神の御前にて
「おー、速い、速い、速い!」
船の縁にしがみついてはしゃいでいるのはキャリオウだ。生まれて初めて乗った船はさして大きくない帆船だったが船足は速かった。他の乗客はルパーオウだけで、沖合いにある小島を目指していた。その島には古代の神殿があり、最終的な調査をそこで行うという。
「でも、なんでその島でやるんだろうな?」
「……人間の考えることなぞ知らん」
いつにもまして無愛想な父親の答えにキャリオウは困った。ここ数日ずっとこの調子で口もきいてくれない。
(なに怒ってんのかなぁ?危ないことしたからかな?)
魔物と戦った後、大目玉を食らうことは覚悟していた。しかしルパーオウは何も言わなかった。ただ不機嫌な顔でキャリオウの側にいただけだ。彼らの船と並んで多数の帆船やボートが島へと向かっていた。
「おー、すげー数の船!こいつら全部、島に行くのかな」
「知らん」
目指す島まではあと三十分とかからない。島の回りには何本か石柱のような建てられており、草一本生えない小さな山の頂上に崩れかけた石造りの建物らしき物が見えた。
「おー、あれが例の神殿かな?」
「知らん」
「なー、父ちゃん。そんなに怒らないでよ」
「怒ってなどおらん」
それっきりキャリオウもあきらめた。
(最近は王妃様のお相手ばっかりで、父ちゃんをかまってやんなかったからな)
無論、ルパーオウの不機嫌の原因はそんなことにあるのではない。人間に対してこれまで感じたことのない不快感がそうさせるのだ。
(人間界で評価に値するのはガラス工芸の美しさのみだ。それ以外はまったくもって気に入らん。特にあの王妃は……いや、違うか)
王妃が気に入らないのは確かだが、それは彼女の責任ではない。むしろ同情すべき点の方が多かった。人柄も高飛車なところは全くなく、ルパーオウにも気さくに話しかけてきた。キャリオウを自分の息子と思い込んでいる以外は好感の持てる人間だ。気に入らないのは、キャリオウが一日中王妃の側を離れないことの方だ。
島に近づくと船は減速をはじめた。間もなく帆を下ろし、錨を海に投げ込んだ。
「ようやく到着か。私の翼なら五分とかからず来れたものを」
ルパーオウはいまいましげにつぶやいた。神殿のある小島に港はないので帆船は少し手前で停船し、上陸は小型のボートでということになっていた。
「いらっしゃい、思ったより早かったわ」
「あの若造はどうした?」
上陸を出迎えたのはジュステだけで、サズマの姿は見えなかった。
「彼ならちょっと準備に手間取ってまして。ああ、戻ってきました」
サズマが神殿の方から歩いてきた。うつむいてるし、なんだか表情が暗い。
「サッちゃん、元気ないな。どうしたの?」
「例の一件ですっかり落ち込んじゃってねー」
例の一件では魔物は倒したものの『キャリオウを危険な目に遭わせない』という約束を最初から破ることになってしまった。その時、ルパーオウにこう言われた。
「今回はキャリオウの方から危険に近づいたのだから不問としよう。しかしお前たちがどれほど頼りになるかよーくわかった。以後、キャリオウは私一人で守るから、何もするな」
安全を約束した手前、ジュステは頭を下げるしかなかったし、生真面目なサズマは以来ずっと落ち込んでしまった。
「ま、心配はいらないわ。あれでも頼りになる護衛なんだから」
「……配置おわりました」
明るさゼロのボソボソ声でサズマは報告した。今の声を聞くだけでサズマを頼りにする人は世界からいなくなるだろう。
「気にすんなよ、サッちゃん。俺だけは頼りにしてやっから!」
キャリオウにしては珍しく気をきかせたつもりだったのだろう。しかしサズマ本人はサッちゃんという呼び名でダメージを受け、『俺だけ』という言葉で追加ダメージを受けた。
「……ありがとう、キャリオウ君。では私も配置に戻りますので……」
