第五碌「これが恋なんだ」
完全には回り切れなかったが、ある程度の目的を果たしたので、帰城する。
出入り口の扉を開けると、そこにはギダンスが帰りを待っていた。
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「・・・まあ、うちの連中が世話になってるらしいな、とは」
「ホッホッホ、何を仰いますか。 お世話になっているのはこちらですよ」
「・・・いや、こっちもそうだ」
「そうですか、ならばお互い様ですなぁ」
オーギュストの言葉に嘘はなかった、今までどの国へ行っても職人たちが労われた事はなかったのだから。
だから、嬉しくなってしまったのだ。
同時にこの国も、噂とはかけ離れているように思えた。
少しの休息という事で、客間へとオーギュストは招かれ、メイドが淹れてくれたコーヒーを啜る。
お茶請けとして出されたレモンパイを頬張ると、甘酸っぱい旨味が広がった。
「・・・レモンパイはどうだ?」
「ん、美味いぞ」
「・・・そうか」
自分の返事に、ラルムは何故かホッとしたように胸をなでおろす。
その様子に疑問を感じていると、隣に立っているギダンスが微笑みながら口を開いた。
「そちらのレモンパイはラルムお嬢様の手作りなのですよ、お口に合ってよかったですね」
「え?」
「爺や・・・!」
「お嬢様専用のレモン畑も小さいながらお持ちでして、そこで育てたものになりますぞ」
まさかの言葉にオーギュストは驚く、まさかのお嬢様直々の手作りとは。
そもそも土いじりまでするのか、この御令嬢は。
そしてふと、思い出した。
馬車に乗った時の、レモンと土の香り。
(・・・ああ、だから香ったのか)
体に染みついてしまうほど、彼女は熱を入れているようだ。
つい、と視線を彼女に向けると、ギダンスを恨めしそうに睨んでいるように見受けられる。
ギダンスはギダンスでそれに対して微笑んでいるだけだが、とりあえず助け舟でも出すとしよう。
「そういや、あれだけの魔道具が作れるのに、なんであんたの名は知れてねぇんだ?」
助け舟ついでに、聞きたかった事を口に出す。
すると交わっていた二人の視線は、自然と自分の方を向いた。
「そうですねぇ、世はやはり魔道具より魔術なのもありますが、この国の生業が生業ゆえにこちらが意図しておらずとも鎖国状態になっておりますから、そのせいかと」
「あー、なるほどな。 あれだけ画期的な魔道具が広がってねぇ理由もそれか・・・」
確かに、この口の情報はほとんど出回っていない。
表面上の事ばかりで、内情まで知られていないのが現実だ。
実際、自分も初めて足を運んで、初めて知る事ばかりなのだから。
「私がこの才能を開花させた時には既に魔術が称賛されておりましたからね、親にも『時代が違えば名を轟かせただろうに』と耳に胼胝ができるくらい嘆かれたものです」
どこか懐かし気に、悲し気に。
ギダンスはそう続ける、そこでオーギュストは思っていた提案を持ちかける事にした。
「・・・提案なんだが、うちの魔道具を作ってる連中にあんたの技術を教えることは可能か?」
「・・・おや、それは魅力的なお誘いですな。 ふむ、このまま廃らせるのも私事ながら惜しい、それならば"継承"というものをやってみますかね」
自分がそう、図々しいと言えば図々しい提案をすると、ギダンスは顎に手を当てて了承をしてくれる。
色よい返事が貰えて、今度は自分が胸をなでおろした。
「頼む、うちじゃ限界が来ててな」
「ええ、勿論です。
ですが、ひとつだけ注意のためにお伝えしておくと、私は魔術を否定しているわけではないのです。 ただ、お互いの良い所で悪い所を補い合える関係になってほしいと願っているだけで」
すると、続けて彼は胸を内を明かす。
どうやら自分が魔術に敵対心を抱いているのかと、少し引っかかったのかもしれない。
「・・・そうだな、俺もそうなるといいと思ってる」
なので、自分もそう告げる。
嘘ではない、ただ魔道具にも魔道具なりの、魔術にできない使い道があるのだと知ってほしい本心だ。
ギダンスはオーギュストの言葉に笑うと、また懐かしそうに目を細めながら口を開く。
「私が魔道具の開発に目覚めたのは、以前よりあった"カメラ"が始まりなのです。
今でも一部の貴族でしか使用できていない状況と言えども、残り続けているには理由がある。 いつか、全ての魔道具にもそのような理由が出来てほしいものです」
静かに、そう告げた。
その言葉に静かに頷いてから、コーヒーを再度、口にする。
彼に来てもらうのはいつにしようか、転移魔陣があるから難しくはないはずだ、と予定を漠然と考えた。
その考えの最中で、またひとつの疑問が浮かんだ。
「お前らは魔術は使わないのか? 俺は初級魔術師程度の心得しかないが」
そう、ラルムたちの魔術の腕前だ。
ここまで魔道具に気を取られていたが、そちらの方はどうなのだろうか。
「ホッホッホ、この爺や、魔道具の才能を開花させてからというものそれと引き換えに・・・」
「・・・そうか」
全てを述べなくても分かる、言葉の意味。
なのでオーギュストは申し訳ない事を聞いたと、バツの悪い顔をした、が。
「身体強化の魔術程度の心得しかありませんぞ」
「上級魔術師の魔術じゃねぇか、ボケてるのかジジイ」
