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2-2場「カサ カサ カサ」:大量の虫が動く音

"おーい"

"こっちだようー"

 俺たちに向けて、手を振っている。


二次元映像の中に現れたのは、生身の(ように見える)同級生だった。

 一瞬、俺たちの行き先を知らない筈なのに、と思ったが、たまたま彼らの打ち上げ予定がこちら方向だったのだろう。

 それどころか、俺たちを待って、敢えてゆっくり歩いてきたのかも知れない。

 カップルにとって、第三者を待つ時間というのは、いちゃつく時間をそれだけ持てるというメリットがあるのだから。


待たせたかも知れない、という罪悪感が若干生まれる。

 にも係(かか)わらず、俺は全く反応できなかった。

 同行者の女子を見ると、口を半開きにして、硬直している。

 それほどまでに、彼らの現(あらわ)れかたは神秘的で、その姿は背景と異なっていた。


例えば、彼らまでの距離。

 身体(からだ)の占める視野角から推定70-80mほど。

 その身体(からだ)は、一部が鳥居の映像(50mほど先)に隠されていている。

 同時に岩場と波を奇麗に隠しているのだ。波の動きと彼らの動きが独立しているにも関わらず。


空中投影だとしたら、投影の場所と人間の場所が重なるはず。なのに、鳥居や、そのすぐ手前の店の距離感と合わない。

 直感的には、彼らは映像の一部。でも、セリフや行動は現実の7人だと訴えていた。

 投影技術は目の錯覚を利用する。だからスクリーンは1枚で済む。

 となれば、複数の距離に光源を持たせる多重型の立体投影なら、実体を挟むような映像を作れるかも知れない。

 しかし、この時は頭が混乱していて、この可能性に思い当たらなかった。


俺たちは呆然と立ち尽くし、返事をする余裕すらなかった。返事をして良いのかすら分からなかった。

 そんなためらいに業を煮やしたのか、女子の一人がこちらに向かった走り出した。あの7人の余り者・仮名女(かなめ)だ。

 全力からはほど遠い、それでいてジョッグでない、リアルな「連絡員」の走りぶり。


ホンモノなのか。と気を許した瞬間、耳が違和感を捉えた。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

「タッ、タッ、タッ」

走る音が、あまりに明瞭(クリア)で、しかも不自然な反響をしていたのだ。

 よく見ると、足運びから推定できる走る速度と、目視で彼女が近づく速度が一致しない。

 思わず俺は一歩下がった。


同行者に警告するように、でも、間違っていては恥ずかしいので、主語を省いて、小声で

「映像かも」と呟(つぶや)くと、

『なにが?』

『不自然、なのかなあ?』

 状況を把握していない返事が、これまた小声で返って来た。

 どうやら、ここは、俺の五感の全てを使って判断しなければならないらしい。

 二次元、恐るべし。


仮名女(かなめ)らしき姿(または映像?)は、鳥居を潜ったあと、足運びが一緒なのに、目視ではますます減速している。

 このまま、アキレスと亀のように永遠に来ないのかも、と思った矢先、

"きゃっ"

"キモッ"

"それ、フナムシだよ"

