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リコリス・モノクローム・ガーデン  作者: ネオもろこし
黒白の神鏡(モノクローム・ミラー)編

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第二話「湖畔の黒き哲学者」1

第一章 凍れる銀世界


 世界から色彩が剥落していた。 視界を埋め尽くすのは、暴力的なまでの白、白、白。 天地の境界さえ曖昧にする猛吹雪(ブリザード)が、皇国の最北端、氷海道(ヒョウカイドウ)の原生林を蹂躙している。


 その極寒の地獄を、一台の鉄塊が切り裂いて進んでいた。皇立魔科学研究所が手配した、軍用雪上車。キャタピラが凍土を噛み砕き、唸りを上げるエンジン音が、風雪の咆哮にかき消されていく。 車内は暖房が効いているはずだが、窓ガラスから滲み入る冷気は、乗員たちの肌を容赦なく刺した。


「……ッ、寒いわね。私の肌には合わないわ」


 後部座席で、分厚い毛皮のファーコートに身を包んだ沈 黒燼(シェン・ヘイジン)が、不満げに紫煙を吐き出した。 彼女が愛用する紙巻きたばこの火だけが、この蒼白い世界における唯一の暖色だった。 大陸の乾いた風と、戦場の熱気の中で生きてきた彼女にとって、この湿った冷気は、生理的な拒絶反応を引き起こす異界そのものだ。 彼女はコートの襟をかき合わせ、まるで冬眠を妨げられた蛇のように目を細める。


「空気が澄みすぎていて、肺が痛い。……これじゃあ、血の巡りまで凍りつきそうよ」


「そうですか? 空気、澄んでて美味しいですよ!」


 対照的に、隣に座るルカ・ノクスは、窓ガラスに顔を押し付けるようにして外を眺めていた。 彼女の吐く息がガラスを白く曇らせるが、彼女はそれを袖で拭い、目を輝かせ続ける。 彼女の故郷、セプティマ・ザイオンも乾燥地帯だったが、これほどの雪を見るのは初めてだった。純粋な好奇心が、恐怖や寒さを上回っている。


「見てください、シェンさん! 木が、氷の彫刻みたいです!」


「……元気ねえ、光の乙女は。若さかしら」


 シェンは呆れたように肩をすくめ、運転席と助手席の背もたれに視線を移した。


「ねぇ、あとどれくらいなの? ……この揺れる冷蔵庫の中に閉じ込められて、もう四時間よ」


「文句言うなよ。……これでも最短ルートだ」


 助手席で、ジン(夜刃迅)が低い声で答えた。彼は荷台のスペースに背を預け、愛用のサバイバルナイフをオイルストーンで研いでいる。 シュッ、シュッ、という規則的な音が、雪上車の駆動音に混じって響く。その表情は、ルカのように景色を楽しむ余裕も、シェンのように不満を漏らす弛緩もなかった。 張り詰めた弦のような、極度の緊張感。


「油断すんなよ、ルカ。……相手は『黒(ブラック・オリジナル)胎(・シン)』だ」


 ジンは、研ぎ澄まされた刃先を光にかざし、その冷たい輝きを見つめた。


「ただの運び屋の仕事じゃねえ。……あれは、世界を食い荒らす『呪い』そのものだ」


 彼の脳裏には、数ヶ月前の記憶が焼き付いている。 アークステイツ連邦の地下深くで見た、科学者を取り込み、巨大な魔王へと変貌した黒い泥。 そして、次元を超えて帰還する際、その種を――『黒胎』を、あちら側の平和な世界へと落としてしまったという、消えない罪悪感。


「あっちの世界に落としちまったケジメもつけられてねえってのに……。こっちの世界でも湧いて出やがったか」


 今回発見された反応が、10年前の災厄の残滓なのか、それとも新たな脅威なのかは分からない。だが、放置すればどうなるか、彼らは誰よりもよく知っている。


「前回のような暴走事故が起きれば、この島ごと沈む可能性だってある。……ピクニック気分じゃ、死ぬぞ」


 ジンの言葉には、自分自身への戒めが込められていた。 二度と、取りこぼさない。 二度と、見誤らない。 その覚悟が、彼の黒い瞳を暗く燃え上がらせている。


「わかっています。……でも」


 ルカは、窓から視線を外し、優しく微笑んだ。


「ジンさんがいてくれるから、私は怖くありません。……それに、キリコさんも」


「……調子がいいんだから」


 ハンドルを握るキリコ(九十九霧狐)が、バックミラー越しに苦笑した。 彼女の銀髪はフードの下に隠されているが、その狐耳は周囲の音――風の音、雪の音、そして遠くから響く「異質な波長」を拾い続けていた。


