第六碌「泣いたのか?」
次の日、正午を少し過ぎた時間帯にオーギュストが転移魔陣で再びラルムの城を訪れた。
彼が訪ねてきた理由は、さっそくギダンスに技術のアレコレを身内の職人たちにどう教えるかを相談するためだ。
それならギダンスとオーギュストの二人だけで問題ないのだが、ラルムもくっ付いてきた。
ギダンスは微笑ましく彼女を見つめ、オーギュストは当主なら専属執事の仕事内容を把握する必要はあるか、程度に思う。
「それで主に教えてほしいことについてだが・・・」
来客室のひとつを借り、オーギュストとギダンスが会話を交える。
ラルムは口を挟まず、それをじっと聞いていた。
「・・・なるほどなるほど、心得ました。 この爺や、お力添えができるかと思います」
「本当か? 助かる」
そうして一通り話を終えると、双方は合意を示した。
話はここで終わりなのだが、オーギュストが何か言いたいような、言いたくないような、そんな顔を作る。
そして、その様子をラルムは見逃さなかった。
「オーギュスト、なにか困りごとでも?」
「・・・あー、いや」
「私にできることなら言ってほしい」
少しだけ身を乗り出して、話すように促す。
しかし、返ってくるのは歯切りの悪い声だけだ。
「オーギュスト」
「いや、変なこと相談して困らせるのもアレだしよ・・・」
「・・・困らせてほしい」
「え?」
ラルムが催促する意味で名前を呼ぶと、彼は遠慮の言葉を吐く。
だが、彼女は彼にとって想定外の言葉を告げたらしく、オーギュストから短い驚きの声が出る。
「私はあなたの婚約者だ。
一緒に困って悩んで、当たらないにしても答えだって出てくるかもしれない。 相談しないことで、私があなたにできる数少ないことを奪わないでほしい」
「お、おう、分かった・・・」
続いて出てきた彼女の言葉は、なんとも頼りがいのあるもので。
しかし同時にオーギュストは思った、どうしてこんなにもグイグイ来るのだろう、と。
困ったようにギダンスを見やると、彼は彼で意味深な笑みを浮かべているだけで、何も言わない。
どうやら自分に助け舟を出す気はないらしいと判断し、オーギュストは観念して口を開いた。
「実はな、あの日は婚約者との顔合わせの他に、第五地方都市の異常現象について話すつもりだったんだ」
「第五地方都市の異常現象?」
「ああ、ウチで独自に調べた結果、あり得ねぇ現象が長らく続いていることが分かった。 王都も把握しているはずなんだが、どういう状況か問いただすつもりだったんだ」
「・・・しかし、その前に糾弾と婚約破棄で聞けずじまいということか」
「ああ」
なるほど、それなら予言者の言葉以外の根拠というか原因はあった、という事だ。
しかしそれを言う前に、口を挟む暇もなく展開が広がってしまい、どうしようもなかった。
だからそれを、ラルムに言おうか言うまいか迷っていたのだろう。
「・・・なら、見に行こう」
「え?」
「実際に足を運んで調査しよう、出来ることがあるならやろう、それだけだ」
「"それだけ"って、お前な・・・」
「違うのか?」
じっ、と。
紫がかかった黒い瞳が、オーギュストを見抜く。
たった"それだけ"で、彼女の本気が嫌というほど伝わってきた。
「・・・それだけ、か」
「?」
「・・・そうだな、行くか。
行って、今度は証拠を持って、もう一回、直談判に行きゃいいか」
「ああ、そうだ」
オーギュストの言葉に、ラルムも力強く頷く。
それが妙に頼もしく、嬉しくもなった。
「あー、だがな、行くとしたら基本は馬車移動だぞ?」
「転移魔陣がないということか?」
「いや、古城とかの修繕のために第五地方都市とウチを繋ぐ転移魔陣はある。 だけどな、それは向こうの許可がねぇと使えないんだ」
「分かった、じゃあ馬車と必要なら徒歩で行こう。 私はあなたの国の馬車は好きだから嬉しい」
「そう、か・・・」
そういえば、初めて乗った時も妙に感動していたな、この御令嬢は。
オーギュストはそう思って、率直すぎる言葉に少しだけ照れる。
自分の国の技術を褒められ慣れていないせいで、耐性がないからだ。
「第五地方都市の旅の話はまた今度に詰めよう、・・・私はこれから"ひと仕事"がある」
ラルムはそう言って、ソファから立ち上がる。
オーギュストは彼女を追うように視線を向けると、どこか愁いを帯びたような顔が一瞬だけ見えた気がした。
「・・・・・・」
声を、かけようか迷った。
だがそれよりも先にラルムは来客室を出る、出ていく彼女の背中をオーギュストは静かに見つめるしかできなかったのだ。
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場所は変わり、ラルムは一人の男と共に洞窟へとやって来た。
