神の御前にて(2)
「悪いねぇ、危険物を振りまわされちゃ困るんでね。封じさせてもらったよ」
場違いな愛想を振り撒きながらやってきたのはダンだった。
「ダン!サズマの剣になにかしたわね?」
「あああ、ジュステちゃん、そんなコワイ顔しないでよ。ちょっとの間封印しただけさぁ」
丸腰で十倍以上の兵力に囲まれては打つ手がない。わずかな手勢は既に打ち倒され、キャリオウも槍に囲まれ動けない。
「私が何とか脱出路を開きます。姫、キャリオウ君とご家族を連れて逃げてください」
「サズマ……」
血路を開く、といったからにはサズマは丸腰であっても脱出路を切り開いてみせるだろう。命と引き換えにして。しかし、これはジュステの見通しの甘さからきた失敗だ。彼一人を死なせるわけにも……
「ルパーオウさん、リュイリュンちゃん、あなたたちだけも逃げて……いない?」
傍らにいたはずの二人の姿がない!驚く暇もなく声が上から降ってきた。
「こっちだ!」
タン!頭上から大臣の背後に何かが降ってきた。驚いて振りかえりかけた大臣の首筋にたくましい腕が巻きついた。
「野蛮人ごときが少々無作法つかまつります、大臣閣下殿。皆様、剣をお捨て下さい」
慇懃by例な口調で喉を締め上げているのはルパーオウ。勢いで大臣を殺ってしまわないよう燃え上がる怒りを押さえていた。
「大丈夫、お兄ちゃん」
リュイリュンがキャリオウの側に立っていた。一瞬で兵の頭上を飛び越した、としか思えない移動距離だった。
「平気に決まってんだろ、一体何の騒ぎだよ」
騒ぎの中心でありながら事態を把握していないキャリオウはひとり腹を立てていた。
「説明は後だ。この島から、いやこの国から脱出する。そこの役立たず二人もついて来い」
ルパーオウとしてはジュステたちを見捨てたかったが、子供の前で薄情な真似はできない。
兵士たちは道をあけた。大臣が人質にされたから、と言うよりルパーオウの見ただけで心臓が止まりそうな眼光に恐れをなしたからだ。しかし従わない者が一人だけいた。
「あ、よ、よせぇ!道を開けろぉ!ダ、ダン、わしが殺されてもいいのかぁ!」
大臣が目を白黒させた。自分の生命を危うくしているのはこともあろうに自分の息子だ。
「お帰りには早すぎますよ。これからが見せ場なんですから」
恐れる様子もなく、また父親が人質にされているのも気にもせずダンは立ちはだかった。
「貴様は……もしや?」
「それ以上は喋らないでくださいね、僕の見せ場はまだ先なんですから」
ダンは手の平をルパーオウに向けた。呪文を唱えたり武器を出したわけではなかった。
「グワッ!?」
すさまじい激痛がルパーオウの脳を襲った。頭蓋骨の中をかき回されるような苦しみに耐えかねてルパーオウは大臣を放してしまった。
「今だ!賊を取り押さえろ。どうした?何をしておる」
大臣が解放されると同時に、兵はルパーオウを取り囲んだ。しかしそれっきり動かない。何かに驚き、おびえていた。何が起きたかと大臣も床の上でのた打ち回るルパーオウを見た。そして腰を抜かした。
「き、貴様……グウゥゥゥ。何をした?」
激痛に耐えながら声を絞り出したその顔、一面に鱗の浮かび上がった顔は人間の顔ではあり得なかった。
「僕は別に何もしていませんよ。この神殿を守る結界を作動させただけです……ドラゴンの命を削るよう細工した結界をね」
セリフの後半は他の者に聞かれないようにルパーオウの耳元でささやかれた。
「父ちゃん!リュイ?お前もか」
倒れかかったリュイリュンをキャリオウは支えた。彼女の腕にも真っ白な鱗が浮き上がってきた。
「何者なの?あなたたちは一体何者なの?」
ジュステの目にも驚きと、恐怖。多少変わった所のある一家、と思っていたものが実は人間でないことに気づいた時、心の奥底から押さえきれない感情が湧き上がってきた。
