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リコリス・モノクローム・ガーデン  作者: ネオもろこし
黒白の神鏡(モノクローム・ミラー)編

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第一話「仁義なき宅配便」3

第三章 届いた想い


 ヤクザたちの包囲を突破し、キリコ(九十九霧狐)たちは地下倉庫へと辿り着いた。 埃とカビの臭いが充満する、薄暗いコンクリートの空間。 その片隅に、ボロボロの毛布にくるまり、小刻みに震えている少女がいた。


 サクラ。 依頼主・タカシの妹。彼女は、兄が殺される瞬間を目撃して以来、心を閉ざし、恐怖の牢獄の中に閉じ込められていた。


「……お兄ちゃん?」


 足音に気づいたサクラが、怯えたように顔を上げる。 その瞳は、誰も信じられないという絶望に染まっていた。彼女には、兄の姿は見えていない。 彼女が見ているのは、自分を助けに来た見知らぬ四人の「大人たち」だけだ。


「サクラ……! サクラ、無事か!?」


 タカシの霊体が、妹の元へ駆け寄る。彼は必死に妹の肩を抱こうとするが、その手は虚しくすり抜ける。 声も届かない。体温も伝わらない。 死者と生者の断絶。


「……キリコ」


 ジン(夜刃迅)が、キリコに視線を送る。 言葉はいらない。 ここからは、「運び屋」の領分だ。


 キリコは静かにサクラの前にしゃがみ込み、タカシの方を見た。


「……伝えるわよ。貴方の言葉」


 キリコは、パーカーのフードを脱ぎ、銀髪を露わにした。そして、タカシの手を――霊体の手を、しっかりと握りしめた。


「サクラちゃん」


 キリコが優しく呼びかける。


「お兄さんから、伝言を預かっているの」


「え……?」


 サクラが目を見開く。


「お兄ちゃんは……死んだのよ。目の前で……」


「ええ。……でも、魂はここにいる」


 キリコは、タカシの言葉を、自分の口を通して紡ぎ始めた。それは単なる代弁ではない。タカシの感情、後悔、そして妹への溢れんばかりの愛情を、霊媒として同調(シンクロ)させ、言葉に乗せる儀式。


『サクラ。……怖かったな。ごめんな』


 キリコの口調が変わる。 少年のような、少しぶっきらぼうで、けれど温かい響き。


『僕はいつも、お前のそばにいるよ。……姿は見えなくても、ずっと見守ってる。だから……』


 キリコの手が、サクラの頭に触れた。 そこには、タカシの魂の温もりが宿っていた。


『泣かないで。……お前が笑ってないと、僕も安心して行けないだろ?』


「……お兄、ちゃん?」


 サクラの瞳から、涙が溢れ出した。恐怖の涙ではない。 兄の存在を感じ取った、安堵と哀惜の涙。


「お兄ちゃん……! ごめんなさい……! 私のせいで……!」


『馬鹿。お前のせいじゃない。……僕は、お前を守れて良かったと思ってるよ』


 目に見えない兄の手が、妹の頭を優しく撫でる感覚。 それは幻覚かもしれない。 だが、サクラにとっては、何よりも確かな真実だった。


 サクラは涙を拭い、強く頷いた。


「……うん。わかった。……私、生きるよ。お兄ちゃんの分も」


「……ありがとう、運び屋さん」


 タカシの霊体が、満足げに微笑んだ。 未練という名の鎖が解け、彼の身体が光の粒子となって分解されていく。


「達者でな、坊主」


 ジンが短く告げる。光は天井をすり抜け、夜空へと昇っていった。成仏。 魂の配達完了。


 その後、警察が突入し、『赤蛇会』の残党は一網打尽にされた。サクラは保護され、親戚の元へ引き取られることになった。彼女の手には、タカシが最期に遺したプレゼント――『黒百合症候群(くろゆりシンドローム)』のライブチケットが握りしめられていた。


 夕暮れ時。 仕事を終えた四人は、不死川の土手を並んで歩いていた。雨上がりの風が心地よい。 空には、一番星が輝き始めていた。


「……いい仕事だったな」


 ジンが、缶コーヒーを開けて呟く。荒事の後の一服は格別だ。


「ええ。……報酬は安かったけどね」


 キリコが苦笑する。 今回の報酬は、タカシがへそくりを隠していた場所の地図(中身は数千円)と、サクラからの「ありがとう」という言葉だけ。 経費を差し引けば赤字だ。


「私……この場所が好きです」


 ルカが、空を見上げて言った。彼女の顔には、煤汚れがついているが、その表情は晴れやかだった。


「誰かの『想い』を繋げる、この仕事が。……とっても、素敵だなって」


「……ま、退屈しのぎにはなったわね」


 シェンも、まんざらでもなさそうに煙草を吹かした。彼女の直刀は、すでに綺麗に手入れされ、鞘に納まっている。


「さあ、帰ってご飯にしましょう! 今夜はカレーです!」


「おお、いいな! 肉多めで頼むぜ!」


 平和な日常。 泥だらけで、貧乏で、けれど確かな絆がある場所。 彼らは、自分たちの「居場所」を守り抜いたのだ。


 だが。


 その平和の裏で、世界は静かに、しかし確実に軋み始めていた。


 事務所に戻った彼らを待っていたのは、着信ランプが点滅する通信機だった。 発信元は、皇立魔科学研究所。政府公認の「表の運び屋」としてのホットラインだ。


「……はい、黒狐便です」


 キリコが受話器を取る。 相手は、鷹宮 恒一(たかみや こういち)だった。 その声は、いつもの冷静さを欠き、緊迫していた。


『キリコ君か。緊急の回収依頼だ。……北の地・氷海道(ヒョウカイドウ)の湖で、高エネルギー反応を検知した』


「反応?」


『解析の結果……波長パターンは、間違いなく『黒(ブラック・オリジナル)胎(・シン)』だ』


 鷹宮は、忌まわしい名を口にした。10年前の災厄の日に世界中にばら撒かれ、今なお各地で稀に発見される負の遺産。 触れた生物を変異させ、周囲を浸食する危険物質。


 キリコの表情が引き締まる。 ジンが、鋭い視線を向ける。


『だが……妙なんだ』


 鷹宮の声が、低くなる。


『規模は過去最大級だ。普通なら、周辺地域はすでに汚染され、壊滅していてもおかしくない。……なのに、被害報告が一切ない』


「どういうこと?」


『エネルギーが……「凪いで」いるんだ。まるで、そこでじっと何かを待っているかのように、静まり返っている。……こんな黒胎は初めてだ』


 未知の反応。暴走するはずの怪物が、沈黙している。それは、嵐の前の静けさか、それとも――。


『放置すれば何が起きるか分からない。……解析不能の「特異点」だ。至急、回収に向かってほしい』


「……了解したわ。すぐに向かう」


 キリコは受話器を置き、仲間たちを振り返った。その瞳には、単なる仕事以上の、予感めいた光が宿っていた。


「カレーはお預けよ。……北へ飛ぶわ」


「へっ。……退屈しないねえ」


 ジンがニヤリと笑い、ライダースを羽織り直す。新たな依頼。 奇妙な「静寂」を纏った黒胎。それが、これから続く長い旅の始まりだとは、まだ誰も知らなかった。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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