第七碌「お優しい方ですから」
うっすらとした暗闇の中で、しばらく見つめ合う二人。
先に我に返ったのはラルムの方で、目元をゴシゴシと拭う仕草をし、その時にまた一粒の磨晶石が零れた。
「・・・あなたは、先にそれを聞くのか」
「・・・ん?」
「普通なら、その磨晶石について聞くだろうに」
「まあ、なんというか、泣いてる方が気になっただけだ・・・」
ラルムの言葉にオーギュストは軽く頭を掻いて返し、彼女に近寄る。
膝元に置かれている手に、自分が拾った磨晶石と周りに落ちている数個を拾い、渡した。
「・・・死刑になるほどの人間なんだろ、そんな悪党のために流す涙は必要ないと思うが」
「・・・・・・」
次いで、彼なりに慰めようとしているのか、そう言葉を紡ぐ。
その言葉にラルムは少し無言を貫いてから、ゆっくりと口を開いた。
「本当に極悪人なら躊躇わずにやる。
・・・けれど、今日の彼は家族のために罪人になった。 だから、別の道はなかったのかと考えずにはいられなかったんだ」
「・・・・・・そうか」
おそらく、それ以上は言えないのだろう。
ラルムは簡潔かつ的確に、泣いてしまった理由を話した。
オーギュストはその言葉に少し間を置いてから、短く返す。
確かに理由は聞くと少しの同情は芽生える、だが踏み入れてはいけない領域を犯してしまった事にも変わりない。
そうしてしまった事で、被害者が生まれ、今も苦しんでいるのであろうから。
オーギュストはそう思ったが、口には出さない。
きっとそれは彼女も、いや彼女は自分よりも分かっているだろうからだ。
「・・・ついでだ、"これ"の話をしよう」
続いて、オーギュストが乗せた手のひらにある磨晶石を見せる。
話を聞こうと、オーギュストはひとつだけ頷いた。
「少し前に私と爺やが言っていた、私の魔術について覚えているか?」
「"病"だとか言ってたやつだな」
「そう、これが私の魔術。 涙が磨晶石に変わるんだ、理由や原理は分からないが・・・」
コロンと彼女の手のひらで転がった磨晶石は、そこそこ上等な物に見える。
確かに意図してなく涙が磨晶石に変わってしまうのであれば、制御方法が分からないラルムからすれば"病"と言ってしまうのも仕方ないだろう。
もし、誰かに知られたりすれば、最悪な状況にだって容易に陥る可能性だって高い。
「・・・ああ、だから」
泣かないのか。
・・・いや、泣けないのか。
オーギュストには、ラルムが基本的に無表情を貫いている理由が分かった気がした。
またオーギュストはふと、ある事を思い出す。
それは『聖女の伝説』の話だ、それは国によって様々な脚色がされているものの、共通して「聖女は異国から、この国にたくさんの磨晶石をもたらした」というものである。
夢のある微笑ましいおとぎ話だと思っていたが、まさかの可能性を一瞬だけ考え。
(馬鹿か俺は・・・)
これは"魔術"であって"奇跡"ではない。
現実とおとぎ話を一緒くたにするなと、頭を振るった。
「・・・ん?」
頭を振るった先で、視界に少し古ぼけたオルゴールが目に入る。
オルゴールは珍しい物ではないが、少し形が変わっていたため、気になった。
「・・・ああ、これか。 これもオルゴールを基盤とした魔道具なんだ」
「どう違うんだ?」
丁度いい話題逸らしだと思い、ラルムの説明にオーギュストが乗った。
彼が問いかけると、ラルムはサイドテーブルの引き出しからひとつの色のついた歯車を取り出す。
「この歯車は魔晶石を加工して作っていて、これに記録させた音楽や歌がオルゴールにセットすると流れる仕組みなんだ」
そう言って彼女は実際に、何度か歯車を入れ替えてオルゴールの出す音を変えてくれた。
最後は淡い紫色の歯車を取り出すと、流れてきたのは優しい子守歌だ。
「これは母の子守歌で、不安な時や眠れない時はよくこれを聴くんだ」
ぽつりとした声で、ラルムがそう言う。
オーギュストはその声にどうしたものかと一瞬だけ考えるも、今は結構いい時間帯であるのも確かだ。
「・・・そうか、じゃあ今夜はそれを聴いてしっかり寝るんだな。 邪魔した」
「・・・あ」
オーギュストはそう言い残し、ラルムの部屋から出て行った。
ラルムはその背中に一瞬だけ手を伸ばしたが、すぐにそれを引っ込める。
『・・・死刑囚のことを考えて、泣いたのか?』
思い出す、見られた時に最初に問われた言葉を。
磨晶石ではなく、涙の理由を聞いてくれた彼。
(・・・嗚呼、ダメだ。 心臓がおかしい・・・)
ラルムは心臓部分の服を握りしめて、熱くなった頬を感じながら、ベッドに身を沈めるしかできないのだった。
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オーギュストはラルムの部屋を出た後で、また城内をあてもなく歩いていた。
話の内容が内容なだけに、とてもじゃないが転移魔陣が設置してある部屋までの案内は頼めなかったのだ。
どうしたものかと引き続き城内をうろついていると、後ろから「おや」と声がかかる。
その声に振り返ってみれば、明かりを持ったギダンスが居た。