「ホッホッホ、ボケではなくおとボケなジジイ屋ですぞ」
まさかの返事に、ついいつも以上に口が悪くなって返してしまった。
しかもその口の悪い返事に、茶目っ気たっぷりで返すものなので、また少し苛立ちをオーギュストは感じてしまう。
「・・・で、お前は?」
だが、その苛立ちをぶつけても仕方ないとラルムの方に仕切り直す。
彼女に視線を向ければ、何故か顔を下に向けていた。
「・・・・・・」
「ラルムお嬢様が使えるのはたったひとつの魔術のみです、しかしそれは日常生活にも戦闘にも縁遠いものでしてな」
「・・・あんなの"魔術"じゃない、"病"の一種だ」
「・・・?」
無言を貫いていたラルムに代わり、ギダンスが答える。
そしてその言葉を少し訂正でもするように、彼女もそう答えた。
しかし意味が分かりかねるそれに、自分は疑問符を飛ばすしかない。
だが、どことなく聞いてはいけない雰囲気になってしまったので、それ以上の追及はやめたのだった。
微妙な雰囲気でお茶が終わり、オーギュストは帰宅のために席を立つ。
ラルムとギダンスもそれを見送るために、転移魔陣がある部屋と赴き、帰っていく彼を見送った。
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それからラルムは部屋に戻る。
そして、ベッドに身を沈めながら、ふと王都での事を思い出した。
普通なら、いくら嫌われ者であっても令嬢が護衛に駆り出されるなど、まずあり得ないだろう。
けれどもラルムの国の家業であれば、割と頻繁にこういった依頼は来る。
貴族、ましてや王族のパーティー会場へ殴り込もうものなら、場合によっては即死罪に値する犯罪だからだ。
そういった輩を捕まえ、そのまま転移魔陣で自国へ送る。
こんな効率のいい事はないだろう、他国であれば他の従者が護衛にあたるが、王都の場合はラルムが直々に護衛にあたる事が多い。
だからあの日も呼び出され、当然のように衛兵に徹していた。
すると、城の中へと入ってきた彼。
自然と視界は彼を追い、断罪の場面を最後まで見てしまった。
そして陰湿な笑いが起こる会場、彼に向けられる悪意の視線。
一人でそこにいる、彼。
耐えられない、そう思った直後に体と口は勝手に動いていた。
彼が嘲笑されるくらいなら、自分が喜んで悪目立ちをしよう。
そうだ。
──・・ならば、私が彼の新たな婚約者になろう。
決意した、この悪役の名を今使わないでいつ使う。
"閻魔女"の婚約者にされた者など、嘲笑の的ではなく哀れみの的になるに決まっている。
笑われるより、憐れまれる方がまだマシだ。
そしてほとぼりが冷めたいつか、婚約を解消して彼を自由にすればいい。
そう思って、行動を起こした。
後悔は微塵もしていない、むしろ彼を救えて満足すらしている。
『ならばこれ以上、此処にいるに相応しくない者たちは去りますがよろしいでしょうか』
・・・─そう、相応しくない、あんな低俗の場に彼は相応しくなんてない。
『彼があの場で嘲笑される謂れはないと判断しました』
・・・─そう、尊敬に値する彼が、嘲笑などとされる謂われななど一切ない。
『最も手早い方法でしたので』
・・・─そう、それが彼を守るために一番手っ取り早いやり方だった。
次に、彼を初めて見た時の事を思い出す。
初めて見たのは、王都へのパーティー会場の護衛依頼として駐在していた時だ。
王都の古城を修繕している様子を遠巻きから見る機会がたまたまあった、たくさんの職人たちの中で指示を出しながら作業をしている姿を見た。
(・・・──きれい)
素直に、そう思った。
働く姿勢が、流れる汗が、頑張る顔が、魅力に見えた。
何故か、ドクンと今まで感じた事のない鼓動の跳ね方を感じた。
彼の顔が、姿が、頭から離れない。
なんなんだろう、これは。
頭を抱えたくなる戸惑いを抱えながら、ギダンスが淹れてくれた紅茶を飲む。
ふぅとため息を吐いた時、彼は目を見開いて「おや」と小さく言い、何故か微笑んだ。
「ホッホッホ、まるで恋した乙女のようなお顔付ですな」
ギダンスに言われて、ティーカップの中にある紅茶に映った自分の顔を見る。
今までで見た事ない顔だと、自分でも思った。
それから、恋愛小説を馬鹿みたいに読み漁り続けた事もある。
創作物だけではなく、感情の起伏に関する書物もひたすら読んだ。
なんとなく、当たっていると思った。
何冊目になるか分からない小説を読み終えて、本を静かに閉じる。
(・・・そうか、これが恋なんだ)
どこかぼうっとする頭で考える、自覚をすると胸元あたりがじんわりと温かくなる感覚を覚えた。
くすぐったいような気恥しいような、変な感情だけれど、不思議と嫌だとは思えない。
むしろ、心地の良ささえ感じた。
ラルムはそこまで思い出して、閉じていた目をうっすらと開き、天井を見つめる。
その瞳には、どこか覚悟の色が宿っていた。
そうだ。
あんなに綺麗で、真っすぐで、尊敬に値する人に。
自分は相応しくなどない、自分はこの国で"閻魔女"として生きて、朽ちて逝く。
そう、あの断崖絶壁の空洞に設置された『断頭台』と共に。
処刑のための魔道具の存在を思い出しながら、暗くなってしまった窓の外を、遠巻きに見える海を見つめた。




