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竜のおうじさま  作者: 境陽月
15/16

反撃開始!(2)

「まさか……僕がやられたのか?」

 ダンズリーは(正確にはダンズリーの半分は、というべきか)呆然とした。たかが人間に自分が倒されるとは思いもしなかった。

「何をしておる!さっさとそいつを殺せ」

 耳障りな大臣の声が聞こえた時、ダンズリーの忍耐の紐がプツリと切れた。

「ああ?やかましいぞ、下等生物。黙っていろ」

「お、お前?父に向かってなんて口のききかたを……」

「父親?……ああ、そうだった。そう思い込むようにしたんだっけな」

 子が父を見る目ではなかった。例えれば、命令を聞かない番犬をどやしつける飼い主の目だ。

「ダン、何をいっておるのだ」

「まぁだ、思い出せないのか?この間抜けは。じゃあ僕の誕生日はいつだった?」

「えっ?」

「僕の母親はどんな女だった?」

「そ、それは……」

 大臣は困惑した。父親なら当たり前に答えられるはずの質問だ。なのに答えが思い出せない。

「僕はどんな子供だった?そもそも、お前に家族はいたのか?」

「あ……」

 大臣はようやく思い出した。商売一途の真面目な青年だった彼は女性とも付き合わず、結婚もしなかった。女遊びもせず、無論、子供もいなかった。では、目の前にいるのは何者だ?

「もう、思い出したろう」

「魔物……富と名誉を手に入れたくて、ワシが呼び出した魔物」

 その場に座り込んだ大臣はガクガクと震え出した。兄に取りたてられ立身出世の道がひらけても、渇望は治まらなかった。むしろ兄の姿を見るたびに内心の欲望は増大した。自分には永遠に届かない地位と権力を生まれながらに手にしながらも、それをかさにきることなく国民から慕われる偉大な兄の姿を。

「だから魔物と契約した。兄上以上の人間になりたくて。兄上に認めてもらいたくて……」

「契約どおりだろう?立派な兄上がいなければお前がトップだ。僕はそう耳元でささやいただけだ。後はお前が勝手にやったことだ」

 ダンズリーは愉悦混じりの声で楽しそうにそう言った。とたんに大臣は動かなくなった。虚ろな目で天を見上げてブツブツつぶやいていた。

「壊れちゃったか。ま、いいや。獲物は手に入ったんだし……」

「おい……なんで俺を狙う?俺が本物の王子かどうかもわからんのに」

 答える代わりにダンズリーはキャリオウの服を引き裂いた。日焼けした右半身がむきだしになり、右肩にある特徴に視線が集まった。

「この火傷の跡。城が炎上した時のものだと思うかい」

 キャリオウは右肩を押さえた。ダンズリーが触れた瞬間に熱い痛みが走ったからだ。

「僕が焼きつけたのさ。庭師に連れられて逃げる寸前の君に。いい目印になるって思ってね」

 ダンズリーは火傷の跡にいとしそうにほおずりした。

「僕がつけた傷は近づけばすぐに感じる。君はまぎれもなくシーリーン王子だよ。でもね、僕が君を狙ったのは君が王位継承者だからじゃないんだ」

「キャリオウ君から離れろ、ダンズリー!」

サズマの声に面倒くさそうに振り向いたダンズリーは魔剣の切っ先と対面した。

「神殿にいた貴様の半分は消滅させた!もう戦えるだけの力はあるまい」

 サズマは左右をジュステとリュイリュンに支えられ、鼻の穴に赤く染まったチリ紙を詰めての登場だった。ちなみにリュイリュンは兵士から奪ったブカブカの制服を着ていた。

「やれやれ、もう来たのか。ゆっくり休んでいればいいのに……」

 余裕のつもりかダンズリーは髪を優雅な仕草でかき上げて白い歯の輝く笑顔を披露した。

「カッコつけてないで、キャリオウを解放しなさい!」

「そーよ、魔将軍だかなんだか知らないけど、お兄ちゃん返してよ!」

 どんな女でも落とせると豪語した自慢の笑顔は女性軍二名には通用しなかった。不満げにダンズリーはキャリオウを吊り上げた。足をばたつかせるキャリオウを示してからダンズリーは自信たっぷりに言った。