「後で説明するから、手を貸して。……そんなに恐がらないでよ。俺の家族なんだからさ、人間とは違うけど」
ひどく穏やかなキャリオウの声がジュステを冷静に戻した。少し悲しそうな笑顔だった。サズマが黙って肩を貸した。ジュステもハンカチでリュイリュンの額の汗を拭いた。
「リュイ、苦しいか」
「う……へ、へいきよ、このくらい」
「つらいだろうけど『風の防壁』を作ってくれ。小さな防壁でいい。後は俺が助けてやる」
キャリオウは白い歯を見せて笑った。
「……わかったわ」
スッと立ちあがったキャリオウは大臣を穏やかな目で見据えた。大臣はキャリオウから目をそらした。どうしてもまともに顔を見ることができなかった。顔をそむけたまま、荒荒しい声で怒鳴った。
「見よ、あやつらは人外の者どもと結託し、わが国に害を成さんと画策しておったのだ!奴らを逃がすな、殺しても構わん!」
「いや、生け捕りにしろ。絶対に殺すな」
殺気立つ大臣と、冷静なダンの命令が相反する形となった。そのために迅速に行動できたはずの兵の動きが戸惑いを見せた。それが小さなチャンスをキャリオウにもたらした。
「ジュステさん、サッちゃん」
「……何?リュイちゃん」
頭痛に耐えるリュイリュンの消えてしまいそうな声にジュステとサズマは顔を寄せた。
「私から離れないで。結界を張るから」
リュイリュンの口から奇妙な音が流れ出した。小鳥のさえずりのような鳴き声、というべきだろうか。リズムから察するに呪文の一種らしいが、人間には発音不可能な音声だ。
効果はすぐにあらわれた。彼らのまわりを一陣の風が吹いた。次々と吹き寄せる風は渦を巻き、唸りを上げるつむじ風となって彼ら三人を包んだ。
「風の結界?防御用の魔法らしいが」
サズマは不安になった。確かに、かなりの強風なので近づきにくくはなったが、それでも剣や槍をはね返せるほどではない。それに……
「まずい!キャリオウ君が取り残された!」
サズマが焦ったのも無理はなかった。小さな結界はキャリオウまで包みきれず、孤立させる結果になった。当然、兵士たちの矛先は全てキャリオウに向けられた。だが、当のキャリオウはスタート前のスポーツ選手のようにゆっくり呼吸を整えていた。
「ふん、お前らなんかなぁ。俺の一声でノックアウトしてやるぜ」
キャリオウの言葉にダンは素早く反応した。
「魔法を使う気だ!呪文を唱える時間を与えるな!」
この状況を打開できる攻撃方法として考えられるのは広範囲攻撃魔法、つまり半径十数メートル内を炎や雷で無差別に攻撃するタイプの魔法であろう。致死性の威力はないが、かわすのは難しい。だが、それも呪文を唱えきれれば、の話だ。この種の呪文は長いものが多く、兵士と戦いながら唱えきれるはずがなかった。兵士たちではキャリオウを倒せはしないだろうが、ダン自身が仕掛ける隙は十分にある。
「耳をふさいで、今すぐに!」
リュイリュンが喉から搾り出すような声で告げた。
「えっ、でも!」
「このままではキャリオウ君が!」
「急いで……」
衰弱しながらも結界を維持する少女の真剣な目に二人は耳をふさいだ。呪文など一語も唱える間もなく兵が殺到した。
ウォン!声、と思えなくもない轟音が響いた。風にも似た何かが兵の間を駆けぬけていった。ある者は手足に軽いショックを感じた。ある者は耳の中を風が駆けぬけたような気がした。ある者は体の内側に地震みたいな揺れを感じた。覚えているのはそこまでだった。
神殿内にいた全員が焦点のあわない目を限界まで見開き、半開きになった口から唾液をダラダラと流していた。一人がバタリと倒れ、二人、三人とそれに続いた。数秒後には全員が失神し、床の上に倒れることになった。
「ふう……片付いた。もう安心だぞ、リュイ」
