第四碌「興味が湧いた」
淡い紫の光が視界を包み、あまりの眩しさに目を閉じる。
いつもは馬車や馬を使っての移動手段が多いため、オーギュストは転移魔陣での移動は不慣れだった。
閉じていた瞼から、光が治まるのを感じると自然と瞳が開く。
開けた視界の先にいたのは、眼鏡を掛けて燕尾服に身を包んだ、背筋がシュッとした一人の老人。
「よくぞお越しくださいました、オーギュスト様」
ニコニコと人のいい笑顔を浮かべながら、そう歓迎の言葉を発して、こちらに向かって一礼をする彼。
先に移転していたラルムは彼の隣に立っており、彼女に彼を紹介しろと言わんばかりに視線を送る。
「彼はギダンス、私はギデ爺やと呼んでいる。 この転移魔陣の魔道具を作った技術者だ、すぐにお目にかかれただろう?」
紹介されて、嗚呼・・・と思い直す。
とりあえず今回は自分の視線を意味を理解してくれたようで、何よりだと息を吐いた。
「シャルパンティエ国のオーギュストだ、よろしく頼む」
「ご丁寧にありがとうございます。 ラルムお嬢様よりご紹介に預かりました、ラ・ファン国の当主たるラルムお嬢様の専属執事をしておりますギダンスと申します、以後お見知りおきを」
ギダンスが自己紹介をして、再び頭を下げる。
礼儀に倣ってオーギュストも一礼をして、ラルムを見やった。
話には聞いていたが、彼女が13歳の頃から当主をしていたというのは本当そうだ。
詳細は不明だが彼女の両親は早くに死別した、と風の噂で聞いた事がある。
(まあ、そのへんには触れない方がいいな)
もし機会があれば、もし不快でなければ、聞いてみよう。
そう心に思いとどめて、いったん転移魔陣が設置されている部屋から別の場所へと大人しく案内される。
すると前方から椅子に車輪が付いた、摩訶不思議な魔道具に乗った使用人が向かってきていた。
思わずなんだあれは、と凝視をすると、それに気づいたギダンスが口を開く。
「あれは"車椅子"と呼んでいる魔道具です。
車輪部分に魔晶石を組み込んで、本人の魔力と意思に反応して動く仕組みとなっております。 あの者は足が不自由でして、業務が行いやすいよう私めが作りました」
「・・・ほお、かなり素晴らしいものだな」
「ホッホッホ、お褒めの言葉ありがたく」
車椅子を見ていると、その使用人がラルムに向かって手に持っていた書類を差し出した。
彼女もそれを受け取り礼を述べると、彼はこちらに一礼してから、背を向けて自分の仕事部屋へと戻っていく。
「オーギュスト、少し爺やと話し込んでも?」
「ん、いいぞ」
「ありがとう、爺や、この部分なんだが」
ラルムとギダンスが書類を見ながら話し合っていると、彼女が持っていた書類の一部がひらりと地面へ落ちた。
二人は話し合いに夢中になっているようで気づいておらず、オーギュストは自分が拾うために腰を屈め、その書類を手に取る。
手に取った面が文字が羅列している方だったため、他国の情報を安易に見るのは思い、目を逸らそうとしたが、手で書いたにしては不思議な文字列に目を奪われた。
「ああ、すまない。 落としたのか」
「申し訳ございません、拾っていただき感謝致します」
オーギュストが書類を見ていると、それに気づいた二人から声がかかる。
丁度いいと思い、この不思議な文字列を聞こうと、オーギュストは口を開いた。
「なぁ、随分と不思議な文字列に見えるんだが」
「ああ、それは手に些か不自由がある者が"タイプライター"という魔道具を使って作成されたからですね」
「"タイプライター"?」
「・・・ふむ、丁度その者の仕事部屋が近くです、覗いて行かれますかな?」
興味があったので、オーギュストはギダンスの提案に頷く。
少し歩いて行くと目的の部屋に着いたらしく、軽くノックをして返事がしてから、中へと入った。
