第一碌「誤解をするな」
この世界は、災害とはほぼ無縁だった。
いや、正しくは現在の世界では、だろう。
この世界の気候は常に穏やかで、一年中が過ごしやすい。
特に王国は顕著にその気候の穏やかが出ているが、北へ行っても「少しだけ肌寒いな」となり、南へ行けば「少しだけ暑いな」という緩やかな変化に終わる。
そのくらい、この世界は過ごしやすいのだ。
大昔は百年に一度、大災害が繰り返しで起こっていた。
その経験がある先祖たちは、百年に一度、来る大災害に備えて対策を行い、日々を過ごしていたとされている。
けれど、その大災害すらもここ数百年は起こらず、人々の記憶から「過去の産物」だと忘れ去られていた。
その忘れ去られた一角に、"手法"を用いた建築技術が挙げられる。
勿論、現在でも人々は家屋に住んでいるが、現在の建築物は古城と古い教会以外は"魔術"を用いた方法で建てられている。
手で作り上げるよりも簡単で早く、華やかな家が出来るからだ。
魔術師は所謂エリートとされ使える人数に限りはあるものの、国へ申請し順番を待っていれば、着手したその日に家を建ててもらえる。
その便利さゆえに、手で一から基礎を作り、人の手で組み上げる手法の建築技術は、大災害と共に人々から忘れ去られた。
しかし、その世界の中でたったひとつのとある地方の国だけが、今でもその技術を継承し続けている。
今日は、その技術を受け継いでいる一人の男の物語を見てみよう。
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とある日のとある正午、一人の男がこの世界で頂点に立つ国へと足を運んでいた。
理由は婚約者との初の顔合わせのためである、と通達を受けている。
本日も気候は穏やかだが、着込んだ衣服のせいかほんの少しだけ暑い気がする。
男はそんな事を思いながら、王国の古城へと登城すべく、馬車を歩かせた。
夕方から夜へ差し掛かる時間帯にようやく城への登城を果たし、国王への謁見のため、いったん身なりを整える。
普段はガサツな分、こういう時は窮屈な思いをしてしまうが、自分は自国の顔であるため、恥を搔くわけにはいかない。
問題はなさそうだと確認すると、重々しい扉を開く。
すると目の前には、華やかなパーティー会場が広がっていた。
彼は目を見開く、こんな状況は聞いていないからだ。
てっきり静寂な間での謁見だと思っていたのに、この煌びやか空間はなんだと少しだけ顔を歪ませる。
パーティーの規模こそそれほど大きくはないものの、参加者が扉が開いた方向。
つまり彼の方へ視線を一斉に向けた、彼は多くの視線に居心地の悪さを感じながら、国王の方へと顔を向ける。
「来たか、前へ」
国王の言葉に従い、重い足を前へと進ませる。
カツン、カツン、と足音を立てて進むたび、何故か周囲から笑い声が小さく漏れている気がした。
「オーギュスト・ル・シャルパンティエ、只今参上致しました」
「うむ、遠路はるばるご苦労であった。 さっそく本題と行きたいところだが、以前にそなたから提案された話をしても?」
「・・・? はい」
提案された話、それはおそらく『大災害が起こる』話だろう。
彼の国では『予言者』と呼ばれる老婆がおり、彼女の予言する事は必ず当たるのだ。
そんな彼女が予言したのが「一年後に数百年ぶりの大災害が起こる」という不吉なものだった、だから魔術で作った家ではなく手法で用いた家をこれからは作った方がいいという事。
けれど一年で全てを建て替えるのは到底、無理な話のため、せめて避難所の建築、もしくは古くからの手法で建ち続けている古城や教会を避難所とする提案をしたのだ。
「さて、そなたの国の予言者とやらは一年後に大災害が起こると予言したそうだな?」
「その通りです」
「そのための避難場所の確保のため我が城を始めとした、手法で成り建つ城や古い教会を避難所として開くこと。 もしくはその建設であったな」
「ええ、大災害が起こるのは時間の問題です、ですから・・・」
彼がそこまで言うと、周りの笑い声が少しだけ大きくなった。
中にはこちらに聞こえる声で「大災害が起こる? なんという世迷言を」や「予言者などと、詐欺人の言う事を真に受けるとは」などと、聞こえてくる。
「静粛に」
そこを、国王の一言で沈黙化させた。
静まり返った空間に、再び国王が口を開く。
「この大災害、そなたの国の予言者の言伝以外に証拠は?」
「・・・いえ、何も」
「そなたも存じているように、我が国を含め各国で予言者を名乗る集団騒動が起きた。
その予言者らが申したことは何一つ当たらず、国中が大混乱となった。 ・・・それ故に予言者の言葉を安易に鵜吞みにすることはできぬ、それも予言したのがもう数百年も起こっていない大災害とやらであれば尚更な」
「・・・お言葉ですが、つまり?」
「その提案は棄却とする、ということだ」
「・・・! しかし!」
「もしものことがあれば、であろう? しかし、そのもしもとやらが起こらずにいれば、また国民たちは振り回される事態となる、それは避けねばなるまい」
