撮番組を見たり、アニメを見たり、自分を慰めたり、そうした事をして暇を潰す。




〜2005年5月下旬〜


今宵の直也は街を散策する事にした。

街に到着した彼は人の群れに分け入って行く。

ここ静岡県浜松市はどちらかと言うと田舎で、大都会に比べれば小さな街だ。

今日も代り映えのない景色を楽しみながら歩く。


「おい、何ガンつけてんだよぉ?」

横に逸れた暗い小道から乱暴な声が響いた。

活気に満ちた明るい大通りから外れた闇。

直也は興味を惹かれ、その中を覗いてみる。

そこには5人の不良と1人の青年がいた。

5人の不良は折り畳みナイフやバットなどの凶器を手にしている。

彼らに囲まれている青年は彼らの脅しに冷静さを崩さない。

「いや、ガンつけてなんてないですよ」

「あぁ? 俺らがそう思ったんだからそうなんだよ」

「謝れよ?」

「金出せ、あと殴らせろ」

5人が詰め寄る。

「何を馬鹿げたことを……」

その光景を見た直也には2つの感情が沸き上がった。

(助けなきゃ)

(怖いな)

彼は穏やかで優しい性格をしていた。

幼少期に受けた父の暴力のせいで、人よりも痛みに怯えるが、だからこそ他人の痛みを理解する事ができる

『自分にされて嫌な事は他人にしない』

『自分にされて嬉しい事は他人にする』

これを信条に掲げる彼は困っている人を見かけると自然に体が動いてしまう。

彼は恐怖を押し殺して、暗い小道へと侵入して行く。

「イジメは……よくないですよ……」

直也が小さな声を掛けた。

「ん? なんだ?」

「可愛い女だな」

「でも、デカいし、気味悪いな」

「こいつアルビノって奴じゃね。×××も白いのか見てやろうぜ」

「襲おうぜ」

不良達の標的は聡明な顔をしている青年から直也へ移る。

「おい、無茶するな」

青年は不安そうに直也を見詰めた。

「お前は後でボコす。逃げんなよ」

5人は青年に釘を刺してから直也を囲う。

「ぼ、僕には勝てないよ……多分……」

直也の表情は明らかに怯えていて、不安そうに眼を泳がせている。

「脱げよ」

「は、はい……」

直也は羽織っていたジージャンを脱ぎ捨てた。

「おお」

直也の筋骨隆々な太い腕が露わになる。

「もっと脱げ」

「い、いやです……」

不良の脅迫を彼は拒否した。

「じゃあ、ぶっ殺す」

1人の不良は直也に向ってバットを振り上げた。

「ふん」

振り下ろされたバットを直也は簡単に避ける。

続けて無造作に振り放たれるバット。

彼はその全てを避ける。

彼の動体視力は野生動物だ。

犬や猫がTVを見ても静止画に見えているように、彼にはその攻撃は欠伸が出るほどゆっくりと見えている。

『ガシッ』

直也の大きな掌がバットを掴む。

「なんだこいつ、うわっ」

直也は子供から奪うように不良のバットをポイと取り上げた。

そして、不良に投げ返す。

「うげぇ!」

投げられたバットは不良の鳩尾に当たり、彼はそのまま痛みに悶えながら倒れた。

「……てめぇ、よくもやりやがったな!」

4人の不良達は凶器を手に直也に襲い掛かった。

「ふん!」