「おや、お帰りなさいませラルム様。 先ほど提出していただいた書類になにか不備でも?」
「いや、まだ確認途中だが問題はないと思う。 彼が"タイプライター"を見たいというのでお邪魔した」
「・・・ああ! ご婚約者様ですね、どうぞお好きに見て行ってください、でも質問はギデさんにお願いしますね」
こちらにぱちりと目を向けると、思い出したようにその使用人が笑う。
丁寧に頭を下げてくれたので、こちらも倣うように頭を下げ、お目当ての物へと視線を向けた。
「お見苦しいながら、私は手に若干の麻痺が残っており、ペンを持って文字を書くことができないのです。 なんとか持つまではできるんですがね」
「指は多少なりとも動かせるとのことでしたので、ボタン式のペンにしてしまえば書けるのでは?と相成ったわけです」
ホッホッホ、などと笑いながらギダンスが開発までの経緯を説明した。
口ぶりからして、おそらくこれも彼が作ったのだろう。
「インクの補充には苦労するということでしたので、インク代わりに魔晶石を使用して文字を打っております。
これがまた優秀なインク代わりになりまして、文字がほとんど滲まず消えずで、いい副産物になりましたねぇ」
なるほど、こちらではインク代わりに魔晶石を使っているのか。
タイプライターに隣接された魔晶石をセットする箇所を見て、オーギュストはふむ、と感心の声を小さく上げた。
それからしばらくして部屋を後にし、オーギュストは数歩先を歩くラルムの背中を見やる。
(この国は身寄りのない人間や障害を持つ人間を受け入れ成り立っていると聞いていたが、それは本当のようだな)
他国からすれば、そういった人間は差別に晒されるのが世の常だ。
けれど"閻魔女"が統べる国へ行くしかなかった、という事が加味されると不思議な事に、その人間たちは「そこにしか辿り着けなかった哀れな者」に早変わりする。
噂しか聞いていなかった自分も、目の当たりにするまでは「どんな過酷な環境で生きているのだろうか」などと思った事もあった。
しかし、中身を見えれば見るほど、オーギュストの中ではどんどん噂への疑問が見え始めている。
ふと、窓の外を見た。
この城の外では、一体どんな景色が待っているのだろう。
「外を見てみたい」
自然と口から、そんな言葉が零れ落ちていた。
そんな自分の声に前を歩いていた二人は立ち止まり、顔を見合わせる。
ギダンスはニコリと笑って、ラルムに「ご案内をされては?」と提案をした。
彼女もそれに頷き、オーギュストを城外へと連れ出すため出入り口へと方向を変える。
「日が暮れるまでには戻る」
「はい、承知いたしました。 ああ、オーギュスト様」
「なんだ?」
「現在、そちら様から建設に来てくださっている職人様方がいらっしゃいますので、一声でもかけて行ってください」
「・・・は? そんな話、聞いてねぇ」
「おや、現当主様から何もお伺いされていらっしゃらないと? 曰く右腕の方が在任なさってくださっておりますぞ」
父の右腕、と聞いて思い当たる顔が浮かぶ。
同時にあの大雑把な父の事だ、ラルムの国に何人か派遣してるのは認知していたが、口で説明するよりも現地で見聞きした方が早いと判断して説明の手間を省いたのだろう。
そもそもお互いの管轄分など余程の事態がない限り、共有する事も少ないが、これは説明しておいて欲しかったと心の中で父に毒づく。
「分かった、案内してくれれば顔を出す」
「では最初にそこへ行こう、私が案内する」
「頼む」
そう言葉を交わし、ギダンスを残して二人は城を後にした。
しばらくは無言で案内をされていたが、自分の中でとある疑問がふと浮かんだので口を開く。
「お前、親父とは初対面じゃなかったってことか?」