オーギュストは助かったと思いながら、彼に転移魔陣が設置されている部屋までの案内を頼み、ギダンスも微笑んで頷く。
そうしてようやく、オーギュストは目的の場所へと足を踏み入れる事ができた。
しかし、ラルムの事について気になった事がある。
ここには丁度、彼と自分の二人しかいないから、聞いてもいいだろう。
「・・・ラルムの"魔術"について知った」
「おや、そうでしたか」
「あいつの親って、亡くなってるんだったよな。 まさかとは思うが、ラルムの・・・」
あの魔術が原因で殺された、などという事はないだろうか。
オーギュストはそう考えて、ギダンスを見る。
「・・・いいえ、ラルムお嬢様の"魔術"について知っているのはご両親と私めしかおりません。 また、亡くなられた・・・いいえ、殺された理由も別になります」
ギダンスは小さく首を振りながら、オーギュストの憶測を否定する。
ただ一部は合っていた、そう"殺された"という事だけは。
「ご当主様と奥方様は、とある死刑囚たちのご家族に恨まれて襲われ、殺害されました。
いつもはこの爺やが護衛としているのですが、その日は体調を崩しており護衛につけずでして。 無論、別の者を護衛には付けましたが、・・・金銭で買収された模様です」
「・・・逆恨みじゃねぇか」
「ええ、そうですね・・・。 あの時ほど自身の不甲斐なさを呪った日はありません。
この爺や、歳を考えずに無理をして力仕事をしてしまいましてね、その結果、体を痛めてしまったのですよ。 お二方は無理し過ぎないようにと笑っておられました」
ギダンスは遠く、そして悲しい顔をしながら語る。
それでいて、どこか本当に悔しそうな、後悔してもしきれないというような顔をしていた。
「知っておりますか? 身体強化をして力仕事をすると、解除後に体へのダメージは最低限に抑えられるんですよ。 もっと早く身に付けておくべきだったと、今でも悔やんでおります」
そういえば、彼は身体強化の魔術を唯一、使えるのだったと思い出す。
しかし、まさかそんな後悔の念が宿った理由だったとは、あの時の様子からでは考えもつかなかった。
「・・・もっと早くに、この魔術の利便性について知っておくべきした。 その時に思ったのです、私はどこかで"魔道具の方が魔術より優れている"と思っていたのでは、とね」
確かに、最初から魔術と魔道具に上下関係はない、どちらも大事だと思っていれば。
彼はもっと早くに身体強化の魔術について知り、ラルムの両親を守れていたかもしれない。
「ラルムお嬢様はご両親の死因をお知りになった時、ご自身で自分なりに身内を守れる方法を考え抜きました。 その結果が"閻魔女"です」
「・・・?」
「考えてごらんなさい、悪名高い人物に仇討ちをしようとなどと考える者は少ないでしょう。
"閻魔女"という悪名が皮肉にもお嬢様を守る鎧にもなっており、延いては城の者を含めた国民を様々な意味で守っているのです。 世の中には必要悪というものがございますよね、あの方は必要な悪役をずっと買って出て下さっているのですよ」
ギダンスが静かに、そう続ける。
確かに彼の言う事は最もだ、誰が悪名高い人物の配下にある者に、手を出そうなどと安易に考えるか。
理由は分かる、行動も分かる。
だが、それはあまりにも。
「・・・自分を犠牲にし過ぎてないか」
心の中で思った事を、口で同時に吐き出す。
その言葉を拾ったギダンスは静かに頷きながら、悲しそうな顔で。
「あの方は、思わずこちらが泣いてしまうほど、お優しい方ですから・・・」
そう、呟くように答えた。
その答えを聞くと、泣いていた彼女の姿が思い出される。
(悪役を演じる令嬢、か・・・)
これまで話を聞いて、やはり噂など取っ払って、まっさらな状態で彼女を見極める必要がありそうだ。
オーギュストはそう、決意をする。
その決意を伝えるべく、ギダンスをオーギュストは見た。
「俺は今の今まで、やはり"閻魔女"という影をチラつかせてあいつを見てた。 けど、それはやめる」
「ほう?」
やめると、見方を変えると伝える。
するとギダンスは悲しい顔から含みのある顔へと表情を変えて、オーギュストを見つめ返した。
「俺は俺のやり方でラルムって女を見極める、碌でもねぇ噂に意味も価値もねぇって今になってやっと分かったからな」
決意が、熱意が灯った瞳で、オーギュストは静かに告げた。
静かだけれど、この声は、言葉は、とても重い。
「・・・ふふふ、お嬢様の感情は正しかった、ということですかねぇ」
「? なんの話だ?」
「いいえ、"今は"こちらの話ですぞ」
オーギュストの決意を聞いたギダンスは、どこか嬉しそうに笑う。
そしてオーギュストにとっては理解できない言葉を返したため、聞き返されたが、彼はその言葉をはぐらかす。
そうして夜はもう遅いという事で、オーギュストは転移魔陣で自国の城へ帰って行った。
ギダンスはオーギュストが去った後で、静かに口を開く。
「・・・私はあの方に悪役をやめさせられなかった。 さて、あなたならどうしますかな」
どこか期待に満ちた声で、どこか願望に近い声で。
静まり返った部屋の中、彼はそう小さく小さく囁いたのだった。




