#04--01-12
ティガカーツの『カヅノーVC』が、タ・クェルダ軍のパイロット達にとって、悪夢と化している間にも、戦場全体の時間は流れている。
小惑星帯出口に陣取り、タ・クェルダ軍艦隊と砲撃戦を行っていた、トクルガル軍第8艦隊司令官のダルケス=オークボランは、敵の動きから、主君イェルサスの本陣艦隊の追撃を諦めたものと判断。自分達も撤収のタイミングを、見計らい始めていた。殿軍と言っても、戦場に残って敵を引き付け続け、全滅するまで戦うものではないからだ。
バルバ艦隊からのビームが飛んで来る中、主砲を撃ち返している第8艦隊旗艦の艦橋で、ダルケスはBSI機動戦参謀からの報告を聞いていた。
「ナイトの第一部隊の損耗率が、四十パーセントに迫っています。限界かと」
参謀の言葉にダルケスは、司令官席で腕組みをして頷く。
「地上戦力で言えば、“全滅”と“壊滅”の間か…」
軍事の世界では戦闘によって、部隊に属する兵士の30パーセントが損耗した場合を“全滅”、50パーセントを損耗した場合を“壊滅”。そして100パーセントとなった場合を、“殲滅”と呼称する。損耗率30パーセントで“全滅”とは、些か大袈裟な感じもするが、それだけ戦闘力を失い、立て直しも難しくなるという事を意味していた。ティガカーツの第二部隊に先行した、ベルナルス=ナイトのBSI部隊も激戦で、“全滅”以上の損害を出している。
ここが引き際と考え、機動戦参謀と通信参謀に命じるダルケス。
「よし。本艦隊の目的は達したと判断する。撤収だ。BSI部隊にも帰還指示を」
「かしこまりました」
二人の参謀が、通信科オペレーター席へ向かうのを見たダルケスは、一方で大きな溜息をついた。自分達の乗る艦隊はともかくBSI部隊…特に、敵が次々と戦力を差し向けている、ティガカーツの部隊が撤収する事は、困難を極めるに違いないからである。
「宙雷戦隊をホーンダート隊の、撤収の援護に向かわせますか?」
ダルケスの考え込む表情から、懸念を読み取った艦隊参謀が提案する。だがダルケスはこれには首を左右に振った。
「いや。彼等が戦っているのは、小惑星の密度の高いエリアだ。いくら小回りの利く軽巡や駆逐艦でも、動きが制限されて、かえってホーンダート隊の足手まといになりかねん―――」
そう言って、心苦しげに付け加える。
「ここはホーンダート隊が、自力で撤収してくれる事に賭けよう…」
同じ頃、戦場となっているヒゴット・ザッカー星系の、反対側の外縁部に到達したトクルガル軍本陣艦隊は、統制DFドライヴの準備に入っている。
DFドライヴはたとえ単艦であっても、超空間転移による大規模な次元震を起こして、重力勾配による歪みを発生させるため、それが収まるまでの時間は、同じ場所で次のDFドライヴを行うのは危険となる。重力バランスが不安定な状態で超空間転移を行うと、設定した位置とは大きく違う所へ転移する可能性が、非常に高くなるからで、最悪の場合は次元の狭間に囚われ、帰還出来なくなる場合もあった。
そのため今回のようなケースでトクルガル軍は、星系最外縁部の複数個所に、重力勾配の相互影響を受けないだけの距離を置いた、統制DFドライヴポイントを設け、順次撤退させる方式を採用していた。艦列が乱れ、脱落艦も出て来る撤退戦では、比較的一般的な方式である。
「第1艦隊各艦、統制DFドライヴ所定位置への移動急げ」
麾下の各艦へ督促するオペレーターの声を聞き流し、イェルサス=トクルガルは外部ビュアーが映す、ヒゴット・ザッカー星系の主恒星を見詰めた。この若者が司令官席に座るトクルガル軍総旗艦の『ショウカク』は、すでに位置につき、いつでもDFドライヴが行える状態となっている。ただ統制DFドライヴにおいては、艦隊旗艦がデータリンクによって、指揮下の感全てのDFドライヴを制御しているため、まだ発動できないでいるのだ。
