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私の大事な推し神様! ~限界信者は推しを崇めて守護りたい~  作者: 有路ちみどろ


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第十三話:幸と不幸の狭間で

 レヴィンはセリーヌの一挙手一投足を注意深く監視しながら、テーブルを挟んで向かい合わせに座った。

 ノーナであればここで紅茶の一杯でも出しそうなものだが、レヴィンにはそんな気配りをする余裕はないようだ。


「へぇ……話には聞いていたけど、ボロくてもちゃんとした家じゃないか」


 セリーヌは頬杖をついて、どこか楽しげに話しかけてくる。その口振りには引っかかるものがあったが、そもそも彼女が目の前にいること自体が、レヴィンにとっては異様なことなのだ。そんな些末なことで臆してはいけないと、自分を鼓舞する。


 レヴィンはあらためて、目の前にいるセリーヌを観察した。

 今でこそセリーヌの格好は地味だが、教団で威張り散らしていた頃は、口だけは達者で狡猾な、派手好きな女だった。


「見てのとおり、金目のものは一切ない」


 物珍しそうにキョロキョロと室内を見回すセリーヌに、レヴィンは抜け目なく釘を刺す。セリーヌは咳払いをして、ぎこちなく笑みを浮かべる。

 レヴィンは気だるそうに腕を組み、セリーヌをじっとにらんだ。歓迎する気も無駄話をする気もないと、わざと不遜な態度で示しているようだ。


 観念したとでも言いたげな表情のセリーヌは、椅子の背もたれに体重を預け、レヴィンから視線をそらしながら飄々とした口調で語りはじめる。


「あの嬢ちゃん……ノーナと言ったか? たしか、教団で儀式の生け贄になっていた、貧乏娘だろう? アイツは金がほしいだけで、いつかお前を裏切るよ」


 レヴィンは眉間にしわを寄せる。セリーヌの言葉に対して、いろいろと言い返したいことはあるが、今はぐっと堪える。

 渋面を作って口をつぐむレヴィンに、ここぞとばかりにセリーヌが言葉を畳みかける。


「アイツはこの街にある飯屋で働いているそうだね。そこの同僚――カイルっていう男から言い寄られてるんだと、もっぱらの噂だよ」

「……噂、か。よくそんなことまで知っているな」


 そう言ってレヴィンは、セリーヌにまで聞こえるような大きな溜息をついた。突然、カイルがこの家に押しかけてきたとき、妙にこちらの事情に詳しかった。ようやく、その理由がわかった気がする。


「これはアタシからの警告……いや、助言だよ。ノーナはカイルの財産を目当てに、縁談を受け入れようとしているんだ。そうなったら、お前はどうなると思う? このボロ家と一緒に、簡単に切り捨てられるよ?」


 レヴィンは段々と調子づいてきたセリーヌの台詞を鼻で笑い、首を左右に振った。


「相変わらず、人々を引き込むような見事な妄言だ」

「……ふん。そうは言っても、お前だってあの嬢ちゃんを心から信じているワケじゃないだろう? 現に、嬢ちゃんはお前の『本当の能力』を知っているのかい?」


 しかし、ここにきてレヴィンが返答に詰まった。セリーヌの指摘が図星だったからだ。

 目ざといセリーヌは、レヴィンのかすかな動揺も見逃さない。テーブルに肘をつき、ずいと身を乗り出した。そして、声のトーンを落として言った。


「アタシはお前を助けたいんだ。嬢ちゃんはお前のことを、なんにもわかっていない。お前を真に理解できるのは……アタシしかいないんだよ」


 セリーヌは怪しく微笑んだ。レヴィンは頬を引きつらせて、セリーヌから少しでも離れようと体をひねった。


 ノーナがレヴィンに黙って魔封石をロレインに見せていたように、レヴィンにもノーナに黙っていたことがあった。

 ――それは、自身が持っている「もう一つの能力」についてだ。


 もちろん、意図的に隠そうとしていたわけではない。ノーナとともに生活していくうえでは発揮する必要のない、「過ぎた力」だと、レヴィン自身が思っていただけだ。

 魔力検査を行った更生保護施設でも見逃されたということは、比較対象――前例がないということなのかもしれない。レヴィンだけがその事実に気付き、そっと胸の奥底へと仕舞いこんでいた。


 椅子を軋ませて立ち上がったセリーヌが、小気味よく床板を鳴らしながら、レヴィンの隣へと移動する。


 言葉を失い動揺するレヴィンの瞳が、不安定に揺れている。セリーヌは懐かしいものでも見るかのように、目を細めた。

 そして、懐からペンダントを取り出して、レヴィンに向かって見せつける。そのトップにはノーナが持っていたものと同じ色の、水色の魔封石がついていた。


「土壇場でコイツを持ち出せたのは、本当に幸運だったね。お前の稀有な能力はもっと広く、華々しく活かされるべきだ。こんな片田舎で引きこもっていたら、お前も……お前の近くにいる奴も、みんな腐って不幸になっちまうよ」