更に濃くなった影を引きずるようにサズマは神殿へと戻っていった。
「今のは、ちょっと気の毒すぎかもしれんな」
哀愁漂わせるサズマの後姿にルパーオウでさえ同情した。
「ところで随分人間が一杯いるけど、これ全部俺の身元調査を見物にきたのか?」
キャリオウが気づいたように島には数百人の兵隊や神官らしき一団がいた。しかも上陸する人間の数は増える一方だ。
「まあ、そのようなものね」
「で、どんな調査やるんだ?俺の母親とかいう人間は来てるのか?」
「それはね」
ゴゴゴゴゴ。重々しい車輪の音が近づいてきた。音の方角を見たジュステの顔が曇った。
「ブロセニアの戦車?」
「おお、麗しき姫君。無粋なる乗り物での登場をお許しください」
戦車のドアを開けて、ヴィヴィン将軍が姿を見せた。
「いえいえ、まことに立派なお車ですこと。ところでどのようなご用件でしょう?」
ジュステの顔が無敵の営業スマイルに切り替わった。変わり身の素早さは感心すべきところだ。
「そちらは確かキャリオウ君と養父殿。どうですか、母子再会の夢は叶いそうですかな?」
「余計なお世話だ。貴様には関係なかろう」
ルパーオウの一言に将軍の髭がピクリと動いた。
「ふっ、確かにね。まあ、よろしいでしょう。実はちょっとした用件がございましてな」
将軍は後ろを向いて手招きををした。戦車の中に乗客がもう一人いたようだ。
「さ、到着しましたよ。出ていらっしゃい」
そして一人の少女が降り立った。透けるような銀色の髪、透けるような白い肌。大きな瞳は珊瑚礁の海を思わせる深い緑を宿していた。暗い所からいきなり陽光の下に出たせいだろう、手で陽射しをさえぎりながら目をパチパチさせている。
「キャリオウ君を捜していたようでね」
「えっ、俺を?」
「左様、乗る船がなくてお困りのようだったのでお連れした次第でして」
「でも俺はこんな子知らないけどな」
が、そこで困惑する事態となった。その少女はポロポロと大粒の涙を流し始めたのだ。そして将軍を突き飛ばしキャリオウに駆け寄り、抱き着いて大声で泣き始めたのだ。
「え?あ?」
「ウェェェーン、ヒック、ヒック……」
オロオロするキャリオウにジュステは冷ややかな視線を送った。
「まあ、仲のよろしいこと。よろしければ、紹介していただけませんこと?」
「いや、紹介たって、俺にもさっぱり……」
だしぬけにキャリオウの表情が変わった。戸惑いから驚きへ、そして確信へと。確かに顔に見覚えはなかった、しかしキャリオウの犬並みの嗅覚がこの少女はよく知っている人物だと告げた。正確には『人物』という表現は適切ではなかった。
「父ちゃん、もしかしてコイツ?」
「ああ、間違いない」
ルパーオウが不機嫌以外の表情を初めて見せた。驚きとそれから、困惑。そして最後に青ざめていった。
「お前は……」
キャリオウは胸に顔をうずめてなく少女に呼びかけた。少女は顔をあげて、潤んだ瞳でキャリオウを見つめた。そして早口でまくしたてた。
「あのね、あのね、最初は『ほてる』ていう所に行ったんだよ。そしたらもういないよって言われて!それからお城に行ったの。そしたら島へ出かけたって言うし。それで島を捜そうと思ったんだけど、乗せてくれる船が全然なくって!」
「それで泣いてるところを私が送って差し上げたわけです」
突き飛ばされてしりもちをついた将軍が立ちながら、言葉の後を付け足した。
「では、私はこれで。後ほど会いましょう」
何を考えているのか将軍はニヤリと笑って戦車に飛び乗り、去っていった。
キャリオウは少女の頭を優しく抱えるようにして顔を上げさせた。
「お前、リュイリュンだな」
「……うん」
キャリオウは天を仰いでため息をつき、ルパーオウは頭を抱えてしゃがみこんだ。人間の姿に化けてはいたが、匂いも声も気配も、ルパーオウの娘に間違いなかった。