「近づけば殺す……というわけにはいかないが。腕一本切り落とすくらいは構わないんだよ。安全圏に出るまでは動かないで欲しいな」

「なぜそんなにキャリオウ君にこだわる?」

「ん?まだ気づかないのか。間抜けだなー、君たちは。第一、コイツの名はキャリオウじゃない。本物のシーリーン王子だ」

「馬鹿な……」

 絶句した三人に対しダンズリーは小馬鹿にした口調で続けた。

「十二年前に王子の死体が川に流れ着いたと聞いて僕も焦ったよ。極秘に埋葬されたと聞いて調べてみたら大笑い。僕がつけてやった焼印がないんだから。もっともドラゴンに連れていかれたとは思いもしなかったけどね」

 ここでダンズリーは遠い目をして、誰に聞かせるでもなく喜びを口にした。

「これで三千年の悲願がかなう。我等の王にお帰りいただくことができる」

「……王……だって?」

「ほう?意識があったか」

 ダンズリーは少し驚いた。完全に気を失っていると思ったキャリオウが口を動かしたからだ。 

「君も見たろう?時の封印に閉じ込められた我等が王の痛ましいお姿を」

「あの……青い……ドラゴン?」

「そうだ、あれこそ我等が王、我等が主、我等が神!忌々しいドラゴンと下等な人間の魔女の姑息な悪知恵に封じられた偉大なる御方だ。我等には解くどころか触れることさえできぬ時間停止の封印に封じられし哀れなる我が王。だが解ける者がこの世に一人だけいる」

「それが……俺か?」

「そうだ。封印の力はあの魔女の忌まわしい血族の一人にだけ受け継がれる。僕はそれがマシュオンの王族とつきとめ、罠を仕掛けた」

 ダンズリーはチラリと大臣を見てニヤッと笑った。

「意志の強い先王をたぶらかすのは不可能だった。そこで王に近しい者に暗示をかけ、反乱をそそのかし、先王を殺させた。そうすれば封印の力がその近しい者、つまり弟であるアホ大臣に受け継がれると考えたからだ」

 ここでダンズリーは悔しそうな顔をした。

「だが、封印はまだ幼い王子に移った。あとで分かったことだが、前の封印は先王の母、つまりお前の祖母にあった。腹違いのオルスティン大臣には最初から資格がなかった」

「そう……だったのか」

「これで全て終わった。君を魔界に連れかえり、ゆっくりと洗脳して下僕にしてあげよう」

「……ところで、時間稼ぎはおしまいか?」

「なに?」

「すぐに逃げなかったのは、サッちゃんにやられて魔力が足りなくなったからだろ?じゃなきゃ全員殺して立ち去ってたはずだ」

「ほう……究極のバカと思っていたが、意外と考えているじゃないか」

「いや、なに……こっちも時間稼ぎが終わったんでね!」

 言うより早くキャリオウの左手が動いた!倒れた時に手にした砂を顔面に叩きつけたのだ。

「ギャッ!」

 ダンズリーはキャリオウを放し、顔を押さえて地面を転げまわった。目潰しなどという生易しいものではなかった。キャリオウの怪力でぶつけた砂粒は目に突き刺さり、皮膚に食い込む散弾と化してダンズリーを襲った。

「長話のおかげでこっちも少し回復したよ」

「おのれ、油断していたぞ……」

 片手で顔を押さえつつも残る片手をキャリオウに伸ばした。その腕を真上からの一条の雷光が吹き飛ばした。

「ウオッ!」

 煙を上げて燃え尽きる右腕を残し、ダンズリーは後ろに飛ばされた。なんとか立ちあがった時には目の前に大男が立ち塞がっていた。頭上には真っ白なドラゴンが優雅に空を舞っていた。

「貴様は……大盗賊グロッグか」

「その名も今日限りだ。我が名は騎士・ゴンザレス!」

 グロッグあらためゴンザレスは手にした巨大な鉄槌を振り上げた。ダンズリーは地面を転がるようにして打ち下ろされる鉄塊を避けた。しかし地を打った一撃は大きな地割れを何本も生み出し、そこにダンズリーは足を取られた。