という声が聞こえて来た。


視点を6人に移すと、海辺で茶色の点々が大量に湧き、それがジワジワ拡大しているように見えた。

 6人は後ずさり始め、すぐに踵(きびす)を返して、こちらに向かって走り出している。

 その瞬間。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

「カサ カサ カサ」

 という音が微かに聞こえた。大量の虫が走る様子を示す音、いや、「効果音」だ。


そもそも、フナムシは音を立てないし、たといフナムシ以外の虫だったとしても、走る音がこの距離で聞こえる筈がない。

 慌てて近くを見回すが、虫らしい姿は影すらなかった。

 その一方で、視界の隅に見える6人と、その後ろの茶色い領域は、見(み)る見(み)るうちに鳥居の「絵」に追いついた。


これが単なる映像なのか、それとも本物の何かが映像をぶちこわしつつ近づいているのかわからない。

 分からない時は、最悪を想定せよ。それが臆病者の処世術だ。


俺は、急いで身を翻(ひるがえ)し、同行者に声を掛けた。

「逃げよう」

 同行者は硬直したままだ。肩を叩いても

「何か、用?」

 といった視線の、鈍い反応だ。

 このままでは同行者たちが巻き込まれる。


彼女たちの腕を取れば、逃がすのは簡単だ。

 しかし、俺は「最悪想定」に無理やり付き合わせるような形で、女子の腕を取るのをためらった。

 想定が外れていれば、「セクハラ」認定され得るから。

 それは、分からない時は、最悪を想定せよ、の処世術に違反する。


今までの俺なら、そういうリスクを負ってまで人を動かそうとは思わなかっただろう。

 だが、自覚してしまったのだ。そういう態度が「卑怯」と呼ばれて、女子にモテない理由となっている事を。

 だから俺は一歩踏み出した。


無理やり腕をつかむ。

 覚悟が決まると、警告も素直に出る

「訳(わけ)分(わ)かんないから、もっと下がって見よう」

 一瞬、ぎょっとした同行者たちだったが、俺が走り出したら意図を理解したようだ。

 俺は俺で、10センチも引っ張ったのみで、事故防止の為に手を離した。


行き先は、若干斜め後(うし)ろに見える、神社の境内だ。

 投影は背後からするものだろうから、という古い漫画の先入見で。

 もしも投影なら、その辺りに投影機が見つかるだろうと思って。


二の鳥居を越えると、先ほどまでの潮の香りも、海や虫の効果音も消えていた。

 振り返ると、映像は何処にもなく、見慣れた光景だけが残っていた。

 恐る恐る、二の鳥居から外に出ても、異変はない。


この時、思い出した事がある。

 空中投影では、虹が水滴を必要とするように、スクリーン代わりのガスが必要だとか。

 そのガスに電子線とか紫外線とかの目に見えないエネルギーを当てて、ネオン管(死語)のように光らせる。

 同じ原理はオーオラにも当てはまり、動きすら映像化できるらしい。

 あくまで原理上の話だけど。


あれ? こんなこと、学校で習ってないよな。

 一瞬、そんな疑問が浮かんだが、同行者の

『大丈夫っぽい』

『映像だったのかあ』

 という声で、現実に戻った。


先ほどの、潮の香りを起こすガスが、空中映像の本体だとしたら?

 鳥居の映像が目視50mよりも近づかなかったのは、もしかしたら、左右の両サイドから投影されていたからでは?

 確認してみたい!

 そろそろと、投影機らしきものを探しつつ交差点まで戻る。


歩きながら、

「えっと、あれってやっぱり立体投影だと思う。ほら、潮の香りがしただろう?」

『あ、した、した!』

「で、それが……(云々)」

 と、俺が思いついた投影原理(の可能性)を同行者に説明した。

 残念ながら、要領を全く得なかったらしく

『なんか知らないけど、立体投影なのね』

『なんとなく、分かった……気分』

 という返事しか返って来なかったが。


交差点から見た商店街は、ほぼ普段の光景だった。

 遠くに、一の鳥居だけが二次元っぽく見えていたが、それもゆっくり遠ざかって本来の位置に戻ると、二次元感は完全に消えた。

 7人もまた立体映像だったらしく、その姿はどこにもなかった。


すっかり薄められた潮の香りが残っている。

 やっぱり、俺たちは、先ほどの映像を体験していたのだ。

 そう、リアルな立体映像という、貴重な体験だ。


でも、大きな疑問が残った。

『なんで仮名女(かなめ)の姿だったのかなあ?』

『たしかに、あたし達を呼んでいたよね』

 そう、人の姿と声が説明つかないのだ。余りにタイムリーで、余りにも言動が自然。


俺は改めて、今回の謎が恐ろしくなった。

 たとえば、潮の香りをあせるガスに、幻覚効果があったとしたら?

 あるいは、祟りとかの超常現象?

 科学で説明出来ようと出来まいと、俺の平穏を奪う現象であることには違いないのだから。

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