第五話:快適な住まいのご提案
「この一年で急成長した私に、ドーンと任せてください!」
あの衝撃の依頼を受けた後、ノーナはしばらく一人で呆然としていた。しかし、ロレインから何度か声を掛けられて、ようやく現実として受け入れられるようになったところだ。
推しに弱気な姿は見せられない。彼のためにも自分のためにも、全力で事に当たろう。そう高らかに叫んで自分自身を鼓舞するノーナは、勢いそのままに同居のための準備に取りかかった。
何はともかく、買い物だ。無駄に行動意欲みなぎるノーナは、レヴィンのために家具を取り揃えようと、意気揚々といくつもの店を見て回った。
しかし、どんなに格安で家具を集めたところで、置き場がなければ意味がない。さすがに、今のままの生活環境では窮屈すぎる。
ノーナは少しばかりの補助金と支援金を受け取り、それを元手にしてより広い家へと移り住むことに決めた。
そして、ようやく見つけた条件が合う住まいは、牧歌的な風景が残っている隣の小さな街、その外れにあった大きな納屋を改築したという、年季の入った一軒家だ。立地的に住宅街というわけでもなく、ご近所さんも見当たらない。かろうじて街の外れ、という微妙な位置にあった。
もっと上等な一軒家を探すことも一時は考えたものの、ノーナの稼ぎで維持していくにはこの程度で丁度いい、という判断に落ち着いたようだ。
住宅の相談ついでに、ロレインからは隣街での新しい仕事も紹介してもらった。昼は宿屋の手伝い、夜は飲食店の手伝いだ。
結局、都会的な街からは遠ざかってしまったが、そんなことは大して気にならない。真の問題は住まいについてではなく、別のところにあった。
「……あのぅ。居心地はどうですか、レヴィン様」
手もみしたノーナが硬い笑みを浮かべ、おずおずと口を開く。
「寒くはないですか? それとも暑い? もし欲しいものがあれば、入手できるかはともかく、探してみますので……」
ノーナにとっての最重要問題……それは、レヴィンとの距離の取り方だ。元現人神と元信者のやり取りは、一方的かつぎこちない。
案の定、レヴィンは不機嫌そうに顔を背けて、「なにもいらない」とだけ答えた。対するノーナも粗相があってはいけないと、緊張しっぱなしだ。返事を貰えただけマシと、どうにか気持ちを切り替えるしかない。
こうしてギクシャクしているように見えて、ノーナはレヴィンの世話を焼くことをまったく苦だと思っていない。
夢にまで見た推しが目の前にいるのだ。願ってもない幸運、眼福だ。まさか、一緒に暮らすことになるとは、夢にも思わなかったが。
備え付けられた柱時計からボーンという大きな音がして、広々とした部屋にむなしく響き渡る。テーブルを挟んで向かい合って座っているが、お互いの心は遠く離れたところにあるようだ。
喫茶店で再会したときはまともに見られなかったので、ノーナは新居に来て早々、レヴィンをじっと観察していた。
教団にいた頃と比べて血色は良くなり、暗い灰色の髪はノーナと同じか少し短くなっていた。相変わらずその目だけは濁っていて、陰気な雰囲気は出会った頃から変わっていない。それでも、ノーナにとっては何もかもが新鮮でまぶしい。
内心では、聞きたいことが山ほどある。けれど、それらを次々と投げかけたとしても、今のレヴィンの様子を見るに、素直に答えてくれるとは思えない。ノーナの緊張と恥ずかしさも相まって、普通に交流できるかどうかも怪しい。
しかし、それではロレインに顔向けできない。ロレインはノーナに「レヴィンの居場所を提供してほしい」と言っていた。
その言葉の真意は「レヴィンを人間の生活に馴染ませる」ためだということを、すでにノーナは理解している。だからこそ、彼に境遇と年齢が近い、かつ絶対に彼に害を与えない自分が抜擢されたのだろう、とも。
ここで事を急いて、うっとうしがられてもショックだ。そんな状況になったりでもしたら、もう立ち直れそうにない。
そう考えたノーナは、できるだけレヴィンから意識をそらそうと、自分の仕事……新しい土地や職場に関する情報紙をテーブルに広げた。
それがレヴィンの目には不思議なものに映ったのか、しばらくすると彼のほうから話しかけてきた。
「――君は、僕の新しい監視役?」
「……はっ! レヴィン様から話しかけられた!?」
ノーナの肩が跳ねて、手にしていた地図がぐしゃりと折り曲がった。
「どうにも、僕のことをよく知っている様子だけど、誰?」
「申し遅れました、私はノーナ……って教団で会ったときのこと、覚えてませんか?」
「ん? ……あぁ、思い出した。儀式のときの、鼻血の人?」
ひどすぎる呼び名と絵面が飛び出してきたが、どんな形であれ推しの記憶に残っていたのは嬉しい。しかも、会話らしい会話を初めて交わせた。
ノーナは目を閉じて、ひっそりと歓喜にひたっていた。それをレヴィンが怪訝そうに見つめる。少し間をおいて我に返ったノーナは首を左右に振って、ようやく続きを語り出す。
「何を隠そう、私もレヴィン様と同じ元教団関係者なのです。そして今は、レヴィン様の支援者の一人です。どうぞ、気兼ねなくノーナと呼んでください」
「……ふーん、そう。わかった」
素っ気ない返事にもノーナは大げさにうなずいて、できるだけ自然な微笑みを浮かべた。
(ふふ……その憂鬱そうな声も態度も、全部が素敵!)
