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竜のおうじさま  作者: 境陽月
14/16

反撃開始!(1)

「おや?これは嬉しいことだ」

 なんとなく、振りかえったダンは意外な人物の姿に喜んだ。祭壇の扉がまたも出現して、キャリオウがその前に腰をおろしていたのだ。

「色々用があるけど、まず父ちゃんを返してもらうぜ」

 キャリオウは真っ先にルパーオウの無事を確認した。鋼鉄の鎖に縛られ、声も出せないようだが、キャリオウの声が聞こえるとまぶたを少しあけて視線を向けた。声が出せれば「なぜ戻ってきた、この馬鹿!」と怒鳴っていただろう。

 あぐらをかいたキャリオウは既に衛兵たちの囲まれていた。突きつけられた槍に臆する様子もなくダンを睨んでいた。

「おや、他の方々は?姿が見えませんが」

「リュイは逃がした。他の二人は援軍を呼びに行ったよ」

 キャリオウが興味なさそうにそういうと、衛兵たちが動揺した。

「援軍ってグロンデニアの軍隊か?」

「じゃ、戦争になるじゃないか!」

「来るなら来いだ!こっちにはブロセニアとの軍事同盟がある」

「もう一人、いや一匹はドラゴンだろ?」

「ドラゴンにまで襲われたら、この国はどうなるんだ」

「ええい、黙れぇ!」

 ヒステリックな大臣の声が兵を叱咤した。

「グロンデニアもドラゴンも恐れるに足りん。我が方にはそれに勝る力があるのだ!」

「また、魔物の力を借りるのか。オルスおじさん」

 キャリオウらしくない冷ややかな言葉に大臣はたじろいだ。いや、それ以上に驚いていた。

「オルス……おじさんだと?」

 その呼び方には記憶があった。忘れ去っていた懐かしく、同時に忌々しい記憶が。その記憶を消し去るべく大臣は命令した。

「殺せ!いますぐその偽王子を殺せ!」

 槍が突き出されるのをキャリオウは待ってはいなかった。あぐらをかいた姿勢から一転してジャンプし、兵の頭上を飛び越えた。

「グギャッ」「あ痛ッ!」

 そして床にではなく兵士二名の頭に着地。さらに押し寄せる兵の頭や顔を足場にして一気に駆けぬけ、大臣に迫った。

「ウ、ウワァッ!」

 すごい勢いで迫ってくるキャリオウに大臣は腰を抜かした。床にへたり込んだおかげで、キャリオウのパンチが外れて壁を打ち抜き、飛び散った小さな破片が大臣の頬を切った。

「チェッ、外しちゃったか」

 残念そうにそう言いながらキャリオウはもう一度、腕を振り上げた。が、そこで時間切れ。反転した兵士たちが追いついてきた。

「させるな!」

「大臣をお守りしろ!」

 兵士だけなら全員殴り倒すだけの体力はあった。しかし、柱の影からこちらを狙う体当たり魔人のカザンの姿が見えた。おまけに兵士の後ろからゆっくりとダンが近づいてくる。こいつだけはどうにもならない。仕方なく計画通り外へ逃げることにした。キャリオウは兵士を二、三人蹴り飛ばしてから壁に向かってダッシュした。

「あの馬鹿、自分から壁にぶつかる気か?」

 あきれる大臣を尻目に石壁を薄板みたいに体当たりでぶち抜いて廊下に出た。さらに廊下の壁にも体当たりで次の部屋に、また壁を破って外に出た。最短脱出コースの後には大穴の開いた壁が次々と残った。ドアという物を知らない動物並みの脱出ルートだった。

「逃がすものか!追え!追え!」

 半壊した神殿を満員にしていた兵士がキャリオウを追い、その後を大臣が追っかけて出て行くと残るのはダンと見張りだけになった。

「やれやれだ。どうせ、この島から出られやしないのに、面倒なことだ」

 ダンは苦笑いしながらキャリオウの後ろ姿を壁の穴から観察した。

「ま、これくらい頑丈な王子様なら、多少手荒に扱っても死にはせんだろ。疲れて動けなくなるまで待つとするか」

 ダンは散歩でもしているようにのんびり神殿を出た。その間もキャリオウは元気一杯逃げ回っていた。あちらで石塔が崩れる音がしたと思ったら、こちらの石柱が埃を舞い上げて倒れた。

