第三話「飼い慣らせない夜」3
第三章 黒き居候
「アトラちゃんはモノじゃありません!」
ルカ・ノクスの声が、無機質な実験室に響き渡った。 彼女は、防弾ガラスに両手をつき、睨みつけるように鷹宮 恒一を見据えていた。 その瞳は、いつもの穏やかさとは違う、母熊のような怒りに燃えている。
「あんな冷たいカプセルに閉じ込めるなんて……私が許しません! 彼は、心を持った生き物なんです!」
「し、しかし……」
鷹宮がたじろぐ。 科学的合理性で言えば、危険物は厳重に管理されるべきだ。それが自我を持っていようといまいと、リスクは変わらない。 むしろ、知能がある分だけ脱走や反逆の可能性が高まる。
「私が管理します!」
ルカは、力強く宣言した。
「私の《黎明の恩寵》なら、万が一の暴走も止められます! ……それに、彼もそれを望んでいます」
ルカが振り返ると、ケージの中のアトラ=ウンブラが、ガラスにへばりつくようにしてルカの方を見ていた。 その不定形の身体の一部が、ルカの手のひらに重なる位置に伸びている。
『……ええ。私も、この太陽のそばが良い』
アトラの思念が、全員の脳裏に響く。その声色は、先ほどまでの哲学的な響きを潜め、甘えるような響きを帯びていた。
『あそこの冷たい水槽は……どうも肌に合いそうにありませんから』
アトラが示したのは、部屋の隅にある巨大な保管用タンクだった。 ホルマリン漬けの標本のようにされる自分を想像し、彼は身震いするように波打った。
「……だ、そうよ?」
キリコ(九十九霧狐)が、腕組みをして醍醐 京一を見た。
「どうする? 無理やり閉じ込めれば、アトラは敵に回るわよ。……黒胎の能力を持った知性体が、本気で暴れたらどうなるか。一番よく知ってるのは貴方でしょう?」
それは、かつて暴走したオズシュタイン博士を知るダイゴへの、痛烈な皮肉だった。 力で抑えつければ、必ず反動が来る。共生への道を選ぶか、破滅のリスクを背負うか。
ダイゴは、アトラを見つめ、そしてルカを見つめた。科学者としての義務と、人間としての良心。その天秤が揺れる。
「……ふぅ」
長い沈黙の後、ダイゴは眼鏡を外し、疲れたように息を吐いた。
「……仕方あるまい」
ダイゴが折れた。
「鷹宮君。……彼の管理コードを書き換えろ。『保管』から『監視付き自由行動』へ」
「し、しかし先生!」
「私が責任を持つ。……それに、彼女の言う通りだ。彼には、我々にはない『心』のゆらぎがある。それを観察することこそが、真の研究だろう」
ダイゴは、ルカに向き直り、真剣な眼差しで告げた。
「いいかね、ルカ君。……これは賭けだ」
「黒胎の探知と回収は、引き続き『黒狐便』に一任する。その代わり、アトラの管理責任は君たちにある。……もし彼が人を襲ったら、私が引導を渡す」
それは、甘やかしではない。命を預けるという、重い契約。
「ええ。……その時は、私が斬るわ」
キリコが請け負う。 彼女の瞳に、迷いはない。 家族を守るためなら、鬼にもなる。それが黒狐便の流儀だ。
「……ありがとうございます、ダイゴ先生!」
ルカが深く頭を下げる。ガラス越しに、アトラもまた、紳士のように一礼した。
こうして、アトラ=ウンブラは正式に黒狐便の「一員(ペット枠)」として迎え入れられることになった。身元引受人はルカ・ノクス。職業、黒胎探知レーダー兼マスコット。
数時間後。 研究所を後にした一行は、黒塗りのワンボックスカーで帰路についていた。 東帝都の夜景が、窓の外を流れていく。
「よかったね、アトラ!」
後部座席で、ルカがアトラを抱きしめていた。 アトラは、質量を圧縮し、黒い子犬ほどのサイズに変身している。 ルカの膝の上で、彼は満更でもなさそうにプルプルと震え、甘えるような思念波を出している。
『……暖かい。ここは、いい場所です』
「……また食い扶持が増えやがった」
隣に座るジン(夜刃迅)が、深い溜息をついた。
「あいつ、何食うんだ? ……ドッグフードでいいのか?」
「馬鹿ね。黒胎よ? ……魔力か、あるいは感情エネルギーかしら」
助手席の沈 黒燼が、面白そうに笑う。
「愛よ、愛。……ルカちゃんの愛さえあれば、当分はお腹いっぱいなんじゃない?」
「……ケッ。胸焼けしそうだぜ」
ジンは悪態をつきながらも、その表情は柔らかかった。騒がしくて、危険で、でも温かい。 これが、今の彼らの日常だ。
平和な日常に戻ったかに見えた黒狐便。 だが、その平穏を破る「白い嵐」が、すぐそこまで迫っていた。
数日後。 降りしきる雨の中。白い帽子を被った一人の少女が、事務所の錆びついたドアを叩くことになる。 それは、これから始まる新たな運命のノックだった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