「リュイリュン?確か妹さんの名前ね。どうして最初わからなかったの?」
「あーそれは、普段はワイルドな格好で生活してるもんだから。ちゃんとした服着てるのって初めてだったりして。な、父ちゃん」
「うむ、そのとおり。この父もあまりの可憐さについ見間違えてしまったぞ、我が娘よ」
「ふーーーん?」
ジュステは疑っていた。考えてみればこの親子、不審な点が多すぎる。現住所は地図に載ってないような遠い島らしいし、時々吼え声みたいな奇妙な言葉で喋ってる。魔物を前にしても恐がる様子もない。やはり確かめておいた方が……
「お嬢ちゃん。尋ねたいことがあるんだけど」
怯えさせないように、できるだけ優しく、営業スマイル二十パーセント増量の猫なで声でジュステは話しかけた。そんな彼女をリュイリュンはジッと見つめて一言。
「この人間のメス、何なの?」
「メ、メスゥ?」
可憐な少女からメス呼ばわりされてジュステは凍った。
「よせ、リュイリュン!メスなんて呼ぶな」
「どーして、お兄ちゃん?」
「メスなんて呼んだらコイツは狂暴化するんだ!殴られる前に謝るんだ」
「どーして、こんなのをかばうの?まさか!コイツお兄ちゃんのお嫁さん?」
「バカ、誰がこんな狂暴なのを……」
ゴスッ!キャリオウが喋り終わる間も与えず、肘打ちがこめかみに決まった。更に足払いでひっくり返ったキャリオウの顔面にジュステの靴のかかとが執拗に打ちこまれた。
「誰が、狂暴ですって?誰がッ!」
倒れたキャリオウに蹴りを入れ続けるジュステを見て、リュイリュンはボソリと言った。
「ホントに狂暴だ……」
「ごめんなさいねー、変なトコ見せちゃって」
冷静さを取り戻したジュステは笑ってごまかしながら、自らの無作法?を謝った。
「気にしなくていいです。あのくらいじゃお兄ちゃん壊れないから」
リュイリュンはジュステと並んで神殿に向かって歩いていた。その後を青ざめたルパーオウとキャリオウが続く。
「私こそ、ごめんなさい。失礼なこと言っちゃったみたいで」
「気にしなくていいわよ。よその国の人にはよくあることだから」
すっかりなごんでいる前列の二人に対し、後ろの二人は震える声でコソコソ話していた。
「なんでリュイが来るんだよ、とーちゃん」
「恐らくお前を心配してのことだろうが。マズイことになったな」
「やっぱ、かーちゃんに黙って来たのかな」
「当然だろう、あれを見てみろ」
ルパーオウが示した先、リュイリュンの足元。スカートの内側で足以外の何かがもう一本、ユラユラしていた。時折白いその先端がスカートの端からチョロリとのぞく。白い尻尾だ。髪の毛の間からわずかに見える小さな突起が二本、髪飾りのように見えるが、れっきとした角だ。
「あんな不完全な変化の術しかできんのに。人間界行きをクイリュンが許すはずがない」
「じゃ、完全に家出してきたわけだ」
ルパーオウの表情が一段と暗くなった。魔物が出没しているのに加えキャリオウが人間界の勢力争いに巻きこまれかけている。この上にリュイリュンまで危険に巻きこまれたら。
「母ちゃん、無茶苦茶おこるだろーな」
「あああ、頭が痛いわい」
激怒した妻の恐怖は他の者には理解できない。文字通り本物の雷が落ちまくるのだ、問答無用で、情容赦なく、徹底的に。
「あのねー、終わったらジュステさんが街を案内してくれるって!アイスクリームのおいしいお店にも連れて行ってくれるって!楽しみだね、お兄ちゃん」
「おおっ?、また『あいすくりぃむ』が食えるのか?」
親の気持ちも知らずにはしゃぐ兄妹の姿に、ルパーオウは頭痛を悪化させていった。
「まったく、お気楽な子供たちだ。少しは親の苦労も……」
独り言を中断してルパーオウは朽ちかけた柱や壁画に目を走らせた。
(作動してはいないが、魔法術式が組みこんであるな。何かの結界を張るためか。しかし最近書き換えた部分が見られるが?)