「こりゃあ、疲れるまで時間がかかりそうだ」

 苦笑しながらもダンは騒ぎの後を追った。最後に追い詰めるのは彼の役目なのだ。


「おい、俺たちだけで大丈夫なのか」

 神殿に残された二名の兵士の一人が気弱な声を出した。彼らは捕獲したドラゴンの見張りを命じられていた。特別な結界で力を奪ったとのことだが、間近でこんな大きなドラゴンを見ては不安を感じずにはいられなかった。

「大丈夫だ。大臣もそうおっしゃってたし」

 そう言った方も声が震えていた。確かに動けないのは本当らしいが、結界などという一般人には見えない代物を信じるのは困難なことだ。

「でもよ、結界ってのが消えちまったりしたら俺たちどうなるんだ?」

 返事はなかった。相棒も答えに詰まったのだろうか。

「おい、どうなると……お前は?」

 何気なく相棒の方を見た見張りは驚いた。相棒の首に何者かの腕が巻きつき締め上げていた。ほんの数秒で相棒は泡をふいて白目をむき、膝を折った。残った見張りが槍を構えるよりも速く、曲者の拳がみぞおちにめり込んでいた。

「手荒な真似してすみません。騒がれたくなかったので」

 倒れた二人にサズマはペコリと頭を下げ、苦しげな顔で動けないドラゴンに声をかけた。

「ルパーオウさん、意識はありますか」

「お……前か。人間になど……関わるべきでは……なかったよ」

 呼吸するのも苦しいのだろう。聞き取るのがやっとの声でルパーオウはぼやいた。サズマは抜き放った剣を虚空に向けた。

「今から結界の一部を斬ります。そうすれば体力も回復するはず。キャリオウ君が戻ったらすぐに逃げてください」

 サズマは剣を上段に構え、目を閉じて集中した。かなり強力な結界なので魔剣・ユニコーンをもってしてもたやすくは斬れない。しかも剣を振り下ろそうとした瞬間、ルパーオウが声を絞り出した。

「後ろだ!」

 咄嗟に体をひねり背後の敵を斬りつけた反射神経は、サズマの非凡な剣の才を物語っていた。しかし敵はそれ以上に素早かった。

「んー、君もなかなかの腕前だね。僕の手駒を二十二匹も倒してきただけのことはある」

「キャリオウ君を追っかけて行ったんじゃなかったのか、ダン」

 背後から襲った者はダンだった。確かに神殿を出ていって戻ってきてはいないはずだ。

「追っているさ、僕の半分はね。僕自身はずっとここにいた。おとりを追いかけていくほど働き者じゃなくてね」

 サズマは舌打ちした。キャリオウがおとりとなって敵を引きつけ、その間にルパーオウを解放する作戦だったのだが。やはり見破られてしまった。こうなればサズマ一人でダンを押さえるしかなかった。底知れない実力を持つ得体の知れない化物を。

「ダン……これまでは一応人間かと思っていたが。貴様、何者だ?」

 魔剣の切っ先を向けられているのに、ダンは余裕さえ見せていた。雑魚の魔物程度なら触れただけで分解できる魔剣を彼は全く恐れていない。

「そうだね、もう名乗ってもいいかな。僕の本当の名前はね、ダンズリーって言うんだ。聞いたことないかな」

「ダンズリー……魔界軍司令・魔将軍ダンズリーか?」

「そうそう!よくご存知だ。さすがは月光騎士団最年少入団記録保持者のエリート君だ」

 ダン、いやダンズリ-の顔が歪んだ。狡猾そうな目が釣りあがり、耳の上まで裂けた口でニィーっと笑うと整然と並んだ牙が黒光りした。

「勇気と無謀さに敬意を表して最高司令官たる僕が一兵卒たる君を相手しよう。光栄だろう」

 言い終わるより早くダンズリーの右手が動いた。後ろに飛んだサズマの左肩が鮮血を噴いた。

「ウウッ!」

 サズマの額に脂汗がにじんだ。受けた傷は深くはなかったが、攻撃はまるで見切れなかった。

「体を動かすのも、たまにはいいものだ。さあ、ゆっくり楽しもうじゃないか」

 圧倒的な実力差を前にサズマは震えを止めることができなかった。


「ちょこまかと逃げ回りおって、虫ケラが」

 オルスティン大臣はご満悦だった。島中を引っ張りまわされたが、ついにキャリオウを追い詰めた。巨大な石柱を背にしたところで兵士全員で三重に包囲したのだ。正面はカザンが塞ぎ、側面は兵士が、背後には巨大な石柱。これで逃げられるはずはない。

「ならば、もう一回……」

 大きく息を吸いこんだキャリオウを前に、全員が一歩引いた。また、あの大声が来る!

