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私の大事な推し神様! ~限界信者は推しを崇めて守護りたい~  作者: 有路ちみどろ


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第十四話:収束する人々

 こうしてフードを目深に被って人目を遮断すると、ささくれだった心が少しだけ落ち着く。騒がしい外の世界から身を守る、実に手軽な障壁だ。そんなフードに覆われたレヴィンの表情は、暗く沈んでいる。

 うつむきがちに歩くレヴィンの瞳に映っているのは、ところどころ角が欠けた凹凸のある石畳と、その石畳を苛立ったように蹴っては進むパンプスだった。


 レヴィンの前を歩いているのは、帽子を目深に被ったセリーヌだ。セリーヌは周囲を警戒しながら、人目の少ない薄暗く湿った路地を選んで進んでいく。

 まさか、 数日前にノーナを追って一人で駆けた街や路地に、こんなにも早く舞い戻ってくるとは思いもしなかった。レヴィンは気まずそうに体を縮こまらせる。


(これから先、どこに向かうのか……)


 迷いがないと言えば、嘘になる。だけど、レヴィンは新たな安息地を求めて、小さな世界を飛び出すことを選んだ。ノーナと離れることになっても、それすらも彼女のためだと思ったから。

 はたして、その安息地がどこにあるのか、いつになれば見つかるのかはわからない。もはや思考すらも放棄して、レヴィンはセリーヌの意のままに引きずられていく。


 二人は路地を抜けて、広く明るい通りに出た。傾き始めた陽光に、セリーヌはまぶしそうに顔を背けた。そして、レヴィンの袖を強く引いて、無理やり移動を促す。


 ふと、通りがかった宝飾店のきらびやかな展示ケースの前で、レヴィンがはたと足を止めた。その勢いで掴んでいたレヴィンの手首がすり抜けて、セリーヌが目を見開く。

 焦燥感を露わにして振り返ったセリーヌの顔は、怒りで歪んでいる。目をつり上げて、攻撃的な言葉を吐こうと口を開くもすんでのところで飲み込み、じっとレヴィンの視線を追った。


「あぁ……そういえば、お前は首輪をしていたっけ。ちと値段は張るが、必須道具かねぇ」


 色鮮やかな宝飾品や装身具が並べられているなかで、セリーヌの目には魔石のついたチョーカーが入ったらしい。教団時代を思い出して気をよくしたのか、下卑た笑みを浮かべる。


 かつて、レヴィンが身に着けていたあのチョーカーは、装身具ではなく拘束具だった。もっとも高価だったのは魔石の部分で、思考を鈍らせる特別な弱体魔法――禁術が施されていた。

 更生保護施設で治癒魔法を受けて解除されるまで、レヴィンは何年間も自意識を抑えられていたのだ。


 しかし、それは過去のこと。今のレヴィンは、セリーヌの思惑などまったく関心がない様子で、水色の宝石(アクアマリン)を凝視している。


『レヴィンの瞳の色と一緒!』


 あの日、魔封石を手にしてはしゃいでいたノーナの声が、頭のなかで反響する。チクリと胸の奥が痛んで、レヴィンは首を振った。


「さあ、もう行くよ! 首輪は隣国に渡ってからじっくり選ばせてあげる」


 セリーヌの小さくも怒気を含んだ声によって、レヴィンの意識は現実に引き戻される。なのに、レヴィンの足は縫い付けられたようにその場から動かない。

 業を煮やしたセリーヌが舌打ちをして、レヴィンの腕を引こうと動き出した瞬間、遠くから複数の足音とざわめきが近づいてきた。


 弾けるようにレヴィンが顔を上げて、真っ直ぐに通りの向こう側を見つめた。

 たとえ大勢のなかにいても、間違いなく見つけ出せる。この温かな魔力の持ち主は、彼女しかいない。今も頭のなかに居座って離れない、たった一人の少女。


「――いた。ようやく見つけた! レヴィン!!」


 ノーナが声を張り上げて、レヴィンに向かって脇目も振らずに走ってくる。その姿を視認した瞬間、レヴィンの胸と目頭に熱いものがこみ上げてきた。

 徐々に視界がぼやけてきたレヴィンの目には、ノーナしか映らなかったようだが、彼女の近くには警備員らしき人々と、ロレインの姿もあった。


「くそっ! こんなところで……!?」


 ようやく危機を察知したセリーヌは、ぼうっと立ち尽くしていたレヴィンを押しのけて走り出す。どうやら、レヴィンを置いてでも逃げようという算段のようだ。

 すっかり気が抜けていたレヴィンはその衝撃によろめいて、いとも簡単に地面に崩れた。


 しかし、セリーヌが逃げた方向、その前方からも武装した数人の警備員が走ってきて、あっけなく行く手を塞がれてしまった。彼らはセリーヌの逃走経路を先読みしていたかのような的確かつ統率のとれた動きで、挟撃を仕掛けていたのだ。


