第十五話:変わらないもの
「……どうして、僕がいる場所がわかったんだ?」
少しずつ気分が落ち着いてきたのか、レヴィンは不安げに視線をさまよわせながらも、震える声でノーナに話しかけた。
その言葉を待ち構えていたように、ノーナがいそいそと懐から魔封石と一本の切り花を取り出してみせた。
「これを使って、私もレヴィンの力――『魔力を視認する能力』と『似た魔力同士を手繰り寄せる能力』を利用したんだ」
それは魔力を使い切って、色が透明に戻りかけている魔封石と、レヴィンの魔力に似ていると言っていた黒斑のある花だった。レヴィンの魔力を追うために、ノーナが自宅の庭で採ってきたのだろう。強く握りしめていたせいで、切り花はぐったりと萎れている。
もちろん、レヴィンはどちらにも見覚えがあった。特に魔封石のほうは、てっきりロレインに渡してしまったと思い込んでいたので、こうしてノーナの手元にあるということに衝撃と気まずさを感じてしまう。レヴィンは思わず口ごもり、視線をそらした。
レヴィンが持つ特別な能力には、「魔力を視認する能力」の他にもう一つ……「似た魔力同士を手繰り寄せる能力」があった。
捜査機関による精密検査、その報告書を読んだことで、レヴィンの秘密を知ったノーナは、咄嗟にこの能力を利用して、レヴィンを探しだそうと考えたのだ。
無論、一人で突撃しようなどという無謀な行動はしない……というよりも、もっと確実な方法を取りたかった。ノーナはすぐさまロレインのところへ向かい、事情を説明して協力を取り付けたのだ。
調査官としてのカンが働いたのか、ロレインはレヴィン失踪の裏に逃走中の元幹部――セリーヌの存在があるとすぐに察した。そのおかげで、捜査機関の実働部隊に働きかけて、武装した警備員を数人ながら配置することができた。
そして、各々の狙いは見事に的中した。ノーナの魔封石によるナビゲートと、警備員たちによる挟み撃ちによって、難なくセリーヌの捕縛に成功したうえに、無事にレヴィンを発見できたのだから。
ノーナは無言のまま、隣でしょんぼりと肩を落としているレヴィンの横顔をのぞき見る。抱き起こした際にフードが外れ、灰色の髪の隙間からは濃い青色の瞳が不安げに揺れている。
以前、空の魔封石に魔法を入れたとき、瞳の色が青から水色へと変化していたのは、レヴィンが二つの能力を発揮していたからだったのかと、ノーナは今さらながら合点がいった。それと同時に、彼をとてもいとおしいと思う、少しこそばゆい気持ちもこみ上げてくる。
すっかり気落ちしている様子のレヴィンは、日が傾きはじめた空を気だるそうに仰いだ。
「この能力がある限り、僕の周りにいる人は不幸になる。だから、ノーナは僕から離れて、もっと豊かな生活を送って……他の誰かと一緒になったほうがいい」
人を思うがゆえに、人を遠ざける。そんな相反する感情――普遍的な葛藤に苦しむレヴィンの言動を見て、ノーナの目は悲しそうにしぼんだ。
正直なところ、魔封石によって実際に力を行使したうえで、ノーナには「似た魔力同士を手繰り寄せる能力」の効果がよくわからなかった。所詮は一時的な、借りものの力だったこともあるが、今もまだ半信半疑だ。
とはいえ、それはノーナにとっては些末なことだった。規格外のレヴィンの能力を把握したうえで、ノーナの意思は一貫している。
衣服の汚れも気にせず地面に座ったノーナは、そわそわと両手を組んで膝を抱えた。
「私はレヴィンにより良い環境――『居場所』を作らなきゃって、そればっかり考えていた。でも、全力で頑張ってるつもりなのに、うまくいかないことも多くて、焦って疲れて……どこかで間違えてしまったのかもね」
ノーナはいつもレヴィンのために行動してきたつもりだった。しかし、それはただの押しつけ、あるいは独りよがりな空回りだったのかもしれない。
こうしてレヴィンが離れていったという状況は、少なからず自分にも非があったのではないかと、柄にもなく落ち込んでしまう。ノーナが自嘲気味に笑うと、なぜかレヴィンが怒りをにじませた表情で、言葉を紡ぐ。
「……それは違う。たしかに、僕は静かで落ち着ける場所がほしいと思っていた。だが、心から求めていた『居場所』は――ノーナ、君の隣だったんだ」