うっかり気を抜いてしまうと、ニヤニヤと不気味に口角が上がっていくのだ。
そのあとのレヴィンは、ノーナが机に広げた紙の山を、黙って見つめていた。
元々、素養があったものの、改めて更生保護施設で再教育を受けたレヴィンは、日常会話や文字の読み書きは問題なくできるらしい。人形よばわりされていた以前の彼を知るノーナからすれば、驚きの進歩だった。
少しずつでもいいから、彼と交流したい。ノーナが意を決して、一枚の紙をレヴィンに差し出す。周辺地域の地図だ。見ておいて損はないだろう。
しかし、レヴィンは一瞥してから、ふいと席を立ってしまった。そして、ノーナの声掛けを無視して、自分の部屋に引っ込んでしまった。レヴィンの姿が見えなくなってから、ノーナはがっくりと肩を落とした。
なお、それなりの工事費を捻出して、個々の部屋はすべて鍵付きのドアに改良してもらったので、プライバシーは保たれている……はず。
依然として、レヴィンの口数は少ない。まるで自分にとって必要な言葉しか、発する気がないようだ。
とはいえ、そんなことでノーナはへこたれない。むしろ、これから新たな日常が始まるのだと思えば、じわじわと多幸感と高揚感が湧いてくる。
「大丈夫! レヴィン様がいれば、私はもっと頑張れる!」
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レヴィンには、知識はあっても経験がない。そんな彼にとって、同居人であるノーナが家の中で忙しそうに動いているのは、興味深い行動に見えるようだ。
ノーナが夕食の準備をしていたところ、その熱と匂いに刺激されたのか、のっそりと部屋から出てきて、少し離れたところでじっとノーナを観察する。
観察対象であるノーナは、驚いて身じろぎしながらも、慣れた手つきで野菜を切っては大きな鍋に放り込んだ。
レヴィンは人慣れしていない野生動物に似ていて、不用意に声を掛けて距離を詰めようとすれば、一目散に逃げ出しそうだ。ノーナは彼に背を向けながらも、大きな音を立てないようにゆっくりとした動作で食器をテーブルに並べていく。
「正直、料理が得意なわけではないんですけど……よければ、一緒に食べませんか?」
出来上がった野菜炒めを皿に盛り付けながら、ノーナがようやくレヴィンに話しかける。対するレヴィンは黙ってうなずいて、椅子に座る。その反応を見て、ノーナは内心でガッツポーズを作った。
レヴィンは小食のようだが、一応はノーナの料理を食べてくれるようなので、ほっと胸をなで下ろす。
料理はともかく、掃除や洗濯といった家事については、少しずつ教えていくことにしよう。食器を洗いながら、ノーナは今後への期待に胸を膨らませていった。
――次の日の朝、ノーナは忙しそうに外出の支度をしていた。その物音で目が覚めたのか、部屋から出てきたレヴィンが、ノーナの姿を見てポツリと呟く。
「どこかに行くのか」
レヴィンのほうから声を掛けてくるとは珍しい。地味なドレスに白いエプロンを着けたノーナは、目を丸くしながらもにっこりと上機嫌に微笑む。
「はい。街での仕事、宿屋のお手伝いに行ってきます。夕方には帰ってくる予定なので、留守番お願いします。……あ、この家にあるものは、自由に使ってくれていいですからね」
この生活を維持するために、ノーナは二つの仕事を掛け持ちしている。自分でも大変なこととは承知しているが、それでも以前の一人暮らしよりも、不思議と活気が湧いてくる。
そんな屈託のない笑顔を向けられて、レヴィンはまぶしそうに目を細めて視線をそらした。
バタン、と玄関の薄っぺらいドアが閉まる。あんなにも忙しく動き回り、レヴィンのことを気にかけていた少女は、意外にもあっさりと家を出た。
急に静寂が訪れた室内で、レヴィンは深く長い溜息をついた。
「あぁ……やっと静かになった」
その言葉とは裏腹に、レヴィンの表情は晴れない。
耳鳴りがしそうなほど静寂で、一人の時間。これがいつもの日常だ。だというのに、胸がざわつく。
一人になったレヴィンは肩をすくめて歩き、またしても自室に閉じこもってしまった。今までそうしてきたように、同じように過ごすだけだ、と。