「では頼みます。煙がたちこめてきたらあなたの出番です」
神殿の裏、柱を背にしたサズマは柱の裏側にいる人物に話しかけた。
「お任せください。この十二年、この日の為に生き恥をさらしてまいったのですから」
柱の影にいたのはかなり高齢の老人だった。枯れ枝のような細い手に青い宝玉をはめ込んだ杖を手にしていた。
「元・王宮魔術師のあなたなら失敗はないと思いますが、くれぐれも気取られぬよう」
「ぬかりありません。亡き陛下の無念を今こそ晴らしてみせます」
老人は先王に仕えていた魔術師だった。王を守りきれなかった責任を取り、隠居の身となっていたのをサズマが説得し計画に参加してもらった。
「このような役目は、あなたにとっても本意ではないでしょうが」
「あの大臣を阻むためとあれば、亡き陛下もお許しになられます」
サズマは黙ってうなずき、老人を残して、神殿内に戻った。さほど大きな神殿ではなく、祭壇の間以外は大した部屋もない。その祭壇のたいまつの炎の下、薄暗い灯りの中でジュステたちの姿を見つけた。
「姫、準備は終わりました」
「そのようね、今年は盛大な儀式になりそう」
「姫、そちらのレディはどなたですか?」
「ああ、この子はね……」
「キャリオウの妹のリュイリュンと申します。兄がご迷惑をおかけしております」
透けるような髪の美しい少女の挨拶にサズマはちょっと顔を赤らめた。
「私はサズマと申します。よろしく」
「サッちゃんって呼んでもいいんだよ」
キャリオウの一言でサズマはちょっと嫌そうな顔をした。
「ねえ、ジュステさん。これ誰が食べるの?」
リュイリュンの前にはズラリと並べられた酒の樽や山のような果物、魚や海草、干し肉など積み上げられていた。純真な瞳の質問にジュステはつい笑ってしまった。
「これはね、人間が食べるんじゃなくて神様に捧げるものなのよ。リュイちゃん」
リュイリュンはしばらく考えていたようだが、何か納得したようだ。
「そうかー、神様ってお兄ちゃんより食い意地はってるんだね」
「確かに。俺もよく食うけど神様とやらには負けるなあ」
ジュステがポカーンとする一方で、笑うのを我慢していたサズマがプッと吹き出した。
「ん?何か変だったか、サッちゃん?」
「いえ、なんでも。確かに神様は大食いかもしれませんね」
先ほどまではキャリオウたちしかいなかった神殿に神官たちが入ると、祭壇のロウソクに火がともされた。特殊な製法のロウソクらしく、煙はわずかに青みがかかっていた。祈りを捧げる神官たちの後ろにキャリオウは座らされた。
「これって何のお祈りなの」
「この国の守り神に豊作と平和を祈るのよ。もっとも今年は違う意味もあるけど」
「ところで、俺の最終調査って何すんの?」
調査内容はまだ聞かされていなかった。というより、こんな場所で何が調査できるというのか疑問だ。
「そうね、始めましょう。そろそろ頃合だわ」
ジュステはチラッと後ろを見た。たった今、到着した大臣が席につくところだ。船が遅れたので焦って走ってきたのだろう、大汗かいて息も苦しそうだ。
「簡単よ、祭壇の前まで歩いていって。そして黙って立っていれば調査は終わりよ」
「でも、お祈りの邪魔をしちゃ悪いよ」
「神官さんたちのことなら構わないわ。話は通してあるから」
実のところ祈りを捧げる神官たちも共犯者だ。先々代の王の頃から仕える彼らは大臣の台頭を快く思っていなかった。それゆえジュステたちの提案に同意した。すなわち、この場にて起こるであろう事件に一切手出しをしない、と。
「行ってこい、キャリオウ」
憮然とした態度で命じるルパーオウの声にキャリオウは目をパチクリさせた。今まで非協力的だった彼がそんなことを言うとは思ってもみなかった。
「でも……」
「少しでも早く終わらせたほうがいいのだ。終わらせて……早く島へ帰ろう」
「わかったよ。行ってくる」
ルパーオウは目を伏せた。息子を捜す母親など最初からいないのだ。利用されただけと気づいた時、キャリオウの優しい心は傷つくだろう。できればそんな姿は見たくなかった。
(そうだ、早く帰ろう。母さんもお前を待っている)
キャリオウは並ぶ神官の間を通りぬけて前へ進んだ。神官たちはキャリオウを横目で見るだけで何事もないかのように祈り続けた。
「豊穣を祈るこの祭りは同時に王家の『成人の儀』でもある。十五歳に達した王位継承者が祭壇の前に立つとき、王家の守護神が降臨し王位継承権を認めるという」