「いや、顔を拝見したのは初めてだ。 その時は別の仕事があって、そちらとのやり取りは爺やが担当してくれていたからな」
「なるほどな」
つまり、父も彼女の存在は知っていたが顔までは知らなかったという事か。
まあ特徴的な彼女の見た目ゆえ、顔を見た事がなくても大抵の人間は分かってしまうのだが。
彼女は一応、アメジストの色味もあるが、黒髪に近い色合いだ。
光に照らされれば控えめに紫の色が顔を出すが、限定的なものだろう。
また、貴族、庶民問わず、この国の女性は長い髪型が基本だ。
理由は罪を犯した女性は髪を短く切られるため『髪の短い女は罪人』という暗黙の了解に似たものがあるのだ、短くても女性は肩甲骨までの長さがある。
つまり、髪色と前下がりの短髪が相まって、余計に印象が悪いという事だ。
おそらく"閻魔女"の所以の一因も、この容姿に原因があるだろう。
あとはどうしても、この国の家業が家業ゆえ、が一番の要因だろうけれど。
そんな事を推察していると、ラルムから「ここだ」と声がかかる。
思考をやめて意識を向ければ、そこには見知った職人たちが現場の片づけを行っていた。
「あ、ダンナじゃないですか!」
すると向こうの一人、父の右腕である彼が手を挙げて呼び、こちらへと駆けてきた。
そんな彼に「おう、お疲れさん」と声をかけると「ありがとうございます、なんでここに?」と当然の疑問が投げられる。
「あー・・・、視察ってところだ」
事情を知らない彼に、いきなり「閻魔女の婚約者になったから挨拶に来た」などと、言えるわけがない。
なので、無難な返答をして答えを濁す。
「ここでの生活はどうだ?」
次いで、自分の疑問を彼に投げた。
彼はラルムを一瞬だけ見たのち、視線をまたこちらへと向ける。
「最初はどうなることやらと思ってましたが、国民たちは優しいっすよ。 色々と労ってもらえてて、逆に戸惑うっつーか」
「そうか、そりゃ確かにな」
基本、他国での自分は歓迎はされない。
厄介者扱いもされはしないが、腫れ物扱いはされている、という感じだ。
だからこそ、労ってもらえているという言葉を聞いて心の中がくすぐったかった。
「・・・ダンナ」
「なんだ?」
「あの人、例の、ですよね?」
「ああ、そうだ」
急にひそひと耳打ちされるレベルの声量で聞かれ、オーギュストは頷く。
自分が頷いたのを見て、彼は難しい顔をしながら。
「・・・もし噂通りの人物だったら、この国の人たちを避難させるとか、考えてくれませんか」
そう、懇願した。
思わず驚いた、彼がそんな事を言ってくる事に。
どうやらここの国民たちとの生活は、それほど心地がいいのだろうと同時に察する。
「・・・お前の気持ちは分かった」
「ありがとうございます・・・!」
「だがな」
「・・・?」
「・・・あいつが本当に噂通り人間なのか、俺はそうには思えなくてな。 だから判断してからだ、いいな?」
自分がそう言うと、彼は一瞬だけ戸惑いの様子を見せる。
けれどもこちらがそこまで言うには、と思い至ったのか、力強く頷いてくれた。
現場を後にし、今度は当てもなくラルムが適当に街中を案内してくれる。
その道中で彼女が思い出したように、オーギュストを見た。
「・・・そう言えば上の者への呼び方が随分と大雑把な作法だったな、他国が聞いたら引かれそうだ」
「悪かったな粗暴でよ、これがうちのやり方だ」
「そこまでは言ってない、・・・ただ、"らしさ"を出せるのは羨ましいな」
「・・・?」
少しだけ引っかかる言葉を、ラルムは俯きながら呟くように言った。
その意味が分からず聞き返そうとした、が。
「だが、あまりにも作法が大らかだから、他国からは色眼鏡で見られている可能性もあるぞ」
「・・・ガサツって言え、下手にフォローされる方が耳が痛ぇ」