「ウオゥッ……あれ?」

 必殺の一声は全く響かなかった。

「無駄ですよ、わかってさえいれば音を中和するくらいわけはない」

 ニヤニヤしながらダンが手の平を向けていた。魔法で声の空気振動を中和したらしい。

「君の美声も聞き飽きましたね。おい、網をかけろ」

 ダンの命令で大型獣捕獲用の投網がキャリオウに投げられた。一枚ではなく五枚一度に。

「うわわっ?」

 網など生まれて初めて見るキャリオウは避けることもできずに捕まった。そのまま引きずり倒され、大臣の足元に這いつくばった。

「終わりましたね、父上。このまま船に……」

「その必要はない!」

 よほど頭にきたのだろう、大臣はキャリオウの頭を踏んづけた。近くにいた兵士の剣をもぎ取ると大袈裟に振り上げた。

「よくもよくもコケにしてくれたな。この場で首をはねてくれる」

「父上!最初に約束したはずですよ、こいつだけは生け捕りにすると」

「うるさい!」

 頭の上で繰り広げられる親子ゲンカを聞きながら、キャリオウは神殿を見た。かなり時間を稼いだつもりだが変化はなかった。

「本当に俺を殺せるのかい、オルスおじさん」

 突然、キャリオウは大臣に話しかけた。名を呼ばれた時、大臣はギョッとしたようだが、すぐに怒りをあらわにした。

「なれなれしい口をきくな。偽者風情が馴れ馴れしい」

「前もそうやって俺に剣を振り上げて……結局振り下ろせなかったじゃないか」

 とたんに大臣の顔が真っ青に変わった。

「父上を刺した後も泣きながら震えてたじゃないか。ちっちゃかった俺に血まみれの剣を向けたけど。手が震えて動かなかったじゃないか。だから俺は逃げられた」

「貴様、なぜ……」

 なぜ知っていると言いかけて大臣は口をあわてて塞いだ。あの夜のことを口走ってしまうところだった。こいつが知っているわけはない。本物の王子は水死体で見つかって密かに埋葬されているのだ。王子行方不明の噂は王位継承者死亡を近隣諸国に隠すための方便にすぎない。

「父上が忙しい分、オルスおじさんが俺の面倒をみてくれたね。仕事の旅から帰った日には必ずお土産を持って来てくれた。面白い異国のお話をいくつも聞かせてくれた」

「だ、黙れ、黙れ!お前がそんなことを知っているはずがなかろう」

 ここに至って兵士の間にも動揺する者が出てきた。大臣が先王を暗殺したとの噂は以前からあった。ただ証拠がなかっただけだ。もし目の前の少年が本当にシーリーン王子なら、兵士たちは反逆に荷担したことになってしまう。

「いつも言ってたじゃないか『陛下を尊敬してる』って。なのにどうして殺したの?」

「違う……違う……違う、違う、違う!」

 大臣の目はキャリオウを見てはいなかった。キャリオウを通じて別の人間を見ていた。

「いつも言ってた。『半分しか血がつながっていないけど、陛下は自慢の兄さんだよ』って」

「ちが―――うッ!」

 兵士の動揺はざわめきから驚きの声へと変わった。

「先王と大臣が兄弟だって?」

「本当なのか!」

「まさか、そんな……」

「いや、大臣の行商人からのスピード出世もこれで説明がつくぞ」

 もともと大臣は兵の心を完全に掌握していたわけではなかった。むしろ常に不信と疑惑の中心だった。そのために本来ならば一笑にふされるキャリオウの言動が兵を混乱させた。キャリオウの狙いは初めからそこにあった。網を押さえる兵士の手が緩んだ時、キャリオウは跳ね起きた。網を引き裂き、背後の石柱に向かって駆けた。

(この島にあった石柱はもともとは十二本だけ。全て神殿を守る結界を構成するストーンサークルの部品だ。だがこの柱は……あるはずのない十三番目の柱!)

