#04-01-15
ティガカーツに見捨てられたイェルサスは、展望室で一人寂しく前方の宇宙空間を眺めていた。そこには満開の桜林を思わせるような、薄紅色のガス星雲が美しく広がっている。
そんなイェルサスの背中に、ターダルの「こちらにおいででしたか、若殿」という声が掛かる。振り返るイェルサスの視界には、ターダルとティガカーツ、それに途中で合流したコーゼス=キルバラッサと、ヨランダ=オークボランがいた。ティガカーツは無表情だが、ほかの三人の表情は強張っている。
「や、やぁ…」
僅かに口ごもりながら右手を軽く挙げるイェルサス。すると突然ターダルとコーゼス、ヨランダが三人揃って「申し訳ございません!」と声を張り、大きく頭を下げた。これにイェルサスはビクリと肩を震わせて、「ななな、なに!?」と困惑気味に尋ねる。
「いえ。コイツがまたまた、若殿にとんだ無礼を働いたとかで、謝罪に参りました次第です!」
イェルサスの一歳上となる十六歳のコーゼスが、ティガカーツの背中を平手で突いて押し出す。「ほら、あんたも謝りなさい!」と、強い口調で告げるのは十八歳のヨランダだ。ただティガカーツは「なんで?」と、不服そうにヨランダに振り向くだけである。この態度に我慢できず、怒鳴り声を上げるターダル。
「“なんで”じゃない! 若殿に暴言を吐いて置き去りにするとは、不敬の極みだという事ぐらい、いくら変人のおまえでも分かるだろうが!」
ターダルの剣幕に、ティガカーツは近い方の耳を指で塞いで、迷惑そうに見返すだけ。むしろイェルサスの方が、申し訳なさげな顔で止めに入る。
「あ、あの…僕は別に―――」
しかしターダルの説教は止まらない。ティガカーツの胸を指さして滔々と、言葉を並べ始める。
「いいだろう。この際だから言ってやる。おまえはだいたい、普段から不真面目過ぎだ。自分勝手で他人には興味なし。実機で初陣にも出ていないくせに、パイロットの腕は天才的だと自惚れ、世の中の何もかもを知っているような冷めた態度。不遜で傲岸、子供のくせに世の中を舐め過ぎだ」
これには流石に苛立ったのか、「わかったよ!」と煩わしそうに応じたティガカーツは、ターダルの指さす手を自分の手ではたいて、言葉を続けた。
「謝ればいいんでしょ!」
そう言ってイェルサスに一瞬振り向いたティガカーツだが、すぐにターダル達に向き直って、珍しく真面目な口調で問い掛ける。
「謝る前に訊くんだけどさぁ。みんな彼…若殿様か、まぁいいや。若殿様をどうさせたいわけ?」
「どうさせたいだと!? それは無論、若殿様が望まれる事を叶えられるよう、お支えするのが家臣の務め…」
ターダルがそう言いかけるとティガカーツは、肩を揺らせるほど深い溜息を吐いて遮り、意見した。
「あのさぁ。それで沢山のパイロットが死んじゃっても、いいわけ?」
これを聞き、訝しげな顔をするヨランダとコーゼス。
「どういうこと?」
「何が言いたいんだ?」
「ハッキリ言って、若殿様にパイロットの才能は全くない! BSIはもちろん、ASGULでだってまともに戦えないさ。でもそれでも若殿様がパイロットになりたいって言ったりしたら、忠義一本鎗のみんなは押し切られるでしょ。そうなる前に、きつく言ってでも諦めさせなきゃ、将来的に誰のためにもならないよ!」
「む…」たじろぐタルーザ。
「その顔、タルーザも分かってるんでしょ。本当は若殿に、パイロットをさせちゃいけないって!?」
ティガカーツが考えていた本心は、周囲の気遣い(おだて)に乗せられたイェルサスが、いっぱしのパイロット気取りで才能も無いままBSIユニットに乗り、戦場に出て欲しくないということであった。
無論、主君がBSIユニットで戦場に出るのは、友軍の戦意高揚に効果がある。しかし戦場である以上、いつ何が起こるか分からないのもまた事実だ。万が一にも敵BSI部隊の接近を許した場合、主君自身にパイロットの操縦技術が無いと、それを庇うために、多くの兵が命を落とす事になりかねず、下手をすれば主君自身すら、討ち取られてしまう可能性も高めとなる。ティガカーツとしてはイェルサス自身のためにも、そのような危険な芽は今のうちに摘んでおきたかったのだ。
ティガカーツが腹の内を吐露すると、三人は多少気持ちを落ち着けたようであったが、それでもヨランダは文句を言わずにはいられない。
「だったら!…いえ、そうじゃなくても、相手は若殿様なのよ。もう少し口の利き方ってものがあるでしょうに!」
「………」
その辺りは、人格的にあまり触れられたくない部分なのか、ティガカーツは押し黙ってヨランダを睨む。するとここで、主役の一人であるはずが、空気になってしまっていたイェルサスの声が響いた。
「あっ、あのみんな! まぁいいじゃないか。僕もティガカーツにハッキリ言われて、納得したから。こっ…ここは僕に免じて、これ以上の諍いは止めて欲しい」
主君の言葉とあらば、ターダル達も引き下がらないわけにはいかず、「若殿様がそう仰せになるのでしたら…」と、頭を下げた。
▶#16につづく