国王の言うことも一理ある。
自国の予言者が本物だと、彼は知っている。
だが、それを他国に証明する術がない。
「それでもまだ、そなたは大災害が起こると? その提案を国が受け入れろと?」
国王の声が、上から重く圧し掛かる。
その声色は、自分の口から謝罪を引き出そうとしているのが分かった。
「・・・左様でございます」
だが、彼は引くわけにはいかなかった。
知っている事を無視できない、否定できないからだ。
例え、国王に歯向かうという事態になっても。
彼が言葉を返すと、再び訪れる沈黙。
国王の小さな小さなため息が、その静寂に嫌に響いた。
「そなたの国には我が城を整備してくれている恩はある、廃れたと言えども手法での建築技術もそれなりには買っていたつもりだ。 だが、無茶な提案を押し通そうとするならば、話は変わる」
国王が椅子から立ち上がり、手を振りかざす。
一呼吸を置いて、口を再度、開いた。
「一国の王として、我が身内にその態度をする者を受け入れるわけにはいかぬ。 我が遠縁の令嬢との婚約はここで破棄とする!」
「・・・!」
そこで、全てを察した。
手紙では婚約者との顔合わせとの事だったが、どうやらそれは自分の対応次第で、という事だったのだ。
敢えて人の目に晒したのも、圧力に屈させて従わせるためだったのだろう。
顔を俯かせる、遠縁とは言えども国王の身内と結婚をすれば自国に恩恵があると思って受け入れていた政略結婚だ。
それが白紙になった上、自分の提案すら棄却された。
今この場にいる者すべてには、自分は『哀れな国の次期当主』だろう。
国王の婚約破棄発言から少しして、周りからまた声がする。
それは「せっかくのご縁を棒に振るとは、さすがは低能の国の主様だ」などと、自国を侮辱するもので。
自分を侮辱するのはまだいい、けれども自国を侮辱されるのは、・・・それこそ話が違う。
声がする方を睨み、声を荒げようとしたその瞬間、アルトな耳に声が響いた。
「発言をお許しくださいますか、陛下」
声のする方へ顔を向ければ、そこには黒味が強いアメジストの髪と瞳をした衛兵がいる。
中性的に整った顔には、短いその髪がよく似合っていた。
すると声がまたざわつき、ひそひと「あれは噂の・・・」と話し声がする。
「良い、許す」
「ありがとうございます」
国王の許しを得ると、その衛兵は頭を下げる。
そして顔を上げ、再度、国王と対峙するかのように視線を絡めた。
「この者の婚約の件ですが、私が彼の新たな婚約者にならせていただいても?」
「・・・は?」
未だに国王への謁見中だというのに、失礼ながら驚きに彼は声を漏らしてしまった。
婚約? 誰が、誰の?
彼が混乱している中で、国王は少し考える素振りをしてから。
「うむ、そなたが望むのであればすると良い」
という、まさかの許可が。
それにますます彼は置いてけぼりとなり、一方で衛兵は「ありがとうございます」と再度、国王に頭を上げた。
「ならばこれ以上、此処にいるに相応しくない者たちは去りますがよろしいでしょうか」
「うむ、下がれ」
次いで、衛兵はそう告げて、国王も頷いて下がるように言う。
衛兵は混乱する彼の前に立ち、軽く手を引いて「行きましょう」とパーティー会場から連れ出した。
建物から出て、城から出るための中庭を歩いている途中で、彼はようやく我に返り、未だに引かれている手を振り払う。
「俺に男の趣味はねぇぞ」
それから、訝しげに当然の抗議をした。
衛兵はその言葉に振り返り、ふう、と小さく息を付く。
「誤解をするな、私は女だから安心しろ」
そう目を見て返された、彼はまさかの事実に目をパチクリとさせる。
失礼を承知の上で、まじまじと衛兵もとい彼女の容姿を見て、それからパーティー会場で聞いた「噂の」という言葉を思い出す。
ピースが全て当てはまり、彼もようやく「噂の」の意味を理解した。
「自己紹介が遅れた。
私はラルム、ラルム=パリ・ラ・ファン。 ・・・これからよろしく頼む」
男作法の一礼をして、彼女は自分の名前を明かす。
明かされた名前を聞いて、やはり「噂の」は間違えてなさそうだった。
「・・・俺は、」
「存じている、オーギュスト・ル・シャルパンティエ殿」
名乗られたのであれば、名乗り返さねば。
そう思い名乗ろうとしたが、被せるように自分の名前を告げられた。
会場でも名乗ったが、それほど大きな声ではなかったはず。
それに彼女はおそらく護衛として会場に駆り出されていたと思われるため、自分の居た場所からはかなり離れていたはずだ。
なのに名前を一字一句、間違える事なく言い当てられた。
「・・・? どこかで会ったか?」
「・・・いいや、私の独りよがりなだけさ」
問いを投げれば、曖昧な答えが返ってくる。
彼女の言う"独りよがり"がなんなのか、色々な事があり過ぎて聞く気力がなかったため、彼は、オーギュストはその言葉を聞き流した。
この時の彼はまだ知らない。
この奇妙な婚約が、自国の"価値"すら変えることになるとは。