直也も不良達に突撃する。

闘争状態に入った彼の体は代謝速度を上げる。

彼の体中の血管は全身にエネルギーを送ろうとして膨らむ。

白い肌に浮き上がった異様な紫の模様、その姿はまるで怪物だ。

「おりゃ」

直也は不良の体を蹴り上げた。

「ふぐっ」

直也の強力な蹴りに弾かれた不良は痛みに倒れる。

「このアマ!」

次の不良が直也を背後からナイフで襲った。

刃が彼の背中に深々と突き刺さる。

だが、彼は怯む事なく、振り向いた勢いで不良を蹴り飛ばした。

「ふにゃ!」

車に轢かれたかの様に吹き飛んだ不良が地面に倒れる。

「あんまり痛くない……?」

背中に突き刺さったナイフを眺める直也。

背後から不良がバットを振り下ろした。

「ふん!」

直也は背後からの打撃を腕で防御し、体を回転して不良の脇腹を蹴り上げる。

「かはっ」

宙に打ち上げられた不良も地面に倒れた。

「こいつ!」

最後に残った不良は震える手でナイフを構え直也に突進する。

「やー!」

ナイフが届くよりも先に、直也は長い足で不良を蹴り、弾き飛ばした。

「はがっ」

不良は地面にゴロゴロ転がって痛みに悶える。

地面に倒れる不良の山を見て直也は安堵の溜息を吐いた。

「ふぅ……怖かったけど、やればできるじゃん」

直也は自分の圧倒的な力に興奮していた。

「ふ、ふぅ……。だ、大丈夫かな? この子達……」

落ち着きを取り戻した直也は地面に伏した5人を見る。

彼らは大した怪我ではなく、痛みに呻いているだけだった。

「よいしょ」

直也は背中に刺さっていたナイフを抜くと、その場に放り投げる。

傷口はすぐに塞がった。

そして、脱ぎ捨てたジージャンを羽織る。

「助けてくれてありがとう」

襲われていた青年が直也に頭を下げた。

直也が彼に振り向く。

彼の顔は元のあどけない顔に戻っていた。

代謝機能が元に戻ったので体中に浮き上がっていた不気味な血管は既に消えている。

「あ、い、いえいえ。気を付けてね……」

「あの……」

直也は何か言いたげな青年を置いて、その場からサッと身を引いた。

一連の光景を目撃していた人々の間をするりと抜けて、彼は再び暗闇へと歩き出して行く。




〜2005年5月下旬〜


今宵、直也はスーパーマーケットの前を通りかかっていた。

この時間になると残業終わりの会社員や割引になった惣菜等を狙う主婦などが買い物に来ている。

暗闇の中、ポツポツと駐車場を出入りする光の流れを横目に彼は徘徊を続けていた。

彼が歩いていると目の前に買い物を終えた年配の女性が現れる。

仕立てのいい洋服にブランド物のバッグを手にした女性。

彼女はスーパーから出て、歩道を歩き、帰路に着く。

「……」

女性は直也の横を通り過ぎて行った。

『ブゥゥゥン!』

その直後、スーパーの駐車場に停まっていた原付が急発進して飛び出す。

フルフェイスで顔を隠した運転手は急加速で直也の横を通り過ぎると、年配の女性に近付いた。

「あれぇぇ!」

女性の悲鳴が響く。

直也が振り返ると原付の運転手は女性のバッグを奪い、走り去る所だった。

(助けなきゃ……)

