第二碌「ご挨拶に参りました」
あれから城を出て、城下町へと降りた。
降りた頃にはすっかりあたりは夜へと変わっていたため、宿へと泊まる事にする。
オーギュストは適当な宿を探そうとしていたが、ラルムが既に宿を押さえているので、別部屋を取れないかと打診してくれるそうだ。
有難い提案なので、それに乗り、結果、その日の夜は問題なく過ごす事ができた。
そして朝、宿を出る。
自分はこのまま帰路へと就くつもりだが、彼女はどうするのだろうか、などと考えていると。
「そちらの現当主にご挨拶に行くから、一緒に連れて行ってくれ」
と、お願いをされた。
挨拶、なんの。
などと、それは言うまでもないだろう。
現時点でも事情をあまり飲み込めていないが、このままラルムと話し合いもせずに別れるのもいただけない。
なのでそのお願いは受けようとは思う、だが当然だがこちらからもお願い事はある。
「・・・せめて服は着替えてくれ、あらぬ誤解を招く」
「分かった」
未だに衛兵の恰好のままである、という事だ。
流石にこの格好のまま「婚約者です」などと連れ帰れば、周囲にとんでもない誤解を招く事は必至。
オーギュストは覇気のない声で伝えると、ラルムは一言で了承し、適当なブティックへと足を踏み入れた。
それから少し待っていると、コツンという足音がこちらへと向かっている事に気づく。
その足音に釣られるように顔を向ければ、そこにはシンプルだが上品なドレスに身を包んだラルムがいた。
「・・・・・・」
思わず凝視をしてしまう、本当に女だった、という意味で。
引き締まった華奢な体、けれど女性らしい体つきのラインがドレスを着ていても分かる。
そうすると視界の認識は不思議なもので、彼女の顔つきも凛々しい"男"から凛々しい"女"へと移り変わった。
そこまで観察して、オーギュストはまたもや女性に対して失礼を働いたと思い、少し咳き込んで意識を逸らす。
「・・・準備はできたか?」
「ああ、問題ない」
「それなら俺の馬車に乗って行くか」
「承知した」
簡素なやり取りをして、馬車を待たせている場所へと歩き出す。
当然だが、道中で会話などは一切ない。
いや、自分としては色々と聞き出したい事はあるのだが、何から切り出せばいいか分からない。
しかし話し合いはどうせ自国で行うのであれば、いま話す事でもないかと思い直し、足を進めた。
馬車へたどり着くと、御者がこちらへと一礼する。
次いで当然だが、見覚えのない彼女の姿に少しだけ顔を顰める。
「悪いがツレが出来た、一緒に帰る」
「・・・承知いたしました」
それだけ告げると御者は頷き、馬車の扉を開ける。
ここはレディーファーストだと思い、ラルムに先を譲り、入るよう促した。
「ありがとう」
彼女は自分と御者にそうお礼を言うと、少し動きづらいのかもたつきながら中へと入る。
続いて自分が入ろうとすると、御者から「本当によろしいのですか?」と耳打ちをされたが、手を挙げて問題ないという事を示した。
御者はそれを受け取ってから扉を閉め、馬車を動かし始める。
二人きりの密閉空間に少し気まずさを覚えながら、視線は合わせないよう窓の外へと視線を向けた。
すると、ふわりと自分にとっていい匂いが鼻をかすめる。
(レモンと、土のいい匂いだ・・・)
一体どこから、と思ったがその疑問はすぐに消えた。
一瞬だけ彼女の顔を見て、何を変な事を思ってるんだと頭を振るう。
どんな人物であっても令嬢に失礼な事を思ってしまったので、後で自分を殴ろうと密かに決めた。
「・・・すごいな」
それから少しだけ時間が経った後に、ラルムからぽつりと言葉が発せられる。
発せられた言葉は感動を示すものであり、オーギュストは何に対してだ、と首を傾げた。
「どうした」
「まったく揺れてない」
「いや、揺れてるだろ」
「そうなんだが、こう・・・安定した揺れ方というか」
彼女自身、自分が持った感動をどう表していいのか分からない様子で言葉を紡ぐ。
しかし最後の言葉で、おそらく「今まで乗ってきた馬車と乗り心地が違う」といった類の事を言いたかったのだろうと理解した。
「・・・まあ、うちの馬車は丹精込めて造ってるからな」
「そうだろうな、流石だ」
こちらを見ながら言う彼女の顔を見ると、無表情に色が灯った。
瞳が少しだけ輝いて見えた、まるで無邪気な子供のように。
オーギュストは『噂』とは少しかけ離れている様子を見せる彼女に一瞬だけキョトンとするも、まあ自国の物を褒められるのは心地がいいな、とだけ思い、再び窓の外を見やった。
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朝から出立して、王都に着いた時と同じくらいの夕暮れになった時にようやく自国へ帰ってきた。