「お前、ゴンじいちゃんか?庭師のゴンじいちゃんか!」

「さようでございます。先日はまことにご無礼いたしました」

 キャリオウの懐かしげな声に傷だらけの顔が微笑む。さらにここでもう一人驚きの声を上げた者がいた。

「騎士・ゴンザレス?まさか先……」

 先代の月光騎士団長だった、と言いかけてサズマは口をつぐんだ。月光騎士団は各国の最高指導者しか知らない秘密の対魔国際特殊部隊。口にすることは許されない。

(しかもゴンザレスといえば現在のイオン団長の師匠『鬼神のゴンザ』じゃないか)

 千年の歴史を持つ騎士団の中でも最も恐れられた男の話は、サズマの師であるイオンから嫌というほど聞かされた。その人物が……

「おい若造、ぼさっとしてないで退路を断て」

「は?」

「とっと配置につけといっとるのだ!」

「あ、はい!」

 ゴンザレスはサズマの方を見もしないで横柄に命じた。尻を蹴飛ばされたみたいにサズマはダンズリーの後ろに回った。逃げ場を失ったダンズリーは舌打ちした。

(こうなれば王子だけでも……)

 残りの魔力をかき集め、気づかれないようにキャリオウの周囲に空間干渉する。しかし、それも無駄に終わった。キャリオウの背後に風を巻いて白竜が着陸した。その羽ばたきがささやかな魔力を吹き散らしたのだ。

「母ちゃん、ありがと……」

 キャリオウの言葉は尻切れになった。クイリュンの背中から降りてきた王妃を見たからだ。

「ひどい怪我……大丈夫なの?」

 その一言でキャリオウは口をきけなくなってしまった。そんな彼をクイリュンは悲しそうに見ていたが、気を取りなおしてヴィヴィン将軍と戦車を睨んだ。

「その不細工なカラクリ仕掛けですね、キャリオウに怪我をさせたのは」

 ドラゴンの眼差しを受け、ヴィヴィン将軍は震えあがった。しかし弱みは見せられない。

「貴様、わしを誰だと……」

「知らないわね」

 稲妻が一瞬で戦車を鉄屑に変えた。逃げ出す搭乗兵を無視して落雷は戦車の残骸を撃ち続け、ドロドロの溶鉄に変えてしまった。

「で、どこのどなただったのかしら?」

 将軍はしゃべれなかった。鉄屑以下に変えられた最新兵器を前に真っ青になって震えていた。代わって王妃が将軍を紹介した。

「ブロセニアの前将軍でヴィヴィン様とおっしゃる方ですわ」

「な……『前』将軍だとォッ!」

 自分の肩書きの上に『前』をつけられヴィヴィン前将軍は驚いた。

「ええ、ほら。ご覧下さい」

 差し出された一枚の書類をヴィヴィンはひったくるようにして受け取り、読み進むうちに全身を硬直させた。

「届いたばかりの命令書だそうですわ。大変ですわね。わが国のクーデターへの関与がばれてしまうなんて。ブロセニア王もかばいきれなかったんでしょうね」 

 夫の仇といえど、これから地獄を見る者に王妃は心底同情していた。もっとも当の地獄行き決定者には届かぬ同情ではあったが。

「どうして……こんなことに」

「大切な書類は持ち歩かん方がいいぞ」

 ゴンザレスの一言でヴィヴィンの疑問は氷解した。旗艦の隠し金庫から盗まれたのだ、クーデターの計画書を、密輸取引の帳簿を。

「あなた、早く来てください」

 クイリュンは姿の見えない夫に呼びかけた。

「母ちゃん。父ちゃんはまだ動けない……」

「この役立たずの、能無し亭主!離婚されたくなけりゃ、さっさと来い!」

 この一喝で(キャリオウも呆れたことに)廃墟寸前の神殿を吹き飛ばして、ルパーオウは飛んできた。数秒の滑空でキャリオウの真横にピタリと着地した。

「フハハハ、愚かな魔族よ!貴様ごときの小細工で私を倒せると思ったか!」

 思いっきり見栄を張るドラゴンの勇姿に、場がちょっとだけしらけた。

「王妃様、正気だったんですね。疑ってはいましたが、お見事な演技でしたよ」

 脂汗を流し、苦しそうな息をしながらもダンズリーは余裕ある態度を崩さなかった。

「とにかく、痛ッ……これで王手だよな」

 脱臼した右肩を自力ではめながら、キャリオウは勝利宣言した。ところが敗北決定のはずのダンズリーはニヤニヤ笑っていた。

「いやいや、まだ最後の札が残ってるよ」

 ダンズリーはサッと大臣を指差した。

「オウッ?なに?なに!なにがァッ……」

 太った大臣の肉体が更に膨れ上がった。見開かれた目から血が溢れ出し涙のように流れ落ちた。顎が外れそうなくらい口が大きく開き、その中から奇怪な声が聞こえた。声は一つではなかった。いくつもいくつも……

