#04-01-13
ティガカーツ=ホーンダートが、イェルサス=トクルガルと初めて逢ったのは、今から約11年前に遡る皇国暦1555年11月の、ある寒い日であった。
ミ・ガーワ宙域首都星系ミ・ガーワの第二惑星ヴァルネーダ。トクルガル家の本拠地オルガザルキ城は、今にも雪に変わりそうな冷たい雨の中に、堅牢そうな威容を浮かび上がらせている。
城の敷地内にある将官用シャトルポートには、三十名ほどの人間が雨を凌げる場所で、鉛色の空を見上げていた。その三分の二ほどはトクルガル家の家臣で、残りはイマーガラ家の武官達だ。
人待ち顔の彼等に混じり、叔父に連れられて立っていたのが、この時まだ十二歳だった、ティガカーツ=ホーンダートである。
やがて重そうな雲を突き抜け、イマーガラ軍の将官用シャトルが、速度を落としながら降下して来た。雲のカーテンの向こう、衛星軌道上に並んだイマーガラ軍第3艦隊の旗艦、『スティルベート』から発進したものだ。
両家の家臣と武官達が見守る前で、シャトルはランディングデッキに着陸する。その様子をティガカーツは、無表情で眺めていた。到着したシャトルのアイドリング音が小さくなると、デッキの片隅に待機していた、六基の重力子プローブが宙に浮き上がって、シャトルのハッチに向かって行く。そしてハッチの前に並んだ六基は、指向性の反転重力子を薄い膜状に展開した。すると降りしきる雨が、反転重力子の幕の上で弾かれてゆき、雨の無いトンネルを出現させると、少しの間を置いてハッチが開く。
「お帰りになられたぞ…」
「おお。ようやく…」
ティガカーツの周囲で、トクルガル家の家臣達から呟きが漏れる。隣に立つ叔父のタルーザからも、「イェルサス様…」という声が聞こえた。その声に叔父の顔を一瞬見上げたティガカーツは、叔父の視線の先に眼を遣る。そこには開いたシャトルのハッチから出て来た一団が、歩いて来ようとしていた。僅かに胸を反らせて先頭を来るのはイマーガラ家の重臣、第3艦隊の女性司令官シェイヤ=サヒナンだ。
そしてそのあとをついて来るのが―――
「あれがウチの新しい当主?」
不安げな表情と共に背中を丸め、左右に眼を向けながら歩を進める、自分と同年代の少年…それが新たなトクルガル家当主、イェルサス=トクルガルであった。その姿から感じた頼りなさげな印象を、ティガカーツは平坦な口調で続けた。
「なんか…大丈夫かなぁ」
当時十五歳であったイェルサスは、この数日前までオ・ワーリ宙域星大名ウォーダ一族の傍流、ナグヤ=ウォーダ家で人質としての二年間を過ごしていた。味方の裏切りに遭い、敵対していたナグヤ=ウォーダ家へ送られたのである。
しかしこの年、皇国暦1555年の夏に、イェルサスの実父でミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の当主ヘルダータが、新興宗教イーゴン教の教徒に殺害されるという事件が発生。イェルサス以外に嫡男もクローン猶子もいないトクルガル家は、一瞬で後継者問題に晒された。
これに対し、トクルガル家の後ろ盾であったトーミ/スルガルム宙域星大名、イマーガラ家の筆頭家老セッサーラ=タンゲンは、イェルサスをウォーダ家から取り戻し、トクルガル家の新当主に据える事を企図。先立つ戦いでイマーガラ家が捕虜にしていた、ナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラスのクローン猶子で、ノヴァルナの義理の兄にあたる、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダとの交換を行ったのであった。