昨日と同じく、道中で魔物に遭う事がなかったので、これでも早く行き帰りができた方だ。
自国の城内に入ると、自分が先に降りて、降りてくるラルムに手を差し伸べる。
彼女は少し戸惑う様子を見せた後、そっとその手を重ねてきた。
手を触れ合わせるのは二度目だが、何故だかその二度目は妙に気恥ずかしさを感じてしまったのは気のせいだろうか。
それから現当主、つまり自分の父親がいる一室へと向かう。
軽くノックをすると中から「入れ」と声がかかったので、とりあえず自分から中へと入った。
「戻ったか」
「おう」
「で、国王の遠縁の婚約者とは会えたのか?」
「・・・いや、それが」
さて、何から話そうかと思った最中、父はドアの向こうに気配を感じたらしく、視線がそちらへと向かう。
しまった、この男、気配には妙に鋭い事を忘れていた。
「客人か?」
「あー・・・」
眉間に指を当てて考えても、気づかれてしまっては仕方がないと「入ってくれ」と向こうにいる彼女に声をかける。
その声に答えるように「失礼します」という言葉と共に、ラルムが姿を現した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三者三様の無言が、一室に漂う。
確かに彼女を見れば、彼女が国王の遠縁の婚約者でないのは明白だからだ。
一方は困惑、一方は説明に頭を悩ませ、一方は挨拶の言葉を考えていた。
「おい、説明しろ」
「・・・俺が聞きてぇ」
当然の要求に、自分は頭を抱えるしかない。
そうして隣の彼女に説明を求めるよう視線を送ってみる、が。
「ご挨拶に参りました」
「違う、その説明じゃない」
やけにキリッとした様子で、大いに的外れな事を言ってくれた。
どうやら順を追って自分が説明するしかないようだ、とオーギュストはため息を吐きながら肩を落とすのだった。
とりあえず向かい合わせになるように来客用テーブルに座り、オーギュストはたどたどしくも父に説明を行う。
自分の提案を棄却された事、それに反発した結果が婚約破棄であった事、そこに彼女が自分が婚約者になるという宣言をして国王の許可を得て、今に至る事を。
父は説明を聞いた後、額に手を当てながら手を挙げて「待った」の状態を作る。
こちらも彼の整理が追いつくまで、黙ってそれに従った。
「あー・・・つまり、当初の予定通りにお前は婚約者との顔合わせに行ったつもりだった」
「ああ」
「で、最初に大災害対策の提案を棄却された」
「ああ」
「それでもお前が引かなかったから婚約を破棄された」
「そうだ」
父は順を追って説明した通りに、整理の意味も兼ねてひとつひとつ確認する。
こちらはただ、それに頷いていく。
「そこへラルム嬢が現れて、自分が新しい婚約者になると言った」
「その通りです」
「国王も許可した」
「はい」
「それで今、うちに挨拶に来た」
「はい」
今度は父の確認に、ラルムがひとつひとつ頷いていく。
最後の確認をしたところで、額から手を離し、挙げていた手を降ろし、腕を組んだ。
「・・・駄目だ。 事情は分かったが、理解ができねぇ」
「奇遇だな、俺もだ」
父の言葉に、オーギュストも思わず頷いた。
当事者本人が未だに分かっていないのに、第三者が理解するなど無理な話にも程がある。
すると。
「彼があの場で嘲笑される謂れはないと判断しました」
ラルムが答えになっているような、なっていないような。
そんな言葉を口にした、その気持ちは有難いが、昨日に初めて会った人物にそこまでする理由が分からない。
「・・・それで婚約まで申し出たのか?」
「はい」
「どうしてだ」
「最も手早い方法でしたので」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
段々と分かってきたが、どうやら彼女は口数が足りないというか、言葉が足りない気がする。
しかし当の本人は、これでしっかり返したつもりでいるようだ。
「お前、このご令嬢のこと分かるか?」
「昨日会ったばっかだぞ、無茶を言うな」
表情からも感情が読みにくく、なおかつ言葉足らずな御令嬢。
それ以上の事なんて、昨日今日で分かるはずなどない。
「・・・で、お前どうすんだ」
「何が」
「婚約だよ」
「俺が聞きてぇっつってんだろ」
親子そろって「はぁ・・・」と重たいため息を吐きながら、項垂れた。
一方で彼女は「婚約の許可は貰っていますが・・・?」と首を傾げている、聞きたいのはそうじゃない、と。
何度目かの突っ込みを、オーギュストは心の中でしたのだった。