「オルスおじさんに何をした!」

「扉を開けたのさ。体の中に魔界に通じる扉をね。さあ、溢れ出でよ!我がしもべたちよ」

 大臣の口からニュッと腕が突き出された、長い節くれだった七本の指を備えた腕が。続いて醜悪な顔がねじくれた胴体が姿をあらわした。魔物は一匹ではなかった。口からは次々と魔物が這い出し、外に出るや近くにいた人間を襲った。更に背中の皮膚を食い破って馬に似た八本足の化け物が飛び出し、腹から鋭い角の血まみれの怪物が出現した。鼻の穴と耳の穴から蛇のような生き物が何十匹も出てきた。大臣の姿は島を埋め尽くさんばかりの魔物の大軍に埋もれ、見えなくなった。

「キャリオウ!リュイ!下がれ!」

 ルパーオウを中心に炎の輪がいくつも出現した。炎の輪は拡大し燃える津波となって地を這う魔物を焼き殺した。クイリュンの体からは四方に稲妻が数十本も飛び出し、網のように島を被った。飛び立とうとした魔物が網にかかって黒焦げになり海に落ちていった。

「まずいぞ!雑魚ばかりだが多すぎる!」

 ゴンザレスもこの事態に焦った。鉄槌の一振りで消し去れる小物ばかりだが、きりがない! 

「姫、逃げてください!とても守りきれない」

「でも、あなたは!」

「リュイリュンさん、王妃と王子とジュステを連れて逃げて!」

 サズマは乱暴にリュイリュンに向かってジュステを突き飛ばした。ジュステが抗議しているが聞いてる余裕がない。リュイリュンがドラゴンの姿に戻るまで持ちこたえるのが精一杯だ。

「王妃様、ジュステさん、早く乗って!」

 子供のドラゴンごときが加勢できる状況ではなかった。一刻も早く飛び立たねば人間の生命など保証できない。

「お兄ちゃんも早く!お兄ちゃん?」

 キャリオウの姿が見えない!それだけではない、ダンズリーも姿を消している!

「まさか、連れ去られたのか!」

 サズマは最悪の事態を考え、背筋を凍らせた。


「わざわざ、追いかけてきてくれるとは嬉しいですね」

 甲板上でダンズリーはキャリオウを歓迎した。一人で脱出するはずが獲物がついてきたのだから嬉しいかぎりであった。

「ぶちのめすなら今だもんな。今のお前なら核を壊せば完全に消滅するんだろ」

 ダンズリーが衰弱しているのは間違いなかった。その証拠に失った腕の復元すらできてない。

「確かにね。でも不可能です」

 いきなりダンズリーは前に倒れた。そして床に溶け込むように消えてしまった。

「どこへ消えたぁッ?」

「フフフ、消えてなんかいませんよ」

 声は船首から聞こえた。船首像の女神の顔がダンズリーの顔へと変わり、唇を動かしていた。キャリオウのロープが瞬時に船首像に巻きつき、木製の像を粉々に砕いた。

「違いますよ、そこじゃない」

 声は足元からした。甲板の木目が変化しダンズリーの顔を形作った。そこを足で踏み割ると、今度は船窓のガラスに顔が浮かんだ。

「この船と同化したんですよ。今やこの船が僕自身。君の逃げ場はありません」

 窓ガラスの顔を蹴破って、キャリオウは艦内に侵入した。

「なるほど、僕の核を探す気ですか」

 キャリオウの足下で通路の床がうねうねと動いた。床も天井も木や金属の質感と硬さを保ったまま、軟体動物のように蠢いていた。キャリオウは右手に浮かぶ文様で核の方向を探った。

「そっちか?」

 一歩踏み出したとたんに、床板と壁板がはがれてキャリオウに巻きついてきた。

「邪魔だよっ!」

 力ずくで振り払うと、今度は椅子とテーブルが飛んできてキャリオウにぶつかってきた。これを叩き落とすとキャリオウは全速力で通路を走った。キャリオウ自身は知らなかったが、彼は機関室へと直進していた。邪魔なドアは蹴破り、壁はぶち抜き、床板は叩き割った。