先に彼女に別の指摘をされて、眉をひそめる。
その言葉は貴族としては当然のもので、オーギュストは頭を軽く掻きながら答えた。
そのまま適当に歩いていると、オーギュストの国の技術で建てられた建物がひとつ目に入る。
ラルムはそちらに足を向け、その建物の前に立つと、それを見上げる。
「時間をかけて、この国の建物を全てそちらに任せたいと思っている」
そして、そんな自分にとっては嬉しい言葉を投げてきた。
そんな事を言われるのは初めてで、どう返していいのか分からない。
「・・・んなことしたら魔術で対応できなくなるぞ」
なので、なんとも言えない返しをしてしまった。
返した後で、オーギュストも建物を見上げて、昔話を思い出す。
遥か昔、この大陸の国のほとんどは自国の技術を用いた建物がたくさん建てられていたらしい。
けれど長い年月を経て、魔術が進化し、技術は衰退した結果、魔術を用いた建物が主流となった。
今となっては自国以外で現存しているのは、数百年も建ち続けている古城や歴史ある教会くらいだ。
いつだったか、古城の修繕が必要な時、魔術で修繕を試みようとした事があったらしい。
けれども手で作られた技術の建物は、魔術を用いた方法では不可能という結果に終わった。
他国にとってはその"せい"で、自国にとってはその"おかげ"で、今でも自国は他国と仕事のやり取りがある。
見たところ、この国はまだ三分の二以上は魔術を用いた建築物と思われる。
あの返し方は暗に、便利の代替えが利かなくなるぞ、とも取れる。
オーギュストが建物から視線をラルムへと向け、彼女はオーギュストの国の建築技術で造った建物に触れた。
「・・・私は、こっちの方が好きだからいい」
そのまま、そう短く告げる。
すぐに続けて「国民もこちらがいいと賛同もしている、だから問題ない」と説明するが、オーギュストはつい半分を聞き流してしまった。
それほど、その言葉の衝撃が強かったのだ。
──・・罪人と死を扱う忌まわしい一族。
その頂点にいる女――"閻魔女"。
この国の、彼女の家業、それは『囚人の管理』。
罪を犯した者はこの国へ運ばれる、そして囚人として世界一危険と言われているこの国の鉱山で仕事をしながら罪を償うのだ。
罪の重さにもよるが正しく更生できれば再び自由を手に入れられるが、それは本当にほんの一握り。
大抵の罪人はここで一生を過ごす事が多い、だが取り返しのつかない重罪を犯した者は、・・・死刑を決行される。
そしてその執行人が、ラルムなのだ。
容姿、立ち振る舞い、そして家業。
様々な因果から"閻魔女"と呼ばれる女、それがラルム。
だがこの国へ来て、職人たちの国での過ごし方や行く当てもない人間の受け入れ。
実際に障がいがある者のために魔道具を与え、雇用を作っている一部の様子を見て、・・・彼女の『誤解』を紐解いてみたいと思った。
「婚約の件、俺も受け入れる」
思ったと同時、口から自然と言葉が零れる。
その言葉に、彼女は少しだけ驚いたようにこちらを振り返った。
「・・・急に何故?」
「お前に、興味が沸いた」
そう、"閻魔女"ではなく"ラルム"という女に興味が湧いたのだ。
少なくとも自国の技術を買ってくれる彼女となら、この先で結婚をしてもいいパートナーになれるかもしれなと思った。
王都の遠縁と婚姻の国益とはまた違った国益を、彼女から感じられる。
しかし国益と言いながらも、これはほとんど感情論かと思い、口元を軽く笑わせた。
「・・・それは、男か女かどっちだ、ということか?」
「・・・もうお前のことを男だなんて疑ってねぇよ」
とりあえずは、誤解よりも彼女の思考を読み解く方が先になりそうだ。
オーギュストはそんな事を思いながら、またしても的外れな事を言ってくる彼女に、呆れたように答えた。