そして今日、人質交換で返されたイェルサスが、シェイヤ=サヒナン指揮下のイマーガラ家第3艦隊によって、ヴァルネーダに戻って来た。それはティガカーツの叔父タルーザ達、主君を失ったトクルガル家重臣達の、新たな心のよりどころとして期待されていたものだ。
イェルサスを連れたシェイヤ=サヒナンらが、出迎えの一団と合流すると、ティガカーツのいる前で、トクルガル家の筆頭家老テュガル=サークルツが、シェイヤと幾つかの言葉を交わし、何度か頭を下げたあと、イェルサスに向き直って声を掛けた。
「よくぞお帰り頂きました、イェルサス様。皆、喜んでおりまする」
「う…うん」
躊躇いがちに二度、三度とイェルサスが頷くと、テュガルの周りに控えていた、他の重臣達が次々に声を掛け始める。
「大きくなられましたなぁ!」
「私を覚えておいででしょうか?」
「益々お父上に、似てこられましたな」
「家臣一同、この日を待っておりましたぞ!」
これにイェルサスは戸惑いを隠せないまま、ふくよかな顔に愛想笑いを貼り付けて、一々返事していた。
「えっ…うん…あっ…どっ、ども…そそそ、そう…」
引き攣った愛想笑いに、こめかみを流れる冷や汗…そんなイェルサスの様子を見て、ティガカーツは思っていた事を、つい口に出して告げる。
「きみ…そんなので、大丈夫なの?」
これにポカンと口を開けて、「えっ?」と反応するイェルサス。一方で周りのトクルガル家の家臣達は頓狂な声を上げた。
「ぅえええええええーーーー!!??」
こうして叔父のタルーザから、無礼な振舞いを散々叱りつけられ、ティガカーツのイェルサスとの初対面は終わった。
それでも新たな主君イェルサスを迎え、トクルガル家は再びミ・ガーワ宙域星大名の道を、歩む事になるはずであったのだ。
ところが翌日、事態は急変する―――
ティガカーツも含め、オルガザルキ城の玉座の間に家臣達が集まり、イェルサスの公式の言葉を皆で聴こうとしていたところで、玉座の傍らに立つシェイヤが先に発言。トクルガル家の後ろ盾となっているイマーガラ家が、トーミ宙域の本拠地たるスーン・プーラス城でイェルサスを養育すると、突然通告して来たのである。
「イェルサス様をイマーガラ家へですと!!?? なぜそのような!!??」
重臣の一人、オークボランが声を荒げる。それに対しシェイヤは、極めて事務的な口調で応じた。
「イェルサス殿を我がイマーガラ家で、星大名に相応しいお方になって頂くための教育を施すのです。いわば留学と…お考え下さい」
「そのような事、御家の手を煩わさずとも、我等でお教え奉る!」
と言ったのは、同じく筆頭家老のサークルツだ。しかしシェイヤは冷めた目で言葉を返す。
「我がイマーガラ家は星帥皇室の流れを汲む血筋、礼儀作法、武人の心得、全てにおいて土豪上がりの御家とは比べるべくもありません。イェルサス殿をより大成させたいのであれば、どちらを選択すべきかは瞭然たるものでしょう」
「うぬ!…」
聞き捨てならん!…と叫びそうになる重臣達。するとイェルサスはそんな重臣達を制するように、不意にシェイヤに尋ねた。
「いつ、向かわなければならないのですか?」
そう言うイェルサスの凛とした口調は、これまでの頼りなげな口調とは一線を画すもので、ティガカーツも珍しく眼を見張る。
「イェルサス殿の家督継承の儀を、終えられてからにございます」
シェイヤは立場上、上になるイェルサスに対しては恭しい態度で応える。イェルサスは小さく頷いて「わかりました」ときっぱり返した。
「イェルサス様…」
と一様にうなだれる重臣達。せっかくウォーダ家から取り戻せたというのに、今度はイマーガラ家の人質も同然だからである。だがしかし、若輩であっても主君が了承してしまえば、納得せざるを得ない。
そしてこのやり取りを眺めていたティガカーツは、イェルサスが見せた態度の急変を、興味深く感じていたのであった………
▶#14につづく