気合を出し切ったキャリオウは一息ついた。全員が倒れる中で逆に立ちあがってきたのが三名。風の結界に守られていたジュステたちだけだった。その結界すら、今の一撃に耐えきったとたんに霧散してしまった。
「ううっ、凄い音でしたが何の魔法です?」
「あの結界は身を守るというより音を遮断するためのものだったのね」
攻撃の正体は音、それも聴覚破壊どころか空気振動で全身を揺さぶり、内臓と脳に直接ダメージを与える大音響だった。耳をふさいでも、防御結界なしでは耐えられるなかっただろう。
「魔法?魔法なんか俺使えないけど?」
「しかし、魔法以外にこんな威力のある……」
困惑するサズマの袖を引っ張った者がいた。まだ苦しげなリュイリュンであった。
「あれね、魔法じゃないの。ただの大声」
「大声……って」
「お兄ちゃんはね、島の大声自慢大会三年連続チャンピオンなの」
サズマとジュステは黙って顔を見合わせた。鱗のある住人が住む島で鼓膜破壊の大声自慢大会?この野生児は一体どんな環境で育ったというのか。
「人間じゃないのはわかったけど、一体……」
「あ、俺は普通の人間だよ」
「とても普通の人間には見えないわよ?」
「説明は後。今は父ちゃん連れて逃げよ……おおっ?」
「逃がさないぞ……」
倒れた兵士の中に一人だけ、立っている者がいた。大臣の息子・ダンだ。
「お前だけ、どうして動けるんだ?」
キャリオウは驚いた。致命傷を与える攻撃ではなかったが、何の防御策もなしに受けきれるはずがなかった。
「ここで逃げられてはこっちの計画が水の泡だ。貴様だけは絶対に捕らえる」
会話がかみ合っていないところを見ると、耳は全く聞こえないようだ。相当ダメージもあったようで足元もフラフラしていた。
「仕方ないな、強行突破だ」
腕まくりして構えようとしたキャリオウの手が止まった。キャリオウの手の甲に黒い菱形の文様が浮かび上がっていた。この文様は危険物の接近を色と数と大きさでを示す。それが手の甲全体に広がる大きさとくれば相当危険な敵にだ。キャリオウの手におえる相手ではない。
「マジ?さっきは何の反応もなかったのに」
「気づかれたか、結界のおかげで反応を消せたと思ったが。貴様のバカ声で結界にひずみできたようだ。だがもう隠す必要もないな」
ダンがニターリと笑った。普段のちょっと抜けた感じの遊び人の笑いではない。凶悪で獰猛な悪魔の笑みだ。
「お前、人間じゃなくて本当は魔物か……」
「我が大望の成就のために、生贄となってもらうぞ」
ダンが右手を突き出した。とっさに伏せたキャリオウたちの頭の上を何かが通過し、背後の壁にぶつかった。
ドォン!見えない何かの塊が壁に五つの大穴を開けた。
「チッ、外したか!」
足が震えてめまいもするおかげで、まともに照準を合わせられない。大声攻撃は思った以上に効いていた。
「だが、こちらの勝ちに変わりない。じきに外の兵士たちもやってくる」
ダンの言葉どおり、外の騒ぎはだんだん大きくなってきた。増援がくるのも時間の問題だ。
「観念してもらおうか」
ビタン!ダンは前のめりに転倒し派手な音を立てて顔面を打ちつけた。つまずいたわけではなかった。誰かが足首をつかんで引きずり倒したのだ。
「貴様、まだ意識があったのか!」
足をつかんだ相手はルパーオウだった。立ちあがれぬ程の苦痛にさいなまれながらも、目は闘志を失っていなかった。
「息子のバカ声には慣れておってな。キャリオウ、リュイリュンを連れて逃げろ!」
「でも、父ちゃんはどーすんだよ?」
「ふん、父を甘く見るでない。この程度の輩に遅れは取らんわ」
ルパーオウは片膝をついて身を起こした。苦痛など感じてもいないかのように、鋭い牙を見せてニヤリと笑う。
「カザン、来い!」
ダンの一声でドアが蹴り破られ、スキンヘッドの大男が飛び込んできた。ホテル襲撃犯の一人、魔物化された人間だ。
「カザン、そいつらを逃がすな!」
