第九話:特別な魔法を
「ただいま戻りました! 今日は奮発して食料品を買ってきたので、豪勢な食事を作りますよ!」
夕暮れよりも、少しだけ早い頃合い。珍しくいつもより早く帰宅したノーナが、家中に響き渡るような声量で叫んだ。
庭仕事を終えて、居間で水を飲んでいたレヴィンは、怪訝そうな表情でノーナのほうへと振り返る。ノーナは嬉しそうに両手に提げた袋を上下させて、レヴィンに見せつけた。
「まさかの臨時収入をもらったので、早めに上がって市場に寄ってきたんです。いろんな物を買い込んできましたよ~!」
ノーナがテーブルの上に袋の中身を広げていく。様々な部位の肉、たくさんの卵、高級そうな香辛料。そして、特に丁寧に取り出したのは、二人分のケーキだった。
普段の食事からレヴィンの反応を観察していたノーナは、生菓子のような甘いものも無理なく食べられる……むしろ好物だとにらんで購入した。もちろん、自分自身が食べたかったから、という理由が一番なのだが。
まるで奇妙なものでも見るかのように、レヴィンがまじまじとケーキを観察する。
ノーナの頑張りと支援金のおかげで、そこまで困窮した生活をしているわけではない。それでも、ここまで贅沢な買い物をしたことは一度もなかったはずだ。
エプロンをしたノーナからの指示が出る前に、レヴィンは台所に立って支度を整える。
「レヴィン様はすっかり料理が上手になりましたね」
「ノーナも盛り付けが綺麗になった」
「あはは……一人だと適当でも気にならなかったので」
「料理をするようになったおかげか、幼い頃にこうして母と一緒に台所に立っていたことを思い出した」
ノーナはコンロに視線を向けながらも神妙な面持ちで、コクリと静かにうなずいた。
(私たちは家族ではないけれど……心の拠り所として、あるいは保護観察役として……うまく役割を果たせているのかな)
こんなふうに、レヴィンの口から彼の家族についての話題が出るのは稀なことだった。それくらい穏やかな気分なのか、心を許しているのか、何にせよノーナにとっては嬉しい変化だ。
昨日までのものと比べればかなり豪勢な食事を終えて、満を持してケーキを取り出そうかと、ノーナが席を立った瞬間。不意にレヴィンが「前から思っていたことだけど」と、話を切り出した。
「僕たち、同い年なんだろう? いい加減、敬語と様付けはやめてほしい」
ポカンと口を開けて、ノーナの思考が停止する。その惚けた反応を見て、レヴィンが不満げに「聞こえた?」と追い打ちをかける。
「そ、それもそうですね……あ、えっと、そうだね?」
「名前も」
「うぐっ! ……れ、レヴィン」
ためらうことすら許されないような雰囲気に、ノーナは身をすくませながらも声を張り上げる。
推しに対して恐れ多い、などと本音を口にしようものなら、レヴィンの冷ややかな視線が容赦なく飛んでくるだろう。そもそも、レヴィンからの頼みを、断れるはずがない。
ノーナはぎこちない動きで二人分のケーキを運び、どうにか席についた。対するレヴィンはいたって冷静な表情で、初めてのケーキを堪能しているようだ。
柔らかな口溶けのチョコレートを食べながら、ノーナが困ったように微笑む。
レヴィンはいつもどおり落ち着いているのに、自分ばかり慌てふためいているのは、今さらながら気恥ずかしくて……少しだけ切ない。ノーナはうつむいて紅茶を飲み込んだ。
ふと、ノーナが椅子の背もたれに体重を預けると、ポケットのなかで異物が転がった感覚があった。それで何かを思い出したのか、「あ、そうだ」と声を上げて身を乗り出す。
「今だから聞ける話なんだけど……以前、教団が使っていた謳い文句、神にも等しい力――レヴィンには、本当に『運命』が視えるの?」
ケーキを食べ終えてくつろいでいたレヴィンが、あからさまに嫌そうな表情で返事をした。
「そんなわけないだろう。僕は『感覚的に魔力が視認できる』だけだ。色や形……硬いとか柔らかいとか、普通の人よりも多くの情報を読み取れる。……それを運命だなんだと大層な呼び方にして、人を集めていたんだろう」
ここまで踏み込んだ話題を出して、真面目に答えてくれるようになるとは。以前のレヴィンでは考えられないことだ。
その素直すぎる反応に、ノーナは内心でほくそ笑む。そして、手のひらサイズの無色透明な鉱石をポケットから取り出して、レヴィンに問いかける。
「これ、綺麗な宝石かと思って買ったんだけど……妙に安いと思ったら、日用雑貨なんだって。お店の人は、魔力を封入して使うものだって言ってたけど、私の微弱な魔力だと反応が鈍いんだよね」
ノーナから差し出された魔封石を、レヴィンがそっと手に取る。
「あぁ、知っている。これは『魔封石』だ。教団でも使っていた」