「あの中なのか?」

 突き当たりのドアの向こうから間違いようのない禍々しい気配が流出していた。ドアを蹴破ろうとしたが空振りした。壊されるのが嫌なのか、ドアの方で勝手に開いたのだ。

「誰だ、あんたらは?」

 暗がりの中に何十人もの気配があった。服からすれば乗組員らしい。

「ウェッ……気持ち悪いなぁ」

 そいつらが顔をあげたとたんに不快感がした。全員の顔がダンズリーに変わっていたのだ。

「ようこそ、我が核の前へ」

 ダンズリーもどきの背後の大きなタンクの上でダンズリーの声がした。銅製タンクにダンズリーは半ば融合していた。彼の肉体は青いガラス像のように透き通っていた。その胸のあたりにひときわ青い球体があった。

「それがお前の核か?」

「そのとおり。ここがゴールということです。ここからは帰しませんよ」

「帰るさ、お前を叩き潰したらね」

 キャリオウはロープでピシッと床を打った。それを合図にダンズリーもどきたちが飛びかかってきた。だが、弱い!軽く腕を払っただけで彼らは床や壁に無様に叩きつけられた。

「こんなので抵抗するだけ無駄……」

 倒れたダンズリーもどきの顔を見て、キャリオウはギョッとした。別人の顔になっていた。血を吐き苦しそうにもがいていた。そのうち顔はまたダンズリーに戻り、にじり寄ってきた。

「弱いでしょう?なにしろ艦内に残った人間に術をかけただけですから」

 ダンズリーの楽しそうな声がする。

「でも、弱すぎるから君が本気で殴ると死じゃいますよ。それでもよければご遠慮なく」

「う……」

 この一言でキャリオウは手出しできなくなった。魔物相手ならともかく、何の恨みもない人間を殺すのはできなかった。

「おや、どうしたんです。遠慮しないで」

 小馬鹿にしたような挑発に拳を構えてみたものの、どうしても殴れない。迷っているうちに何本もの手がキャリオウを捕らえた。

「もうお終いですか?甘いですねぇ」

 勝ち誇るダンズリーの声にキャリオウは歯ぎしりしたが、反撃できる状態ではなかった。

「では、僕と魔界まで……」

「いいや、貴様一人で地獄に行け!」

 突如、ドアから吹きこんだ烈風が群がるダンズリーもどきを吹き飛ばした。自由になったキャリオウはそこに頼もしい援軍を見た。

「ゴンじいちゃん、サッちゃん!」

「キャリオ……王子、お迎えにあがりました」

 サズマが剣を振るうと強烈な太刀風が巻き起こった。ダンズリーもどきの間を風が吹き抜けると奇怪な煙のようなものが吹き払われて元の乗組員へと戻り倒れていった。ゴンザレスの槌の一振りも同様で、ダンズリーもどきはたちまちいなくなった。

「さて、魔物退治もこれで終わりよ!」

 破魔の鉄槌を振り上げ、ゴンザレスは床を蹴って飛んだ。

「魔将軍を舐めるんじゃない、下等生物が!」

 必殺の一打は突如床を破って突き出した鉄骨に受け止められた。咄嗟に引いたゴンザレスの足元から角材が突き出し、かすめた頬から血が飛び散った。

 そればかりではない。床から壁から鉄骨や柱が次々と突き出し、空間を埋めていく。

「うおっと?」「危ない!」「なんの!」「ひえっ?」……

 あまり広くない機関室はたちまち突き出した鉄骨や角材で身動きもできなくなった。

「大丈夫ですか、キャリオ……王子!」

「大丈夫だけど。う、動けないよ。そっちは?」

「わしとしたことが不覚……」

 三人とも完全に押さえつけられてしまった。剣を振るうこともロープを繰ることもできない。

「手間をかけさせてくれましたね。でも王子以外は必要ありません。この場で死ね!」

 ギシ……

「ウグッ」「オオ……」

 サズマとゴンザレスを押さえつける力が強まった。サズマは血を吐き、ゴンザレスの足が異音を上げて折れた。

「サッちゃん!ゴンじいちゃん!」

「お、王子、い、今、今、お助けします」

 この状態でもゴンザレスは自分ではなく王子のことだけを考えていた。王子だけでも何とか……ゴンザレスはマントの下の右腕を動かした。

「ゴンじいちゃん?それは何だ!」

 キャリオウが目にした物。それは腕ではなかった。腕より少し長いくらいの金属の太い棒。いや筒のようなものだが、全体に何かの文様が彫り込まれた魔法の道具らしい。よく似たものを最近、キャリオウは見たことがあった。