ダンに命じられるまま、カザンは無言で突進してきた。速い!ダッシュ力も大幅にパワーアップしたらしい。キャリオウは咄嗟に横っ飛びしてギリギリかわした、かに見えた。
「あ、イタァッ?!」
足に激痛が走りキャリオウはよろけた。膝のあたりから血が吹き出していた。足をとめたカザンがニタリと笑った。長く伸びた四本の牙は朱色に染まっていた。すれ違いざまにキャリオウの足に噛みついたのだ。
カザンは再び攻撃体勢に入った。四つんばいになり、全身をしならせテキャリオウをはね飛ばすべく慎重に狙いをつけている。対するキャリオウは足の出血を押さえるのが精一杯だ。身動き一つ満足にできないルパーオウは歯噛みした。目の前で息子が危機におちいってるというのに。
「キャ、キャリオウ……」
カザンがスタートを切った。一秒とかからずにトップスピードに達し、床石を踏み砕きながらキャリオウに迫る。
「キャリオウ、キャリオウ!」
それでもルパーオウは息子の名を呼ぶことしかできない。
「キャリオウゥゥゥゥゥウウウウォォォォォッ!」
ルパーオウの声が途中から咆哮に転じた。同時に体が膨れ、ねじくれた。身につけていた服が弾けて溶けるように消え、濃緑色の鱗が全身をおおった。長く伸びた尻尾がカザンを弾き飛ばし、広げた翼の羽ばたきが兵たちを吹き飛ばした。
ウオゥゥゥッ!一声吼えるだけで神殿は猛烈に揺れ、壁が崩れ天井が落ちてきた。
「ド、ドラゴン?」
ジュステは完全に正体を見せたルパーオウの姿に腰を抜かした。ドラゴンなど目にすることもない謎の生き物くらいにしか考えたことがなかった。
「本物だ。しかも生きてる!」
サズマもつい興奮した。騎士にとってドラゴンは特別な意味を持つ。敵に回せば最悪だが、味方につけば最強のパートナー、天空を駆け一国の全軍をも凌ぐ竜騎士となれる。歴史に名を残す竜騎士たちの偉業に憧れぬ者などいない。
「に、逃げろ、キャリオウ。リュイリュンを連れて、早く。ここは、私が防ぐ」
「でも、父ちゃんが!」
「早くしろ!」
キャリオウは悔しそうな顔をしたが、ルパーオウに背を向けてダッシュした。半ば意識を失ってグッタリしたリュイリュンを肩に担いだ。
「……逃げるしかないのか」
うつむいてキャリオウはそう言った。高位の魔物相手では勝ち目は全くない。キャリオウ一人なら徹底抗戦もできようが、リュイリュンはなんとしても助けなければならない。
「しかし、逃げると言っても……」
サズマは神殿内を見まわしたが隠れられる場所はないし、騒ぎに乗じて外に出ても大軍と遭遇するのは明らかだ。
「あそこはどうだ?」
キャリオウの前、祭壇の後ろの壁にそれはあった。青銅製と思われる錆びた小さな扉が。
「馬鹿な?あんなところに扉なんて」
サズマは目をこすった、しかし扉は確かにそこにあった。ジュステも首をかしげた。この神殿は何度か来たことがある。しかし祭壇の後ろは白壁で、第一その向こう側は……。
「行くよ!」
キャリオウはリュイリュンを肩に、左手でジュステを、右手でサズマを抱えた。
「ちょ、ちょっと、何すんのよ!」
「キャ、キャリオウ君?」
三人を抱えているとは思えぬ跳躍力でキャリオウは床を蹴った。祭壇を楽々と飛び越え、扉を蹴り開けようと足を突き出した。しかし蹴りは必要なかった。扉は自ら開き、一塊になった四人を内側に歓迎した。
「追わせはしない!」
後を追おうとしたダンの前に床から炎が吹き上がった。炎に包まれかけて慌てて飛び下がったダンの前に巨大なドラゴンが陣取っていた。その周囲からは灼熱の炎が噴出し、壁となって行く手をさえぎった。
「手遅れか……」
いまいましげにダンは祭壇を見た。祭壇の後ろの壁は崩れずに残ったが、そこには青銅の扉などなかった。
「まあいいか、こちらには人質がいるから。いや、竜質というべきかな」