王妃から聞いた成人の儀の概要をつぶやきながらジュステは静かに時を待った。キャリオウが祭壇の前につき、ロウソクが増やされ煙が神殿に立ちこめた。この場に消息不明の王子があらわれなければ死亡したものとみなされて、王位は大臣のものとなる。逆に王位継承者があらわれれば、ブロセニアとの同盟は先送りになり大臣の権勢も大幅にそがれることになる。
「いよいよね。大臣が動いたら……」
ジュステはそっと後ろを見た。キャリオウが何をするのか、大臣は既に気がついているはずだ。恐らく外の衛兵を呼んでキャリオウを取り押さえさせようとするだろう。邪魔をさせないために神官の中に伏兵を潜入させ、サズマ自身も剣を携えていた。
「変です。大臣に動く気配がない」
サズマが眉をひそめた。大臣は椅子にふんぞり返って、供の者にうちわで仰がせて休んでいるだけだ。キャリオウの行動にまったく興味はなさそうだ。
「なぜ、動かない?偽物とわかっていても、王子帰還の噂が流れれば致命傷になるはず」
この時、サズマは大臣の背後を見てギクリとした。一人の青年が柱にもたれかかり、こちらを見てにこやかな笑顔を向けていた。
「大臣の息子のダン?旅に出ていたと聞いたが、なぜここに……なッ!」
ダンが手にしている一本の杖を見て、サズマは戦慄した。青い宝玉をはめ込んだ年季の入った杖、間違いなく元・宮廷魔道士の老人の持ち物だ。しかも赤黒い血がこびりついていた。
「まさか、魔道士殿を……」
サズマの視線に気づいたダンは楽しそうに杖をへし折った。そして折れた杖で祭壇の上を示した。振りかえったサズマは見た。祭壇の上に充満した煙が渦巻き、収束し、ある形を取り始めるのを。
「始まったわよ、サズマ!サズマ?」
まだ異変に気づいていなかったジュステだが、青ざめたサズマの顔を見て首をかしげた。その間に煙は造形を完成し一人の威厳ある男の顔が空中に浮かんだ。
「へ、陛下……」
その顔を見た神官の一人はこう声を上げた。空中に浮かんだ顔は十二年前に殺された先王の顔だった。聡明で、慈愛にあふれ、国民に愛された心優しき王の顔だ。
「へー、この人が王妃様のダンナ様だった人かぁ。あ、どーも、お世話になってます」
王であっても死霊であってもキャリオウの態度に変化はなかった。ドラゴンと人間の違いもよくわからない奴だから、当然といえるかもしれない。が、相手はそうではなかった。
温厚そうな王の顔が怨念と憎悪に満ちた凶悪な相へと変化した。顔半分の大きさまで開いた口の中で大きく長い舌がうねり呪いの言葉を吐いた。
「汝、王の器にあらず」
「ハァッ?」
不気味な王の意味不明の言葉にキャリオウは詰まった。一方、神官たちは突然の事態に恐慌を起こした。計画では魔法で作り出した王の幻影がキャリオウを王位継承者と認め、阻もうとした大臣を謀反の疑いで捕らえるというものだった。それが予定と逆の託宣を下したのだ
「汝、我が子にあらず」
「いや、そりゃそうですけど」
「汝、王家の者にあらず」
「ジュステさーん、コイツ何ワケわかんないこといってるの?」
「逃げて、キャリオウ君!」
ジュステの警告は遅すぎた。一つしかない入り口からは何十人もの兵士がなだれ込んできた。神官たちが騒ぎ出す中で大臣は余裕たっぷりに席を立ち、こう宣言した。
「忠実なる兵たちよ、あの大罪人を捕らえよ」
指差す先にいたのは無論、キャリオウ。大罪人といわれて、少しムッとしたようだ。
「出生を偽り、王妃様をたぶらかし、我が国を奪おうとした罪人である!」
「おい、おっさん。いー加減にしないとブッ飛ばすぞ」
「聞いたか、兵どもよ。奴は私の命まで狙っておる!すみやかに捕らえ公正なる裁きの場へと引っ立てるのだ」
殺気だった兵がキャリオウのまわりに集まってきた。神官たちは既に逃げ出し、残っているのは神官に化けていた伏兵十名足らず。しかし武器は短剣程度で完全装備の正規軍に太刀打ちできるはずもない。
「その二人も拘束しろ、内政干渉の疑い……いや、侵略行為というべきかな」
大臣の命令でジュステとサズマも剣に囲まれていた。サズマは愛刀の柄に手を伸ばし、ギョッとした。
「剣が……なぜだ、剣が抜けない?」
鞘から引き抜こうとした愛刀『ユニコーン』は鞘に接着剤を流し込まれたように抜けなかった。考えられないことだった。