初めこそためらいがちな口調だったが、やがて覚悟を決めたのか居住まいを正し、真っ直ぐにノーナを見つめた。レヴィンの眼差しから迷いは消えて、いつの間にか生気も戻っていた。
ズキン、とノーナの心臓が大きく跳ねた。全身が硬直して、呼吸を忘れるほどの驚きだった。やや遅れて理解が追いついてきたようで、苦しいほどに動悸が速まり、顔に熱が集まっていく。
そんな状態であっても、ノーナも懸命にレヴィンを見つめ返した。今こそ、本心を口にするべきだと思ったからだ。ノーナは「それじゃあ、私も白状するけど」と前置きしてから、とつとつと語り出す。
「私にとって唯一の『居場所』は、レヴィン――貴方だった。……貴方の隣にいるために、私は一生懸命に働いていたの」
そう呟いたノーナの目が潤んで、温かい涙が頬を伝った。とめどなく感情があふれ出てきて、肩と声が震える。それでもノーナは涙を拭い、笑みを浮かべて言葉を続ける。
「私には圧倒的な魔力も、潤沢な資産もない。だから、いつかレヴィンを不幸にしてしまうんじゃないかって、ずっと怖かった。でも、今になって思えば、私もレヴィンも……お互いの不安について打ち明けるべきだったんだね」
レヴィンが穏やかに笑い、力強くうなずく。夕空を見上げてノーナはこぼれそうになる涙を抑えた。それから、レヴィンを見据えた。
「まだ、不安がすべて消えたわけじゃないけど……これだけは断言できる。初めて会ったときから、私はずっとレヴィンのことが好き。大好き。もちろん、今だって同じ気持ちだよ」
そこまで言って緊張の糸が切れたのか、ノーナが鼻をすすった。そのあと、自身の表情を見られないようにレヴィンの肩に頭を乗せる。
「ちょっと『憧れ』とか『崇拝』っぽくなっちゃうのは……照れ隠しのご愛嬌ってことで」
言い終えるやいなや、恥ずかしそうにうつむいたノーナは、耳まで真っ赤に染まっていた。
レヴィンは目を細めてくすりと笑い、ノーナの名前を優しく呼んだ。少しかすれた、切なげな表情で。
それから、首をかしげながら体を起こしたノーナの小さな顎に片手を添える。そのまま、言葉を失っているノーナの唇に、そっと自身の唇を重ねた。
「キスって……今のでよかったのか? 前に家で読んだ本――ノーナが持っていた小説の情報でしか知らないんだ」
密着していた体を離し、レヴィンは照れと戸惑いが入り交じった様子で呟いた。何度か瞬きをして、悩ましげに視線をそらす。
対するノーナは相変わらず返事ができずに、ぼうっと宙を見つめていた。しかし、ゆっくりとレヴィンの言葉を咀嚼していたようで、突如として頭のなかでいくつかの記憶が蘇った。
(ロマンチックなキス……私が持っていた小説……ということは!?)
家にある本はすべて読み終えた、とレヴィンは言っていた。つまり、ノーナがこっそり愛読していたロマンス小説も網羅していたということだ。
どうせ、女性向けの本には興味が湧かないだろうから手に取らないし、手にしたところで最後まで読まないだろう。そう勝手に判断して、普通に本棚に放置していたのがマズかった。
もしや、あの本やあの本も読んでいたのかと、ノーナの心身に嫌な妄想……ではなく、恐ろしい現実が一気に押し寄せて、血の気が引いていく。
「……うぅ、ひゃあああっ!?」
ついに、羞恥心が上限を突破したらしい。頭を抱えたノーナが、奇声を上げて気を失った。急いでレヴィンが抱きかかえるも、ノーナは顔面蒼白でピクピクと痙攣している。
「そ、そんな……! ノーナ、どうしたんだ!?」
不可解な光景を目の当たりにしたレヴィンは、先ほどのキスに重大な間違いがあったのではないかと、ひとり恐れおののいていた。
あまりの騒ぎように、何事かと警備員が駆け寄ってきた。状況を把握できないレヴィンが右往左往しているうちに、部隊の後方に控えていたらしい治癒魔法使いがすっ飛んできて、ノーナは病院に担ぎ込まれていった。
――後日。病院に見舞いに来たロレインに、それとなく事情を聞かれた際、ノーナはまたもや恥ずかしそうに布団に顔をうずめてバタバタと悶え、説明を断固拒否したという。