直也の体が激しい鼓動を打つ。

彼は代謝能力を上げて、物凄い脚力で駆け出した。

浮かび上がった血管が激しく全身にエネルギーを送る。

彼はジージャンを脱ぎ捨てると、時速40kmで駆け出した。

「と、止まってぇぇ」

原付をあっという間に追い抜いた直也は犯人の前に飛び出す。

「うわっ!」

犯人は驚いてブレーキを掛ける。

しかし、原付は減速しきれず直也に追突してしまう。

「ふん!」

直也は原付を胸で受け止めた。

「んおりゃぁぁ!」

直也は車体を掴むと一気に持ち上げた。

持ち上げられた原付から運転手は転がり落ち、地面に倒れる。

「いってぇ、畜生!」

その場で這いつくばりながら逃げようとする犯人。

「自分がされて嫌な事は他人にしちゃいけないんだよ!」

直也は原付を下ろすと、犯人に近付いて背中を踏み付けた。

「ぐへっ。ば、化け物!」

「おばさん、警察呼んで」

犯人の声を無視し、直也は遠くで尻餅をついている女性に言う。

「え、ええ。分かったわ」


それから、直也は犯人を拘束し続け、警察が来た所で煙のように姿を消した。

周りには人集りができていたと言うのに、彼は誰にも気付かれずにその場を後にする。




〜2005年6月上旬〜


今宵の直也は北方面の山道を徘徊していた。

ここは店も家も(まばら)に建っていて、自然が多い田舎だ。

夜の静けさの中、虫の羽音や川の(せせらぎ)、木々の囁きが風に漂う。

疎に立つ街灯は頼りなく道を照らしていた。

「いやー!」

そんな静けさを女性の叫び声が裂く。

『ガシャン!』

続けて何かが倒れる物音が響いた。

直也はその声に導かれて走り出す。

「ち、近寄らないで!」

街灯から外れた狭い道で、中学の制服を着た女性が地面に座り込んでいた。

複数の男性が彼女ににじり寄る。

男達は凶器を手にしている。

彼らの側には女学生の物と見られる自転車が倒れていた。

「×△□」

複数人の男性達は海外の言葉で話しているようだ。

「こ、来ないで!」

『ビュン』

そこへ闇の中から直也が飛び出した。

宙を舞い、彼らの間に着地する。

「へぇ!? なに? 吸血鬼?」

空から舞い降りた白い肌の直也を見て、女学生はそう声を漏らした。

「×△!」

男性達は直也を指さし叫び声を上げる。

「こんな夜遅くに危ないですよ!」

直也が彼女に言う。

「塾の終わりだったの。受験があって」

2人が会話している中、1人の男が凶器を振り上げた。

直也はその気配に気付くと、サッと男に振り返る。

その顔を見た男は硬直した。

なぜならば、直也の顔には血管が浮き上がり、恐ろしい姿をしていたからだ。

「暴力は……いけません!」

ジージャンを脱ぎ捨てる直也。

直也は地面を飛び上がり、男に飛び蹴りを放つ。

「ぐが!」

飛び蹴りを受けた男は地面に倒れた。

1人が倒された事で他の男達も暴力に繰り出す。

直也はそれらを潜り、隙を突き、致命の蹴りを放つ。

その動きは華麗でこの場が直也の舞台になっていた。

踊る様な動きで攻撃を躱し、韻を踏むように繰り出される技。

女学生はその美しい踊りに魅了されていた。

1分も経たない内に戦いは終わる。

「すごい! すごいです!」

女学生の歓喜の声が上がった。

直也が振り返ると、彼女は彼の側に近付いて、わちゃわちゃとはしゃいでいる。

「私、小さい頃からプリチュアが好きで、それでずっとダンスクラブとかに通ってて!」

「え、ああ……」

彼女の勢いに直也は圧倒されていた。

「それで昔から可愛い女児が大好きなんですよ!」

「う、うん……」

「あなたは顔が幼くて可愛いのに、体は大きくて、強くて、美しくて、可愛くて、かっこいい! 好きです! 付き合ってください!」

彼女が彼の手を握ろうとしてくる。

直也は自分の手をスッと引くと、彼女から離れた。

それから、倒れていた自転車を起こし、彼女の前に停める。

「か、帰りは気を付けてね……」

直也はジージャンを羽織ると、暗闇へと姿を消して行った。




〜2005年6月中旬〜


今宵も直也は徘徊をしていた。

最近は海や山など田舎に行っていたので、今日は気分を変えて街に繰り出している。

「……」

直也は周りの視線に戸惑っていた。

通り過ぎる人々は彼を見付けると指差したり、カメラで撮ったり、なにやら話をしていたりする。

「見て! 浜松のヴァンプよ!」

「あれが噂の吸血鬼か!」

「話しかけてみようぜ」

そんな声が聞こえる事でようやく自分が街の噂になっている事に気付く。

「……」

直也は大通りから離れ、人通りの少ない場所に逃げ込んだ。


裏路地に入った彼はようやく落ち着いた。

そこへ後ろから足音が響く。

彼が何かと思って振り返ると、屈強な男性とその取り巻きと見える2人の細身の男性が直也に走り寄って来た。

「おうおう、お前が浜松のヴァンプか!」

屈強な男性が直也に声を掛ける。

「あ、え、僕ですか? よく分からないのですが……」

彼は下手な嘘で答えた。

「その特徴的な帽子、全身デニムまみれ、んで長身の女。絶対そうだ」

屈強な男性が言う。