「それって、大砲じゃんか?あの『せんしゃ』とかいうのにつてた」

「王子、耳を押さえて目を閉じて!」

 慌てて目を閉じて耳を押さえたキャリオウを見て、ゴンザレスは肩の筋肉を動かした。瞬間、真っ赤な光が筒先から飛び出した。

 ドン。光は木材の隙間をくぐって、機関室の中央で爆発した。轟音が聴覚を奪い、閃光が視覚を奪った。爆風は鉄骨と角材を吹き飛ばし、狭い機関室内を荒れ狂った。

「ううっ、どこだ?シーリーン王子! 」

 煙と炎の充満する中でダンズリーはキャリオウの姿を求めた。サズマは床に倒れて動かない。ゴンザレスは壁によりかかったままだ。キャリオウの姿だけがない。

「逃がしたか……くそ!」

「いーや、俺がお前を逃がさない、だよ」

 真上の声に反応し上を向いたダンズリーの体に、黒いロープが巻きついた。タンクの上に座ったキャリオウがタンクごとダンズリーを縛り上げていた。

「銅製のタンクごと砕く気か?いくら怪力でもそこまではできまい」

 冷笑しながらダンズリーは顔にかかったロープを外そうとした。

「何故だ?外せん!切れん!何故……」

ただのロープのはずが魔力をもってしてもは外すことも切ることもできなかった。その時になってダンズリーようやくは気がついた。丈夫なだけのロープを黒く染め上げた物。

「これは血?染みこんだ王子の血が我が魔力を封じて……」

 翼も牙も待たぬキャリオウはロープを自在に操る術を身につけるべく隠れて練習を続けていた。手の皮が破れて、にじんだ血がロープに染みこみ、黒く変色させるまで。自らの血が魔を封じる一族から受け継いだ物とも知らずに。

「ウオオオオオッ!」

 キャリオウが気合をいれて踏ん張った。ピシッ。小さな亀裂がタンクに入った。

「なんだと!」

 驚く間もなく亀裂がいくつも生じ、蓄えられた水が噴水のように噴き出してきた。

「ウオオオリャァァァッ!」

 顔を真っ赤にして両腕に一段と力を入れると、亀裂がつながりタンクが大きく歪んだ。タンクと一体化していたダンズリーの体にも当然破壊が及び、脆弱化した体に細かな亀裂が入った。体の内側の核にも……

「や、やめろ!やめてくれ!……下等生物の分際でェェェッ!」

 ダンズリーは手を差し上げた。五本の指が細く鋭く変化し、五本の槍となって伸びた。キャリオウの顔面に向かって。だが指槍はキャリオウに触れる寸前に斬り落とされた。

「秘……剣、飛燕斬……」

「今のは見事な一刀だったぞ、若造」

 身を起こしたサズマはまた床に倒れた。老騎士は彼を小さな声で賞賛した。

「……ッアアアアアッ!」

 限界以上の力を発揮する両腕の骨と関節が悲鳴を上げた。手に食い込んだロープの下から鮮血が流れた。それでも力を緩めない。それどころか逆に力が湧いてきた。

「やめろ、ヤメロ、ヤ、メ、テ、ク、レ……」

 核に亀裂が入ったとたんに、ダンズリーは喋れなくなった。やがて絞めつける力がタンクの耐久力を上回った。

 バン!タンクは寸断され、大量の水を全て吐き出した。ダンズリーの体はガラスのように割れて粉々になり飛散した。壊れかけた核は床に落ちて砕け、わずかな煙を残して消滅した。床に流れ出た水で機関室はさながら小さなプールのようになった。キャリオウは水の溜まった床に飛沫を上げて落ちた。ずぶ濡れになった頭を水から出して何とか声を出した。

「ゴンじい、サッちゃん、大丈夫かー?」

「は……い……なんとか」

「ご心配には及びません」


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