 セリーヌも負けじと辺りを取り囲む警備員たちをにらんだ。にわかに緊張感が走ったその直後、人ひとりがようやく通れるほどの細い路地へ、素早く体を滑り込ませた。

 警備員たちは、セリーヌが逃げた路地の入り口付近に駆け寄る。その先は暗く、足場も悪い。彼らはセリーヌのあとを追いかけず、焦る様子もまったくない。それどころか、「終わったな」と誰かがポツリと呟いた。


「――ぎゃあああっ!?」


 逃げた先で何があったのか。セリーヌのものと思しき絶叫が周囲に響き渡る。それと同時に、セリーヌ本人がものすごい勢いで吹っ飛んでいき、一直線に押し返されて元の場所まで戻された。

 路地の入り口で控えていた警備員たちは、どよめきながら身をひるがえし、どさりと地面に倒れ込んだセリーヌをすみやかに捕縛する。


「性懲りもなく、『神様』を利用しようと考えていたとはな……」


 細い路地の奥から強面の男性が出てきて、仰向けに倒れているセリーヌを見下ろした。その厳めしい格好や他の警備員の態度から察するに、彼らの上官――指揮をしている人物のようだ。

 男性は涼しい表情のまま、持っていた杖を腰のベルトにしまった。おそらく彼が強力な風魔法を使って、セリーヌを容赦なく吹き飛ばしたのだ。男性の指示により、セリーヌが魔法で厳重に拘束される。


 遠巻きに一部始終を見守っていたノーナは、その男性の顔を見てハッとした。


(あの人は……教団の強制捜査のときに先陣を切っていた人だ!)


 セリーヌこそが今の今まで逃げ回っていた教団の元幹部であり、調査機関が行方を追っていた人物だったのだ。

 あの教団にまつわる事件がいまだに続いていたのかと思うと、ノーナに驚きとともに恐怖が襲ってくる。しかし、それもついに区切りがつく。


 レヴィンのもとへ駆けつける前、ロレインから聞いた話によると、ノーナに近づいてきたカイルは、セリーヌの差し金で動いていたようだ。街の検問所で問い詰められたカイルが、あっさりと白状したらしい。

 金銭で繋がった義務的な関係など結局は脆弱なものだと、彼の身柄を拘束したという報告を受けたロレインが苦笑していた。


 街中の逮捕劇に、ガヤガヤと次第に野次馬が集まってきた。ノーナは野次馬とそれを制止する警備員の隙間を縫って、地面にへたり込んでいたレヴィンのもとに駆け寄る。


 ノーナはレヴィンの名前を呼びながら、壁にもたれかかるようにゆっくりと抱き起こす。そして、鼻をすすりながら抱きついた。

 力なくうつむいていたレヴィンが顔を上げて、目をしばたたかせた。そこでようやく、止まりかけていた思考が動き始めたようだ。青い瞳に少しずつ光が戻ってくる。


「あぁ、本当によかった! 怪我はない? どこか痛いところは?」

「……苦しい」

「えっ? ……あ、ごめん!」


 ひたすらにレヴィンの体調を気にしていたノーナは、レヴィンの囁きを耳にした瞬間、慌てて両手を上げて身を引いた。そして、手の甲で涙をぬぐってから、わざとらしく頬を膨らませた。


「何も言わずにいなくなるなんて、さすがの私も怒るよ。……本当に、本当に心配したんだから」

「……僕だって、いろいろと思うところがあったんだ」


 珍しくレヴィンの拗ねるような態度と返答を聞いて、ノーナは溜息をついた。しかし、それ以上は追及するようなことはせず、黙ってレヴィンの隣に座り込んだ。


 二人の視線の先では、たくさんの人々が忙しそうに動き回っている。ロレインやその助手の男性も警備員の集団に加わり、現場の調査を行っているようだ。時折、セリーヌの金切り声が聞こえてくる。


 並んで座る二人の間に、沈黙が流れた。しかし、それは決して重苦しいものではなく、穏やかで柔らかな、心地よい安堵感を与えてくれる。


 ノーナは前を向いた状態でじりじりとレヴィンへと近づいて、互いの肩を密着させた。

 対するレヴィンは一瞬だけ目を見開いて驚いた素振りをするも、冷たく押し戻したり避けたりするようなことはしなかった。今はもう、そんなことをする気力すら湧かないようだ。


 それからノーナは辛抱強く、レヴィンからの反応を待った。それが今の自分にできる最善であり、レヴィンならばきっと応えてくれると心から信じているのだ。


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