偽りの王
城の回廊は、異様なほど静かだった。
石の床に足音が反響するたび、胸の奥がざわつく。
「……来たか、勇者」
声は背後からだった。
振り返ると、そこに立っていたのは、見覚えのある男。
整った黒髪。
穏やかな笑み。
だが、その瞳だけが、底の見えない冷たさを湛えている。
「ガルド……」
魔王の夫を名乗った男。
あの時と同じ、丁寧で人当たりのいい立ち姿。
「無事に部屋を出られたようだね。
正直、もう少しかかると思っていたが」
その言葉で、はっきりした。
やはり、あの部屋は“休養”などではなかった。
「……最初から、閉じ込めるつもりだったな」
「誤解しないでほしい」
ガルドは肩をすくめる。
「君たちがここで暴れれば、城が騒がしくなる。
それは、好ましくない」
好ましくない。
まるで、城の秩序を守る管理者のような口ぶり。
だが、その実――
「魔王に、会わせるつもりはなかった」
穏やかな声で、はっきりと言い切った。
「君は、邪魔なんだよ。
勇者という存在は、どう転んでも厄介だ」
剣を構える。
リオとカレンも、遅れて戦闘態勢に入った。
「安心しろ。
最初から正面切って戦うつもりはない」
ガルドは、まるで子供を諭すように言った。
「城の中で騒ぎを起こせば、必ず“あの方”に届く。
それは避けたい」
だから、と。
「ここで君たちを始末する。
城の外れなら、多少の音も問題ない」
その瞬間、空気が変わった。
魔力が奔流のように溢れ出し、床の石がひび割れる。
先ほどまでの“穏やかな男”の仮面は、跡形もなく消えていた。
「……っ!」
戦闘は、圧倒的だった。
一撃一撃が重い。
速さも、魔力も、桁が違う。
(強い……!)
勇者として幾度も死線を越えてきた。
それでも、この男は別格だった。
剣を弾かれ、膝をつく。
その時だった。
剣を構えたまま、ゆうは叫ぶ。
「どうして、こんなことをする!
魔王は……真緒は、争いを望んでない!」
一瞬。
ガルドの眉が、わずかに動いた。
「……誰だ、それは」
その声には、苛立ちよりも本気の困惑が混じっていた。
「は?」
「今、言った名前だ。
真緒……だったか?」
心臓が、嫌な音を立てた。
「魔王の……名前だろう?」
ガルドは、心底どうでもよさそうに肩をすくめた。
「知らんな。
俺が必要なのは“魔王”だ。
名など、器についた飾りにすぎない」
その言葉で、はっきりした。
(こいつは……あの人を見ていない)
魔王としての力。
地位。
存在そのもの。
“真緒”という一人の人間には、最初から興味がない。
「……ふざけるな」
怒りで、視界が赤く染まる。
「名前も知らないくせに、
あの人の隣に立つ資格があると思ってるのか!」
ガルドは、薄く笑った。
「資格?
必要なのは力だけだ」
そして、冷たく言い放つ。
「勇者と魔王。
どちらも、俺の前では“邪魔な存在”に変わりはない」
剣を振り上げながら、淡々と続ける。
「だから――
君はここで消える」
刃が、振り下ろされた。