 本来の結界をひずませ、性質を逆転させている仕掛けがどこかにある。それは以前にはなかったはずの物。それがこの石柱だ。

「カザン、そいつを止めろ!柱に近づけるな」

 何らかの方法で柱を破壊する気だ、意図に気づいたダンの叫びにカザンが後ろから突進してくる。半ば網にからまった状態のキャリオウを取り押さえるのはたやすいはずだ。

「待ってたよ、お前が来るのを」

 捕まえられる寸前にキャリオウは身を沈めた。カザンの太い両腕の下をくぐり股の間をスライディングで抜けた。足を引っ掛けてカザンの姿勢を崩すのに成功した。

「ウオォッ?」

 足をすくわれたガザンは前のめりに倒れた。そのまま地面に接吻するはずがそうはならなかった。一瞬宙を泳いだ彼の巨体は後ろに引き戻され滑るように空中を移動した。足首に結び付けられたロープが彼を引き戻したのだ。ロープの端を持つのはキャリオウ。股下をくぐる一瞬の早業で隠し持ったロープを結んだのだ。

「柱をブッ壊すのを手伝ってもらうよ!」

 キャリオウは両足をふんばり、ガザンを振りまわし始めた。わめきちらしてたガザンの大声もすぐに風を切る音で聞こえなくなった。回転のあまりの勢いに取り囲んだ兵も近づけない。近づいて取り押さえようとした兵はかすめただけで軽々と弾き飛ばされた。

「カザンを叩きつけて柱を壊すつもりか?」

 ダンは唇を噛んだ。いくら怪力少年といえど石の巨柱を倒せまい、と考えていたのが甘かった。カザンの体重×遠心力が加われば、十分な威力が得られる。

「矢を射掛けろ!多少の怪我は構わん!」

 ダンの怒声に反応した数人が弓を引いた。が、効果がなかった。対人間用の弓はキャリオウの頑丈な体を貫通できず、矢はあっさり弾き返されて地に落ちた。

「大臣、貴様の非力な兵隊どもを下がらせろ」

「ヴィヴィン将軍?何をする気だ」

 愛用の戦車に乗って到着したヴィヴィン将軍は尊大な態度でフフンと鼻を鳴らした。

「多少馬鹿力でも所詮は人間よ。最新兵器の前には虫と変わらん。目標、キャリオウ!」

 号令のもと、砲塔がカクカクと回転しキャリオウに狙いをつけた。砲弾に充填された攻撃魔法を撃ち出す大砲が唸り声を上げた。

「よせ!殺しては元も子もないんだ!」

「撃てェッ!」

 砲口から灼熱の火球が撃ち出された。赤い炎を引いて爆裂魔法の砲弾がキャリオウに向かって飛んだ。かわす余裕はキャリオウにはなかった。極限まで加速したカザンをぶつけられるのは今しかなかった。

「砕けろ!」

 回転運動をしていたガザンの体は直線運動へと軌道変更した。彼は長い悲鳴を引きながら柱に向かって高速飛行した。同時に炎の魔法砲弾がキャリオウに着弾した。兵士たちはキャリオウの姿が真っ赤な光に包まれるのを見た。直後に黒煙と熱い爆風が兵士たちを吹き飛ばした。

「ふん、最初からこうすればよかったのだ。偽者だろうが、本物だろうがな」

 絶対安全な戦車の中でヴィヴィン将軍は小気味よさげにつぶやいた。小僧一人のために十二年間の苦労をフイにされてはたまらない。一方、ダンの方は怒り狂っていた。

「くそ、馬鹿な人間が!肝心の王子が死んでしまっては台無し……」

 人の姿を借りた魔物の怒りは静まり、代わって喜びがこみ上げてきた。爆発の中心、炎と煙が渦巻く中に立ちあがる人影を見たからだ。爆風でボロボロになった服を着て、血まみれで足には力が入らない。それでもキャリオウは立っていた。