艦橋内で立ったまま主恒星の弱々しい光を見詰め、ふくよかな丸顔に心配そうな表情を浮かべたイェルサスに、参謀長が報告を持って来る。
「殿軍を務める第8艦隊が、撤収行動に入ったようです」
それを聞いて、僅かに愁眉を開くイェルサス。司令官ダルケスの判断は、正しいと感じたからであった。しかしまだ懸念が残る。情報ではタ・クェルダ軍の追撃部隊はどうやら、こちらを追うのを諦めはしたが、その代わりティガカーツ=ホーンダートを討ち取る事に、作戦目標を切り替えたようであるからだ。
「ティガカーツ…生きて還ってくれよ」
声に出して呟くイェルサス。タ・クェルダ家のバルバ=バルヴァが評した通り、ティガカーツ=ホーンダートの戦死は、トクルガル軍全体の士気に大きく影響するだろうからだ。もちろん、悪い方に…である。今やティガカーツとその乗機『カヅノーVC』は、トクルガル軍の“負けない象徴”にまで昇華されていたのだ。
そのティガカーツのもとへ、母艦部隊であるトクルガル軍第8艦隊から、撤収指示が届く。BSI部隊全機に対する指示であり、敵に傍受される事も考慮して、音声連絡ではなく暗号文送信だった。コクピットを包む全周囲モニターの正面やや左上に、赤い文字で暗号内容が表示、ゆっくりと点滅し始める。
“第8艦隊BSI部隊は全機戦闘を終了し、指定の合流・回収ポイントまで、各自撤収せよ…か―――”
右も左も上も下も敵の『シラヌイ』だらけの中で、ティガカーツはモニターの表示文を読み取った。そこへ急接近して来る量産型『シラヌイ』。これに対して、傍らに浮いていた小さな小惑星を『カヅノーVC』に蹴り飛ばさせ、敵が回避したところを超電磁ライフルで狙い撃つ。その間にもティガカーツは、合流・回収ポイントを確認する。それはこのヒゴット・ザッカー星系の、第一惑星公転軌道上に設定されていた。これに内心で頷いて呟くティガカーツ。
「なるほど…」
第8艦隊司令官ダルケス=オークボランの意図は明白だ。第一惑星の公転軌道上でBSI部隊を回収したのち、この星系の主恒星に向かい、その重力場を使ってのスイング・バイで通常以上の加速度を獲得。星系最外縁部の統制DFドライヴポイントに向かうつもりだろう。選択としては正しい撤退戦術である。
「でもなぁ―――」
そう独り言ちて、ティガカーツは操縦桿を引く。口調と裏腹の鋭い動きだ。急角度で上昇した『カヅノーVC』の脇を、タ・クェルダ軍の銃弾が通過して行った。機体をスクロールさせながら、反撃の銃弾を放つ『カヅノーVC』。これを受けた敵機の爆発光にヘルメットを照らされ、ティガカーツは言葉を続ける。
「もう…行けるかどうか、分かんないや」
珍しく苦笑いを浮かべるティガカーツ。それに加えて、些か弱気な発言も珍しいのであるが、それもそのはずで『カヅノーVC』の、エネルギー残量に不安があったのだ。ここまでのティガカーツはすでに、六十機以上の敵BSIユニットを撃破しており、節約しながらとはいえ、流石に対消滅反応炉用の液体水素/液化反転水素が、尽き始めていたのだ。
それにティガカーツだけでなく彼の所属する第二BSI部隊。そして同僚であるベルナルス=ナイトの第一BSI部隊には、すでにかなりの損失機が出ている。さらにタ・クェルダ軍の追撃艦隊の阻止に向かった、一部のBSI部隊の動向も、現在では不明となっていた。
“僕の忠義も、ここで売り尽くしセールかな…”
冗談めかして内心で呟いたティガカーツは、波のように押し寄せて来る『シラヌイ』の群れを前に、イェルサスと出逢った頃を思い出した―――
▶#13につづく