「俺と戦え。俺も腕っぷしには自信があるんだ。俺と喧嘩してどっちが強いか競おうぜ」

男性は腕まくりをし、直也に近付く。

「いや、僕はそう言うのは……。それに決闘は犯罪ですよ」

直也は後退りする。

「はぁ? お前だって戦うの好きだろ? お前が現れてから2ヶ月。色んな悪党を倒してるじゃねぇか。俺ともヒーローごっこしようじゃねぇか?」

屈強な男がそう言うと、傍にいた2人が直也にカメラを向けた。

「そうだぜ! このお方は浜松1位のストリートファイターなんだぜ」

「俺らがお前との決闘は記録に残してやるから」

3人を見て、直也はしばらく考える。

その内、溜息を吐くと彼は3人に向かって走り出した。

「キタキタキタキタァァ!」

屈強な男が構える。

だが、直也は止まる気配はない。

むしろどんどん足を早める。

体には紫色の模様が浮かび上がる。

彼の速度は時速40kmにまで達した。

「な、突撃してくる気か!」

男は衝撃に備え防御の姿勢を取る。

今まさにぶつかる瞬間、直也が3人の前から姿を消した。

「はへ!?」

天を見上げる3人。

直也は3mも跳躍し、3人を飛び越えて行った。

そのまま彼は走りを止めずにその場から去ってしまう。


それから90秒後、ようやく息が切れた直也は足を止めた。

彼の体からは常人ではありえない程の熱が発散されている。

1kmもの距離を進めばもう彼を追ってくる者はいない。

「ふぅ……」

直也が落ち着きを取り戻すと、全身の模様はすっと消えていった。

「帰ろう……」

直也はすぐに家路に着いた。


「あら、さっき出たばっかりじゃない。もう帰ってきたの?」

直也が玄関を上がると母親の和子が声をかける。

「う、うん」

歯切れの悪い返事を返した直也は台所で麦茶を飲むと自室に向かった。

「どうかした?」

TVを見ながら和子が尋ねる。

「今日はネットの気分」

「そうなのね。所でなお。そろそろ仕事の事も考えないとね」

彼女の言葉に直也は体を止める。

「うん。分かってるよ」

「まぁ、その体質だから夜勤しかできないから大変だと思うけど。ハローワークで相談してみたら」

その言葉に直也は溜息を吐いた。

「そのハローワークは昼間しかやってないんだよ」

「あー、そうね。お母さん休みの日に送って行ってあげるよ。前に市役所行った時みたいに全身コートで覆って、日傘差して、覆面すればいいんでしょ?」

「まぁ、そうだけど。僕も仕事に関しては考えてるよ」

和子はハッと顔を上げる。

「そうなの?」

「うん、まぁね」

「……無理しちゃダメよ。今までも悪い職場ばっかり引き当てて辛い思いしたんだから。今は障害者手帳もあるんだし、身体障害の2級なら何か配慮がある職場も見つけれるわよ」

「うん」

直也は返事を返すと自室に入って行った。


自室に戻った彼はPCを起動すると、街で聞いた単語を検索エンジンに掛けた。

『浜松のヴァンプ』

「うわっ、なんだこれ」

そこにはいくつかの記事が並んでいる。

その記事を1つ1つ見ていく。

いつ撮られたか分からない自分の写真。

身に覚えのある出来事、誇張された出来事、身に覚えのない出来事。

様々な情報が目に入った。

中でも、詳細かつ正しい事実を載せた熱心なサイトがあった。

『非公式ファンクラブ:浜松のヴァンプニュース』

「はぇ……」

サイトの作成者は直也の自宅の近くのS大学の学生らしい。

名前は『K』。

当然ペンネームだ。

このサイトの運営者は過去に直也に助けられた経験があるそうだ。

(誰だろう?)

この2ヶ月弱の間、直也は多くの人を助けて来た。

彼は運営者の体験談を読んだが、どんな人だったか思い出せなかった。

「こんなにいっぱい書き込みがあったなんて。噂になるはずだわ」


一通り調べ終え、直也はPCを閉じた。

気が付けば夜は更け、和子も既に寝ている。

真っ暗な闇の中、前よりも闇の中がよく見える目で天井を眺めた。

大きく息を吸い、溜息を吐く。

彼は下腹部に手を当てた。

「……」

4月の病院で分かった直也の体質。

太陽光で火傷する。

生肉を食べられる。

野菜を栄養として吸収できない。

そして、

「子供を作れないか……」

直也が呟く。

彼の体には女性器はあっても精巣、卵巣、子宮がない。

彼は物理的にも生理的にも子孫を残せない体になっていた。

「……やはり風俗か……」

直也は今後の事を考えながら目を閉じる。

彼は流れる時間を遅く感じた。

「……」

直也は左胸を撫でた。

2日前に木から落下した際、彼は鋭利な枝に左胸を貫かれた。

だが、彼の体に傷跡はどこにもない。

程よい膨らみがあるだけだ。

「……」

直也は今まで多くの傷を負っている。

普通なら致命傷になるはずの傷。

だが、それらは10分と掛からずに治癒してしまう。

それだけでなく、彼はあらゆる病原体にも非常に強い耐性を持っているそうだ。

病気も怪我も彼にはなんの問題もないのだ。

「……やはり風俗か……」

直也は溜息を吐いた。

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