炎の壁で身を守るルパーオウを見てダンは歪んだ微笑を浮かべた。あの愚か者どもはこのドラゴンを助けるために戻ってくる。それをゆっくり待てばいい。
真紅のマントに身を包み、フードを目深にかぶった男は城門の前に立った。何本もの大木を組み合わせた扉は男の巨体をもってしても見上げるほど高い。
「十二年ぶりか。この城門も燃え落ちたと聞いたが昔と変わらんな。元通りに復元してくれたとは、成金大臣に感謝すべきか」
「すまんが、感慨にふける暇はなさそうじゃぞ」
のんびり城門を見上げる男の背後で声をかける者がいた。男の後をついてきた女が二人、一人は情報屋の老婆・グレム。もう一人は透けるような銀髪と白い肌の美女だった。声をかけたのはグレムの方で、銀髪の女は無表情で黙ったままだった。
「怪しい奴め!」
「それ以上近づくな!」
男は槍を突きつける門番たちを一瞥したが、興味は感じなかったようでまた城門を見上げた。
「おい、貴様!」
「何者だ!」
「何者だ、か。名前は……今はグロッグと名乗っている」
その名を聞いたとたんに門番たちの顔に驚きが走った。
「大盗賊グロッグか?」
それには答えず、グロッグはいきなり槍の穂先を二本まとめて素手でつかんだ。そのまま腕を振り上げると門番二人の体が軽々と持ちあがった。足をばたつかせながら門番たちはグロッグの頭上を通過し、後ろに投げ捨てられた。背中を地面に打ちつけて動けなくなった彼らには無関心にグロッグは扉に向かった。
マントの下でカチリと音がして、赤い光がグロッグの右腕のあたりから飛び出した。光が城門に触れた瞬間、爆発が起き城門は木っ端微塵に吹っ飛んだ。何事かと城門に殺到する衛兵たちの前にグロッグは悠然と進み出た。
「王妃様をお迎えにあがった!邪魔をする者には容赦せんから、覚悟を決めてこい」
「お、王妃様!」
「まあ、何事ですか。そんなに慌てて」
血相を変えてきた衛兵を優しい微笑みで迎えた王妃。城内が大騒ぎなのは知っているはずなのだが、かなり天然なところがある王妃様だ。
「一大事です!城内に侵入者が!」
「まあ、大変」
「グロッグと名乗る危険な盗賊の一味です!一刻も早く避難を」
「あらあら、そうだったの?でも、避難する暇はないと思うのですけど」
「何をおっしゃいます!王妃様の身に……」
「だって、ほら。噂の大盗賊さんがあなたの後ろに」
「えっ?」
衛兵は後頭部に軽い衝撃を感じた、と思ったら意識が飛んだ。足もとに倒れた衛兵をグロッグは脇に寝かせなおし、王妃の前に進んで膝をついて一礼した。
「お久しぶりでございます。ただいま戻りました」
「本当に久しぶりね。二度と会えないかと思っていたわ」
「それも我が未熟がゆえ。申し訳ありません」
王妃はこの盗賊と面識があるようだった、それも単なる顔見知りではない。まるで古い友人のようだ。王妃は前へ進み、グロッグの側に来た。
「ずっと待っていましたよ。あなたは私と陛下の一番の理解者なのですから」
グロッグは言葉を返さなかった。ただ、黙って一度だけうなずいただけだ。
「ところでこの方たちはどなたですか?」
人懐こい笑顔で王妃は聞いた。後ろについてきた二人は王妃は初めて見る顔だった。
「あたしゃグレムっていう情報屋だよ。で、こっちが」
「初めまして、クイリュンと申す者です。この国に来ているはずの夫と娘と……」
そこでクイリュンと名乗る女性は口ごもった。何か遠慮しているようにも見えた。
「夫と娘を捜しております。神殿の島へ向かったとのことですが地理に不案内なもので」
「場所は私が存じております。私も向かいたいのですが船がなくて」
王妃の言葉にクイリュンは静かにうなずいた。
「承知しました。私がお連れしましょう。案内をお願いします」
直後に、街の上空を飛ぶ白竜の姿が目撃された。その背に人影を見たという者もいたが、誰が乗っていたかまではわからなかった。