二人の前には、重々しいオーラを放つ断頭台が鎮座している。
そう、これからこの男の、死刑囚の執行が始まるのだ。
これがラルムの"ひと仕事"、この国の家業だ。
「・・・なあ、俺の遺体はどこに埋葬されるんだ?」
すると、死刑囚の男が質問を投げてきた。
この質問は今までも多く聞かれているものだ、だからラルムは慣れたように口を開く。
「・・・埋葬はされない。 火葬して遺灰にし、この海へと散らす」
「そうかい、そりゃ自由でいいなぁ・・・」
淡々と説明をすると、彼はどこか穏やかに言いながら笑った。
この話をすると、死刑囚は様々な反応を示す。
こうやって達観する者、自分は祖国の土へ還る資格すらないのかと嘆く者、返事もせず無言を貫いて悟る者。
「・・・言い残すことはあるか?」
「はっ、そんな資格なんてとっくの昔に捨てたよ」
まるで自嘲するように男は言うと、目線で「さっさと楽にしてくれ」とラルムに伝える。
ラルムもそれに答えるように小さく頷くと、粛々(しゅくしゅく)と彼の体を固定した。
断頭台を設置しているこの洞窟の向こう側はぽっかりと空いていて、海が見渡せる。
男は静かにその海を見つめた後、もう「未練などない」というように目を閉じた。
──、瞬間。
ゴトン、と首が胴体から離れて音を立てて落ちた。
切断された部分から鮮血が飛び出し、断頭台と地面を赤く濡らす。
その鮮血がツゥー・・・と、空と海が見える穴の方へ伸び、地面から崖に差し掛かった途端にポタポタと流れて落ちていく。
その様はまるで、この洞窟が泣いているようだ。
ラルムはこの光景を見て、何度も何度も思っている事をまた、繰り返し思う。
一瞬だけ目を伏せた後、後処理へとかかるのだった。
一方その頃、話を終えたオーギュストはこの国にいる職人たちの元へ足を運んでいた。
父の右腕である彼を話をしていると、聞こえてくる不思議な鐘の音に言葉を止める。
「・・・なんだこの鐘?」
空を見渡しながら言い、その問いの答えを求めるように彼を見ると、彼や職人たちが手を止めて胸元で十字を切っていた。
その仕草にますます疑問を深めていると、彼がこちらを向き直る。
「これはこの国で死者を弔うために鳴らす『鎮魂鐘』っていう鐘の音です、・・・つまり、死刑が執行された合図っす」
「・・・!」
「この国の人が言うには"もし生まれ変わる機会があるのなら、来世では善を為す人になりますように"っつー、意味が込められてるらしいです」
彼の答えを聞いて、オーギュストはラルムの"ひと仕事"の意味を理解した。
同時に、あの雰囲気を纏っていた理由も、だがひとつだけ分からない事もある。
(慣れてるはず、だろ・・・)
"閻魔女"という名が作られるほど、彼女は執行を繰り返してきた。
なら否が応でも慣れるはずだ、その仕事に何も感じないはずではないのか。
いや、けれど。
この数日で垣間見た彼女を思い出す。
あの彼女が、本当に何も感じないなどという事があるのだろうか。
オーギュストは少し混乱した頭を、軽く振るう。
そうして何事もなかったかのように、再び彼と話を再開した。
話がようやく終わった頃、あたりはすっかり暗くなっている。
オーギュストは話をし過ぎたかと反省しながら、ラルムの城へと帰路を辿り、中へと入れてもらう。
そのまま転移魔陣が設置されている部屋まで行こうとしたが、いかんせんこの城の中はまだ把握していないため、少し迷ってしまった。
こんな事なら出迎えてくれたメイドの案内を断らずにいれば良かったと後悔しながら、人の気配はないかと探す。
(・・・ん?)
すると、少しだけ扉が開いている部屋から人の気配がした。
その隙間から中を覗き込むと、サイドテーブルに置かれているランプの明かりがその人物をうっすらと照らす。
そこには椅子に座っている、ラルムの姿が確認できた。
オーギュストは丁度いいと思い、軽くノックをしてから返事を待たずに部屋へと入る。
入ったと同時、淑女の部屋に返事を待たずに入るのは紳士道に反するのでは、と後悔が襲った。
しかしもう遅いと開き直り、彼女に視線を向ける、すると。
・・・彼女は泣いていた。
しかも普通の涙ではない、その涙は頬を伝って落ちたと思えば、涙は磨晶石に変わっているではないか。
お互いに驚いたように目を見開いて、見つめ合う。
磨晶石になった一粒の涙が、コロコロと転げまわり、オーギュストの足元で止まった。
彼はそれを拾い上げると、彼女と交互に視線を絡める。
「・・・死刑囚のことを考えて、泣いたのか?」
聞きたい事は、いっぱいあった。
だがオーギュストが一番最初に聞いたのは、涙の理由だった。