そのまま魔封石を凝視していたかと思えば、どうやら魔法を使ったらしい。透明だった魔封石が次第に青みを帯びて、宝石――アクアマリンのような色に変わっていく。
「わっ……すごい! レヴィンの瞳の色と一緒!」
魔封石ではなくレヴィンを凝視していたノーナは、感嘆しきりだった。普段は深い水底のような青の瞳が、魔法を使ったときだけ明るい水色になっていたのだ。
「使用例として、試しに僕の魔力を入れ込んだ。……こんなものでも、普段の礼になるのなら、好きに使ってくれ」
興奮気味に目を輝かせているノーナに向かって、レヴィンが視線をそらしながら魔封石を渡してくる。
「ひえぇ……貴重品だぁ! ありがとうございます、家宝にします!」
「また敬語になってる」
「え? あ……つい、癖で……ふへへ」
水色に輝く魔封石を大事そうに両手で包んで、ノーナは顔をほころばせた。
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小さな街は夜のとばりに包まれて、点々と並んだ外灯に明かりがともる。今日の仕事は、夕方から営業の飲食店――その調理場にて、ノーナは一心不乱に皿洗いをしていた。
そんなノーナの後方、ホールから顔をのぞかせた老齢の男性が、威勢のいい声を掛けてくる。
かくしゃくとした男性、もとい店主は、少しでも休憩を取るようにとノーナに伝えると、すぐにホールに戻ってしまった。
根を詰めて働くのは悪い癖だ。自覚はあるくせに、自分ではなおせそうにない。ノーナは濡れた手を布巾で拭いて、部屋の隅に置かれた小さな椅子に腰掛ける。
「ふぅ……レヴィンの魔法、綺麗だったなぁ」
あの日以来、ノーナはレヴィンの魔力が入った魔封石を、お守りのように持ち歩いていた。しかも、こうして隙あらば懐から取り出して、ニヤニヤと頬を緩ませるのが日課になりつつあった。
しかし、そうやって無防備に自分の世界にひたっていたせいで、ノーナは誰かが近寄ってきている気配に気づけなかった。
「ほー、こりゃ珍しいな。高純度の魔封石じゃないか。しかも、見たことない色合いだ。……ノーナ、これをどこで手に入れたんだ?」
見た目は軽薄そうな若い男性――同僚のカイルが、ノーナの背後からその手元にある魔封石をのぞき込んだ。意外にも造詣が深いのか、カイルは目ざとく魔封石、そこに入った強い魔力に気がついたようだ。
カイルは返答を聞く前から、ぐいぐいとノーナに接近してくる。焦るノーナは急いで身を引いて、魔封石を懐に隠した。直感的に、彼に目を付けられるのは危険な気がしたからだ。
「これは……知り合いからもらったんです」
「……もしかして、知り合いっていうのは、良い仲の人とか?」
「まさか! そんな仲じゃないですよ!」
顔を赤らめて必死に答えるノーナを見て、カイルは目を細めてくすりと笑う。
彼とは何度か同じタイミングで仕事をしたことはあったが、積極的に話しかけてくるタイプではないと思っていた。そうやってノーナが対応に苦慮していると、どこからともなく、店主から鋭い注意が飛んできた。
「――カイル! お前は無駄話してないで、さっさと動く! ノーナもいちいち相手にしなくていいから!」
「へーい」
「はいぃ!」
ようやくカイルがノーナから離れて、ホールへと移動する。すると、カイルと入れ替わるように、店主がすっとノーナのそばに来て耳打ちをする。
「ノーナにまでこんなこと話したくはないんだが……カイルは金にだらしないところがあってな。ここで働くことになったのも、本人曰く『賭け事で全財産を擦った』からなんだそうだ」
目を丸くしたノーナが、店主の顔を見つめる。店主はしかめっ面で溜息まじりに肩を落とした。
「真面目に働いてくれさえしたら、それだけでいいんだけどよ。どうにも、ゴロツキみたいな奴らとつるんでたって話も耳にしたからなぁ……雇い主としては悩ましいところよ」
店主による忠告は、ずばり「カイルに気を許すな」ということだろう。特に金が絡むと厄介、ということでもある。金に関してはノーナ自身も大差ない気もするが、店主の気遣いはありがたく受け取ろう。
以降、ノーナは魔封石を他人がいる場では取り出さないよう、心に強く誓ったのであった。
予想外な出来事ではあったが、魔封石が第三者の目に触れたことで、ノーナはようやく理解した。
レヴィンの能力には価値がある――すなわち、いらぬ誤解や危険を引き寄せる可能性がある、ということを。
とはいえ、それを理解したところで自分ひとりで対処できるわけがない。魔封石を見つめながら、ノーナは悩んだ。推しから貰った宝物を、不吉なアイテムにはしたくない。
「ちゃんと調査をしてもらったほうがいいよね……」
ひとり決意を胸にしたノーナは、手にした魔封石を小箱にしまい込んだ。