「うれしいよ、キャリオウ君。僕のために生き延びてくれたんだね」

 勝手な理屈をくっつけてダンは煙の中に入って行った。本当にうれしい、下等な人間に囲まれた忍耐の日々が無駄になる寸前だった。もっとも彼以外はそうではなかった。ヴィヴィン将軍など驚きとも悔しさともつかない感情に手を震わせていた。

「城壁も貫通する爆裂弾の直撃を食らっったのに。ええい、奴はバケモノか!」

 キャリオウの背後で石柱が崩れていった。真中あたりに入った亀裂が徐々に広がって数秒もしないうちに崩壊が始まった。同時に空気の中に感じていた、何とも言えない重苦しさが消えていった。島全体をおおっていた結界が消えていくのだ。最初はキャリオウが囮となって、サズマが結界を斬る予定だった。それが失敗した場合、囮と本命が役割を入れ替える手筈になっていた。つまりサズマが最も危険な敵を引き止め、キャリオウが結界のかなめを破壊する。

 だが代償は思いのほか高くついた。頑丈一点張りの肉体は魔法弾の直撃にも耐えた。それでもあちこちに火傷を負った。右足は折れて右肩も脱臼し腕が上がらない。正面から近づいてくるダンの姿を見ても何もできなかった。倒れそうになったキャリオウの髪をダンがつかんだ。自分の顔の高さまで吊り上げた。

「アハハハ、つっかまえた!捕まえたよ!」

 鬼ごっこに勝った子供のようにダンは歓声を上げた。

「やべ……頭ガンガンして立っていられねーや。後は頼むぜ、サッちゃん」


「なに?結界が壊されたのか!」

 神殿に残った方のダンが驚いた。

「よそ見していいんですか!」

 一瞬の隙を見逃さず、サズマの突きがわき腹をかすめる。後方に跳んで逃れたダン、いや魔将軍ダンズリーはわき腹の傷を撫でた。すると鮮血生々しい傷は消え去り、裂かれた服さえも元通りになった。

「僕に傷をつけるとは、いい腕をしている」

 別に皮肉を言ってるのではない、ダンズリーは心から感心していた。もっともダンズリーにひとつ傷をつける前に、サズマの方は全身血まみれにされていた。しかもサズマがスタミナ切れ寸前なのに対し、ダンズリーは呼吸ひとつ乱していない。

「でも、時間切れだ。僕も忙しくてねえ」

 一言も発さずに斬りかかるサズマの一刀をダンズリーは素手で受け止めた。魔剣の魔力と魔物の力がぶつかり、激しい火花が散った。

「確かにいい腕前だけど、魔剣ユニコーンを使いこなすにはまだまだ未熟だねー。」

 ダンズリーはうす笑いを浮かべた。刃をつかんだ手はサズマの腕力でもピクリともしなかった。ダンズリーの異様に長い舌がペロリと唇を舐めた。

「ほんと、お前にはもったいない剣だったね」

「なら貴殿に進呈しようか?」

 この時、サズマは思いがけない行動を取った。命ともいうべき剣から手を離し、真後ろに飛んだのだ。呆気に取られるダンズリーを残して。

「リュイリュンさん、今です!」

 サズマの声にダンズリーはハッとして祭壇の方を見た。例の青銅の扉はまだ消えてはいなかった。開かれた扉の中の中から真っ白なドラゴンが赤く光る目でこちらを見ていた。角先の放電が急速に激しさを増していった。

「しまった……」

 何かが破裂するような音が轟き、幾本もの雷光が蛇のように空中をのたうった。ダンズリーは危うく射線上から飛びのき、これをかわそうとした。この瞬間、自分が周到な罠に落ちていたことを思い知らされた。

「グギャアアアァァァッ!」

 視界が青い光輝で包まれ、全身を超高圧電流が駆け巡った。稲妻は空中で方向を変えた、ダンズリーの手にあった魔剣ユニコーンに導かれて。

「グ、グ、グ、け、剣を避雷針、い、いや導雷針に……」

 全身からプスプス煙を上げ、焦げ臭い匂いを漂わせながらもダンズリーは生きていた。通常の生物ならば即死確実な落雷でさえ、魔の生命を断てなかった。眼球は煮えはぜ、頭髪は燃え尽き、女たらしの面影もなく、それでも膨れ上がる殺意をリュイリュンにぶつけてきた。