「もう少しよ。……研究所のデータ通りなら、この峠を越えた先にカルデラがあるはず」


 キリコがアクセルを踏み込む。雪上車が急勾配の雪道を登りきる。


 その瞬間。


 ふっ、と風が止んだ。視界を塞いでいた猛吹雪が、嘘のように晴れ渡った。


「……着いたわ」


 キリコが車を停止させる。四人の目の前に広がっていたのは、息を呑むような絶景だった。


 巨大なカルデラ湖――洞環湖(ドウカンコ)。


 すり鉢状の地形の底に、満々と水をたたえた湖が広がっている。雲が切れ、頭上には凍てつくような満月が輝いていた。 月光を反射した湖面は、巨大な鏡のように磨き上げられ、周囲の雪山を逆さに映し出している。風はなく、波ひとつ立たない。 完全な静寂の世界。だが、その美しさの中に、たった一点だけ、許されざる「異物」が存在していた。


「……あれか」


 ジンが呟く。 湖の中央に浮かぶ、小さな島――中ノ島。 月光が降り注ぐ湖面の中で、その島だけが、光を拒絶するかのように不自然な闇に包まれていた。 影が濃いのではない。 そこにある「何か」が、周囲の光子を貪欲に飲み込んでいるのだ。


「……反応あり。あそこよ」


 キリコが車を降り、冷気の中で両手を組んだ。 人差し指と親指で作る、四角い窓。


『千里眼(狐の窓)』。


 彼女がその窓から島を覗き込むと、物理的な風景が反転し、霊的な情報の奔流が視界に飛び込んでくる。 通常の『黒胎』であれば、周囲の土地を無差別に侵食し、木々を枯らし、動物を異形の怪物に変え、ドス黒い瘴気を撒き散らしているはずだ。 それは、制御不能な癌細胞のようなものだからだ。


 だが。


「……変ね」


 キリコの声に、戸惑いが混じる。


「どうした? ……数が多すぎるのか?」


「いいえ、逆よ」


 キリコは、狐の窓を解かずに島を凝視し続けた。


「静かすぎるの」


 そこには、破壊の跡も、浸食の兆候もなかった。 木々は枯れず、雪の下で静かに呼吸をしている。 湖の水も濁っていない。 ただ、島の中心にある岩場に、巨大な高密度のエネルギー体が「在る」だけ。 それは、暴れるでもなく、広がるでもなく、ただじっとそこに鎮座していた。 まるで、瞑想する哲学者のように。


「……罠か?」


 ジンがナイフを構える。


「わからない。でも……この静寂は、逆に気味が悪いわ」


 キリコは窓を解き、仲間たちを振り返った。


「行こう。……近づいてみないと、正体は掴めない」


 一行は、湖畔に用意されていたボート乗り場へと向かった。 研究所が手配した小型のモーターボート。 エンジンをかけると、静寂を破る駆動音が響き渡った。


「私が先頭に立つ。……ルカは真ん中。シェンは後方を警戒して」


「了解。……寒中水泳は御免よ」


 四人はボートに乗り込み、音もなく湖面を滑り出した。月光に照らされた水面を切り裂き、黒い影が待つ孤島へと近づいていく。 水深数百メートル。底の見えない湖の冷たさが、船底を通して伝わってくる。


「……来るぞ」


 ジンが呟く。 島が近づくにつれて、肌を刺すようなプレッシャーが強まっていく。殺気ではない。もっと重く、純粋な「存在感」の圧力。


 ボートが岸に乗り上げる。ザザッ、という音と共に、彼らは「中ノ島」の大地を踏みしめた。 そこは、世界の理から切り離された、黒と銀の聖域だった。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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