 セリーヌの甘言を聞いても、レヴィンは黙ってうなだれていた。この希少すぎる能力こそが、不幸を招く原因なのだという自覚があったからだ。


(ノーナはあのとき、魔封石をロレインに売ろうとしていたんだろうか)


 そんな考えが頭をよぎって、ズキズキと胸の辺りが痛む。次第に息をするのも苦しくなってきた。


 整った顔を苦痛に歪ませているレヴィンの隙を突いて、セリーヌがぐいとレヴィンの腕を力強く掴み上げる。おそらくは魔法で腕力を補助しているのか、難なく人ひとりを片手で引っ張っていく。

 無理やりに腕を掴まれて引きずられたレヴィンは、驚きのあまり声を上げる間もなく、家の外へと連れ出されてしまった。


「さぁ、迷っている暇はないよ。さっさとこんな場所から離れて、新天地へと向かおうじゃないか!」


 拒否権はないとばかりに、セリーヌはレヴィンの肩を揺さぶった。ぐらぐらと頭も心も揺れ動き、レヴィンの思考は鈍り言葉は声にならずに消えていく。


 そうして、半ば強制的にレヴィンは家を――ノーナのもとを去ることになった。



---



「――レヴィン! ……いったい、どこに行っちゃったの?」


 ノーナは自宅の周りを何度も見て回って、何度もレヴィンの名前を叫んだ。


 今日のノーナは、飲食店での仕込み作業の手伝うために、早めに店に入っていた。しかし、そこで焦った様子の店主から、ある異変についての情報を耳にしたのだ。


(いきなり、カイルが店を辞めたっていう話を聞いたとき……妙な胸騒ぎがしたんだよね)


 カイルは仕事を辞めただけでなく、街からも姿を消したのだという。まるで、何かの命令でも受け取ったかのように、ぱったりと行方がわからなくなってしまった。


 カイルの身を案じた店主から、「カイルがどこに行ったか知らないか」と聞かれたものの、思い当たる節はない。ただ、彼が家に押しかけてきた日のことを思い出す。あれはどういう意図だったのか、ノーナにはいまいち計りかねていた。


(カイルは私よりも、我が家かレヴィンに対してのほうが興味津々だった……)


 頭のなかではいくつも疑問点が浮かび上がってくるが、どうにもうまく繋がらない。ノーナが気がかりなのは、レヴィンに関することだけだ。

 こうなると不安は膨らんでいく一方で、仕事も手につかない。ノーナは潔く店主に断りを入れて仕事を休み、自宅に戻ることにした。杞憂で終わればそれでよい、と自分に言い聞かせながら、足早に帰路についた。


 ――そして、戻ってきた家のなかにも外にも、誰もいなかった。レヴィンもカイルも、誰の気配もしなかった。

 カイルはともかく、レヴィンが不在なのはおかしい。必死にノーナが家の近くを捜索するも、痕跡も何も見つからない。元より私物らしい私物を持っていないレヴィンは、その身ひとつで出ていったのだろう。

 もしかして、何かの事件に巻き込まれたのではないか。なおさら早く見つけ出さなければ、と思ったところで、ノーナにはレヴィンを探し出す手段がなかった。



 いずれ、レヴィンが自分のもとから去るかもしれない、と考えたことはあった。しかし、それはもっと先の話だと思っていたし、笑って見送れるはずだとも思っていた。

 それなのに、こうして実際に姿が見えなくなってしまうと、ノーナは涙が止まらなかった。


(こんな、悲しすぎる終わり方……受け入れられるわけないよ!)


 ノーナは袖で涙を拭い、背中を丸めながら家のなかに戻った。やけに静かな室内で、自然とレヴィンの痕跡を探してしまう。

 そこでノーナは、あることを思い出した。レヴィンを探しているときにポストから取った、分厚い封筒だ。ノーナは無造作にテーブルに置いていた封筒の封を切る。


 例によって、差出人はロレインが所属している捜査機関だ。いまや、レヴィンを探し出すためにノーナが頼れるのは、彼らしかいないかもしれない。

 何枚もの便箋が重なって折り曲げられていたが、その一枚目を読んだだけでノーナは息をのみ、その紫の瞳は刹那に輝いた。


「これなら……私でもいけるかもしれない!」


 そう高らかに叫んだノーナは、急いで自室から愛用の鞄を引っかけて、勢いよく家の外へと飛び出したのであった。


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