「ガ、ガキの分際で、こ、この僕に……」

「子供相手にキレないでください」

 一瞬で間合いに飛び戻ったサズマはそう言い放った。剣を奪い返し縦一文字に振るった。

「秘剣・嵐旋刃」

 あざやかな剣の一閃がダンズリーの胴体をなぎはらった。空間に生じた数十本もの見えない刃が斬線となって走り、ダンズリーの肉体は数百もの小片に切り裂かれた。小片は床に落ちるより早く煙を上げて分解し、悲鳴を上げる暇もなく魔将軍は消滅した。

「フゥ……」

 完全に消滅したのを確認してから、サズマは一息ついた。消耗が激しく、実のところ立っているのもつらかった。

「片付いたの、サズマ?」

 扉の向こうの空間からジュステの声が聞こえた。

「はい、半分は片付きました」

「半分?」

「奴は二体に分身して片方がキャリオウ君を追いました。しかし戦闘能力の大部分はこちら側に残していたようです」

 ここでサズマは深呼吸した。息がまだ整わないので話し続けるのがきつかった。

「残った片割れには大した魔力はないはず。今がチャンスです」

 サズマはヨロヨロと外へ向かおうとした。が、そこで膝をついてしまった。

「まいったな。出血が多すぎたか」

 サズマは苦笑した。血の気の失せた失神寸前の笑みだった。

「待って、サズマ。肩を貸してあげる」

「あ、私も私も!」

 扉の向こうでなにやらガタガタ音がする。

「やーん、出口が小さくて通れないよー!」

 何やらリュイリュンが泣き声出していた。ドラゴンの姿では狭い扉は通れないらしい。

「もう一度、人間に変身してみたら?」

「あ、そーか。頭いーね、ジュステさん」

 意味不明な奇怪な鳴き声。恐らくドラゴンの言葉による変身呪文詠唱だろう。

「あーっ?」

「よし、変化の術成功!」

「ダ、ダメ!そのままじゃ!」

「大丈夫、完璧成功してるもん。尻尾と角が残ったけど」

「だ、だからそうじゃなくて!」

 サズマはいぶかしんだ。どうやら変身し終えたリュイリュンをジュステが引きとめているようだが。失敗してとんでもない姿に変身してしまったのだろうか。考えているうちに背後から足音が近づいてきた。歩幅からしてリュイリュンだろう。

「お待たせしましたーっ!」

「ダメー!サズマ、見ちゃダメよーっ!」

 見てはダメといわれたが、サズマは反射的に振り向いた。そしてジュステが引きとめようとした理由を理解し、真っ青な顔色が一瞬で真っ赤に変色した。銀色の髪を揺らしながら駆けてくる美少女の姿があった。それだけなら問題ないのだが。

「りゅ、リュイリュンさん?」

「さ、早くお兄ちゃんを追っかけましょ!あれ、どうしたんですか?」

「あの……服……それに下着も」

 尻尾と角くらいなら愛嬌で済むかもしれない。問題はリュイリュンが下着さえつけていないということだった。

「ああ、服とか?まだ未熟だから服の構成魔法まで手が回らなくて」

 恥ずかしげに微笑むリュイリュンの姿態は、感動的なまでの危険物(対男性のみ)だった。

「最初は難破船で拾った服着てたんだけど。キャア!どうしたんですか、サっちゃん?」

 リュイリュンは取り乱した。サズマがいきなり顔を押さえてうずくまったのだ。

「大変、ジュステさん!サッちゃんが!」

「サズマがどーしたの?」

 ジュステにしてみれば答えはわかりきっていたのだが、一応聞いてみた。

「サッちゃんが!お鼻からたくさん血を流して!このままじゃ出血多量で死んじゃう!」

「あーそーね、そーかもね……ほんとにもう、彼女イナイ歴十九年男は……」

 すぐ側で展開するコメディをルパーオウは黙って眺めていた。結界は取り払われたものの体力は消耗しきって口もきけない。

(お前ら、私のことを忘れてるだろう?)

 完全に忘れられたドラゴン父さんは情けなくてちょっと泣けてきた。


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